初めての評判
店へ戻る道すがら、僕は何度も手の中の革袋を確かめていた。
歩くたび、中で硬貨が触れ合って小さな音を立てる。
それが聞こえるたびに、どうしても頬が緩んでしまう。
別に、大金を手に入れたわけじゃない。
それでも、このお金は今まで持っていたものとはまるで違って感じられた。
僕が薬草を育てて、調合して、瓶に詰めたポーションを誰かが買ってくれた。
それも、一度試したあとに残りを全部。
その事実が何より嬉しかった。
「エルム、聞いた? 全部売れたんだって」
肩の上にいるエルムへ話しかけると、小さな木製の身体がこちらを向いた。
もちろん返事はない。
それでも僕には、どこか嬉しそうに見えた。
「僕たちの作ったポーションが、ちゃんと誰かの役に立ったんだよ」
そのまま後ろを振り返る。
荷台を引く必要がない今日は、ゴレムたちも身軽だ。いつものように僕の後ろを黙々とついてきている。
「みんなもありがとう。畑を作ってくれたのも、薬草を育ててくれたのも、手伝ってくれたのもみんなだからね」
ゴレムたちは何も言わない。
ただ僕が立ち止まったのに合わせて、ぴたりと足を止めた。
その姿がおかしくて、僕は思わず笑ってしまった。
つい昨日まで、棚に並んだポーションを見るだけでため息が出ていたのに。
今日は早く店に帰りたくて仕方がない。
「よし。帰ったら明日の分を準備しよう。今度はちゃんと持っていかないとね」
僕が歩き出すと、ゴレムたちも一斉にその後を追った。
店に戻った僕は、さっそく棚に残っているポーションの数を確認した。
幸い、在庫にはまだ余裕がある。
すぐに追加分を作る必要はなさそうだった。
「十本くらいあればいいかな……いや、また全部売れるとは限らないし」
棚の前で腕を組む。
一度売れたからといって、急に強気になって大量に持っていくのも違う気がする。
そもそも買ってくれたのは、あの冒険者たちだけなのだ。
「……うん。とりあえず十本にしよう」
僕は空の木箱を一つ用意すると、その中へ一本ずつポーションを収めていった。
瓶同士がぶつからないよう、隙間には乾燥させた藁を詰める。
そうして準備をしていると、ふと手が止まった。
青い液体の入った瓶を一本持ち上げ、灯りに透かしてみる。
「でも……どうして全部買ってくれたんだろう」
おかみさんの話では、最初に買ったのは一本だけだった。
それを持って出かけ、その日の夜に戻ってきて残りをすべて買っていったという。
一週間、誰にも見向きもされなかったポーションだ。
それを、一度買った人がわざわざ戻ってきて、残りまで全部買ってくれた。
「……気に入ってくれたのかな」
そう考えると、また胸の奥が嬉しくなる。
もし会うことができたら、使ってみてどうだったのか聞いてみたい。
――翌日
僕は約束通り、十本のポーションを《黄金の麦穂亭》へ届けた。
「おや、本当にすぐ持ってきたのかい」
「昨日、次は必ずって約束しましたから」
「ははっ。そうだったね」
おかみさんは笑いながら、以前と同じ棚を空けてくれた。
僕はそこへ一本ずつポーションを並べていく。
今度は売れるだろうか。
昨日とは違って少し期待してしまう自分がいる。
「また売れたら教えてください」
「ああ。任せときな」
おかみさんに頭を下げ、僕は《黄金の麦穂亭》を後にした。
その日の夕方。
薬草畑の様子を確認して店へ戻ったところで、
カラン、カラン――。
入口のベルが鳴った。
「いらっしゃいませ!」
反射的に声を上げて顔を向ける。
いつものおじいさんだろうか。
そう思ったけれど、扉の向こうから入ってきたのは見覚えのない男だった。
年齢は三十歳前後だろうか。
使い込まれた革鎧の上から短い外套を羽織り、腰には剣を下げている。
その後ろからも、次々と人が入ってきた。
大きな盾を背負った体格のいい男。
弓を携えた女性。
軽装の青年。
そして、杖を手にした女性。
全部で五人。
