第7章 猫と魔鴉の狭き道
【第一幕:雨の夜の微光】
霧鴉街六番地に、再び灯りがともった。
湿った窓ガラスには、分厚く灰色の霧がこびりついている。
壁には、少し黄ばんだ救出者名簿が画鋲でしっかりと留められていた。
四百二十七名の名前。一人として欠けてはいない。
駆魔公安は上海の祭壇を押さえ込みはしたものの、レイヴンの行方を掴むこともできず、ましてやあの「魔燼」結晶が最終的にどこへ流れていったのかを突き止めることもできずにいた。
作業台の灯りは昏い黄色を帯びている。
レイラは破損した暗金の義手を解体し、金属の骨組みだけにしていた。数百に及ぶギアや符文パーツが番号順に整然と並べられ、テーブル一面を占領している。
コルヴォスは右眼に革の保護レンズを着用し、横で静かに公安の調査報告書をめくっていた。暖炉にくべる炎の揺らめきが、彼の冷徹な横顔に明暗の影を落としている。
「少なくとも六週間は、滅魔砲を使っちゃダメよ」
レイラは顔も上げず、手に持った精密ピンセットで小型ギアの噛み合わせを調整していた。
「四週間だ」
「八週間」
「さっき六週間と言ったはずだが」
「患者が値切ろうとしたから、治療期間は自動延長よ」
「キーッ——!」
窓枠に止まっていたクロードが、乾燥した高笑いのような掠れた鳴き声を上げ、羽をはためかせた。まるでレイラの厳しさに加勢しているかのようだ。
コルヴォスは報告書を閉じ、窓の外に目を向けた。ロンドンの濃霧がガラスにぴったりと張り付き、まるで永遠に晴れることのない灰色の海のようだった。
「レイラ」
「ん?」
「早く直してくれ」
【第二幕:石畳の上の豹影】
午後のロンドンの街角は、行き交う人々で賑わっていた。
コルヴォスはヴィクトリア朝風の斑模様のレンガ壁に沿って進む。上海の地下深淵でこびりついた魔力の残響——焦げ臭さと血生臭さが入り交じった悪臭が、まるでトレンチコートの襟元にへばりついて拭い去れないかのようだった。
突然、彼の鋭敏な聴覚が、きわめて異質な摩擦音を捉えた。
上質な革のショートブーツが、湿った石畳を踏みしめる微かな足音。
軽やかで規則正しく、周りの雑多でまとまりのない群衆の足音とはまるで噛み合っていない。沸騰したお湯の中に一本の縫い針が落ちたかのような、背筋が凍りつくほど突兀とした異物感。
「コルヴォス、この匂い……強烈すぎるぞ。ただの低級魔物なんかじゃ断じてない!」
クロードがコートの襟元から猛然と飛び出し、漆黒の羽を逆立てながら掠れた警告の声を狭い路地に響かせた。
「探偵さん、もうロンドンの雨が恋しくなっちゃったのかしら?」
背後から、軽薄で物だるく、戯れるような女の声が揺らめくように漂ってきた。まるで毒蛇が首筋を静かに這い上がってくるかのように冷たい。
コルヴォスの鋭い視線が走り、振り向いて剣を抜こうとした瞬間——一筋の暗影が風切り音を立てて彼の頬をかすめ去った!
そこにいたのは、仕立ての良い黒のスーツに身を包んだ女性だった。
猫のようにしなやかで力強い体つき。暗金色の長い髪が、曇り空の下で危険な金属光沢を反射している——アンバー・パンセラ(Amber Panthera)。謎の組織に所属し、駆魔公安にも登録されている危険な魔物だ。
「アンバー」
コルヴォスは歯を食いしばってその名を吐き出し、右手は反射的に腰の柄を固く握りしめた。極度の警戒により、拳の関節が白く浮き出ている。
「そんなに身構えないでよ。私は組織の命令で、わざわざ『最後の大物プレゼント』を届けに来てあげたんだから」
アンバーは少し首をかしげ、唇の端に嗜血的な笑みを浮かべた。
「あなたの動体視力がものすごく広くて、混乱の中でも正確に魔物の隙を見破れるのは知ってるわ……でもね、コルヴォス。私のお部屋についてこられるかしら?」
【第三幕:極速と残影】
言葉が終わるか終わらないかのうちに、アンバーの両脚の筋肉が瞬時に膨れ上がった!
「バリッ——!」
黒いストッキングが力任せに破り裂かれ、彼女の白いかかとが電光石火の間に変異していく。斑点に覆われた、滑らか極まりないヒョウの後肢へと! 爪が地面を捉え、狂暴な踏み込みの力が石畳のレンガをその場で粉砕した!
