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公爵家を勘当された僕は薬屋ソルシエールで働きます  作者: 雪下月華


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初めての評判ー2



 「それなら助かる」


 男はそう言って棚に並ぶポーションへ目を向けた。


 「とりあえず五本ほど欲しいんだが、いいか?」


 「はい。少し待ってください」


 僕は棚からポーションを五本取り出し、カウンターの上へ並べていく。


 こうして目の前で自分の作ったものを買ってもらうのは初めてだ。


 広場では、誰一人として足を止めてくれなかった。


 それなのに今は、わざわざ店の場所を聞いて訪ねてきてくれた人がいる。


 そう思うと、一本ずつ並べるだけなのに妙に緊張してしまう。


 「五本で、こちらになります」


 値段を告げると、男は特に驚くこともなく代金を取り出した。


 「ずいぶん安いな」


 「え?」


 思いがけない言葉に顔を上げる。


 「この効き目なら、もう少し取ってもいいと思うぞ」


 「そうなんですか?」


 「少なくとも、俺たちが普段買ってるポーションよりはな」


 そう言われても、僕にはいまいち実感がなかった。


 値段を決めるときも、ミスティラさんが残してくれた記録や、街で売られている薬の値段を参考にしただけだ。


 高くして誰にも買ってもらえなければ意味がないと思っていた。


 「まあ、安い分には俺たちは助かるけどな」


 男が笑いながら代金を置く。


 僕はそれを受け取って、五本のポーションを木箱へ収めた。


 「あの、よければお名前を聞いてもいいですか?」


 「ああ、そういや名乗ってなかったな」


 男は木箱を抱えながら、自分の胸を親指で指した。


 「俺はギル。こいつらと組んで冒険者をやってる」


 ギルさんは続けて、後ろにいる仲間たちを順番に紹介してくれた。


 大きな盾を背負っているのがガルドさん。


 弓を持った女性がリナさん。


 身軽そうな格好をした青年がカイルさん。


 そして、杖を持った女性がミレイユさん。


 「俺たち五人で《銀の牙》ってパーティを組んでる」


 「《銀の牙》……」


 聞いたことのない名前だった。


 もっとも、僕は冒険者についてほとんど知らない。


 家にいた頃も、冒険者と関わるような機会はなかった。


 「僕はルークです。この店を任されています」


 「ルークか。よろしくな」


 ギルさんが手を差し出す。


 僕もその手を握り返した。


 大きくて、硬い手だった。


 掌には、長い間剣を握り続けてきたことが分かる固いまめがいくつもできている。


 その感触に、ふと兄様の手を思い出した。


 兄様の手も、こんなふうに硬かった。


 幼い頃から毎日のように剣を振り続けていた兄さん。身体の弱かった僕には到底こなせないような鍛錬を、当たり前のように繰り返していた。


 ――兄様、元気にしてるかな。


 家を出てから、それなりに時間が経った。


 父様や母様、それに姉様は、今頃どうしているだろう。


 少しだけ懐かしさが込み上げる。


 「どうした?」


 「あ……いえ、なんでもありません」


 僕はギルさんの手を離した。


 「こちらこそ、よろしくお願いします」


 いつかまた家族に会う日が来たら、そのときは今の暮らしのことを話してみたい。


 薬草を育てていること。


 自分で作ったポーションが初めて売れたこと。


 そして、小さいながらも薬屋をやっていること。


 みんなはどんな顔をするだろう。


 そんなことを考えると、少しだけ楽しみだった。


 「それにしても、こんな場所に薬屋があるとはな」


 店内を見回しながら、カイルさんが言った。


 「街から結構離れてるだろ? よくここで商売しようと思ったな」


 「僕が建てた店ではないんです。元々はミスティラさんという方がやっていたお店で」


 「ミスティラ?」


 ギルさんが首を傾げる。


 「有名な薬師なのか?」


 「どうなんでしょう……」


 僕は困ってしまった。


 ミスティラさんが普通の薬師ではないことくらいは分かっている。


 けれど、世間でどれほど知られているのかまでは聞いたことがなかった。


 「僕も詳しいことは知らなくて。今は長い旅に出ています」


 「へえ。それで留守を任されてるのか」


 「はい」


 百年ほど。


 さすがにそこまでは言わないでおいた。


 きっと話がややこしくなる。


 ギルさんは改めて店内を見回したあと、納得したように頷いた。


 「なるほどな」


 そのとき、ミレイユさんが店の奥へ視線を向けた。


 「ところで、さっきから気になってたんだけど……あれって」


 「え?」


 振り返る。


 そこには、店の奥からこちらを覗いているゴレムたちがいた。


 僕と目が合うと、一体がひょこりと首を傾げる。


 ミレイユさんが目を細めた。


 「ゴーレム……よね?」


