ネフィラ草の秘密
翌朝、いつものように身支度を整えて一階へ降りた僕は、朝食を済ませると、真っ先に昨日植え替えたネフィラ草の様子を見に行った。
日当たりのよい場所に並べた鉢を一つずつ確かめてみると、どの株も昨日と変わらず青々とした葉を広げていて、今のところは問題なさそうだった。
「うん、元気そうだね」
しゃがみ込んで葉の様子を眺めていると、近くで掃除をしていたゴレムが僕の隣までやってきた。
「昨日は採取を手伝ってくれてありがとう。あとはちゃんと育ってくれるといいんだけど」
そう話しかけると、ゴレムは鉢を覗き込んでから、励ますように両手を上げてくれた。
「ありがとう。そろそろ畑の方もお願いできるかな?」
元気よく頷いたゴレムが畑へ向かうのを見送ってから、僕は鉢の土に指を触れて湿り具合を確かめた。
昨日水を与えたおかげか、まだ十分に湿っているようなので、今日はこのままでよさそうだ。
あとは無事に根づいてくれるのを待つだけだけれど、ずっと眺めているわけにもいかない。
「さて、それじゃあ僕もお仕事を始めようかな」
僕は作業場へ戻り、店頭に並べるポーションの在庫を確認してから、足りなくなっている分を補充することにした。
新しく作ったゴレムたちもすっかり仕事に慣れたようで、畑の薬草を世話したり、収穫した材料を運んだり、使い終わった道具を片づけたりと、忙しそうに動き回っている。
おかげで僕も調合に集中することができ、午前中のうちに予定していた分を作り終えることができた。
その後もお店を訪れたお客さんの相手をしたり、《黄金の麦穂亭》にポーションを納めたり、薬草の在庫を確かめたりしているうちに、あっという間に一日が過ぎていった。
もちろん、ネフィラ草のことも忘れてはいない。
仕事の合間に何度か様子を見に行ったが、特に変わったところはなく、葉もしっかりとしていたので、ひとまず安心してその日の仕事を終えた。
――それから数日が経った。
ネフィラ草の世話もすっかり僕の日課になり、毎朝、鉢の土の状態や葉の様子を確かめながら、必要に応じて水を与えていた。
植え替えた直後は葉がしおれてしまわないか心配だったけれど、幸い枯れることもなく、どの株も元気そうに見える。
「これなら、ちゃんと育ってくれるかな?」
そう思いながら、いつものように鉢を覗き込んでいた僕は、一部の葉先がわずかに黄色くなっていることに気づいた。
「あれ……?」
昨日までは気にならなかったので、最初は見間違いかと思ったけれど、ほかの鉢も確かめてみると、同じように葉先の色が変わっている株がいくつかあった。
「どうしたんだろう……」
そっと葉に触れてみると、山で採取したときのような張りがなく、少し元気がないようにも感じられる。
水が足りないのかな?
そう思って土の状態を確かめてみたけれど、乾きすぎている様子はない。
かといって、水を与えすぎているわけでもなさそうだった。
「うーん……植え替えたばかりだからかなぁ」
山から持ち帰ったばかりだし、環境が変わったことで弱っているのかもしれない。
薬草の中には、植え替えたあとに一時的に元気をなくすものもあるので、今はあまり触らず、様子を見た方がいいのかもしれない。
そう考えて、その日はいつもどおりの世話だけをしておくことにした。
ところが、それからさらに数日が経っても、ネフィラ草の状態はよくならなかった。
それどころか、最初は葉先だけだった黄色い部分が少しずつ広がり、株全体にも元気がなくなってきている。
「どうしてだろう……」
鉢の前にしゃがみ込んだ僕は、しおれかけた葉をそっと持ち上げながら、これまでの世話の仕方を振り返ってみた。
水の量には気をつけているし、日当たりだって悪くない。
土も普段から薬草を育てるために使っているものなので、特に問題はないはずなのに。
そもそも、ネフィラ草がどんな環境を好むのか、僕は詳しく知らない。
「やっぱり、普通の薬草とは育て方が違うのかな……」
そういえば、マナポーションは希少で、それほど多く流通していない。
材料となるネフィラ草を簡単に栽培できるのなら、もっと出回っていてもおかしくないはずだ。
だとすると、ネフィラ草を育てるには、普通の薬草とは違う条件が必要なのかもしれない。
「……ネフィラ草についてもう一度詳しく調べてみよう」
僕は作業場へ戻ると、本棚から薬草について書かれた本を何冊か取り出し、机の上に並べた。
普段から調合の参考にしている本にもネフィラ草の名前は載っていたが、書かれているのは主にマナポーションの材料としての用途で、育て方についてはほとんど触れられていない。
そこで、ほかの本にも目を通していくと、古い薬草図鑑の中にネフィラ草について詳しく記された項目を見つけた。
「あっ、これだ!」
さっそく該当するページを開き、書かれている内容を読み進めていくと、ネフィラ草の特徴や生息地についての説明に続いて、ある一文が目に留まった。
――ネフィラ草は周囲のマナを吸収し、体内に蓄積する性質を持つ。そのため、マナを回復させる薬の材料として珍重される。
「マナを吸収して、蓄積する……」
僕はその一文をもう一度読み返した。
ネフィラ草がマナポーションの材料になるのは知っていたけれど、周囲のマナを吸収する性質があることまでは知らなかった。
もしかすると、この性質が栽培の難しさに関係しているのかもしれない。
そう考えたところで、僕はネフィラ草が生えていた場所を思い出した。
あの山で採取したネフィラ草は、普通の地面ではなく、崖の岩肌にあるわずかな隙間に根を張っていた。
「……もしかして、地面の中からマナを吸収しているのかな?」
普通の薬草は根から水や養分を吸収して育つけれど、ネフィラ草はそれに加えてマナも必要としているのではないだろうか。
もしそうなら、あの崖には、普通の畑とは違ってマナが豊富に存在しているのかもしれない。
特に気になるのは、ネフィラ草が根を張っていた岩肌だ。
岩そのものにマナが含まれていて、そこから少しずつ周囲に染み出しているとしたら、ネフィラ草があのような場所に生えていたことにも理由があるのだろう。
そこまで考えたところで、僕は植え替えたときのことを思い返した。
ネフィラ草を採取したときは、根を傷つけないよう周囲の土ごと慎重に掘り出した。
持ち帰って株分けをした際も、根についた土はできるだけ残したまま、それぞれの鉢に植え替えている。
「あれ……だったら、最初はその土に残っていたマナを吸収していたのかも」
植え替えてから数日間は、どの株も元気そうだった。
それが時間の経過とともに弱り始めたのは、根の周りに残っていたマナを吸収し尽くしてしまったからではないだろうか。
もちろん、まだ推測にすぎない。
けど、そう考えれば、最初は元気だったネフィラ草が少しずつ弱っていったことにも説明がつく。
「そうか……普通の土だけじゃ、マナが足りないのかもしれない」
僕は本を閉じると、もう一度ネフィラ草の鉢を確かめに向かった。
今使っているのは、畑の薬草を育てるために用意した普通の土だ。
ほかの薬草なら問題なく育つけれど、ネフィラ草に必要なマナまで含まれているとは限らない。
あの崖の岩にマナが含まれているのなら、岩の欠片を土に混ぜることで、ネフィラ草が育つ環境に近づけられるかもしれない。




