↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/45

《銀の牙》の再訪



 翌日から、僕は少し多めにポーションを作ることにした。


 《銀の牙》の皆さんが、いつまた来てもいいようにするためだ。


 もちろん、たくさん作ればいいというものでもない。


 薬には使える期間があるし、材料だって無限にあるわけではない。


 だから畑で採れる薬草の量を確かめながら、少しずつ作り置きを増やしていくことにした。


 「――これは乾燥させる分だから、そっちにお願い」


 僕が指差すと、籠を抱えたゴレムがこくりと頷く。


 もう一体には、収穫したばかりの薬草を運んでもらう。


 店の裏と畑を行き来する小さな姿を眺めながら、僕は摘み取った薬草を選り分けていった。


 傷んでいる葉を除き、使えるものだけを籠へ入れる。


 最初の頃に比べれば、こうした作業にもずいぶん慣れた。


 「……これくらいかな」


 僕は作業台に並べたポーションを数えた。


 十本。


 これだけあれば、すぐに困ることはないはずだ。


 《黄金の麦穂亭》にも十本預けてある。


 店にもこれだけ置いておけば、ギルさんたちが来ても大丈夫だろう。


 そう考えたところで、ふと手が止まった。


 「……本当に、また来てくれるよね?」


 誰に聞くでもなく呟く。


 カウンターの上に座っていたエルムが、こちらを見上げた。


 「いや、疑ってるわけじゃないんだよ」


 ギルさんは、また買いに来ると言ってくれた。


 それでも、広場で一つも売れなかったことを思い出すと、作りすぎるのも少し怖い。


 「商売って難しいね」


 エルムは答えない。


 ただ、いつものように僕を見ている。


 「……まあ、余ったら自分で使えばいいか」


 そう言って、僕は次の薬草へ手を伸ばした。


     



