鏡映
夏の熱気が未だに居座っているけれど、風は少しだけ軽くなっていた。
八月も、もう終わりに近い。
私たちは駅前の雑貨屋で買った花火をぶら下げて、寮へと向かっていた。
「夏休みも、あと五日かぁ……。このカウントダウン心臓に悪いよね」
隣を歩く友達が、空を見上げながらぼやいた。
「それ、宿題終わってないってバレバレだよね」
笑いながら返すと、「夏樹ちゃん、図星は刺さるって」と膨れた。
そんなやり取りに、前を歩く小春が盛大にため息をつきながら振り返った。
「男子は実技課題だけなら、生き生きするのにって思わない?」
『思う!』
皆が目を輝かせながら声を合わせる光景に、思わず吹き出した。
くだらない話で盛り上がっていると、帰り道はいつもより短く感じられた。
寮の中庭に向かうと、菜月を中心に人だかりができていた。
輪の中にいた志織が、私たちに気づいて手招きをする。
「おかえり。今、西側の写真を見せてもらってたんだよ」
その言葉に、私たちは一斉に色めき立った。
「何それ、見たい!」
輪の熱に引き寄せられるみたいに加わって、皆の視線を追う。
その中では菜月が、詰襟の男子やセーラー服の女子たちと並びピースをして写っていた。
小春が、その画面を見つめたまま私の肩をつつく。
「ねえ、これに写ってるの……なんだか菜月ちゃんじゃないみたいだね」
たしかに、私たちの当たり前とは違うその光景の中では、そう見えてしまうのも無理はなかった。
そして、これが菜月にとっての普通なんだと思うと、同じ国なのに違う時間を生きているような気がして、少し寂しくなった。
その間も、画面には新鮮な景色が次々と映し出され、皆の興奮はさらに高まっていった。
「こういうガチャガチャしてるのって、生きてるって感じでいいよね。楽しそう」
「でも、自由すぎるのも疲れそうじゃないか?俺は落ち着かないな」
笑う人もいれば、首をかしげる人もいる。
同じ画面を見ていても、反応はばらばらだ。
これほど違いがあると、遠い世界のように思えるからか、普段はお互いに意識することも少ない。
けれど、何かが止まった瞬間に不具合となって、一気に表に出て見えてしまう。
例えば、今回の西側からの復興支援だってそうだ。
でも毎回、他から補えるとは限らない。
だったら、限られた流れの中で、人が止まらない仕組みをどう作るのか。
「私たちからしたら菜月ちゃんて、この画面から飛び出してきたヒロインみたいだよね」
「ほんとだな。ねえ、菜月ちゃんからしたら、僕らってどうみえるの?」
その問いかけに、菜月はうんうん、と声を弾ませた。
「こっちってね、『え、そう考えるの!?』ってことがいっぱいあって、面白いの。自分の当たり前がひっくり返る感じっていうのかな?」
その楽しそうな熱量に、私たちも「分かる気がする!」と、顔を見合わせる。
「何がすごいって、みんな息がぴったりだから、やるぞってときの勢いが眩しくて、こっちまで元気になっちゃうの!私にはそれがとっても羨ましいな」
「うわ、菜月ちゃんに褒められちゃった!」
「私は東側代表として鼻が高いよ」
「いや、あんたは別に代表じゃないでしょ」
そんな軽口に、また場が和んだ。
菜月も一緒になって笑いながら、画面をスライドさせる。
「面白いっていえば。ほらここ、分かるかな?」
柔らかい色合いの内装に、軽やかなデザインのカップが並んだ飲食店の写真だった。
東側では見ない雰囲気に、皆がさらに身を乗り出す。
「なんだかおしゃれな……ドラマのセットみたいだね」
その風景は現実のはずなのに、私たちにはどこか作り物めいて見える。
見覚えのあるロゴの入ったカップに気づいた志織が、目を丸くした。
「うそ、もしかしてペロンチェ!?何で女の人がこんなにいるの?」
小春も狐につままれたような表情で驚く。
「それもそうだけど、スーツ着てる男の人が多過ぎない?まさかコレで現場に出るつもり!?」
そんな言葉を予想していたかのように、菜月が楽しそうに手を叩いた。
「あはは。私もね、あの時逆のこと思ってたよ」
その、逆という言葉にみんながまた笑う。
「ホントに何もかもが鏡合わせみたいに逆さまだね。あっちの当たり前が、こっちでは変なんだもん」
その言葉に、菜月も肩を揺らした。
「西側の友達にもね、こっちの写真見せたら、街全体が定規で引いたみたいって、驚いてたよ」
「へえ?」
「どこ歩けばいいか迷わなそうでいいね、って」
その言葉に、私たちは「そうでしょそうでしょ」と得意げになった。
小春も腕を組んで、大げさに頷いた。
「西側は建物や看板も、統一感ゼロだし。私なら、絶対に道を失うね。警察に『ここはどこ、私は誰』って電話する自信があるよ」
「それだと、記憶喪失だろ」
志織の鋭い指摘に、皆がどっと沸いた。
確かに、東側には東側の合理性がある。
けれど、西側の雑多さは、想定が崩れた時にも対応できる柔軟さがあるのだろう。
私は違う当たり前を知るたびに世界の見え方が少しずつ広がっていくようで、胸が高鳴っていた。
ひとしきり笑った後で、小春が背伸びをしながら呼びかけた。
「そろそろ手分けして準備始めようか。バケツに火バサミ。あと…夏樹ちゃん、管理室で着火剤と新聞紙もらってきてよ」
返事をしてその場を離れようとすると、志織が隣に並んできた。
「それなら俺も行くよ。参加者名簿を出さなきゃいけないし、他にライトなんかも借りておこうか」
賑やかな声を背に、私たちは管理室へと続く通路に向かって、中庭を後にした。




