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第6話 3日ぶりの不法侵入と封印した記憶

その日の夜、いつものように俺の部屋の窓が控えめに叩かれた。


以前言っていたロケから帰ってきたのだろう。三日ぶりに耀が、相変わらずしれっと俺の部屋への不法侵入を決め込んでくる。


そんな彼女の顔には、隠しきれないほどの疲労の色とメンタルの弱りが見て取れた——


「護ぅ〜……ただいま〜」

「おう、おかえり耀……お疲れ」

「はぁ〜疲れたよぉ……あっ!ねぇ、これ……ロケ先で買ったお土産!おばさん達とみんなで食べて!」

「おおー!サンキュ、ちんすこうじゃん!」


そう言って差し出されたのは、南国の太陽を思わせるやけに鮮やかなパッケージの箱。どうやら三日間の遠征先は沖縄だったらしい。

だが、彼女の表情は南国の青空とは真逆にある雨雲のように、みるみるうちに暗く沈み込んでいく。


「それでさっ……いきなりなんだけどさ……護、大丈夫そ?」

「ん?大丈夫そって……何がだよ?」

「もうっ!ごまかさないで!学校のことだよ!……あれからウチ学校行ってないから護がどんな目に合ってるかわかんなくて……ずぅぅぅっと心配だったんだよ?!」


普段の撮影現場では完璧にコントロールされているはずの大きな瞳。

それが今は不安と焦燥に揺れ、俺を真っ直ぐに射抜いている。


「そんな大袈裟になんなって。俺は大丈夫だよ……前にも言ったろ?」


強がりでもなんでもなく、ある意味では本当に大丈夫なのだ。

当初俺が想定していた俺に対する仕打ちは、まさかの聖女の過保護によって、完全に別ジャンルへと書き換えられてしまったのだから。


「嘘っ!!ぜっっったい嘘!ウチ知ってるもん!護が酷い目に合ってるの!護の嘘つきっ!!」

「はあ?!嘘じゃないって?!そもそも知ってるって……何でだよ?!」

「ウチ見たもん!SNSで護の悪口とか、なんか脅迫とかいっぱいあるし!学校のコミュニティとか見ると護いじめてやるって言ってるやつとかもいたもん!……ねぇ護、ちゃんと嘘つかないでウチには教えてよ……そうじゃないと、心配すぎて仕事が手につかないよぉ……」


現代の兵器とも言えるSNSの拡散力と悪意の可視化。

それは俺が望んだヘイトコントロールの要とはいえ、彼女のメンタルにもダメージを与えていたみたいだ。


しゅんと肩を落とし、縋るように俺の袖を掴む耀。

このまま彼女のメンタルが崩壊し、本業である女優の仕事にまで影響が及ぶことだけは、サポーターとして絶対に防がなければならない。


「んと……わかったよ耀。まあ、ちょっと悪口とか言われたり無視とかされるけど、それ以外は本当になにもないよ……」


流石に机の落書きやなどの件は流石に言えない。

そんなリアルな内容を仄めかせば、目の前の国民的ヒロインの罪悪感が即座にカンストしてこの計画がおじゃんになるのは目に見えているから。


「やっぱだ……やっぱあんな事しなきゃよかったんだ……ウチのせいで護が……護がぁ……」


清楚を具現化した美しい顔が、見ているこちらまで胸が痛くなるほどクシャクシャに歪んでゆく。

そして次の瞬間には、長いまつ毛の縁からポロポロと大粒の涙のが零れ落ち始めてしまった。


「おいっ耀?!そんなに凹むなって!!これは俺がしたくてやったんだって言ったろ?!……それに事前に二人で決めただろ?!なにがあっても引きずらない事って!」

「それはそうだけどぉ……」

「まあ、耀の気持ちは嬉しいけど……本当に今は大丈夫なんだよ。ヤバかったのは初日だけでさ、もうみんなその話題に飽き始めてるっていうか……だからそんなに心配すんなよ?な?」


