第6章 最後の死鬥
クロードによる上空からの警戒を失ったことで、特化型魔物の襲撃速度は無限に跳ね上がっていた——コルヴォスの反応が、わずかに半歩遅れる。
「ガアアンッ!」
死角を打ち破り、一筋の残像が強烈に肉薄する!
千斤の鉄槌めいた重蹴りが肋骨を直撃し、コルヴォスはまるで破れ雑巾のように吹き飛んで岩壁の奥深くへとめり込んだ。崩落した砕石が雪崩となって押し寄せ、彼の半身を瞬く間に埋め尽くす。
「カハッ……!」
喉の奥を激痛が襲い、内臓の欠片を混ぜ込んだ鮮血が灰色の岩肌へ盛大に撒き散らされた。強烈な衝撃で視界が漆黒に染まり、右眼の「水晶眼」内部の術式符文が激しく過負荷を起こして、極めて不安定な蒼毒の電火花を散らす。
「どうしたの、探偵さん? さっきまでの不遜な威勢はどこへ行ったのかしら?」
煙塵の向こうから、龍芊芊が砕石を踏み荒らしながら悠々と迫ってくる。靴底が石屑を押し潰す甲高い音が響き渡る。半ば焼け焦げた彼女の顔面は、薄暗い魔光の下で歪み凹んでおり、折れた顎の骨が皮下で蠢く生き物のようにカタカタと動いていた。
「あの『滅魔砲』を一発撃って出涸らしになったのかしら……それとも、あなたの肉体はもう『魔燼』に喰らい尽くされたのかしらね?」
チエンチエンの口元が残忍な弧を描く。右手を開き、漆黒の骨爪を刀刃のように傍らの花崗岩壁へと滑らせると——音もなく、深さ数インチの切り傷が爆ぜるように刻まれた!
「まだ急いで死なないでちょうだい。その義手を一インチずつ引きちぎって、中にどんな悪い虫が詰まって本小姐の肉体を痛めつけてくれたのか、じっくり確かめてあげるから!」
シュッ——!
急降下! 迫り来る血気が波のように押し寄せ、漆黒の毒爪がコルヴォスの脆い喉元を一直線に狙う!
生死の瀬戸際、体内で暴走する「魔燼」と機械義手が致命的な共鳴を起こし、経絡が灼熱の炎で焼かれるかのごとき激痛に襲われる。走馬灯が網膜の裏を高速で駆け巡る——十年前、故郷を包み込んだ猛火。レイヴンの怒号めいた戦術の叩き込み。そして、「簡単に死ぬんじゃないわよ」と歯を食いしばるレイラ……
(まだ……ここで倒れるわけにはいかない……!)
コルヴォスは舌の先を強烈に噛み切った。腥い甘みと激痛が、混濁した脳を刹那に突き穿つ!
防衛を完全に棄て、右手で鋼鉄の剣を逆手に握り直すと、背後の岩壁に刺さった刃を支点にして全身の腰筋を爆発させ、崩れ落ちた石の隙間から己の身体を強引に「引き抜いた」!
毒爪が皮膚までわずか一ミリに迫ったその瞬間、コルヴォスは無理やり魔力を逆流させた! 経絡が寸断される代償もいとわず、残存エネルギーのすべてを左腕の暗金義手へと流し込む——
充填の時間などないのなら、最も純粋な暴力へと回帰するまで!
「ギチチチ……ガガガッ——ドォン!!」
金属歯車が耐えかねた悲鳴を上げ、流出する狂暴な魔能を纏った暗金の重拳が、狂乱の鉄獣と化して龍芊芊の胸腔へと真っ向から叩き込まれた!
拳が通り過ぎた空間の空気すら、目に見えるほどの高圧で凹陥する。チエンチエンの胸骨がその場で叩き潰され、打撃の衝撃で何十メートルもの深溝を地表に刻みながら無残に吹き飛ばされた!
「——ハッ!」
コルヴォスの鷹のように鋭い雙眸に、殺気が爆ぜる。
前傾姿勢をとった瞬間、右腕の青筋が隆起し、鉄の万力のような指が岩壁に深々と刺さった剣柄を死に物狂いで掴み取る。
「ジャキッ——ズシャアアッ!」
石屑と火花が狂乱して飛び散る! 前進する慣性に乗って長剣が強烈に引き抜かれ、弧を描く金色の火芒を放った。コルヴォスは体を翻して剣を抜いた遠心力をそのまま利用し、全身の腰筋と残存魔力のすべてを両腕に注ぎ込み、すべてを薙ぎ払う横一文字の斬撃を叩きつけた!
長剣が大気を引き裂き、眩い白光の刃線が決絶の死光となって、無防備に晒されたチエンチエンの頸動脈へ正確に襲いかかる!
プシュッ——!
噴水のように血潮が吹き出す! 絶大な斬撃の衝撃波が、チエンチエンの体を再び後方へと滑らせた。
しかし、背筋が凍りつくような光景がその直後に訪れる。
骨が見えるほど深く刻まれた恐ろしい切創の中で、捲れ上がった焦げ黒い血肉が凄まじく蠢き始めたのだ。グチョ……グチョリと目に見えるほどの肉芽が糸のように狂ったように交差して絡み合い、ほんの二、三呼吸のうちに吹き出していた血は強引に堰き止められ、傷口は目に見える速さで癒合していく!
