ネフィラ草の育て方
僕は再び作業場へ戻ると、本棚に並んだ本の背表紙を順番に眺めていった。
「――あった。確か、これだ」
本棚の端から少し厚めの本を取り出し、机の上に広げる。
表紙には『鉱石と魔力の基礎知識』と書かれていた。
ページをめくっていくと、鉄や銅などの一般的な鉱石についての説明に続いて、マナを含む特殊な鉱石についての記述が見つかった。
どうやら、自然界に存在する岩石の中には、周囲のマナを長い年月をかけて取り込み、内部に蓄積する性質を持つものがあるらしい。
そうした岩石は、含まれるマナの量や性質によっていくつかの種類に分けられているようで、特にマナを多く含むものは魔道具の材料としても利用されているそうだ。
「へえ……岩にもマナを蓄えるものがあるんだ」
僕は興味を惹かれ、さらにページを読み進めていく。
本によると、マナを含む岩石は必ずしも珍しいものばかりではないらしい。
ただし、含有量には大きな差があり、見た目が似ていても、ほとんどマナを含まないものもあるという。
また、岩石に蓄えられたマナは、長い年月をかけて少しずつ周囲へ放出されることがあるとも書かれていた。
「……これって、もしかして」
僕は本から顔を上げ、ネフィラ草が生えていた崖の様子を思い浮かべた。
あの場所は大きな岩がむき出しになっていて、ネフィラ草はその隙間に根を張っていた。
もしあの岩にマナが含まれているのなら、周囲に放出されたマナを吸収しながら育っていたのかもしれない。
そう考えると、ネフィラ草が普通の地面ではなく、岩肌の隙間に生えていたことにも理由があるように思えた。
「やっぱり、あの崖の岩が必要なのかもしれない」
とはいえ、岩にマナが含まれているのかどうか、僕には調べる方法がないし、そもそも、あの崖の岩が特別なものなのかも分からなかった。
でも、今のままではネフィラ草が枯れてしまうかもしれない。
「……よし。とりあえず試してみよう」
僕は本を閉じると、作業場の外へ出た。
庭ではゴレムたちが、いつものように畑の世話や掃除をしてくれている。
そのうちの何体かを呼び寄せると、僕はしゃがんで目線を合わせた。
「みんな、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかな?」
集まってきたゴレムたちは、揃って小さな両手を上げた。
「前にネフィラ草を採りに行った崖、覚えてるよね?」
そう尋ねると、ゴレムたちは元気よく頷く。
「そこにある岩を、少し持ってきてほしいんだ。あまり大きなものじゃなくていいから。それと、危ない場所には近づかないように気をつけてね」
僕がそうお願いすると、ゴレムたちは互いに顔を見合わせてから、任せてと言わんばかりに両手を掲げた。
「うん、お願い。気をつけて行ってきて」
ゴレムたちが山へ向かって歩き出すのを見送ってから、僕はネフィラ草の鉢が並ぶ場所へ向かった。
もし岩に含まれるマナが必要なのだとしたら、岩を細かく砕いて土に混ぜる方法も考えられる。
でも、それだと岩のマナがなくなった場合、混ぜてしまった岩を取り除くのは難しい。
新しい土に入れ替えるとなれば、そのたびにネフィラ草を植え替えなくてはいけなくなる。
弱っている株を何度も植え替えるのは、できれば避けたいところだ。
「……そうだ」
僕はネフィラ草を採取したときのことを思い出す。
あの崖では、ネフィラ草は岩の隙間にわずかに溜まった土に根を張り、周囲を岩に囲まれるようにして育っていた。
だったら、鉢の中でもそれに近い環境を作ってあげればいいのかもしれない。
「土の上に小石を敷き詰めれば、少しはあの場所に近づけられるよね」
岩を小さく砕いて、ネフィラ草の周囲に敷き詰める。
そうすれば、根を傷つけずに岩を近くに置くことができるし、マナがなくなったときも新しい小石に交換するだけで済む。
「まずはその方法で試してみよう」
僕は鉢の土の状態を確かめながら、ゴレムたちが戻ってくるのを待つことにした。
それからしばらくして、山へ向かったゴレムたちが戻ってきた。
「おかえり! みんな、大丈夫だった?」
庭へ出てみると、ゴレムたちはそれぞれ両手で抱えられるほどの岩を持っていた。
中には少し大きな岩を二体がかりで運んできた子たちもいる。
「こんなに持ってきてくれたんだ。ありがとう!」
ゴレムたちは嬉しそうに両手を上げると、岩を庭の隅に並べ始めた。
僕はそのうちの一つを手に取り、表面を眺めてみる。
見た目はごく普通の岩で、特に変わったところはない。
もちろん、マナが含まれているのかどうかも分からなかった。
「うーん……やっぱり、見ただけじゃ分からないね」
それでも、ネフィラ草が育っていた崖から持ってきた岩であることは確かだ。
あとは実際に使ってみるしかない。
「それじゃあ、まずはこの岩を扱いやすいように小さく砕こうか」
僕はゴレムたちに声をかけると、畑や鉢から少し離れた庭の隅へ岩を運んでもらう。
ここなら、岩を砕いたときに破片が飛び散っても、育てている薬草に当たる心配は少ないだろう。
「いい? こうやって石をぶつけるんだ」
