等身大
今日行われた防災訓練は、昨年の震災を経験している分、例年よりもどこか張り詰めた空気が漂っていた。
それでも訓練自体は、私たちらしく非常に統制の取れた行動で、滞りなく終わることが出来た。
最終確認や片付けで二年生だけが残った校舎は、昼間が嘘のように静まり返っている。
私たちのクラスに割り当てられた役目は、備蓄品の点検と、避難経路の確認だった。
「それじゃあ備蓄倉庫、行こうか」
志織の声に私たちは集まり、校庭の隅にある倉庫に向かった。
鉄扉を開けると、ひんやりとした空気と、段ボールの匂いが流れ出てきた。
「俺と菜月ちゃんで賞味期限の照合と台帳やるから。夏樹ちゃんと小春ちゃんは奥の保存水から順に下ろしてくれる」
志織の無駄がない的確な指示で作業が進んでいく。
菜月が西側へ戻ると聞いたあの日から、どこか落ち着かない空気が続いていた。
だから、言葉を交わさずにただ作業を続けている時間が、かえってお互いを近く感じられて心地よかった。
「点検、全項目終了」
志織が確認書類を閉じて、短く告げる。
倉庫の外に出ると、整然とした建物が夕日に照らされていて、菜月は「わあ」と声を上げてフェンスへ駆け寄った。
「キレイな街並みだね。こういうのも、私やっぱり好きだな」
小春は、からかうようにくいっと手招きをした。
「ホント~?じゃあ菜月ちゃん、もう内緒でこっちの子になっちゃいなよ!」
「今度は小春ちゃんがこっちに転入してくる番でしょ〜?」
菜月も負けじと言い返すと、志織も珍しく冗談めかした口調で話に乗った。
「いいんじゃない?西側の学校にその制服で登校したら、皆驚くだろうな」
その言葉に、皆の頭に同じ光景が浮かんだ。
「はじめまして!堺小春です」と、満面の笑みで挨拶するセーラー服姿の男子に、目を丸くして固まる西側の生徒たち。
場所が変われば、当たり前の姿も何故かおかしくて、こらえきれずに皆で大笑いをした。
「小春ちゃん、そのまま西側の名物になりそうだね」
私がぽんと背中を叩くと、小春は手を叩いて吹き出した。
「いや、通報されるかもしれないぞ」
志織まで口元を緩めながらそんなことを言うので、さらに笑いが止まらなくなった。
笑い声が、夕暮れの空気に心地よく弾けた。
東側とか西側とか、最初はそんな言葉ばかり気にしていたはずなのに。
今はもう、互いの違いさえ笑い話にしていることが、なんだか少し不思議だった。
――パシャ。
思いがけないシャッター音に視線を向けると、菜月がスマホを構えたまま、いたずらっぽく笑っていた。
「ふふ、ごめん。なんか今、すっごく自然だったから」
「ちょっ、今絶対目つぶってた!」
小春が抗議の声を上げながら、大きなバツ印を作ってみせた。
「えー?小春ちゃん、変な顔してただけじゃないの?」
菜月が楽しそうにスマホを構え直した。
「じゃあもう一回ね!今度はちゃんと並んで!」
志織の肩をぐいっと引き寄せて顔を寄せる。
「ほら志織君、もっとこっち!」
「近い近い」
志織は苦笑しながらも、嬉しそうにそのまま身を委ねている。
その後ろに立った私の隣に、小春が滑り込んでくる。
「ほら夏樹ちゃんも!」
ぐいっと肩を押されるまま、私も小春と一緒になって半ば勢いでピースをする。
――パシャ。
画面の中には、肩を寄せ合った私たち四人が、夕焼けを背に笑ったまま写っていた。
前に撮ったあの時は、どこかぎこちなくて、写真に収まることすら少しだけ役割みたいだった。
けれど今の私たちは、誰に言われるでもなく、ちゃんと同じ空気の中で笑っていた。
その光景があまりにも自然で、気恥ずかしさも忘れて見入ってしまった。
「まるで、西側の写真みたいだね」
小春も一緒に画面を指さして笑った。
「うん、それっぽくていいね」
志織も、柔らかい笑みを浮かべている。
「何だか、俺たちじゃないみたいだな」
振り向いた菜月の笑顔は、心から嬉しそうだった。
「ううん。これが私たちなんだよ!」
そんなやり取りがどこか照れくさくて、私たちは顔を見合わせて誰からともなく笑い声をあげた。
その余韻がゆっくりと落ち着いた頃、小春が私に向かって、すっと目配せをしてきた。
「あ、そうだ。志織君と私で管理室に台帳出してくるから、二人は鍵を職員室に返しておいてね」
わざとらしいほど明快な声で、思い出したように手を打った。
「あ、ああ。そうだったね」
志織も頷いて、示し合わせたようにあっさりとその場を離れていった。
あまりにも分かりやすいその背中に、思わず笑いをこらえた。
「あの台帳って、そんな急いで出すものだっけ……?」
菜月は首を傾げたまま、二人を見つめている。
「さあ。あの二人、そういうとこあるしね」
「そう、だね?」
ごまかすように視線を逸らす私に、菜月は少し不思議そうに頷いた。
職員室に鍵を返し、静まり返った廊下を歩く。
階段を上がると、二年生の教室だけにはまだ明かりが灯り、人の声が聞こえていた。
一番奥にある私たちの教室が近づくにつれ、菜月がきょろきょろと辺りを見回した。
「なんかうちのクラスだけ、やけに静かじゃない?」
「そうかな?集中してやってるんじゃないかな」
何気ない顔で答えながら、教室の扉に手をかけた。
ガラス窓の向こうは、半分ほど閉められたカーテンのせいで、中の様子はよく見えない。
「先に入っていいよ」
「うん、ありがと」
菜月が中に入った瞬間。
「「せーの」」
クラスメイトたちの、潜めるような声が重なった。
「「なつきちゃん、誕生日おめでとう!」」




