36、脳筋
ガルドーがスキンヘッドの頭を撫でて、呆れ顔になっていた。
「ワシは、お前さんについて行くことで、己を鍛えられる実践の場を苦労せずに得られると考えておった。だが用を足しに行ってダンジョンを見つけて来るなどと聞いたことが無いぞ?」
「いや、僕もですね。まさかとは思いましたけど、やっぱりこれってダンジョンですか?」
僕はガックリと肩を落とす。
「ガルドーさんに一応確認して貰ってからと思ったんですが、エーカー様達に報告した方がいいですよね?」
「それはそうなんじゃが、ある程度はこれがダンジョンと分かる確証を得た方がよい。じゃがなワシは竜の相手しか考えておらなかったから、ダンジョン探索の準備などしてきておらぬぞ?」
「そうですかって、やっぱり竜とやる気だったんじゃないですか」
「竜の棲家に向かうというのに、竜とやり合わない前提でおるなど、正気の沙汰ではないぞ?」
「それはそうなのかも知れませんが、どちらにしろ、みんなのところに一度戻りますか?」
「いや、少し潜って確かめてしまおう」
「いいんですか?」
「騎士のやつらは、ダンジョン経験がない奴らばかりじゃて、結局のところはワシらで確認せねばならない。足手まといがいない今確認してしまおう」
「へー、騎士ってダンジョン教育とかないのか」
「ダンジョンはその存在自体は脅威ではないからな。騎士や兵士は領民を魔物や害なす人から守り、排除するのが勤めじゃからの」
ガルドーはそう言うと、ダンジョンの入口から罠がないか確認を始める。
「役割分担が明確なんですね」
「ありとあらゆる事に精通する者を育てるのは効率が悪いからのう」
「野営地に戻ったらスカーレット様が喜びそうですね」
「戻るのは日暮れになるだろうから、今日は言わんようにな?あやつは子供を四人を持っても落ち着きが無い、夜だと言うのにここに来たがるじゃろう」
「確かにありそうだ」
「罠はないようじゃの」
「罠を見分けるのは、やはり経験ですか?」
「それも大きいが、ペラム家では教育が徹底しておる。バーナデットお嬢もあんな性格じゃが、罠の知識はかなりのものじゃ。屋敷の地下に行ったことはあるか?」
「いいえ、ないですね」
「地下にはダンジョンを模した修練場がある。ペラム家の子供達の教育場となっておる場所じゃ。子供には遊び場としか思っておらんじゃろうが、罠の仕掛けは本物と変わりない。殺傷能力こそ失くされておるが怪我はする。そんな場所でバーナデットお嬢は四歳の時から遊んでおった」
「四歳ですか? そんな歳じゃ、怪我と言っても致命傷になりかねないんじゃ?」
「そう言って、ライオネス達も必死で止めたんだがのう。スカーレットが頑として譲らなかった。この子は才能があると言ってのう」
「バーナデットの才能は凄いとトーリ様や、レノックス様も仰ってました」
「スカーレットの言う通り、お嬢は才能の塊じゃった。たまには怪我もしておったが、大人の冒険者でも手こずるような修練場の罠に二度引っかかることはない。だが早くに教育が進んでしまった分、次へのステップへの合間が空いてしまってな」
「実践ですか?」
「そうじゃ、いくらペラム家の子息でも八歳からしかダンジョンには入れぬ。スカーレットが王都にも訴えかけたんじゃがな。受け入れられることなく、生温くなった修練場にバーナデットは飽きてしまった。気付けばダンジョンへの興味も薄くなっておったのう」
「やる気満々でも、抑えられると子供なんて特に捻くれちゃいそうですね?」
「バーナデットは特に物事に関して軽んじる方向になってしまったのう。それが逆に男共を更なる過保護に仕立てあげるのじゃが、結局は八歳になってもダンジョンデビューの日が決まらずに誕生日から半年以上も過ぎてしまった。スカーレットも娘の才能を潰してしまったのではないかと嘆いた時があってのう。まあー」
