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公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


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ソルシエールを守るために

 


 新しく作ったゴレムたちのおかげで、ネフィラ草の畑作りは順調に進んでいた。


 庭の一角に新しい畑を用意し、山から運んできた岩を細かく砕いて土の表面に敷き詰める。


 以前と同じ作業なので、ゴレムたちもすっかり慣れた様子だった。


 僕が教えた通りに岩を砕くゴレムもいれば、桶に小石を集めて運んでくれるゴレムもいる。


 みんなが一生懸命働いてくれたおかげで、思っていたよりも早く畑を完成させることができた。


 「うん。これなら大丈夫そうだね」


 僕は出来上がった畑を眺めながら、小さく頷いた。


 鉢で育てていたネフィラ草もすっかり元気を取り戻している。


 十分に育った株から少しずつ株分けをして、新しい畑に植えていけば、いずれは必要な量を確保できるようになるだろう。


 もちろん、まだ安心はできない。


 鉢ではうまく育っていても、畑で同じように育つとは限らないからだ。


 それでも、以前のように原因も分からず枯れていくネフィラ草を眺めていた頃に比べれば、大きな前進だった。


 その日の作業を終え、店内に戻ると、ふと、山での出来事が頭をよぎった。


 あのときのことを思い出すと、今でも少し怖くなる。


 もし、あの魔物がもっと強かったら。

 もし、逃げることができなかったら。

 そんなことを考えると、背筋がひやりとした。


 「……また、魔物が現れるかもしれないんだよね」


 僕は山の方へ目を向けた。


 村の周囲には森や山が広がっている。


 普段は静かな場所だが、魔物がまったく現れないわけではない。


 もし、このソルシエールが襲われたら……。


 「……今のままじゃ、きっとこの店を守れない」


 僕は庭で働くゴレムたちを見つめた。


 みんなは僕の大切な仲間だ。


 小さな体で一生懸命働いてくれるし、お願いしたこともできる限り頑張ってくれる。


 けれど、魔物と戦えるかと聞かれたら、答えは難しい。


 岩を運んだり砕いたりする力はあっても、それだけで魔物に立ち向かえるとは思えなかった。


 そもそも、今のゴレムたちは戦うために作ったわけではない。


 畑仕事やお店の手伝いをしてもらうための、小さなドールなのだ。


 「……もっと強いドールが作れたらいいのに」


 僕は自分の手を見下ろした。


 《ドール・マスター》の力を使えば、作った人形を動かすことができる。


 それなら、もっと大きくて頑丈な人形を作れば、魔物とも戦えるようになるのだろうか。


 でも、ただ大きくすればいいというものでもない気がする。


 体が大きくなれば、それだけ重くなる。


 思い通りに動かせるのかも分からないし、そもそも戦い方をどうやって覚えさせればいいのかも分からなかった。


 「うーん……」


 考え込んでいると、足元にいたエルムが僕の顔を見上げた。


 「大丈夫だよ、エルム。ちょっと考え事をしてただけだから」


 そう言ってしゃがみ込むと、エルムは小さな両手を上げてくれた。


 僕はその頭を指先で優しく撫でる。


 「みんなに危ないことをさせたいわけじゃないんだけどね……」


 できることなら、魔物なんて現れない方がいい。


 けれど、何かあってからでは遅い。


 ソルシエールは、ミスティラさんから預かっている大切なお店だ。


 僕を信じて任せてくれたのだから、何かあったときにも守れるようにしておきたい。


 それに、ここには大切な薬草もあるし、薬を必要として訪ねてくれる人たちもいる。


 僕自身が戦うのは難しくても、せめて備えはしておきたかった。


 ふと顔を上げると、庭ではほかのゴレムたちが、相変わらずせっせと働いていた。


 そういえば、あのときミレイユさんがあの子たちを見て、僕の作ったゴレムをゴーレムと勘違いしていたんだっけ。


 「……ゴーレム」


 僕はその名前を小さく呟いた。


 ゴーレムは、岩や土などでできた頑丈な体を持つ魔法生物だ。


 僕が作ったゴレムたちとは違い、その体は大きく、中には人間を襲う危険なものもいるらしい。


 でも、あんなに頑丈な体は、いったいどういう仕組みになっているんだろう。


 もし、その仕組みを知ることができたら、僕のドール作りにも何か役立つかもしれない。


 そう考えると、少し興味が湧いてきた。


 「……ちょっと調べてみようかな」


 僕はゴーレムについて書かれた本がないか探すため、店を閉め作業場へ向かった。


 


