期末試験
期末テストの結果発表というのは、不思議なものだ。
中間テストのときほどの張り詰めた空気はないくせに、なぜか皆が妙にソワソワしている。
理由はすごく単純明快だ。
一度、自分の実力を知ってしまったからだ。
自分がどの位置にいるのか。
どこまで届くのか。
どこが足りないのか。
現実を突きつけられた上で、もう一回!
「はいはい通してー、ランキング常連が通りまーす」
私は人混みをかき分けて、いつもの本陣へ。
右側、身体適性順位の紙の前に陣取る。
まずはここ、ここが本命。
と言うか、ここしか興味ないのだけれど。
ここを見ずに左側へ行くなんて、カレーを一口も食べずに福神漬けだけ完食するようなもんだ。
邪道中の邪道である!
「さてさて。今回の小春ちゃんは、っと」
逸る気持ちを抑え、指先で白い紙に並ぶ名前を上から順に追う。
判断能力――七位。
持久力――九位。
「おっ、上がってるじゃん。えらい!」
思わずその場でガッツポーズ。
誰も褒めてくれないなら、自分で自分を全肯定していくスタイルだ。
これが私の生存戦略。
自分を一番近くで支えられるのは、いつだって自分しかいないんだから。
「小春ちゃん今回も安定してるね」
「でしょー。安定感の鬼って呼んでいいよ?」
クラスメイトに調子よく返していると、視界の端に違和感を感じた。
あれ?
そこに、夏樹がいた。
中間テストのときは、左右の紙のちょうど真ん中で、幽霊みたいに揺れていた。
どっちにも足をかけたまま、どっちにも重心を置けないような。
まるで、崖っぷちでバランスを取っているみたいな、見ていてこっちの心臓がムズムズするような危うさがあった。
でも今は違う。
右側にどっしりと、スパイクの跡を刻み込むように立っている。
「夏樹ちゃん、反応速度十位じゃん。おめでとう」
近くにいた男子が声をかけると、夏樹は頷きながら笑った。
「ありがとう。次はもっと、肺を焼くつもりで走るよ」
ちょっと待って、何そのかっこいいセリフ。
私のセリフを取られたみたいで、なんか悔しいんだけど。
いや、そうじゃなくて。
いや、そうなんだけど。
とにかく。
軽い調子で、だけど、そこには冗談めかした誤魔化しなんて一切なかった。
自分の出した結果を、ただの数字としてじゃなく、自分の地肉として受け止めている声だ。
ふーん。
なんか今の、前と違う。
褒められて困るわけでも、居心地悪そうにするわけでもない。
ただ普通に、そこに立っている。
それだけのことなのに、やけに堂々として見えた。
そんなことを思っていたら、私の視線に夏樹が気づいた。
「なに、その顔」
「いや?ちゃんと自分の足で立ってるなーって」
「なにそれ」
「なんだろね?」
私もなんでそんなこと言ったのかよく分からなかった。
でも、不思議としっくりきていた。
「小春ちゃんもじゃん。そこ、ずっと立ってるでしょ」
「当たり前でしょ、常連なんで。そっちの二刀流さんよりは安定してる自信あるけど?」
「うん。知ってるよ。じゃあ次は、負けないように順位上げないとね」
「おっ」
売られた挑戦は買う主義である。
軽く肩をぶつけてやると、夏樹も楽しそうに笑った。
そして、夏樹はそのまま視線を外して、今度は、左の学科順位の方へ向かった。
迷いのない、まっすぐな足取りだった。
左側も相変わらず、ヌンチャクみたいにペンをくるくる回していそうな女子たちで賑わっている。
「おー、志織君また入ってるじゃん」
「今回は二科目だけどね。まだまだだよ」
まだまだだよ、か。
何なんだ、皆して。
カッコいいセリフをいちいち言わないといけない決まりでもあるのか。
私もなにか皆が「小春さま!」とか崇めるような、痺れる決め台詞が欲しいなと考えていると。
「あ、夏樹ちゃん。こっちこっち!」
と、女子が声をあげて夏樹を手招いている。
** 物理 二位 小泉夏樹 **
「……上がってるじゃん」
思わず口に出た。
中間は三位だったはずだ。
一つ上げてきた。
バケモンか。
「すごいね、夏樹ちゃん。本当にどっちもいけるんだ」
女子たちが称賛の声を投げかける。
「うん、頑張ったよ」
さっきと同じ、温度の安定した声で、逃げてない。
学科の結果を異質のように戸惑っていたあの頃の夏樹は、もうどこにもいなかった。
紫陽花祭りのあと、からだったか。
雨が上がって合流したあの時から。
あのときの夏樹の顔を、ふと思い出す。
「夏樹ちゃんさ、なんか全部乗せのフラッペみたいになってきたね」
「何その例え。せめてもうちょっと格好いいやつにしてよ」
夏樹が声を立てて笑う。
中間のときにはなかった、晴れやかで自然な笑顔だった。
ふーん、いいじゃん。
ちょっと生意気だけど、そっちの方が面白くなりそうだ。
そんなことを思っていると、廊下の向こうから、いつもの騒がしい太陽が全力で昇ってきた。
「おーい、 みんな見て見て! 今回の私、神がかってるんだけど!」
子供みたいに得意げな笑顔を浮かべる菜月に、私は思わずからかいたくなる。
「また生物一位とか取ってたら許さないからね?」
「ふっふっふ、聞いて驚け。今回の私は一味違うよ!」
菜月は鼻を鳴らして、学科掲示板を指差した。
「三位!!」
「下がってるじゃん!!」
「違うの。 苦手の古文がね、信じられないくらい点数が上がったの。八十五点! 人生最高点だよ!」
「順位じゃないんかい!」
我がクラスは、今日も平和である。
賑やかなやり取りの向こうで、志織が穏やかな笑みを浮かべていた。
四人の距離は、前よりも近い気がする。
でもそれは、誰かが無理に歩み寄った結果じゃない。
それぞれが自分の足で一歩進んで、気づいたら肩が並んでいたような、心地よい距離。
なんかいいじゃん、これ!
私は満足げに、もう一度順位表を見る。
うん、最高に 私らしい。
ここが私の場所だ。
そして、夏樹も自分の場所を世界の真ん中で、堂々と作り始めている。
「よし!」
私は手を叩く。
「結果確認終了。全員解散、の前に!」
「学食行こ!おすすめ全部乗せで!」
「はいはい、いつものね」
「大事だよ?努力には報酬が必要だからね」
菜月も、志織も、夏樹も、笑いながらついてくる。
廊下のざわめきの中を抜けて、私たちは歩き出す。
四人の歩幅はバラバラだけど、不思議とリズムだけは合っていた。
順位は大事だけど、それだけじゃない。
それをどう受け取るかの方が、たぶん、もっと大事だ。
ま、私は美味しいもの食べられれば満点だけどね。