ガルドーがマジクを見てニヤつく。
「お前さんと出会って、これ以上ない華々しいダンジョンデビューとなったのじゃから、これも何かの縁じゃろうて」
「そう言われても、僕はどう反応したらいいか分かりません」
「お前さんは、バーナデットお嬢のことを気に掛けてくれればそれでいい」
僕は返答出来なかった。最優先は家族だ。バーナデットか家族と言われれば今は迷うが、そんな時が来たならば最終的には家族を選ぶだろう。
「お前さんにも事情はあるじゃろうが、せっかく繋がった縁じゃ。お嬢のことは蔑ろにはせんでくれ」
ガルドーはダンジョンの中を少しずつ進みながら目を合わせずにそう言ってきた。
ガルドーにも言いにくいことなのだろう。
僕が家族を優先にすることも分かった上で、頼んできているのが分かった。故に顔を合わせづらいのもわかる気がする。
「帰ったら、バーナデットに修練場に連れて行ってもらいます」
ガルドーは返事をすることもなく、黙々と罠を有無を確認する。僕は先ほどまで話していた話を頭の中で反芻していた。
「あ、もしかして、バーナデットが街に出て、やたらとガラクタを集めているのって」
「あ~あれか、あれはバーナデットが腐ってしまわないようにと、スカーレットがゲームに近い感覚で<秘宝狂い>を使わせてるやつじゃな」
「なるほどそう言うわけですか、ライオネスさんがよく街出るのを許しているなと思ってました」
「屋敷の中では限界があるからな、そもそも屋敷の中は宝があり過ぎて意味がない。街での僅かな反応でも<秘宝狂い>を使わせて力を養うのもあるが、宝を見つけるという本来の楽しさだけでもスカーレットは失っては欲しくなかったのじゃろう」
そんなことを言われてしまうと、僕と出会っことも運命的に感じてしまうな………
「これは………お前さん、どう思う?」
僕はガルドーに言われたことに考えを巡らせていたので、ダンジョンの変化に気づかなかった。
目を向けたガルドーが指差す通路の方向に立派な意匠を凝らした門扉が佇んでいた。
「試練部屋ですよね?」
「やはりそうかのう」
ガルドーは半信半疑な渋い表情をしている。
「試練部屋以外の可能性があるんですか?」
「いや、そう言うわけじゃない。入口から分かれ道もなく試練部屋などと聞いたことがないのでのう。それに数日前に出くわしたばかりで、悪い夢でも見ておるかのう」
「あの僕、ここ数日で三度目なんですが………」
「やはり、お前さんといると退屈しなさそうじゃのう。それでどうする?」
「どうするもこうするも、これは流石に報告でしょう?」
「そうじゃな、引き返すか。調査どころじゃなくなってきたわい」
「次に来た時は、試練部屋はないかもしれませんね」
「ダンジョンによって、改変の感覚は様々じゃから何とも言えんが、試練部屋は見逃すのは宝を捨てるものと思えと言われておるな」
「そう言われると、勿体無く感じますね」
「今回は仕方あるまい。上手くすれば本格的な調査の時にまた、出くわせるかも知れぬしな、お前さんがおれば」
ガルドーはスッキリとした顔で、笑って見せた。
「僕としては、宝が勿体無いとは思いますが、面倒ごとから自ら回避できて、とても晴れやかです」
「確かに、お前さんのそれほど晴々しい顔をしているのを見るのは初めてじゃな」
「それでは戻りますか」
ガルドーが背を向け、後に続いて戻ろうとすると、後ろから光が差し始めた。ゆっくりと開き始める試練部屋の扉。
「なんじゃと?」
触れてもいない試練部屋の扉が開き続ける。
「扉の前で長々話をしている上に、帰ろうとするではないか。こちらから出向いてやったぞ!好敵手よ!」
今回は面倒ごとから、自分の意思で回避できたと思ったのに。どういうことさ!