 「――うーん……やっぱり、ないか」


 作業場の本棚を一通り調べ終えた僕は、小さくため息をついた。


 本棚には、薬草や調合に関する本が数多く並んでいる。


 魔力や鉱石について書かれた本も何冊かあったが、ゴーレムについて詳しく説明されているものは見当たらなかった。


 「やっぱり、専門の本が必要なのかな……」


 僕は手に取っていた本を棚に戻しながら考えた。


 この村には専門書を扱うようなお店はないし、ここでゴーレムについて詳しく調べるのは難しそうだ。


 「……そうなると、やっぱりバザルタみたいな大きな街に行かないと駄目だよね」


 バザルタなら、専門書を扱うお店もあるだろうし、魔法生物について詳しく書かれた本も見つかるかもしれない。


 「……けど」


 そう呟いたところで、僕はふと口を閉じた。


 「お店はどうしよう」


 バザルタへ行くとなれば、しばらく村を離れることになる。


 日帰りで行けるような距離ではないし、向こうで本を探したり調べ物をしたりする時間も必要だ。


 その間、ソルシエールをどうするのか。


 「お店を閉めていくわけにもいかないよね……」


 村の人たちは、薬が必要になるとソルシエールを訪ねてくれる。


 普段はそれほど忙しくないが、怪我や病気はいつ起こるか分からない。


 僕がいない間に薬を必要とする人が来たら、困らせてしまうだろう。


 かといって、誰かにお店を任せるのも簡単ではない。


 薬の種類や値段を覚えてもらわなくてはいけないし、お客さんの話を聞いて、必要な薬を選ぶこともある。


 誰にでもすぐにできる仕事ではなかった。


 「うーん……どうしたらいいんだろう」


 僕は椅子に腰を下ろし、腕を組んだ。


 バザルタへは行きたい。


 でも、そのために村の人たちを困らせるのは嫌だった。


 何かいい方法はないだろうか。


 結局、その日は答えを見つけられないまま、一人眠りについた。


 


 ――それから、数週間

 

 新しく作った畑では、ネフィラ草が青々とした葉を広げていた。


 鉢から移した株はしっかりと根づき、株分けしたものも少しずつ大きくなっている。


 以前は土にまばらに並んでいた小さな株が、今では葉を重ねるほどに育っていた。


 「うん。これなら、そろそろ大丈夫そう」


 僕は畑にしゃがみ込み、育ったネフィラ草の葉をそっと確かめる。


 葉の色もよく、傷んでいるところも見当たらない。


 僕は収穫用のハサミを用意すると、慎重に選別しながらネフィラ草に刃を入れていく。


 自分たちで育てたネフィラ草を収穫するのは、これが初めて。


 山で採ってきたものとは違って、毎日少しずつ成長する姿を見守ってきたからだろうか。


 一枚一枚の葉が、なんだかとても大切なものに思えた。


 一時間ほどかけ収穫を終えると、僕は籠を抱えて作業場へ向かった。


 今日の目的は、収穫したばかりのネフィラ草を使って、マナポーションを作ることだ。


 僕は早速、ネフィラ草を作業台に並べると、手順を確認しながら調合を始めた。


 まずは葉を丁寧に処理し、蒸留によって必要な成分を抽出する。


 それをほかの材料と合わせ、慎重に混ぜていく。


 すると、少しずつ調合液の色が変わり始め、やがて透き通るような青色へと変化していった。


 「……できた」


 僕は完成したマナポーションを瓶に移し、その色を確かめた。


 見た目は、あの時と変わらないし、特におかしなところもない。


 「うん。ちゃんとできてる……!」


 完成したマナポーションを前に、胸の奥から、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。


 初めて自分で育てたネフィラ草から、マナポーションを作ることができたのだ。



 僕は改めて瓶を眺める。


 もちろん、まだ収穫できる量はそれほど多くないし、安定して育て続けられるかどうかも分からない。


 それでも、こうして一からマナポーションを作れたことは、ソルシエールにとって大きな前進だった。



 

 その日の午後、僕はソルシエールの店内で椅子に腰を下ろしていた。


 棚には調合を終えたポーションが並び、店の中は静まり返っている。


 今日は朝からお客さんが少なく、今も誰かが訪ねてくる気配はなかった。


 「……暇だなぁ」


 小さく呟いて、僕はぼんやりと入口の扉を眺めた。


 こうしてお客さんを待っている時間は、案外長い。


 薬草の世話や調合で忙しい日もあるけれど、何もすることがなくなると、つい余計なことまで考えてしまう。


 「……ゴーレム、かぁ」


 僕は椅子の背もたれに体を預けた。


 バザルタへ行けば、ゴーレムについてもっと詳しく調べられるかもしれない。


 でも、そのためにはソルシエールをしばらく留守にしなくてはいけない。


 「お店をどうするか、だよね……」


 この数週間、こうして時間が空くたびに考えていた。


 けれど、何度考えても、いい方法は思いつかなかった。


 せっかくネフィラ草を育てられるようになったのに、今度は別のことで悩むことになるなんて。


 僕は小さくため息をつき、入口の扉へと視線を戻した。


 「……何か、いい方法があればいいんだけど」


 答えの出ないまま、僕は今日もお客さんが来るのを待ち続けていた。



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