旅人というには装備が物々しい。
何より、泥や細かな傷の残る防具を見れば、実際に危険な場所を歩いてきた人たちだということくらい、僕にも分かった。
先頭の男が店内を見回す。
「ここが薬屋で間違いないか?」
「はい、そうですけど……」
僕が答えると、男は安心したように笑った。
「よかった。宿のおかみから聞いた場所で合ってたみたいだな」
「宿……?」
首を傾げた僕の前で、杖を持った女性が腰のポーチを探り始めた。
やがて取り出したものを見て、僕は目を見開いた。
空になったガラス瓶。
そこには僕が一つ一つ貼った、《ソルシエール》の紋章が残っていた。
「あっ!」
思わず声が出た。
「もしかして……僕のポーションを買ってくださった方たちですか?」
「ああ」
男が豪快に笑う。
「世話になったぜ、店主さん」
「店主……」
初めてそんなふうに呼ばれて、一瞬反応が遅れてしまった。
男はそんな僕を不思議そうに見たあと、空き瓶を指さした。
「それより聞きたいんだが――あのポーション、本当にあんたが作ったのか?」
「はい。そうです」
答えると、五人が顔を見合わせた。
なぜだろう。
何かまずかったのだろうか。
「あの……何か問題がありましたか?」
恐る恐る尋ねる。
すると男は目を丸くしたあと、突然笑い出した。
「違う違う。逆だよ」
「逆?」
「ああ」
男は空き瓶を受け取ると、僕の前へ置いた。
「効きすぎるくらい効いたんだ」
「……え?」
思わず聞き返した。
「最初は見たことのない銘柄だったからな。正直、期待してなかった」
男は悪びれる様子もなく言った。
「ちょうど手持ちのポーションが減ってたから、予備に一本くらいあってもいいかって買っただけだったんだ」
そこまで話したところで、隣にいた弓使いの女性が苦笑する。
「その日の依頼で、この人が魔物に腕を酷くやられたのよ」
「ちょ、おい。それは言わなくてもいいだろ」
「事実でしょう?」
「かすり傷だ、かすり傷」
「血をだらだら流してた人がよく言うわ」
二人のやり取りに、ほかの仲間たちが笑う。
どうやら深刻な話ではないらしい。
僕はほっとしながら続きを待った。
「まあ、とにかくだ」
男は少しばつが悪そうに頭を掻いた。
「そこで試しにこいつを使った」
カウンターの空き瓶を指先で軽く叩く。
「そしたら驚いた。いつも使ってるポーションなら傷が塞がるまで二本は使うところが、こいつ一本でほとんど治っちまった」
「おまけに傷口の痛みまですぐ引いた」
僕は空になった瓶を見つめた。
自分では、教本に書かれていた通りに作ったつもりだった。
薬草の状態を確認し、分量を量り、温度を守って、丁寧に調合した。
それだけだ。
「だから宿に戻って、残ってた分を全部買ったってわけだ」
男がにやりと笑った。
「まさか作った本人が、こんな若いとは思わなかったけどな」
胸の奥が、じわりと熱くなる。
売れたと聞いたときも嬉しかった。
でも今は、それとは少し違う。
僕の知らない場所で。
僕の知らない誰かが怪我をして。
そこに、僕の作った薬があった。
そして、その人の役に立った。
硬貨を手にしたときには分からなかったものが、ようやく実感として胸の中へ落ちてきた気がした。
「……よかった」
自然と言葉がこぼれた。
「本当に、役に立ったんですね」
男は一瞬きょとんとしたあと、笑った。
「ああ。助かった」
たったそれだけの言葉だった。
それなのに、胸の奥がくすぐったくなるほど嬉しかった。
僕は思わず笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言うのはこっちだろ」
男はそう言ってから、店の棚へ視線を向ける。
そこには今日も、僕が作った青いポーションが並んでいる。
「それで店主さん」
男の口元に笑みが浮かんだ。
「そのポーション、まだ売ってもらえるか?」
今度は迷わなかった。
「はい。もちろんです!」




