僕にできること
「――駄目だ」
返事はすぐだった。
「今から行く場所がどれだけ危険か、話したばかりだろ」
「分かっています」
「なら――」
「でも、僕が一緒なら、ネフィラ草が見つかったときにマナポーションを作れます」
カイルさんが口を閉じた。
昨日通った道を辿れば、ネフィラ草を見つけられる可能性がある。
そして、その先には魔力をほとんど使い切ったミレイユさんがいる。
「ここでできる準備を全部済ませて、必要な道具も持っていきます。そうすれば、ネフィラ草が手に入ったら、すぐにマナポーションを作れます」
「……そのために山へ行くっていうのか?」
「はい」
カイルさんは険しい表情のまま、僕を見つめる。
「だが、お前は戦えないだろ」
「はい」
そこは否定できない。
僕は冒険者じゃないし、魔物と戦った経験だってない。
身体だって強くない。
「戦うことはできません。でも、薬なら作れます!」
「だが、ネフィラ草が見つかるとは限らないぞ」
「その時は――」
僕はすぐに答えた。
「昨日通った道で見つからなかったら、僕はそこから先には行きません」
カイルさんたちがこれから向かうのは、魔物との戦いが続いている場所だ。
僕がそこまでついていっても、できることはない。
むしろ、足手まといになってしまう。
「……約束できるか?」
「はい。必ず」
カイルさんは黙ったまま、しばらく僕を見ていた。
やがて、小さく息を吐く。
「分かった。ただし、昨日通った道までだ」
「はい」
「ネフィラ草が見つからなかったら、そこで引き返す。それと、途中で危険だと判断した場合もだ」
「分かりました」
ようやくカイルさんが頷いた。
「それなら連れていく」
「ありがとうございます」
これで決まった。
けれど、すぐに出発するわけにはいかない。
「それと、少しだけ時間をください」
「時間?」
「マナポーションの準備をしておきます。ネフィラ草が手に入ったら、すぐに作れるところまで進めておきたいんです」
「どれくらいかかる?」
「そんなに長くはかかりません」
カイルさんは少し考えてから頷いた。
「……分かった。頼む」
「はい。それまで、カイルさんは休んでいてください」
「いや、俺は――」
「準備が終わるまでは出発できませんから」
僕は近くの椅子を引いた。
カイルさんは何か言いかけたけれど、結局は諦めたように腰を下ろす。
「……悪いな」
「すぐに終わらせます」
僕は作業台へ向き直った。
開いたままの本を手元へ引き寄せ、マナポーションの作り方をもう一度確認する。
作るのは初めてだ。
手順は分かっていても、失敗しないとは限らない。
まして、やり直している時間はない。
「エルム、手伝ってくれる?」
作業台の端にいたエルムが、すぐに立ち上がった。
「まずは、そこの薬草をお願い」
指差した先へエルムが向かい、小さな身体で容器を抱えて戻ってくる。
「ありがとう」
受け取った薬草を量り、乳鉢へ入れる。
ゴリ、ゴリ、と乳棒を動かす音が店内に響く。
急がないと。
でも、焦って分量を間違えたら意味がない。
僕が薬草をすり潰している間に、エルムが次に使う容器を作業台まで運んでくれる。
「うん、それだよ」
エルムが小さく身体を揺らした。
僕もすぐに作業へ戻る。
本と手元を何度も見比べながら、材料を一つずつ処理していく。
使い終えたものはエルムが端へ寄せ、次に必要なものを僕の手元へ運んでくれる。
一人でやるよりも、ずっと作業が進めやすい。
やがて、ネフィラ草を加える直前まで準備が整った。
「……よし」
中身を確かめ、容器の蓋をしっかりと閉める。
これで、ネフィラ草さえ手に入れば、すぐに残りの調合に取りかかれる。
「ありがとう、エルム。助かったよ」
声をかけると、エルムは嬉しそうに身体を揺らしてから、いつものように僕の肩へよじ登ってきた。
その身体を支えながら顔を上げると、椅子に座っていたカイルさんと目が合った。
さっきまで額に浮かんでいた汗は引き、呼吸もずいぶん落ち着いている。
「終わったのか?」
「はい。あとはネフィラ草が手に入れば、すぐに続きを始められます」
「そうか」
カイルさんが椅子から立ち上がる。
まだ疲れは残っているだろうけれど、店へ駆け込んできたときよりは顔色もよくなっていた。
少しでも休んでもらえてよかった。
僕は準備したものを布で包み、山で使う調合道具と一緒に鞄へ詰めていく。
すると、足元に小さな気配が集まってきた。
見下ろせば、ゴレムたちが僕のそばまでやって来ている。
一体が床に置いてあった鞄を抱え上げ、別の一体がカイルさんのそばに置かれていたポーションの袋へ近づき、両腕で抱えた。
「あっ」
カイルも気づいたらしく、ポーションの袋を抱えたゴレムへ目を向ける。
ゴレムはそのまま僕たちのそばまでやって来ると、当然のように鞄を持った仲間の隣へ並んだ。
「……これも持ってくれるの?」
僕が尋ねると、ゴレムはポーションの袋を抱えたまま、こくりと頷く。
思わず頬が緩んだ。
「ありがとう」
ほかのゴレムたちも、それぞれ持てそうな荷物を抱えていく。
僕が山へ行く準備をしているのを見て、手伝おうとしてくれているみたいだ。
「本当に賢いんだな、こいつら」
カイルさんが感心したように呟く。
「はい。いつも助けてくれるんです」
僕は肩に乗ったエルムと一緒に、忘れ物がないかもう一度だけ店の中を見回した。
「準備できました」
「ああ。行こう」
カイルさんと一緒に外へ出る。
荷物を抱えたゴレムたちも、僕たちに続いて小さな足音を立てながら店を出た。
外はもう、夕暮れに染まり始めていた。
顔を上げれば、遠くに山の影が見える。
あの山のどこかに、ギルさんたちがいる。
魔物と戦うことは出来ないけど、きっと僕にも、できることはある。
「ルーク、行くぞ」
先を歩き始めたカイルさんに呼ばれ、僕は山から視線を戻した。
「はい!」
肩にエルムを乗せ、荷物を抱えたゴレムたちと一緒に、僕はカイルさんのあとを追った。