仁王立ちで楽しそうに声を出して笑う竜人の優雨美がそこにいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
優雨美の綺麗な左手の指先が、ゆっくりと右腕を這う。
うっとりとした表情は戦闘形態になっていないこともあって、ほぼ人の姿なので女の子が頬を上気させている姿は、傍から見たら色々と誤解を受けそうだ。
「まだ、あの時の攻撃が忘れられぬ………」
優雨美の指は僕が切り飛ばした右腕の傷痕をなぞっていた。僕は背中にゾクゾクと悪寒を走らせる。完全にマゾっ気たっぷりな物言いだった。
そんな様子を見てガルドーが目で促してくる。確かに待っているだけでは話が進んでいない。
「あの竜人様は、どうしてこちらに?」
「オレは優雨美とお前に教えたはずだぞ!?マジクよ」
「あぁ、はい。優雨美様はどうしてこちらに?」
「引っ越してきた!」
マジクとガルドーはポカンのしてしまう。
「ガッ、ガルドーさん、引っ越しってダンジョンって引っ越せるものなんですか?」
「知らん、聞いたこともない」
「何だ、コソコソ二人で、こうしてオレが引っ越してきたと言ってるだろうが、まだ作ったばかりだから、見た目だけでまともで罠もなければ迷わせる通路もないがな!はっはっは!」
「新しくか……こりゃ、ダンジョン発生に関わるとんでもない話を聞いた気がするのう」
ガルドーが眩暈を抑えるように目頭を押さえて頭を振っている。
「あの、天神海の方はいいんですか?」
「あんな土地、興味が失せた。どうでもいい」
「ガルドーさん、天神海の人達が怒り狂って僕のとこに来る未来が見えるんですけど」
「ワシは頑張れとしか言えぬ……」
「また、ごちゃごちゃと。そんなことはどうでもいい!マジクやるぞ!」
「やるぞって、戦うって事ですよね?嫌ですよ」
「えっ!?」
「えっ!?て、こっちがえっ!!?て感じですよ。何で戦わなけりゃならないんですか?」
「わざわざ、引っ越して来たんだぞ!」
「そんな事言われてもですね」
「優雨美様はどうか知りませんが、僕は痛いの嫌なんです」
僕は優雨美を倒すのに、後を考えなくて良い一撃を選択できたので、捨て身となるゲームの技を使った。
使った後は思った通り、本来あり得ない身体の能力を使った後遺症で体が動かせないほどボロボロになった。貞昌から渡されていた秘薬がなければ、ヤバかったかも知れない。
あそこまでしてやっと倒せた優雨美とまた、戦うとか絶対に受け入れられなかった。
「痛いのが嫌だとか、面白くない冗談だ!はっはっは」
「冗談じゃないです。本気です」
「馬鹿な、オレの好敵手がそんなわけあるまい!」
「嫌なものは嫌です!痛いのも嫌です!」
「あれだけの攻撃をオレに刻んだではないか!?」
「死に物狂いの攻撃ですよ!って、何で優雨美様に与えた攻撃と僕の痛みが関係するんですか?」
「何を言っている!?相手に与えた痛みを共に分かち合う。天神海の男の流儀であろう!」
「いや、僕は天神海の者ではないですし」
「お前も痛みを共有していたではないか!」
「あれは、あの技を出すのに自らの体を犠牲にした結果です」
「何だと!?………」
優雨美にここまで熱く訴えかけられると、少し絆されそうになるが、痛いのはやっぱり嫌だ。
「ならば、オレは何のためにダンジョンまでこしらえて………」
優雨美は肩を落としてブツブツ言いだした。
ここは、このまま静かに退散した方が良さそうだ。
ガルドーに目で合図を送る。
ガルドーが頷く。
ガルドーがメラメラ闘気を発する。
「このガルドーが代わりに手合わせを承る!」
「いや!そうじゃないから!」
僕はガルドーも優雨美同じく脳筋だったことを忘れていたことに、盛大にツッコミを入れた。
次話 「痛い検証」




