幕引き
――間に合わない……!
エルムを庇おうと伸ばした手は届かず、僕は反射的にぎゅっと目を瞑った。
その瞬間――
ズバァンッ!!
凄まじい斬撃音とともに、目の前の魔物の身体が一瞬で切り裂かれた。
「グガアアアッ!!」
断末魔の叫びを上げた魔物から大量の鮮血が噴き出し、僕の頭上へ降り注ぐ。
生温かい血が顔や服を濡らす中、魔物の巨体はそのまま地面へ崩れ落ちた。
突然の出来事に何が起きたのか分からず、恐る恐る目を開けると、魔物の身体には大きな裂傷が刻まれ、辺りには鮮血が飛び散っていた。
僕が呆然としていると、洞窟の方からミレイユさんの鋭い声が響いた。
「ルーク! 動かないで!」
顔を向けると、ギルさんたちの後方で杖を構えるミレイユさんの姿が見えた。
杖の先には淡い緑色の魔力が集まり、周囲の空気が激しく渦を巻いている。
「――エアリアルブレード!」
ミレイユさんが杖を振り抜くと、幾重にも重なった巨大な風の刃が放たれ、僕を取り囲んでいた魔物たちを次々と切り裂いていく。
凄まじい勢いで駆け抜けた斬撃は、断末魔の叫びすらも掻き消し、その巨体を地面へ沈めてしまった。
「す、すごい……」
思わず声が漏れた。
あれほど恐ろしかった魔物たちが、たった一度の魔法で倒されていく。
さらにミレイユさんが魔法を放つと、ギルさんたちも一転して攻勢に出る。
ガルドさんが大盾で魔物の突進を受け止め、ギルさんとカイルさんが次々と斬り伏せていく。
リナさんも後方から矢を放ち、残った魔物たちを追い詰める。
さっきまで押されていたのが嘘のように、戦況は一気にこちらへ傾いていた。
――そっか、ミレイユさんにちゃんと届いたんだ。
僕が作ったマナポーション。
ゴレムが無事届けてくれたことに、僕はほっと胸を撫で下ろした。
そうだ!?
エルムは……!?
慌てて傍らに目を向けると、エルムがちょこんと座っていた。
どうやら怪我もしていないようで無事の様だ。
すると、安心したせいだろうか。
急に身体から力が抜け、目の前の景色がぐらりと揺れる。
「あれ……?」
岩にもたれかかったまま、ずるずると身体が崩れ落ち、何とか意識を保とうとしたが、瞼がどんどん重くなっていく。
遠くで誰かが僕の名前を呼んでいる気がする。
けれど、その声に答えることもできず、僕の意識はゆっくりと暗闇に沈んでいった。
――パチッ、パチパチ……。
薪の爆ぜる音が、静かな夜に響いていた。
「……姉さま……」
懐かしい夢を見ていた。
まだ幼かった頃、姉さまの膝の上で眠っていたときの夢だ。優しく頭を撫でてくれる手が心地よくて、僕はいつも安心して眠っていた。
「……姉さま……」
もう一度呟くと、誰かがそっと頭を撫でてくれた。
その温もりがあまりにも懐かしくて、僕はゆっくりと目を開けた。
ぼんやりとした視界に映ったのは、僕を優しく見つめるミレイユさんの顔だった。
「……あれ? 姉さま……?」
「ふふっ、残念。私よ、ルーク」
「……ミレイユさん?」
まだ寝ぼけた頭で見上げていると、ミレイユさんが優しく微笑んだ。
そこでようやく、自分がミレイユさんの膝の上に頭を乗せていることに気づいた。
「わっ! ご、ごめんなさい!」
慌てて身体を起こそうとすると、ミレイユさんが優しく僕の頭を撫でた。
「いいのよ。まだ疲れているでしょう? もう少し休んでいて」
「……ありがとうございます」
僕は少し照れながら、辺りを見回した。
いつの間にか空は暗くなり、すぐ近くでは焚き火が赤々と燃えている。その周りにはギルさんたちが集まり、暖を取っていた。
……そうだ。
魔物に襲われて、ミレイユさんが助けてくれて……。
そこまで思い出したところで、僕は慌てて尋ねた。
「そ、そうだ! 魔物はどうなったんですか!?」
「おっ、ルーク! 目が覚めたか!」
僕の声に気づいたカイルさんが、こちらを振り返った。
「安心しろ。魔物は全部倒したぜ。もう心配いらねえよ」
「よかった……」
その言葉を聞いて、僕はようやく安心した。
「ルーク、身体は大丈夫? どこか痛むところはない?」
「はい。ちょっと身体が重いですけど、大丈夫です」
「そう。よかったわ……。本当に心配したのよ。急に意識を失っちゃうんだもの」
ミレイユさんは安堵したように息を吐いた。
「すみません……」
「謝らなくていいわ。あなたのおかげで、私たちも助かったんだから」
そう言って、ミレイユさんは優しく微笑んでくれた。
僕は焚き火を囲んでいるみんなを見渡す。
ギルさんも、ガルドさんも、リナさんも、カイルさんも、そしてミレイユさんも、全員無事みたいだ。
そのことが何より嬉しかった。
パチパチと薪の爆ぜる音が、静かな山の夜に響いている。
さっきまで魔物と戦っていたのが嘘のように、辺りには穏やかな時間が流れていた。




