山へ
――その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
「何があったんですか?」
「調査の途中で、魔物の群れに遭遇した」
カイルさんは荒い呼吸を整えながら答えた。
「最初は何とかなると思ったんだ。実際、何体かは倒した。だが、その先でもまた別の魔物が出てきてな」
「そんな……」
昼間、ギルさんたちから聞いた話を思い出す。
山の奥では、最近になって魔物が増えている。
その原因を調べるために、《銀の牙》は山へ入った。
「皆さんは無事なんですか?」
「ああ。まだ大丈夫だ。だが、このままじゃまずい」
そう答えると、カイルさんは腰に提げていた袋を開いた。
中から出てきたのは、いくつもの空瓶だった。
見覚えのある瓶。
僕が作ったポーションだ。
「持っていったポーションは?」
「ほとんど使っちまった」
カイルさんは顔をしかめる。
「このままじゃ、ギルたちが持たない。だから俺が、薬を取りに戻ってきたんだ」
「それで……」
「ああ。それと、ミレイユの魔力もほとんど残ってない」
「ミレイユさんが?」
思わず息を呑んだ。
持っていったポーションは、ほとんど使い切っている。
そのうえ、ミレイユさんの魔力まで尽きかけている。
僕には冒険者の戦いがどんなものなのか詳しくは分からない。
それでも、《銀の牙》の皆さんがかなり危険な状況にいることだけは分かった。
「頼む。ポーションをあるだけ売ってくれ」
「分かりました!」
僕はすぐに棚へ向かった。
作り置きしていたポーションを取り出し、カウンターへ並べていく。
一本、二本、三本――。
残っているものをすべて並べると、カイルさんが次々と袋へ詰めていった。
「これで全部です」
「助かった。金は――」
「今はいいです」
僕は首を振った。
「……悪い」
カイルさんはそれ以上何も言わず、袋の口を縛った。
これで怪我には対処できる。
けれど、ミレイユさんの魔力は回復できない。
僕の視線が、作業台の上に置かれた本へ向かう。
開かれているのは、マナポーションの頁。
材料も、作り方も確認した。
足りないのは、一つだけ。
「……ネフィラ草」
思わず呟くと、カイルさんが顔を上げた。
「ん?」
「ネフィラ草さえあれば、マナポーションを作れるんです」
「でも、今はここにないんだろ?」
「はい」
そう答えてから、昼間の会話を思い出す。
ミレイユさんは言っていた。
昨日、山の奥にある崖で、ネフィラ草らしきものを見たと。
「ミレイユさんが、山でネフィラ草らしきものを見たって言ってましたよね」
「ああ」
「その場所、分かりますか?」
「どうだろうな」
カイルさんは眉を寄せた。
「昨日通った道は覚えてる。だが、ミレイユがどこで見たのかまでは分からない」
そうか。
ミレイユさんも、そのときは依頼の途中で、それほど気に留めていなかったと言っていた。
それなら、カイルさんが詳しい場所まで覚えていなくても無理はない。
「でも、昨日と同じ道を辿れば……」
「ああ。見つけられる可能性はあると思う」
ネフィラ草を見つけることができれば、マナポーションを作れる。
けれど、見つけたとしても、ここまで持ち帰って調合して、それからまた山へ届けるとなれば時間がかかる。
僕が考え込んでいる間にも、カイルさんはポーションの入った袋を肩に掛け直した。
「じゃあ、俺は戻る」
「もう行くんですか?」
「ああ。急がないと」
カイルが扉へ向かう。
けれど、二歩ほど進んだところで、その足がふらついた。
「カイルさん!」
慌てて身体を支える。
近くで見ると、顔色が悪い。
額には汗が浮かび、呼吸もまだ完全には整っていなかった。
「大丈夫ですか?」
「これくらい……平気だ」
そう言うけれど、とても平気には見えない。
山で何度も魔物と戦い、そこからここまで急いで戻ってきたのだ。
疲れていないはずがない。
「少し休んだ方が……」
「そんな時間はない」
カイルさんが僕の手をそっと外した。
そして、ふらつく足を踏ん張ると、肩からずり落ちかけていた袋を掛け直す。
大きく息を吐いてから扉へ向かおうとするけれど、その足取りはさっきよりも重く見えた。
「――待ってください」
気づけば、僕はカイルさんを呼び止めていた。
「どうした?」
振り返ったカイルを前に、一瞬だけ言葉に詰まる。
山では魔物が増えている。
僕は冒険者でもなければ、まともに戦うことだってできない。
そんな僕がついていけば、かえって足手まといになるかもしれない。
それでも、今のカイルさんを見ていると、このまま一人で送り出す気にはなれなかった。
それに、山にはネフィラ草があるかもしれない。
もし見つけることができれば、ミレイユさんのためのマナポーションを作れる。
僕は一度小さく息を吸った。
「僕も一緒に行きます」
「……何?」
カイルさんが目を見開く。
「山まで、僕も連れていってください!」