 「ああ、この子たちですか」


 僕が手招きすると、一体のゴレムがとことことこちらへやって来た。


 「この子たちはゴレムっていうんです」


 「ゴレム?」


 「はい。僕がそう名付けました」


 ミレイユさんは僕の足元までやって来たゴレムを、興味深そうに見つめている。


 「じゃあ、このゴレムっていうのも、あなたが造ったの?」


 「はい。僕のスキルで造った人形です」


 そう答えた途端、ミレイユさんが目を丸くした。


 「人形?」


 「はい」


 その反応に、今度は僕の方が首を傾げる。


 僕にとっては、ゴレムは最初から人形だ。


 けれどミレイユさんには、そうは見えていないらしい。


 「これが……人形なの?」


 ミレイユさんがしゃがみ込み、まじまじとゴレムを観察する。


 「見た目はどう見ても小型のゴーレムだけど……」


 「そうなんですか?」


 「そうなんですかって……」


 ミレイユさんが困ったような顔をする。


 僕にはゴーレムというものがどんな存在なのか、詳しいことは分からない。


 ただ、ゴレムたちがそれとは違うということだけは分かっている。


 「ゴレムは、僕が《ドール・マスター》というスキルで造った人形なんです」


 「《ドール・マスター》?」


 聞き慣れない言葉だったのだろう。


 ミレイユさんだけでなく、ほかの四人まで僕を見ていた。


 「それが、あなたのスキルなの?」


 「はい」


 僕が頷くと、ギルさんがゴレムと僕を交互に見る。


 「……薬師だよな?」


 「一応、そのつもりですけど……」


 「薬を作れて、こんなのまで造れるのか?」


 「はい。ゴレムたちには、畑仕事なんかを手伝ってもらっています」


 僕にとってはすっかり当たり前になっていたけれど、どうやらそうではないらしい。


 ミレイユさんはますます興味深そうにゴレムを見つめている。


 「ねえ、もう少し近くで見てもいい?」


 「いいですけど……」


 ミレイユさんが一歩近づく。


 するとゴレムは、その分だけ僕の足元へ寄ってきた。


 「あっ」


 ミレイユさんが止まる。


 ゴレムも止まった。


 もう一歩。


 ゴレムは僕の後ろへ隠れた。


 「……逃げられてないか?」


 カイルさんが吹き出した。


 「うるさいわね」


 ミレイユさんが睨む。


 そのやり取りを見て、僕も思わず笑ってしまった。


 「ごめんなさい。知らない人に慣れていないだけだと思います」


 「人を見分けてるの?」


 「はい。簡単なことなら自分たちで考えて動いてくれます」


 「へえ……」


 ミレイユさんの表情が変わった。


 魔法を扱う人だからだろうか。


 ほかの四人よりもずっと興味があるらしい。


 けれどギルさんがその肩を軽く叩いた。


 「その辺にしとけ。今日はそいつを調べに来たんじゃないだろ」


 「分かってるわよ」


 少し不満そうにしながらも、ミレイユさんは立ち上がった。


 ギルさんは僕へ向き直る。


 「俺たちは、しばらく《黄金の麦穂亭》に泊まってる」


 「そうなんですか?」


 「ああ。この辺りを拠点に、いくつか仕事を片付ける予定でな」


 グランベルには冒険者ギルドがないと、おかみさんから聞いている。


 そんな場所で、どんな仕事をするのだろう。


 少し気になったけれど、僕から尋ねることでもない気がして黙っておいた。


 「だから、その間はポーションを買いに来ることがあると思う」


 「分かりました」


 僕は頷いた。


 「なるべく切らさないようにしておきます」


 「助かる」


 ギルさんは木箱を抱え直すと、仲間たちとともに出口へ向かった。


 「あっ、そうだ」


 扉を開ける直前、ギルさんが振り返った。


 「また使ったら、今度はもう少しちゃんと感想を伝えるよ。作った本人が効き目を知らないんじゃ困るだろ?」


 「……ありがとうございます!」


 僕が頭を下げると、ギルさんは片手を上げ、そのまま仲間たちと店を出ていった。


 カラン、カラン――。


 扉が閉まり、店内が静かになる。


 僕はしばらくその場に立ったまま、カウンターに置かれた硬貨を見つめていた。


 初めて、この店まで僕の薬を求めてお客さんが来てくれた。


 しかも、また来ると言ってくれた。


 「……また、来てくれるんだ」


 思わず笑みがこぼれる。


 広場で一つも売れなかったときには、こんな日が来るなんて思ってもいなかった。


 カウンターの端では、エルムが僕を見上げている。


 店の奥からは、ゴレムたちも顔を覗かせていた。


 「よし」


 僕は袖をまくった。


 「次に来てくれたとき、売り切れなんてことにならないようにしないとね」


 新しいお客さんができた。


 そのことが嬉しくて、このときの僕はただ張り切っていた。


 けれど――。


 いざ作る側になってみると、今までとは別の問題が待っていた。

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