僕は地面に岩を一つ置き、別の岩を両手で持ち上げて、その上に打ちつけた。
ゴツン、と鈍い音が響き、岩の端が少し欠けた。
「うーん、一回じゃなかなか割れないか」
何度か繰り返しているうちに、ようやくひびが入り、岩が二つに割れた。
僕は割れた岩を拾い上げ、ゴレムたちに見せる。
「こんなふうに、小さくしていくんだ。みんなもやってみて」
ゴレムたちは僕の手元をじっと見つめていたが、やがて一体が近くの岩を抱え上げた。
僕の真似をするように、地面に置かれた岩へ勢いよく打ちつけると大きな音が響き、岩の欠片がころころと転がった。
「うん、そうそう! 上手、上手」
ほかのゴレムたちも次々と真似を始め、庭の隅にはゴツン、ゴツンと石同士がぶつかる音が響き始める。
最初はなかなか割れなかったり、同じ場所ばかり叩いていたが、何度も繰り返すうちに、少しずつ岩が小さくなっていく。
僕は作業の様子を見守りながら、ときどき大きな岩を置き直したり、割れた石を集めたりして手伝い、ある程度小さくなったところで、その中から鉢に敷くのにちょうどよさそうな小石を拾い上げた。
「これくらいあれば足りそうだね。みんな、ありがとう」
僕が声をかけると、ゴレムたちは作業を止め、揃って両手を上げていた。
僕は集めた小石を持って、ネフィラ草の鉢が並ぶ場所へ向かう。
ネフィラ草はすでに普通の薬草用の土に植えてあるので、わざわざ植え替える必要はない。
僕は株元を少し空けながら、土の表面に小石を一つずつ並べていく。
「これなら、根を傷つける心配もないよね」
ほかの鉢にも同じように小石を敷いていき、最後に全体の様子を確かめた。
見た目は少し変わったけれど、ネフィラ草が岩の隙間に生えていたことを思えば、それほど不自然な光景ではない。
「あとは元気になってくれるかどうか」
僕は鉢を元の場所に並べると、しばらく様子を見ることにした。
――それから数日が経った。
いつものように朝の仕事を済ませ、ネフィラ草の様子を確かめに行った僕は、一つの鉢の前で足を止めた。
しゃがみ込んで葉を覗き込む。
黄色くなっていた部分が元に戻ったわけではないが、以前より葉に張りがあるように見えた。
それに、株の中心からは小さな新しい葉が顔を出している。
「もしかして……効果があったのかな?」
ほかの鉢も確かめてみると、どの株にも少しずつ変化が現れていた。
小石を敷く前は日に日に弱っていたのに、今は黄色くなる葉が増えなくなり、新しい葉も伸び始めている。
「やった……!」
思わず声が弾んだ。
まだ完全に元気を取り戻したわけではないが、少なくとも以前のように弱り続けている様子はない。
それからも毎日欠かさず様子を確かめていると、ネフィラ草は少しずつ新しい葉を増やし、やがて山で採取したときのような青々とした姿を取り戻していった。
僕はほっと胸を撫で下ろす。
どうやら、あの崖の岩には本当にマナが含まれていたらしい。
もちろん、ちゃんと確かめたわけではないが、小石を敷いてから元気を取り戻したことを考えると、岩に含まれるマナが関係している可能性は高そうだった。
「これなら、ネフィラ草も育てていけそうだね」
そう考えたところで、僕はふと庭の畑に目を向ける。
今は鉢で育てているが、これからマナポーションを安定して作るためには、もっとたくさんのネフィラ草が必要になる。
そうなると、鉢を増やすだけでは足りない。
「……ネフィラ草専用の畑も作った方がいいよね」
普通の薬草と同じ土でも、あの崖の小石を敷けば育てられることが分かった。
だったら、新しく畑を作り、そこにネフィラ草を植えてみてもいいかもしれない。
ただ、そのためには今よりずっと多くの岩が必要になるし、畑の準備や栽培後の世話も増えることになる。
それに、小石に含まれるマナがなくなったときには、新しいものと交換する必要もあるだろう。
「うーん……これは、思っていたより大仕事になりそう」
僕は一旦作業場へ戻ると、これから必要になる作業を一つずつ書き出してみた。
畑を耕し、山から岩を運び、苗を植えて、水やりをする。
ほかにも、育った薬草の収穫や運搬など、やらなくちゃいけないことはたくさんある。
それぞれの作業に何体のゴレムが必要なのかも考えながら、僕は紙の上に書き足していった。
「……うーん」
こうして書き出してみると、思っていた以上に作業が多い。
どう考えても、今いるゴレムたちだけでは手が足りそうになかった。
となれば、まずやるべきことは決まっている。
ゴレムたちを増やすことだ。
僕は早速、新しいドールを作るために粘土を広げ、作業に取りかかった。
ネフィラ草を育てられる見通しが立ったのは嬉しいけれど、本格的な栽培はまだこれからだ。
それでも、こうして一つずつ準備を進めていけば、いつかマナポーションも普通のポーションと同じように、お店に並べられるようになるかもしれない。
そんな未来を思い浮かべながら、僕は粘土をこねる手を動かし続けた。
「よし。僕も頑張ろう!」
すると、作業台のそばにいたエルムも、僕を応援するように両手を上げてくれた。




