山の異変
そのあと、《銀の牙》の皆さんは予定していた分のポーションを買っていった。
僕が一本ずつ包んでいる間にも、ギルさんたちは今日の調査について話している。
どうやら昨日とは別の道から山の奥へ入り、魔物が増えている範囲を調べるつもりらしい。
「これで全部です」
包みをカウンターの上に置くと、ギルさんが代金を差し出した。
「助かる。昨日も何本か使ったからな」
「やっぱり魔物と戦ったんですか?」
「ああ。まあ、それが仕事だからな」
何でもないことのように笑っているけれど、僕にはとても真似できそうにない。
僕は受け取った代金をしまい、ポーションの包みをギルさんへ渡した。
「それじゃ、行ってくる」
「はい。気をつけてください」
「ネフィラ草も探してみるわ」
ミレイユさんがひらひらと手を振る。
「無理はしないでくださいね」
「分かってるわよ。あくまで調査のついでだから」
そう言って笑うと、ミレイユさんは仲間たちと一緒に店を出ていった。
カラン、カラン――。
扉が閉まり、店の中が急に静かになる。
僕はしばらくその扉を見つめていた。
「……大丈夫だよね」
カウンターの上にいたエルムが、こてんと首を傾げる。
《銀の牙》は冒険者だ。
しかも、魔物が増えている山の調査を任されるくらいなのだから、僕が心配するような人たちではないのだろう。
それでも、さっき聞いた話が少し引っかかっていた。
魔物が増えている原因は、まだ分かっていない。
僕は小さく息を吐くと、気持ちを切り替えるように作業台へ戻った。
「僕は僕のできることをしよう」
もしネフィラ草を持ち帰ってくれたなら、すぐにマナポーションを作れるようにしておきたい。
僕はもう一度ミスティラさんの本を開いた。
必要な材料。
分量。
煮出す順番。
火加減。
一つずつ確認しながら、紙に書き写していく。
ポーションとは使う薬草も作り方も違う。
特にネフィラ草は、葉に蓄えられた魔力を損なわないように扱う必要があるらしい。
「いきなり上手く作れるかな……」
作り方は分かる。
けれど、実際に作るのは初めてだ。
本に書かれている通りにやったとしても、最初から上手くいくとは限らない。
それでも、やってみなければ始まらない。
僕は本と睨めっこをしながら、ネフィラ草以外の材料を作業台へ並べていった。
――それからは、いつもと変わらない時間が過ぎていった。
畑の様子を見て、薬草を摘む。
ゴレムたちに水やりを頼み、乾燥させていた薬草を取り込む。
店に戻れば、薬を作る。
途中、《黄金の麦穂亭》のおかみさんが使いを寄越し、預けていたポーションがまた二本売れたことも教えてくれた。
少しずつだけれど、ちゃんと売れている。
ついこの前まで、一つも売れずに広場から帰ってきたのが嘘みたいだった。
そうしているうちに、窓から差し込んでいた光が少しずつ赤みを帯びていった。
「……もうこんな時間か」
僕は薬草を刻んでいた手を止めた。
窓の外を見る。
西へ傾いた太陽が、山の稜線を赤く染めている。
そこで、ふと思い出した。
《銀の牙》の皆さんは、どうしただろう。
今日も山へ入ると言っていた。
別に、夕方までに戻ると聞いたわけじゃない。
調査にどれくらい時間がかかるのかも、僕には分からない。
だから、まだ山にいたとしても何もおかしくはないはずだ。
「…………」
それでも、昼間に聞いた話のせいだろうか。
赤く染まった山が、いつもより少し不気味に見えた。
僕はしばらく窓の外を眺めてから、首を振る。
「心配しすぎだよね」
エルムが僕を見上げる。
「ギルさんたちは冒険者なんだから」
そう言い聞かせて、僕は再び作業へ戻った。
やがて太陽が山の向こうへ沈み、店の中にも夜の気配が忍び込んでくる。
僕はランプに火を灯した。
今日はもう客も来ないだろう。
そろそろ店を閉めよう。
そう思って、入口へ向かった――そのときだった。
カランッ!
突然、扉が勢いよく開いた。
「……っ!」
驚いて振り返る。
扉の前に、一人の男が立っていた。
荒い息を繰り返し、額から汗を流している。
「す、すまない……!」
聞き覚えのある声だった。
「カイルさん?」
《銀の牙》のカイルさんだった。
けれど、昼間とはまるで様子が違う。
服は泥で汚れ、腕には浅い傷がいくつも走っている。
何より――。
一人しかいない。
「どうしたんですか? 皆さんは?」
僕が駆け寄ると、カイルさんは息を整える間もなく顔を上げた。
「ルーク……ポーション、まだあるか?」
「ありますけど……」
嫌な予感がした。
「あるだけ欲しい」
「え……?」
カイルさんは苦しそうに息を吐く。
そして、焦りの滲んだ声で言った。
「――ギルたちが、まだ山にいる」