「ダンッ!」
リボルバーの咆哮が狭い路地に炸裂する!
アンバーは直線的な突撃を選ばず、肉眼では捉えきれない金黒の残影と化し、両側の高壁や配管、街灯のポールを猛スピードで左右に跳び回った! 彼女の移動軌跡は脈打つ電弧のように奇怪で、銃口は高速移動に伴って致命的な火花を撒き散らし続ける!
その瞬間、コルヴォスの右眼の水晶眼が幽かな青い光を爆発させた。
神経が過負荷を起こした超視界の中で、世界はまるでスローモーションに引きずり込まれたようだった。アンバーが壁を蹴り出す筋肉の戦慄きも、銃口から吹き出す灼熱の火花も、空気中を弾道が切り裂く熱い焦げ痕さえも鮮明に見える……。
だが——彼の肉体がまったく追いつかない!
傷ついた肉体と、死闘を終えたばかりの筋肉が致命的なタイムラグを生み出していた——「目で見えている」のに「体が避けきれない」という、越えられない絶望の深淵を、彼は生きてきて初めて痛感していた!
「くそっ……!」
彼は強引に軸足を捻り、右手の鋼鉄の剣と暗金の義手を胸の前で交差させ、光の防壁を作り上げた。
「キンッ! ガキンッ! ガァン!」
耳をつんざく金属の悲鳴と火花が目の前で激しく弾け飛ぶ! アンバーが放った最初の三発の弾丸は鋼鉄の剣で間一髪防いだものの、相手の攻撃密度と速度は予想を遥かに超えていた——
「ズシャッ!」
一発の偏屈な跳ね返り弾が防衛網を瞬時に切り裂き、コルヴォスの右肩へ正確に突き刺さった。沸き立つ熱い鮮血が、一瞬で黒いコートを染め上げる。続いて二筋目の残影がすり抜け、もう一発の弾丸が無情にも彼の左足首を貫通した!
「ぐっ……!」
引き裂かれるような激痛が電流のように全身を駆け巡る。コルヴォスは低い呻き声を上げ、両脚のバランスを崩して、片膝を重々しく地面に突いた! 右手の長剣を石畳に力任せに突き立てることで、どうにか倒れそうになる身体を支えている。冷や汗が一瞬で背中を濡らした。
アンバーは彼の数歩先で軽やかに着地し、猫の爪を優雅に収めると、指先に付着した硝煙の匂いを気怠げに舐めた。
その漆黒の猫目が、手負いの探偵を見下ろす。冷酷で、どこか楽しむようなその視線は、まるで手中に収めようとしている精美な戦利品を品定めしているかのようだった……
【第四幕(前編):豪賭と逆噴射】
「滅魔砲——チャージ!」
コルヴォスの低い咆哮とともに、暗金の義手からギアが狂ったように回る重厚な共鳴音が響いた。金属の関節の隙間から熾烈な赤光が溢れ出し、周囲の空気が高温で大きく歪む。まるで空間全体が壊滅的な威圧感に震えているかのようだ。
「哀れね、探偵さん」
アンバーは甲高くて高慢な笑い声を漏らした。
彼女の姿は両側の高壁と錆びついた水道管の間を奇妙に躍動し、ヒョウ化した両脚が驚異的なバネを生み出して、狭い路地の中に眩いばかりの金色の残影を描き出す。
「その距離で、あなたのその鈍い反応で、本当に私に当てられると思っているの?」
アンバーの嘲笑が四方八方から漂ってくる。義手のチャージによるわずかな空隙を突いて、彼女はさらに加速した。身を躍らせ、空中で縦横無尽に突き進む一筋の金色の稲妻と化し、極速の領域を存分に演じ切ってみせる。
コルヴォスはその不規則に明滅する残影を死んだ魚のような鋭い目で見つめ、フイゴのように重い息を吐いていた。
これが速度の勝負ではなく、命を賭けた大博打であることを彼は熟知していた。水晶眼が狂ったように演算を繰り返し、捉えるのはもはやアンバーの実体の軌跡ではなく、彼女が壁を蹴るたびに残る微かだが規則的な魔力の波紋——ヒョウの血肉と本能に刻まれた拍子だった。
(今だ……)
彼の指先はすでに引き金の最も深いところまで引き絞られている。暴走する「魔燼」は、溢れ出る出口を待っていた。
「終わりよ、探偵さん」
アンバーの姿が、極速の躍動のなかで突如として半空に静止した。その整った顔立ちには残忍で病的な歓喜が浮かび上がり、黒い猫目が片膝をつくコルヴォスを冷たくロックオンする。銃口が彼の眉心をまっすぐに指していた。
「つまらないけれど、もっとあなたの絶望した顔を鑑賞していたかったわ……でもこれ、任務なの。上から迅速に処理しろって命令されていてね」
彼女の指が、ゆっくりと引き金を引き絞る。
「さようなら」
「さようならだ」
二つの声が、まったく同じ瞬間に重なった!
