17.誓い
エリーゼは今日も図書室の整理をしていた……といっても午前中で終わってしまうだろう。
花瓶を割って始まった仕事だが本に囲まれて楽しかったし、なによりクラウスと出会うことができた。そしてクリスタの助けも知ることができてエリーゼにとっては次々と幸福をもたらした場所だ。終わると思うと寂しくなるがこれからクラウスとの結婚の準備があるので忙しくなる。
クラウスは昨日公爵領から仕事を終え戻った。疲れているのにその足でエリーゼに会いに来てくれた。
色とりどりのガーベラの大きな花束と美しいアイスブルーのダイヤモンドの指輪をエリーゼに捧げてその手を取った。
「エリーゼ。私と結婚して頂けますか?」
「は……はい」
クラウスはプロポーズをやり直したいと正装をしてエリーゼの大好きなガーベラと高価で値段を想像できなさそうな指輪をくれた。
プロポーズをしてくれたクラウスはとっても素敵で増々好きになってしまった。ただ指輪はあまりにもキラキラしていて自分には勿体ないと震えてしまった。高価なものを着けたことがないエリーゼにハードルの高い指輪は大事に仕舞っておいて、今日はガラスの髪飾りを着けている。もちろんクラウスに見て貰いたいからだ。
ドアをノックする音に返事をすればクラウスが入ってきた。エリーゼの側に来ると少し屈んでその額に口づけをする。免疫のないエリーゼにクラウスは容赦なく愛情表現をしてくれる。喜ぶべきところだと思うが恥ずかしくて涙目になってしまう。
「エリーゼ。髪飾りを着けてくれたんですね。ありがとう。似合ってますよ」
「は……い。ありがとうございます」
真っ赤になって硬直しているエリーゼを愛おしそうに見つめて手を差し出す。
今日は食堂で公爵夫妻とクラウスとエリーゼの四人で昼食を摂ることになっていた。クリスタの体調も良くなって本邸に戻ってきたのだ。クリスタとは数年振りの再会で少し緊張している。とにかくお礼が言いたかった。
クラウスのエスコートで食堂に向かうとアーベルとクリスタが迎え入れてくれた。
エリーゼはふっくらとしたお腹を愛おしそうに触れているクリスタを見て感極まって涙が零れた。
「お久しぶりです。クリスタ様……。ありがとうございます。そしておめでとうございます。それとありがとうございます」
クリスタは目を丸くした後クスリと笑った。
「こちらこそありがとう。お久しぶりね。エリーゼ様」
クラウスはエリーゼの背中を押して席に導いた。アーベルはその様子をクリスタと微笑ましそうに眺めている。
「エリーゼ。さっきのありがとうが二回は何故だい?」
「最初のありがとうは侯爵家で働けるようにしてくださったことで、おめでとうは勿論おめでたのことです。二回目のありがとうはクラウス様と出会うきっかけを下さったお礼です」
クラウスはそうかと可笑しそうにしている。アーベルも肩が揺れている……。
そして和やかな雰囲気で昼食が始まった。相変わらす公爵家の食事は美味しい。ホクホクした気持ちでカトラリーを動かす。
「ところでクリスタ。そろそろエリーゼさんの恩とは何か教えてくれないか? 夫に隠し事はいけないよ? 私は気になって仕方がないんだ」
エリーゼとクリスタは目を見合わせた。これは楽しい話ではないのだ。
「……私、学園で……嫌がらせを受けていました」
「「はっ? 侯爵令嬢に?」」
アーベルとクラウスは信じられないと声を揃えた。
「私、自分に自信がなくて怖くて誰にも相談できなかったのです。教科書を池に捨てられたときはエリーゼさんが気づいてくれてご自分の教科書をくださったわ。お弁当を隠されたときはエリーゼさんが一緒に食べようと分けて下さったのよ。両親には情けなくて相談できなくて……」
「クリスタはその相手が誰か分かっているのかい?」
アーベルが感情を殺した地の底から聞こえるような低い声で問いかける。
エリーゼは怖くてビクリと震えたがチラリと見たクラウスは平然と食事を続けていた。
「……」
クリスタが黙ってしまうとアーベルは笑顔でエリーゼに問いかけるがその目はまったく笑っていない。
「エリーゼさんは知っていますか?」
「……アデリナ・ドナート伯爵令嬢です……」
エリーゼはアーベルの迫力に背筋を震わせスルリと口を滑らした。あっと思ったが嘘をついた訳ではないし自分も散々被害を被ったのだからまあいいかと思い直した。背中を流れる汗は気のせいだと思いたい。
「エリーゼ様も嫌がらせを受けていたのにいつも私を心配して下さったの……」
「エリーゼも?」
クラウスからも不穏な空気が漏れてくる……。エリーゼはなんだかとても嫌な予感がした。
「私は大した被害ではナイデス。お気になさらずに……」
なんとなくアデリアの今後が心配になったが……何があっても自業自得だと気にしないことにした。
「アーベル、もうこの話は止めましょう。お腹の赤ちゃんが悲しくなってしまうわ」
「そうだな。私の可愛いクリスタにはいつでも笑っていてほしい。そんな女は忘れてしまいなさい」
エリーゼは話を変えようと必死になった。
「クリスタ様。ご出産の予定日はいつですか?」
「あと二か月後にはお母さんになるわ。不安だけどアーベルがいてくれるからきっと頑張れるわ。とっても頼れる自慢の旦那様なの」
その言葉にアーベルはデレッとした。公爵の威厳はどこにもなかった……。その姿に驚くエリーゼにクリスタはとんでもない忠告をくれた。
「エリーゼ様。驚いた? でもヘンケル家の男性は皆こんな感じみたいよ。あなたも覚悟した方がいいかも」
エリーゼは目をぱちくりしてクラウスを見た。クラウスは目を細め口角を上げた。覚悟してくれと言うことかもしれない。確かにその片鱗はすでに心当たりがありますが……。
エリーゼは今の自分の経験値ではクラウスの愛情に対応できる自信はなかったが、それはとっても幸せな悩みだろう。それに気づけば自然と笑みがこぼれた。
それから二か月後の出産予定日にクリスタは無事に男児を出産した。
前公爵夫妻もハイゼ侯爵夫妻もクラウスも、もちろんエリーゼも大喜びをしたがアーベルといえば感涙にむせんでいた。
その半年後にエリーゼはハイゼ侯爵令嬢としてハミルトン伯爵となったクラウスと結婚した。今後はエリーゼ・ハミルトン伯爵夫人として彼を支える。
平民から伯爵夫人になることに迷いがなかった訳ではないが、クラウスの隣にいる為ならば何でもできる自信がある。それにエリーゼの幸せのために見守り力を貸してくれた人達に報いる為にも怖気づくことはできない。
隣にいるクラウスを見上げればアイスブルーの瞳の中に笑顔のエリーゼが映っている。
その瞳に向かって心の中で一生あなたが好きですと誓った。
首を傾げるクラウスに照れくさくなって誤魔化すように笑うと彼はエリーゼの頬にそっと口づけをした。
「愛しています。エリーゼ」
二人を祝うかのような晴天の下でクラウスとエリーゼは誓いを結ぶようにお互いの指を絡ませ合った。




