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【タイトル】 第3話 深化する地獄に聖女降臨

つかの間の憩いを終えた翌日から、地獄は始まった——


学校へ向かう道すがら、同じ制服を着た見知らぬ生徒から、わざと聞こえるように罵倒の言葉を投げつけられる。

自分のクラスに入れば、昨日の昼まで談笑していたはずのクラスメイト全員から完璧な無視を決め込まれる。


今まで友人と思っていた人間は、誰一人として俺と関わりを持とうとしない。

まあ、ある意味それだけの浅い関係性だったと割り切ればそれまでだが……。


やはり俺にとって、人生で唯一「親友」と呼べるのは幼馴染の耀ただ一人。

晴れて、俺は誰一人味方のいない極限まで洗練されたぼっちになったようだ。


しかし、これも全ては耀のキャリアを守るために自分で選んだ道。

そのうち慣れる……そう自分に言い聞かせながらひたすらに耐える。


耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ……。


一つだけ運が良かったのは、耀が仕事の遠征で学校に居ないことだ。

もし彼女がこの地獄に居合わせたなら、彼女の罪悪感は限界突破して体調を崩しかねないだろう。



そして、耐えること数日——



喉元過ぎれば熱さを忘れるという諺があるように、数日も経てばこの安っぽいスキャンダルの熱など冷めるだろうと俺は高を括っていた。


だが、現実は俺の考えとは真逆に、日に日に俺に迫る地獄は深度を増していく。

無視や陰口なら全然耐えられる。

しかし、その悪意が物理的な形を持ってやってくると話は少し違う——


「うわっ……?!」


朝、無数の蔑みの視線を縫うようにして登校し、自分の下駄箱の扉を開けた途端。

中から大量のゴミや丸められた紙屑が雪崩のように俺の足元へと降り掛かってきて、思わず情けない声を漏らしてしまった。


散乱した紙の断片には心無い言葉が書き殴られていたり、ご丁寧に噛み終えたガムまで付着している始末。

俺はそっと目を逸らし、感情を無にしてそれらをかき集めると、近くのゴミ箱へと無造作に放り込む。


そんな俺の背中越しに、クスクスという陰湿な笑い声が突き刺さる。

これはもはや「制裁」という大義名分すら失った、ただの娯楽としての「いじめ」だ。


そもそも俺に制裁を加える権利があるのは被害者……という設定の耀だけであり、外野がしゃしゃり出る幕ではないはずなのだが。

群集心理というやつは、そんな理屈を容易く粉砕してくるようだ。


俺は、ここで弱気な態度を見せれば奴らにいじめる隙を与えることになると判断し、何事もなかったかのように上履きに履き替えて自分のクラスへと向かう。


……俺は負けない。仮にこれをやったのが耀のファンだとしたら、あまりにも民度が低すぎて同じファンとして恥ずかしい。


口をへの字に結び奥歯を噛み締めて、一歩一歩教室へと歩みを進める。

そして教室に到着し、俺はその敷居を跨いだ——


俺の席は窓際の後ろから二番目という、本来なら漫画の主人公に与えられる特等席だ。

そこへ向かう間、クラス中の視線が昨日以上に鋭く俺に突き刺さってくるのを感じた。その理由は、俺が自分の机を視界に収めた瞬間に嫌でも理解できた。


「……ふぅぅ……マジかこれ……」 


ポロリと声が漏れる。

別に俺の机は特別綺麗だったわけではない。だが、今日のそれは明らかに異常だった。


机の天板にはマジックで「ストーカー」やら「死ね」というド直球の暴言が書き殴られ、上履きで踏みつけられた無数の足跡が無惨に重なり合っている。


極めつけに、机の引き出しの中には下駄箱と同じく大量のゴミが押し込まれており、文字通りの『いじめのフルコース』がそこにあった。


初めて出会ったこのエスカレートした仕打ちは、なかなかに強烈だ。


その異様な光景に流石にドン引きしている顔の生徒も多いのだが、だからといって俺を心配して声をかけてくるような奇特な奴は一人もいない。


……何はともあれ、ここで引いてはいけない。


いっそのこと、何をされても一切ダメージを受けないほどの強靭な精神力を見せつけなければ、この仕打ちはさらに悪化するだろう。


俺は無言で机の横に鞄を掛けると、極めて事務的な動作で机の中のゴミをかき集め、教室の後ろにあるゴミ箱に捨て、流れで清掃用具入れから雑巾を取り出して廊下の水道で濡らしてから再び自分の机へと戻ると、一切の感情を排して机の上の悪意の塊を丁寧に擦り落としていく。


