ネフィラ草を求めて
ソルシエールの裏手から山へ入ると、カイルさんは迷うことなく木々の間を進んでいった。
僕もそのあとを追い、肩にエルムを乗せたまま山道を歩いていく。
後ろからは、調合道具やポーションを抱えたゴレムたちの小さな足音がついてきていた。
まだこの辺りは見覚えのある場所だけれど、カイルさんが向かっているのは、もっと山の奥だ。
そこでは今も、ギルさんたちは戦っている。
そのうえ、ミレイユさんの魔力も残り少ない。
早くしないと。
そう思うと、自然と足が速くなった。
カイルさんも急いでいるのだろう。
先ほどまで疲れ切っていたとは思えないほどの足取りで、山道を進んでいく。
僕も遅れないよう、そのあとを追った。
しばらく進んでいくうちに、少しずつ周囲の景色に見覚えがなくなってきた。
「昨日はこのまま奥へ進んだ。ミレイユが言ってた崖も、おそらくこの先だろう」
「分かりました」
僕は頷き、道の脇へ目を向けた。
ここから先は僕の知らない場所だ。
ネフィラ草を見落とさないよう周囲へ目を配りながら、カイルさんのあとを追っていく。
細長い葉に、青みがかった葉脈。
本で見た特徴を思い浮かべながら探してみるけれど、それらしい薬草は見当たらない。
山道も、奥へ進むほど歩きにくくなってきた。
木の根が地面から張り出し、大小の石が転がっている。傾斜も少しずつきつくなり、気づけば息も上がり始めていた。
それでも、カイルさんの背中は少しずつ先へ進んでいく。
遅れないようにしないと――。
そう思って足を踏み出した、そのときだった。
「わっ――」
踏み出した足が、石の上で滑った。
身体が大きく傾く。
咄嗟に手を伸ばしたけれど、掴めるものはない。
転ぶ――。
そう思った瞬間、左右から小さな身体が飛び込んできた。
「えっ?」
二体のゴレムが僕の脚と腰にしがみつき、倒れかけた身体を支える。
さらに後ろにいた一体も、抱えていた荷物を地面へ置くと、すぐに僕の背中へ回って押し返してくれた。
おかげで何とか踏みとどまり、僕はその場に立ち直る。
「……危なかった」
ほっと息を吐いて足元を見ると、ゴレムたちが僕の周りに集まっていた。
「ありがとう。助かったよ」
声をかけると、僕を支えていたゴレムたちが手を離す。
そのうちの一体は、僕がちゃんと立っているのを確かめるように少しだけ見上げてから、地面に置いた荷物をもう一度抱えた。
「大丈夫か?」
声に顔を上げると、先を歩いていたカイルさんが戻ってきていた。
「はい。ちょっと足を滑らせただけです」
そう答えたものの、呼吸はまだ整っていない。
額にも汗が滲んでいた。
カイルさんがそんな僕を見て、僅かに眉を寄せる。
「……少し休むか?」
「いえ、大丈夫です」
ギルさんたちは今も待っている。
ここで長く休んでいる時間はない。
「行けます」
「……分かった。だが、無理そうなら言えよ」
「はい」
カイルさんはそれ以上何も言わず、再び先へ向かった。
僕も一度大きく息を吸ってから、そのあとを追う。
すると、さっき僕を支えてくれたゴレムの一体が、今度は僕のすぐ隣を歩き始めた。
思わず、その姿を見下ろす。
「……心配してくれてるの?」
ゴレムは答えない。
ただ、僕から離れることなく、小さな足で一緒に山道を歩いている。
その姿に少しだけ頬を緩めてから、僕は再び前を向いた。
それからしばらく進んだところで、カイルさんが不意に足を止める。
僕もそのすぐ後ろで立ち止まった。
「どうしたんですか?」
カイルさんは答えず、地面へ視線を落としている。
その手は、腰の短剣に添えられていた。
僕もつられて足元を見ると、土の上に大きな足跡が残っていた。
一つじゃない。
いくつもの足跡が重なり合い、道を横切るように森の中へ続いている。
「魔物……ですか?」
「ああ」
カイルさんがしゃがみ込み、足跡を確かめる。
「昨日はなかった」
その言葉を聞いて、思わず周囲を見回した。
風が吹くたびに木の葉が擦れ合い、ざわざわと音を立てている。
けれど、魔物らしい姿はどこにも見えない。
「近くにいるんでしょうか?」
「分からない。ただ――」
カイルさんは立ち上がると、足跡が続いている森の奥へ目を向けた。
「一匹や二匹じゃないな」
僕には足跡を見ただけで、どんな魔物なのかまでは分からない。
それでも、山の奥で魔物が増えているという話が、急に現実味を帯びてきた。
「ルーク」
「はい」
「ここからは俺より前に出るな。それと、ネフィラ草を見つけても勝手に道を外れるなよ。必ず俺に言え」
「分かりました」
僕が頷くと、カイルさんは再び歩き始めた。
その背中を追ってさらに奥へ進むにつれ、今度は足跡以外のものも目につくようになってきた。
折れた枝や、大きく踏み倒された草。
地面には何かを引きずったような跡も残っている。
そして、その先で道の端に何かが落ちているのが見えた。
木の棒のようにも見えたけれど、近づくにつれて、その端に矢羽根が残っているのが分かった。
「これ……」
「リナの矢だ。昨日、この場所で戦った」
改めて辺りを見ると、地面の一部が大きく抉れ、近くの木にも深い傷が残っていた。
ここで戦ったという言葉を聞いたせいか、それまで何気なく見ていた一つ一つの痕跡が、急に生々しく感じられる。
カイルさんは周囲に魔物がいないことを確かめると、再び歩き出す。
僕もそのあとを追いながらネフィラ草を探し続けるけれど、それらしいものはなかなか見つからない。
その間にも日は傾き、森の中は少しずつ暗くなっていく。
完全に日が落ちてしまえば、葉の特徴を見分けるのも難しくなる。
急がないと――。
足元だけでなく、道の脇や斜面にも目を配りながら進んでいると、やがて前方の木々の隙間から岩肌が見えてきた。
カイルさんが足を緩める。
「……ここだ」
僕もその視線を追った。
木々の向こうに、岩肌がむき出しになった崖がそびえている。
「昨日通った崖ですか?」
「ああ。ミレイユが言ってたのも、たぶんここだと思う」
「この崖のどこかにネフィラ草が――」
僕は慎重に近づくと、岩の隙間や僅かに土が溜まった場所へ目を凝らし、そこに生えている草を一つずつ探していった。




