表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女ー男じゃない!  作者: 秋桜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/37

相似

 放課後の教室は、妙にそわそわしていた。

 皆は意味もなく窓の外を眺めたり、スマホをいじりながらも画面をまともに見ていない。

 「どっちが似合うか」と、賭け事めいた相談をしている男子もいる。


 原因はもちろん、ただひとつ。

 今日の制服交換イベントだ。

 ただ、正直に言って、私にはいまいちこのイベントがピンと来ていなかった。


「小春ちゃんてさ、こういうの一番盛り立てる人だと思ってたから、なんか意外」

 隣の席の夏樹が、らしくないものを見るような目を向けてくる。

 その言葉に、私も他人事のように頷いた。


「だって志織君だよ?こういうの興味ないと思ってたから意外すぎて。なんか呆気に取られたよ」


「まあ……。志織君なりに思うところがあるんじゃないかな。迷いみたいなの、誰にでもあると思うんだけど。小春ちゃんもそんなこと、ない?」


「ないよ、全然」

 私は即答した。 

 むしろ夏樹は何を言っているんだろう。

 これはもしや頭の良い人特有の、高度なジョークってやつなのか?


 まだまだ私も精進が足りないなと、心のメモに書き留め……いや、殴り書きにしておこう。

 どうせ読み返さないし。

 そんなふうに、久しぶりに頭をフル回転して、私の知性の高さを再確認していた、そのときだ。


 ガラッと勢いよく扉が開いて――

「ただいまー!」

 跳びはねるように、元気いっぱいに菜月が飛び込んできた。


 こっちの女子生徒用のポロシャツとスラックスに着替えている。

 シルエットがすっきりしていて、いつものふわっとした雰囲気が、引き締まって見える。


「あれ、なんか……」

 思わず呟きが漏れた。

 てっきり制服負けして、背伸びした子供みたいになるかと思ってたのに。

 あちこちから「似合ってない?」なんて声が聞こえてくる。


 うん、似合ってる。

 意外にも、ちゃんと似合ってる。


 そのまま菜月は教室の真ん中で、くるりと回った。

「ねえこれ!めっちゃ動きやすいんだけど!見て見て!スラックスだからこんなこともできちゃう!」


 そう言って、腰を左右にぶんぶん振りながら、妙なステップを踏み始めた。

 腕を振り上げ、回って、しかも舌をぺろっと出しながら。

 「……わあ?」

 教室中が、どうしたものかという空気に包まれた。


 完全にアホだ。

 だけど嫌いじゃない、むしろ。

 私は自分の冷めた態度が情けなくなった。

 せっかくのイベント、無駄にしてなるものか。

 同じアホなら踊らにゃ損だ。


 居ても立っても居られなくなり、気付けば菜月の横に飛び出して、滅茶苦茶な踊りをデュエットする。

 楽しいー!


「やめなさいって!」

「何してんの、あんたたち!」

 教室中がどっと笑いに包まれた。

 夏樹も呆れたような顔をしているが、その口元だけは隠しきれずに緩んでいた。


 ひとしきり騒いで息を切らしたところで、誰かが辺りを見回した。

「ねえ、ところで志織君は?」

「あ、忘れてた!もうとっくに来てるのかと思ってて。呼んでくるね!」

 そう言うなり、菜月は廊下へ小走りで消えた。



 嵐が去ったように、少しだけ空気が落ち着きを取り戻した。

「志織君ってさ」

 私は席に戻ると、夏樹の机をつついた。

「朝から、明らかに変だったよね。ニヤニヤしながら、視線も落ち着かなくて隙だらけって感じでさ」


「そうだね。授業中も、机の横の紙袋をずっと見ていたし。分かりやすいくらいに上の空だった」


 夏樹は頬杖をついたまま、窓の外へ視線を向けた。


「……楽しみだったんでしょ。志織君なりに」

 その声は、からかいでも否定でもなかった。


 私は、うーんと唸った。

 志織は、もしかして西側に憧れてた?

 そんな素振り、あったっけ。

 なかった気がする。

 もしくは、ないように見せていただけ、なのかもしれない。


 そこまで考えて、私は首を振った。

 ないない、考えすぎだ。


 しばらくしても、志織と菜月は戻ってこなかった。

 迷子にでもなったのかな、と心配になりかけた頃。


 再び扉が開いたが、またしても菜月だけだった。


「志織君は?」

「あのね。なんかさー」

 菜月が困ったような顔をして、扉のほうを指さした。


「現実が見えたら恥ずかしくなった、とか言ってね。そこから動かないの」

 扉の向こうを覗くと、志織が影に隠れるようにもじもじしていた。

 顔が赤い、信じられないくらい真っ赤だ。


「ほらほら!」

 菜月が手を掴んで、半ば強引に引っ張ぱり出した。


「わあ……」

 皆の感嘆の声が漏れた。

 教室に入ってきた志織のセーラー服姿は、西側の女子そのものだった。


 凛としていて、背筋が伸びている。

 どこかスポーティで、それでいて線はやわらかい。


 ……可愛い。


 菜月のような天真爛漫な明るさとは、全く違うタイプ。

 静かで、澄んでいて。

 それは確かに志織なのに、そっくりの別人みたいだった。


「やば、普通に西側の女子じゃん!」

「スカートも、すごく似合ってるよ!」

 あちこちから歓声が上がるたび、志織の顔はますます赤く染まっていく。

 その肩は小刻みに震えていて、次第に皆も異変に気づき始めた。


「……っく」

 志織がかすかな嗚咽を漏らしたかと思うと、口元を手で押さえた。

 

「え…、大丈夫?」

 何事かと、ざわめきが走る。


「……っくぅっ」

 その場で膝から崩れ落ちそうになる。

 うつむいた目尻に、光るものが見えた。


 あ、まずい。

 これは笑えない。

 志織は羞恥心と、自分でも整理のつかないものに押しつぶされそうになっている。


 隣の菜月はといえば、声をかけるでもなく、じっと志織を見つめて両手をぎゅっと握りしめている。


 この場をなんとかしなければと一歩踏み出したが、それを遮るように、


 ――パンパン!


 と、教室中に手を叩く乾いた音がした。

「はい、終了終了」

 夏樹の声だった。

 いつもより少し強い。


「皆、まわれ右!」

 教室が一瞬で静まり返る。

 そのまま誰も逆らわず、一斉に後ろを向いた。


 夏樹は、そっと志織の肩に手を置いた。

「十分でしょ」


 菜月が、今度は優しく志織の肩を支えながら、教室を出ていく。

「志織君、頑張った。頑張ったね」

 なぜか菜月の声まで潤んでいるようだ。

 何でだ。


 扉が閉まると、教室には静けさだけが残った。

 まさか夏樹がこういう場面で動くとは思わなかったので驚いた。


「意外だね」

「……かもね」


 窓の外に顔を向けた夏樹の表情には、心なしか苦々しさが滲んでいた。


「なんか、他人事には思えなかったから」

 それだけ言うと、自分の席に戻って荷物をまとめ始めた。


 他人事じゃないって何が?と、聞こうとしてやめた。


 なんだかんだ。

 夏樹は、ちゃんと見ているのだ。

 志織が抱えていた、ただの布以上の重みを。

 菜月の、優しさ以上の強さを。

 たぶん、夏樹なりに何かを見つけたんだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