(うわ……あれは流石に……)

(なぁ……でも……)


周囲からそんな無責任な同情の声聞こえてくる。

だが、それは所詮「声」だけだ。

行動で示さなければ、そんなものに意味なんてない。


そんな中途半端な同情の声のせいで余計に惨めな気分になりながら、なかなか落ちない油性マジックと格闘していたその時。不意にクラスの空気が急転した。


(あっ、おはようございます!百合園さんっ!)

(百合園さんおはよ!)



「皆さん、おはようございます——」



クラスの男女が申し合わせたかのように同じ名を口にし、一斉に挨拶を始める。

それを受けて返される、優雅で、それでいて芯のある柔らかな声。


その方向へチラッと視線を向けると、そこには絶世の美少女の姿があった。


愛くるしくも日本人離れした圧倒的な美貌に、澄み切ったスカイブルーの瞳。

高貴なオーラを纏う、透き通るような白銀の長い髪を上品なハーフアップにまとめ、一目見るだけで海外の血が混ざっていることを感じ取れる、スレンダーでグラマーな体つきのクオーター美少女。


通称、学園の聖女様こと百合園深月(ゆりぞのみずき)——この学校で彼女の名を知らない人間はいないと言っていいほどの、圧倒的な知名度と人望を誇る彼女。

その理由は、彼女の規格外の容姿や人格者としての器もさることながら、その背後にある強大な家柄にある。


彼女は国内有数の超巨大財閥——百合園財閥のたった一人のご令嬢にして次期当主候補であり……俺の通うこの私立百合園学園(ゆりぞのがくえん)も名前の通り彼女の親族の経営する学校だったりする。


要するに、彼女の機嫌を損ねたら最後。

下手すればこの学園での高校生活はおろか、その後の人生設計まで影響するほどの力を持つ絶対権力者なのだ。


まあ、常に穏やかな微笑みを絶やさず『学園の聖女』と称えられる彼女が、そんな横暴な真似をするわけがないのだが……。


そんな絶対的ヒエラルキーの頂点が、コツコツと優雅な足音を立てて俺の方へと歩いてくる。

理由は極めてシンプル。彼女の席が俺の隣だから。ただそれだけ。


「あっ、おはよう百合園さん」


ふわりと鼻腔をくすぐる高級感漂う官能的な花の香りに、彼女が至近距離まで来たことを察知した俺は、手を止め軽く顔を上げて当たり障りのない挨拶を口にした。

流石に俺だって周りと同じで、彼女を無視するわけにはいかない。


「おはようございます、御子柴くん——」


視線が交錯した瞬間、百合園さんのその完璧な笑顔がピシッと音を立てて固まった。

まあ、無理もない……この惨状の机は誰が見てもドン引きするレベルだし。


むしろ挨拶を返してくれただけでも御の字……なんて呑気に考えていた俺の目の前で、彼女の顔つきがみるみるうちに険しく、そして不穏なものへと変貌していく。


「みっ、御子柴くん?そっ、それはなんですか……あなたはなにを……?」

「えっと……こっ、これはそのぉ……あははっ、ちょっとドジしちゃって机汚しちゃっただけで……」


なんて言い訳すればいいのか思いつかず、俺は苦笑いを浮かべながら咄嗟に手元の雑巾で消えきっていない「死ね」の文字を隠そうとする。

しかし、当然そんなもので隠し切れるはずもなく……。


眼前に立つ彼女は、みるみるうちに『聖女』という言葉が似合わないほど冷たく、鋭利な表情へと変化してゆき、その美しい唇からこの場に似つかわしくない音が——



    チッ……。



……へっ?白百合さん……今、舌打ちしませんでした……?


そんな俺の間抜けな思考はさておき、気づけば教室の空気は完全に凍りついていた。

俯いた百合園さんから発せられる凍てつく波動。それが、教室にいる全ての人間の呼吸を強制的に停止させている。


次いで聖女の口から漏れ出したのは、聞く者の背筋を凍らせるような憤怒の声だった。


「なんてこと……静観していればつけ上がって……もう我慢なりません……どいつもこいつも恥を知りなさい……畜生以下のヘタレどもが……」——



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