アンバーの声には勝ち誇った高慢さが満ちていた。対するコルヴォスの声は、シベリアの万年氷のように冷たかった。
アンバーが呆然としたその刹那、コルヴォスの毀滅のエネルギーを蓄えた暗金の義手が、なんと人体工学を無視して「ガキン!」と凄まじい音を立てて真後ろへ百八十度回転したのだ!
灼熱の掌と砲口は、前方のアンバーに向かうことなく、彼自身の背後にある分厚いレンガ壁に死に物狂いで押し当てられていた!
アンバーの瞳孔が急激に収縮する——それは最初から、遠距離から彼女を狙撃するために用意された構えなどではなかった!
「滅魔砲——発射!!」
「ドオオオッ——!!」
狂暴な衝撃波が一瞬で背後の壁面を打ち砕き、壊滅的な反作用の力が破天荒な推進力となって、コルヴォスをまるで一発の漆黒の砲弾のように元の軌道から強引に押し弾いた! 彼はアンバーの視界の極限の死角をすり抜けるようにかすめ、一瞬で弾き飛んでいく!
「くそっ! あのイカれた奴——!」
アンバーは悲鳴を上げた。勝ちを確信していた戯れは跡形もなく消え去り、代わりに残ったのは激しく愚弄されたことへの狂暴な怒りだった。彼女の両脚が限界の速度を叩き出し、一筋の鋭利な金光となって追撃する。空気中に彼女の激昂した悲鳴が響き渡る。
だが——彼女が路地の角を猛然と曲がった時、そこに残されていたのは、強力な衝撃で跳ね飛ばされ、カランカランと不快な金属音を立てて回転している鋳鉄のマンホールの蓋だけだった。
コルヴォスはクロードの高空視界を利用して脱出ルートを正確に計算し、ロンドンの地下に広がる複雑怪奇な脈絡の中へと完全に姿を消したのだった。
【第四幕(後編):暗渠の中の失血と沈淪】
水路の中は、腐敗した悪臭と錆びた金属の匂いが交錯し、天然の匂いの遮断壁を作り出していた。
コルヴォスは湿って冷たいレンガ壁に背を預け、大きく肩で息をついていた。右眼の熱く危険だった水晶眼は、いまや体力の限界とともに急速に光を失っていく。
「ここなら匂いが強い……いくらあの豹女の嗅覚が鋭くても、この腐臭でかき消されるはずだ」
コルヴォスは声を押し殺して独りごちた。絶境に身を置きながらも、彼の頭脳は冷静に生存率を計算し続けている——これはレイヴンから叩き込まれた鉄則だった。恐怖は後回しにすればいい。だが判断を止めてはならない。
彼は突き刺さるような劇痛に耐えながら、「バリッ」と音を立てて血に染まった黒いコートの裾を破り取り、粗末な布切れを右肩と左足首の弾痕へ力任せに固く巻き付けた。布を締め上げた瞬間、無数の鋼針が骨髄に突き刺さるような灼熱の激痛が走ったが、溢れ出る鮮血をどうにか一時は止めることができた。
彼は震える手で重い鋼鉄の剣を握り締め、杖代わりにしながら、迷宮のような下水道の中を這うように歩を進めた。
汚れた溜まり水を踏みしめるたび、水たまりが小さく澄んだ音を立て、狭い石造りのアーチ状の通路に響き渡る。
しかし、時間が経つにつれて、地面を突く長剣の音は次第に途切れ途切れになっていった。最後には、泥の中で両脚を引きずる力ない音しか残らなくなった。
身体全体に鉛が流し込まれたかのように重い。肺が呼吸をするたびに炎で焼かれるように痛む。周囲の石壁がぼやけ、歪み始め、刺すような悪臭すらも遠のいていった。代わりに耳の奥で、甲高く不安な耳鳴りだけが鳴り響いている。
「くそっ……失血が……多すぎるか……」
彼は弱々しく呟いた。その声は落ちる水滴の音にかき消されそうなほど儚かった。
「まさか……俺が……ここで……倒れる……なんて……」
言い終わらないうちに、体を支えていた長剣がバランスを失い、滑りやすい石畳の上で「カチャアン……」と不快な音を立てて転がった。
視界を覆い尽くす暗闇が、波のように押し寄せてくる。
コルヴォスは力尽き、バシャリ……と冷たい汚水の中へと倒れ込んだ。
地下の世界全体が、深い深い死寂へと沈んでいった……