必死に取り繕いながら、俺は不器用な手つきで涙目の彼女の頭をポンポンと撫でてなだめてゆく。

実際、俺の言葉は完全な嘘というわけではない。

まあその平穏が今日、急に絶対的権力者によってもたらされたばかりではあるが。


「む〜〜……撫でて誤魔化そうってしてない?」

「してないよ……俺は大丈夫だって……」

「…………」


若干疑いの目を向けながらも、俺の必死の説得と掌から伝わる体温に渋々納得したのか、小さく唇を尖らせて黙り込む耀。

そして、まるで子犬を寝かしつけるようにそのシルクのような黒髪をしばらく撫で続けた結果、メンタルが回復の兆しを見せ始め、彼女はふと蕩けるような甘い声を出した。


「ねぇ、護……ちょっとあれしていい?」

「あれ……?なんだよ?」

「ぎゅってしていい?3日会ってなかったから護の成分を補給したいんだけど?」


……来た。

どうやらここからは甘やかしタイムらしい。


「成分補給って……お前、俺たち幼馴染だってわかってるよな?いつも言ってるけど……」

「幼馴染だからこそ気兼ね無くぎゅってするんじゃん!ってかこれは昔からいつもやってんじゃん!知ってる?ハグすると嫌なことのほとんどは消えるんだよ?!今まさにそれが必要な場面じゃん!」

「いやっ、そういう科学的な話を出されても!?いつもやってるのもだいぶおかしいんだぞ?」


正直なところ、できればこのハグだけは全力で回避したいのが本音だ。

それは決して彼女とハグしたくないという意味ではなく……ただ単に、耀との物理的距離が一定のラインを超えると、俺の理性が紙屑のように吹き飛びそうになるから。


それに、耀の身体は幼い頃からは考えられない変貌を遂げており、色々と柔らかすぎるんだ。何より最大の問題は——


「ダメ?ねぇ護……ダメっ?」


上目遣いで、雨に濡れた捨て犬のように懇願してくる耀。

その瞳の潤み具合と微かに震える声の破壊力は、国民的ヒロインという立場を差し引いたとしても、一撃で男の致死量に達する。


「……ウチ、いちおうお風呂入ってきたし臭くないはずだよ?」

「いやっ、臭いとかそういうことじゃなくてだな?!」

「じゃあなに?!何が気に食わないのっ?!」

「だから気に食わないとかじゃなくて?!……そのっ……ちょっと心の準備がいるんだよっ」

「……心の……準備?」


耀は心底不思議そうな顔で、コテンと小首を傾げてみせた。


言えるはずがないだろう。

お前が俺の部屋に侵入してくる時、基本『ノーブラ』で来てるのがマズイなんて。


思春期真っ盛りの健康な男子高校生が、幼馴染とはいえ絶世の美女とブラという装甲なしの状態で密着ハグをする。

そんな暴挙に出れば、己の煩悩を精密にコントロールしなければすぐに……反応してしまうんだよ。


俺は深く深呼吸を繰り返し、脳内を空っぽにして無我の境地を整えていく。


「ああっ、もう…………ほらっ、いいぞ耀……」

「えへへ〜……すいませんねぇ……それじゃ遠慮なく……」

「お前マジでそのオヤジ臭い感じやめろ……」


呆れ返る俺のツッコミを完全にスルーし、打って変わってだらしない笑みを浮かべながらジリジリと間合いを詰めてくる耀。


次の瞬間——


彼女の細く白い腕が俺の背中に力強く回され、熱を持った柔らかな身体が俺の胸にピタリと密着した。

薄い布地越しにダイレクトに伝わってくる、驚くほど柔らかい果実の質量と弾力。

そこにいつものシャンプーの甘い香りが混ざり合い、俺の脳髄と海綿体を直接揺らしてくる。


……くそぉぉ……なんでこんなに柔らかいし反則みたいにイイ匂いがするんだよ!昔はぺったんこだったのに、なんで急成長すんだよ……無心だ、無心……。


必死に理性を消去していると、不意に耀が俺の首筋に顔を深く埋めてきた。


「くんくん……はぁぁぁ。たまんね〜なこりゃ……護の匂いって麻薬だわ……キマるわ……」

「キマるって……お前なぁ……」


……ほんとにコイツは。


世間では誰もが憧れる清純派ヒロインとして扱われているというのに、中身は昔からかわらない若干オヤジ臭がするギャルい女子のまま。


こうしてしばらく耀に一方的に抱きつかれ、成分補給という幸せな地獄に耐え続ける。だが、俺の両手は行き場を失ったように空中でピタリと停止したまま。


彼女の華奢な背中に腕を回し、抱きしめ返すことなんて絶対にできない。

だって、もしそんな真似をしてしまったら、俺は自分の心の最も深い底に封印したそれを思い出してしまうから——



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