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アルタイア興亡記  作者: JAKUSUI
序章 海の帝国
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第三節 過ぎ去りし日々(2)

 

 公用暦一一八四年の九月一日。

 アルタイア連邦帝国とファルス帝国両国間において正式に国交は樹立した。

 アルタイアはファルス帝国に対し、金属製艦船及び動力源の建造技術を提供。その見返りとして、ファルス国内地図および近海の航路情報の提供を入手。和平と交易を目的とした会談を設けながらその実態は軍事同盟であった、と史書に記されている。

「聖地巡礼を美徳とする天啓宗にとって、聖地を目指す十字宗は本来、尊敬すべき敬虔な信者だ。しかし一度異端を認めぬ強硬派が主流となれば、聖地を国内に持つファルス帝国にとって十字宗教徒は軍事的脅威でしかなくなる。アルタイアにとっても他人事ではあるまい。国家と経済活動に支障が出れば、アルタイアは同盟国に対してさえ牙を剥くであろうから……」

 ジェン・ヘはアヌシュカに向かってそう語りかけた。

 本国へと向かう航海の最中である。チロク・サムナク海峡通過に際し、アルタイア艦隊は再度チェンラ王国への寄港を予定している。チェンラの第六王女を国賓として招くためだ。

「チェンラの王族には我が国も助けられた。丁重に扱わねば国家の威信にかかわる」

 言葉にこそ出さないものの、それは要職者たちの共通認識であった。

「王女殿下は、陛下の病の原因を特定する、と意気込んでいるとか……」

 アヌシュカがそう水を向けると、意外なことに口を開いたのは、傍らにいた総旗艦 “王狼”艦長、オキタであった。

「陛下に限らず、アルタイア族は大なり小なり似たような症状を見せておる。第六王女殿下であれば、神王陛下で在らせられる父君から、チェンラに仕えたアルタイアの将帥の話は聞き及んでおろう」

 潮風に焼けた肌に、眠たそうな眼を持つ老艦長は、そう言ったきり再び沈黙する。目を開いているのか、それとも本当に寝ているのかわからぬほど細い目元であったが、彼にしか見えていない物は確かにあるのだろう、と想像させた。

「王女殿下は、自身の体調を押してまで医の道を志したお方。何らかの要因は見つけて下さるであろう。そして、その情報を用いるかどうかは、宰相閣下が判断なさることだ」

 ジェン・ヘは再び艦橋の外へと視線を向ける。

 季節が切り替わる時期であり、晴れ間が続いたかと思えば驟雨が激しく甲板を叩く。チェンラ海域に近づくにつれ、大きな嵐の渦に巻き込まれる頻度は上がる。艦長以下、複数名の航海士は額に脂汗を浮かべながら、舵を切っていた。

「大変な時期に出向してしまったようだ。艦船は立派でも、我が海軍の技術はお粗末なものだ。知識を含めてな……」

 艦長であるオキタが呟くと、ジェン・ヘも頷いた。

「慣れていくしかないでしょう。軍務尚書に報告を上げ、各海域の天候把握と航海術の見直しを検討して頂かねば……」

「おぬしも苦労が絶えんのう。ワシは今、出世とは無縁の人生で良かった、と思っとるわい」

「オキタ艦長。しばらく船を頼みます」

 自身より年長の部下に頭を下げ、ジェン・ヘは艦橋を後にする。

「さて、お偉いさんもいなくなったことだし、ぼちぼち行こうか…」

 オキタは、やや目を見開いた。先ほどまでとは打って変わって、冷厳な印象を与える老将の眼差しであった。


 チロク・ナムサク海峡は、大陸部の半島と、島嶼部に挟まれた長大な回廊であり、海流は不規則、海底地形も一定ではない。交易の要衝でありながら、数々の船を沈めてきた魔の海域でもある。

 乾季には交易船が行きかう賑やかな海だが、雨期に入り一度牙を剥けば、どの様な大型船であっても食らい尽くす、と言い伝えられている。それ故にチェンラの民はこの海峡を「神仏が住まう海」と恐れ崇めているのだ。

「座礁させるなとは言わん。責任はワシが負う。未知の恐怖を既知の恐怖に変えよ。波の声をよく聞くのだ」

 艦長の指揮の下、航海長が舵を切った。その横舷側すれすれに波飛沫が高く上がり、岩の影が脇をかすめる。

「今のをよく避けた。舵を切らねば巌に腹を破られる。腕を上げたのう、マシマよ」

「閣下の指導の賜物」

 艦長に対し、主舵を握る長身痩躯の航海長が答えた。

 生粋の船乗りである二人であったが、マシマと呼ばれた航海長は、軍参謀のような雰囲気もある若い士官であった。

「ワシが口やかましい老人に成り下がる前に、早く技を身に付けよ。お主らもその方がやり易かろう」

 オキタの軽口に、マシマもにやりと笑う。

「小官にとっては、叱られているうちが花。閣下には現場が良く似合う」

「これこれ。老体を扱き使うでない」

 軽口の応酬に、艦橋に笑い声がみちた。

「ジェン提督が、我々を信じて艦橋を託されたんだ。一隻も沈めることなく海峡を通過するぞ!」

 笑声により余裕が生まれたのか、補助舵を握る航海士は、威勢よく激励を飛ばす。

「こちら機関室、異常無し。酒飲んだらいかんかね。退屈でたまらん」

「ダメに決まっとるやろ。営倉にぶち込まれたいんか」

 伝令管を通した機関士長と砲術長の掛け合いに、再度笑いが起こった。

 艦橋でのこのやり取りは艦内全体に聞こえており、兵士たちの大きく笑う声が返ってくる。アルタイア独自の通信技術をあえて艦内放送に切り替えた、老艦長の機転であった。

 士官室で休憩を取るジェン・ヘは瞑目したまま呟いた。

「私などにはもったいないほどの部下たちだ。頼もしい限りだ」

 軍編成の最終許可を出したのは冷徹無慈悲と称される軍務尚書であろうが、編成原案を提出したのは恐らく、リーメイという名の軍官僚であろう。

 よく、次から次へと人材を発掘してくるものだ……。

 そのまま船の揺らぎに身をまかせ、ジェン・ヘは浅い眠りへと落ちていった。



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