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女ー男じゃない!  作者: 秋桜


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24/37

紫陽花祭

 朝の寮は、休日にも関わらず早くから動き出す人が多く、浮き足立った気配が感じられた。


 今日の服装はブラウスにクロップドパンツ。

 梅雨の時期は暑いのか涼しいのか分からないから、このくらいがちょうどいい。


 集合まで時間があったので、自販機でドリップコーヒーを買ってテラスへと向うと、すでに小春が座っていた。


「あっ、志織君。早いね」


「俺より早い人のセリフ?」


「私は三十分前から来ていたからね。次元が違うよ」


 俺は肩をすくめてチェアを引きながら、小春の格好を見た。

 タンクトップに迷彩柄の作業用スカート。

 そして、頭にはタオルを巻いている。

 ――非常に分かりやすい。


「学校にも、それくらいの気持ちで登校すれば遅刻も減るのにね」

「無茶言わないでよ」

 何言ってんの、と手をヒラヒラさせて笑う。


「おはよう。二人とも気合入ってるね」

 そして分かりやすいのがもう一人。

 Tシャツにハーフパンツ、肩にはタオルをかけた夏樹がやって来て、隣のチェアに腰掛ける。


 俺が握っている紫陽花が描かれた団扇を指差して、準備いいねと笑った。

「俺は別に。去年のがあったから、たまたま」

 と返すと、背後から駆け寄ってくる足音が聞こえた。


「おはよー、待ったー!?」

 明るい声に振り向くと、菜月が小走りでこっちに来ていた。


 小春が大きく手を振る。

「菜月ちゃん、おはよう!」


 菜月も胸元を押さえながら、手を振り返す。

「ごめんねー、ちょっと遅れちゃったかな」


 俺は腕時計を菜月に向ける。

「大丈夫、ギリギリ」


「セーフ!」

 そう言って、菜月は両手を広げて滑り込むように椅子に座った。


 今日の菜月はスカート姿だった。

 全体的にやわらかい色合いで、紫陽花に合わせたみたいな雰囲気だ。

 隣を見れば、小春は満足そうに頷き、夏樹も黙って菜月を見ていた。

 ……二人とも見惚れてるな。


 なるほど、こういうのを「かわいい」と言うんだろう。

 しかし、私服でもスカートか。

 やはり東側じゃ、あり得ない光景だ。

 前の俺だったら、羨ましいとか思ったんだろうな。


 とまあ、そこまではよかったのだが。

 その格好とはあまりにアンバランスな、肩にかけているものに、三人の視線が同時に集まった。


 よく見ると、それはキリンの顔を模した、微妙に大きいがま口タイプのバッグだった。


「キリン!?」

 三人で声がぴたりと揃った。


「うん、かわいいでしょ」

 何でもないような顔をして、ぱちん、とがま口を開けた。


「はい、お待たせしましたの飴ちゃん」

 中からカラフルな飴を取り出して、テーブルにぽんぽんと置いていく。

 何というか、菜月らしい。


「ありがとう。なんだか、菜月ちゃんていつも誰かにお菓子とかあげてるイメージある」

 体育祭のレモンもそうだし、寮の談話室でも、クッキーを配ってる光景を何度か見たことがある。


「ははっ、そうだよね。菜月ちゃんて、おっちゃんみたい!」

 と、小春がからかうように笑う。


 あはは、と菜月も笑いながら小春の飴を取り上げる。

「ごめんってば!」

 菜月も小春の扱いが大分上手くなった、なんて感心しながら皆で笑う。


「でもキリンは攻めてるね」

 小春が指をさしてケラケラ笑う。

「ぬいぐるみぶら下げてるのかと思ったよ」

 夏樹も、まじまじとそれを見つめていた。


「そこがいいんだよ。ヒョウよりはいいでしょ?」

 よく分からないことを言いながら、満足そうに撫でている。


「あ、ゴメンね。そろそろ行く?」

 菜月にそう言われて時間を見ると、意外と時間が経っていた。

 

 小春も立ち上がる。

「よし。紫陽花祭り、出発!」


 *


 会場付近のバス停に着くと、すでに人集りが出来ていた。

 紫陽花祭りの看板の前には、送迎用のワゴン車を待つ列が伸びている。


 「うわ、けっこう並んでるね。これ、次でも乗れないんじゃない?」

 小春が思わずといった声を漏らすと同時に、周囲から子供たちの弾けるような声が聞こえてきた。


「ねえねえ!なんでスカートはいてるの!」

「コスプレ!?コスプレ!?」


 菜月が屈託のない笑顔を浮かべた子供たちに囲まれていた。

 フレアスカートを揺らして、ひょいと腰を落として子供たちと目線を合わせる。


「これはね、動きやすいからだよ」

「おねーさんなのに変なの!」

「男子みたーい」


 そんなやり取りをしている横で、別の子供が菜月のバッグをじーっと見つめていた。


「ねえ、これキリンなの?」


 興味津々といった様子で、ぺたぺたと触っている。


「そう、キリンさん。仲良しなんだよ」


 子供たちがわっと寄ってきて、つんつんと指で押したり、揺らしたりする。


「ほんとだキリンさんだ!」

「あくのー?」


 ぱちん。

 菜月ががま口を開くと、子供たちが一斉に大喜びで飛び跳ねた。


 そんなやり取りに、大人たちからも温かな笑い声が漏れる。

 ほんの一瞬の違和感さえ、彼女の笑顔がやわらかく溶かしていく。

 スカートもバッグも、すべてが楽しいものに塗り替えられていた。


 そうこうしている間も、ワゴン車が来る気配は依然としてない。

 俺は腕時計に目をやってから皆に提案した。


「もう、歩いた方が早いかもしれないな」

 会場までは、裏道を通れば十分程度の距離のはずだ。


 夏樹は列の長さを一度見て、それから山道の方へ目を向ける。

「うん、散策がてらに丁度いいかもね」


 道は緩やかな登り坂になっていて、奥の方には小さな滝が見える。

 水の音がさらさらと流れて、思っていたより涼しい。

 道の脇には色とりどりの紫陽花が並んで咲いていた。


 澄んだ空のような青色に見入っていると、前を歩く菜月がふっと歌い始めた。


「♪あめあめ ふれふれ……」


 東西では好まれる楽曲も違いはあるが、この素朴な童謡は俺たちにも馴染みがある。

 思わず、足が少しゆるむ。


 紫陽花の道に、不思議なくらい似合う歌だった。


 気づくと、俺もその続きを口ずさんでいた。


「……ジャノメでお迎え嬉しいな♪」


 二人の声が重なり、リズムが生まれる。


「「♪ランランラン!」」


 と、夏樹と小春も大きな声で合流していた。


 高校生四人が、紫陽花に囲まれた山道で童謡を大合唱している。


 冷静に考えると、ひどく滑稽な光景だ。


 歌い終わると、なんだか急に気恥ずかしくなって、誰も口を開かなかった。


「ははっ! 夏樹ちゃん、音程外れてるぞー!」

「うるさいな、小春ちゃんの声が大きすぎるからだよ」


  菜月がキリンを揺らして笑い、俺もいつの間にか、自分でも驚くほど柔らかな声を漏らしていた。


  四人の笑い声が、紫陽花の花にゆっくりと混ざり合っていった。


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