 ――それから数日。


 《銀の牙》の皆さんは、すぐには店へやって来なかった。


 けれど、《黄金の麦穂亭》に預けていたポーションは少しずつ売れているらしい。


 おかみさんの話では、ギルさんたち以外にも、宿に泊まった冒険者が何本か買っていったそうだ。


 まだソルシエールまで足を運んでくれる人はいない。


 それでも、前とは違う。


 僕の作った薬を使っている人が、この街のどこかにいる。


 そう思うだけで、薬を作るときの気持ちも少し変わった。


 そして、その日の昼過ぎ。


 カラン、カラン――。


 店のベルが鳴った。


 「いらっしゃいま――」


 顔を上げた僕は、途中で言葉を止めた。


 「よう」


 先頭に立っていたギルさんが、軽く手を上げる。


 その後ろには、ガルドさん、リナさん、カイルさん、ミレイユさん。


 《銀の牙》の五人が揃っていた。


 「ギルさん!」


 思わず声が弾んだ。


 「また来てくれたんですね」


 「ああ。言っただろ?」


 ギルさんが笑う。


 「また買いに来るって」


 その言葉だけで、数日前から作り置きをしていたことが報われたような気がした。


 「ポーションならあります!」


 「お、おう」


 勢いよく答えた僕に、ギルさんが少しだけ目を丸くする。


 僕は慌てて咳払いした。


 「すみません……ちょうど用意していたので」


 「俺たちのために?」


 「また来るって言ってくれましたから」


 そう答えると、ギルさんは一瞬きょとんとしてから笑った。


 「そいつはありがたいな」


 僕は棚からポーションを取り出そうとした。


 けれど、


 「ああ、待ってくれ」


 ギルさんに止められる。


 「今日はそれも欲しいんだが、別にちょっと聞きたいことがあってな」


 「聞きたいこと?」


 僕が振り返ると、ギルさんは隣にいたミレイユさんへ目を向けた。


 「ほら」


 「分かってるわよ」


 ミレイユさんが一歩前へ出る。


 今日は前に来たときより、少し疲れているように見えた。


 怪我をしているわけではない。


 ただ、どことなく顔色が悪い。


 「ルーク君って、ポーション以外の薬も作れるのよね?」


 「はい。材料があれば、ある程度は」


 ミスティラさんが残してくれた本には、いろいろな薬の作り方が記されている。


 まだ僕自身が作ったことのないものも多いけれど、基本的な薬なら作れると思う。


 「魔力を回復する薬は?」


 「魔力を?」


 僕は少し考える。


 頭に浮かんだのは、ミスティラさんの本で見た青い薬だった。


 「マナポーション、ですか?」


 「ええ。それ」


 ミレイユさんが頷く。


 「作ったことは?」


 「まだありません」


 「そう……」


 少し残念そうに肩を落とす。


 「でも、作り方は分かります」


 「本当?」


 「はい。ただ、念のため確認してみますね」


 僕は店の奥へ向かい、薬棚のそばに置いてある本を手に取った。


 何度も読んでいたので、マナポーションが載っていた辺りには覚えがある。


 頁をめくっていくと、ほどなく目的の箇所が見つかった。


 「あった」


 マナポーション。


 魔力を消耗した際、その回復を助けるための薬。


 僕は材料を一つずつ確認していく。


 ほとんどは店にある。


 けれど――。


 「……ネフィラ草」


 最後まで確認したところで、僕の手が止まった。


 「ネフィラ草が必要なのね」


 いつの間にか隣まで来ていたミレイユさんが、本を覗き込んでいた。


 「知ってるんですか?」


 「もちろん。魔法使いなら誰でも知ってるわ」


 ミレイユさんが頷く。


 「魔力を蓄える性質がある薬草よ。マナポーションにはよく使われるの」


 「いま在庫を切らしていて」


 念のため薬棚にも目を向けるが、やはりネフィラ草は置かれていない。


 「でしょうね。ネフィラ草は普通の薬草よりずっと数が少ないから」


 「珍しいんですね」


 「ええ。それにマナポーションの材料になるから欲しがる人も多いの。市場に出れば結構な値段になるわよ」


 なるほど。


 それなら、グランベルで簡単に手に入らないのも納得できる。


 「バザルタみたいな大きな街なら、扱ってる店はあると思うけど……今はどうかしらね」


 「……そうですね」


 バザルタなら僕も一度訪れたことがある。


 グランベルへ来る途中に立ち寄った、マケドニア西部の大きな商業都市だ。


 あの街の市場には、ここでは見かけないような品物が数え切れないほど並んでいた。


 薬草を扱う店にも立ち寄った。


 けれど、ネフィラ草があったかどうかまでは覚えていない。


 戦争の影響で薬は不足し、軍が優先的に買い上げているという話だ。


 ただでさえ希少で高価な薬草なら、バザルタまで行けば必ず手に入るとも限らないだろう。


 「だったら、俺たちも仕事のついでに探してみるか」


 ギルさんが言った。


 「え?」


 「俺たちは街の外を歩き回ってるからな。見かけたら採ってくればいい」


 「でも、そこまでしてもらうのは……」


 薬を作るのは僕だ。


 そのための材料まで探してもらうのは、なんだか申し訳ない。


 「わざわざ探し回るってわけじゃないさ」


 ギルさんが笑う。


 「見つけたら、でいいだろ?」


 「それなら……お願いします」


 僕が頭を下げる。


 すると、隣でミレイユさんがふと考え込むような顔をした。


 「……ネフィラ草、か」


 小さく呟いたあと、何かを思い出したように顔を上げる。


 「もしかしたら、昨日見たかもしれないわ」


 「え?」


 思わず聞き返すと、ギルさんたちもミレイユさんへ顔を向けた。


 「本当か?」


 「ええ。ただ、ネフィラ草だったとは言い切れないけど」


 ミレイユさんはそう前置きしてから、店の外――山の方角へ目を向けた。


 「昨日、依頼で山に入ったでしょう? その途中で、それらしい薬草を見かけたの。細長い葉に青みがかった葉脈――」


 「それって、どの辺りだったんですか?」


 「山の奥にある崖よ。そのときは依頼の途中だったし、それほど気に留めてなかったけど」


 

 僕は窓の向こうに見える山へ目を向けた。


 薬草を育てるために水源を探したこともある山だ。


 けれど、僕が歩いたのはソルシエールから近い範囲だけだった。


 山の奥まで行けば、本当にネフィラ草が見つかるかもしれない。


 「だったら、一度確かめに――」


 そう言いかけた僕を、ミレイユさんが止めた。


 「山の奥へ行くつもりなら、やめた方がいいわ」


 「え? どうしてですか?」


 「今、山の奥では魔物がかなり増えていて危険なの」


 魔物が増えている。


 その言葉に、僕は窓からミレイユさんへ視線を戻した。


 「実はな」


 今度はギルさんが口を開いた。


 「俺たちが昨日山に入ったのも、それを調べるためだったんだ」


 「調べる?」


 「ああ。最近、山の奥で魔物を見かける数が増えてるらしくてな。何か原因があるんじゃないかってことで、俺たちが調査を頼まれた」


 だから、昨日も山の奥まで入っていたのか。


 ミレイユさんがネフィラ草らしきものを見かけたのも、その途中だったということらしい。


 「原因は分かったんですか?」


 僕が尋ねると、ギルさんは首を横に振った。


 「いや。昨日一日調べただけじゃ、まだ何とも言えないな」


 「今日もこれから山に入る予定よ」


 ミレイユさんが続ける。


 「だから、もし同じ場所を通ったら、今度はちゃんと確認しておくわ」


 「いいんですか?」


 「ついでよ、ついで」


 そう言って、ミレイユさんが笑う。


 「ネフィラ草だったら、採ってくるわ」


 「ありがとうございます」


 僕は頭を下げた。


 ネフィラ草があれば、マナポーションを作ることができる。


 本当にこの近くに自生しているのなら、わざわざ遠くの街まで探しに行かなくてもいい。


 けれど――。


 僕は窓の向こうに見える山へ、もう一度目を向けた。


 魔物が増えているという山の奥。


 いつも何気なく眺めていたはずの山が、今日はなぜか、少しだけ不気味に見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。