コルヴォスは目の前の異形と化した魔物を死んだ魚のような目で見つめ、極限まで力んだ指は剣柄を白く変色させ、血を滲ませていた……
血の混ざった唾を吐き捨て、その瞳に忌々しさと凶暴な陰鬱さを宿しながら、冷たく嗤う。
「チッ……やはり通常の物理攻撃じゃ埒が明かないか。しぶとい人形魔物め」
物理的な斬撃が無効だと悟ったコルヴォスは、腹を括って左腕の義手の核心外郭を強引に引き剥がし、内部で狂ったように回転し破壊の気配を撒き散らす「魔燼核心」を露出させた。
「キィィィン——!」
高濃度の魔力が限界突破の過負荷によって瞬時に暴走し、暗紅色の魔光が噴火のごとく溢れ出て実体化した狂暴な雷霆となり、周りの大気を焼き焦がす。
コルヴォスは歯を食いしばり、劇痛によって顔の筋肉を歪ませた。咆哮を上げると同時に、右手の鋼鉄の剣を義手の超載スロットへと力任せに突き刺した!
「ブワァァァン——!」
スロットが噛み合った瞬間、鋼鉄の剣が激しく鳴動した。それまで銀白だった刀身が、暴走する魔力を一瞬で完全に吸収。狂暴な暗紅の流光が剣身の符文に沿って狂ったように伝播し、剣全体が一瞬で膨張・延伸して、純粋な魔能で構成された黒紅の刃へと変化し、息を呑むような毀滅の威圧を放ち始めた。
「これを喰らいな、化け物お嬢さん!」
膨れ上がる威圧を纏う黒紅の刃を前にしても、龍芊芊は恐れるどころか、病的な笑い声を上げ始めた。
「ハハハハ! 自暴自棄になったのかしら、探偵さん!?」
言葉も終わりきらぬうちに、彼女の足元の地面が爆砕し、肉眼では捉えきれない残像となって再び死に物狂いでコルヴォスへと襲いかかる! 金属の冷光を放つ毒爪が大気を引き裂き、コルヴォスの喉元へと迫る!
だが今度ばかりは、コルヴォスは避けることも身を引くこともしなかった。
その深遠な瞳は一切の温度を失うほど冷酷に澄み渡り、己の喉元までわずか数センチに迫る利爪を凝視していた。爪先が肉体に突き刺さらんとし、鋭い風圧すら肌を撫でる生死の刹那、コルヴォスは重心を低く落とし、全身の力と暴走する魔燼のすべてを極限の一撃、直線突刺へと変えた!
「ドスッ!」
肉を穿つ重苦しい音が溶岩洞に響き渡る。
黒紅の刃は龍芊芊の胸腔をなんの抵抗もなく貫通し、その心臓へと一直線に突き刺さった! 狂暴な魔能が彼女の背後から気浪となって爆ぜ、無数の砕石を粉じんへと変える。
時間がまるでその瞬間、停止したかのようだった。
チエンチエンの爪先はコルヴォスの喉の皮膚の上で止まっており、あと一ミリで彼の頸動脈を切り裂くところだった。彼女の口元にはあざ笑うような冷笑が浮かび、病的な低音で囁く。
「ふふ、探偵さん、ゲームオーバーよ。あなた程度のダメージなんて、根本的に……」
だが、言葉を紡ぎ切る前に、彼女の顔から笑みが凍りついた。
「アアアアアアアア——ッ!」
耳を劈く凄惨な悲鳴が地底に響き渡る! チエンチエンの雙眸が激しく飛び出し、眼球には蜘蛛の巣のような血走りが浮かぶ。立ち続けることすら叶わず、背骨を抜かれたかのような劇痛に襲われて地面へと倒れ込み、狂ったように悶え苦しみ、転がり回った。
黒紅色の魔燼エネルギーは、血に飢えた無数の毒蛇のごとく彼女の心臓の血管を伝って狂乱のうちに伝播し、彼女が誇る再生細胞を貪り喰らい、破壊し尽くしていく。本来なら瞬時に癒合するはずの肉芽は、魔燼に触れた瞬間に焦げた死肉へと変わり果てていった。
コルヴォスは激しく息を荒らげ、左手の義手からは黒煙と電火花が絶え間なく吹き出していた。彼は地表で悶絶する女を冷たく見下ろし、疲弊しながらも残忍な弧を口元に刻む。
「魔燼が暴走する味は、どうだ……?」
チエンチエンの凄まじい悲鳴は次第に弱まり、やがて喉の奥から漏れる低い呻き声へと変わっていった。先ほどまで残虐な紅光を宿していた縦長の一双の瞳は、身体組織の崩壊とともに光を失い、人間を模した皮膚は大片となって剥がれ落ちた。その下から覗く赤黒く爛れた異形の血肉も、魔燼の喰滅を受けて灰へと化していく。
コルヴォスは即座に気を緩めることはせず、魔物の胸に刺さった黒紅の刃を固く握り締め続けた。最後の魔能が注ぎ込まれ、チエンチエンの体内にある再生核心が完全に粉砕されるまで。そして長剣を強引に引き抜くと、全身の脱力感と魔燼の反動によって激しく揺らぎ、膝を突きそうになった。
——ズズズズ重々しい地鳴りが溶岩洞の上方から伝わってきた。重型機械と魔力障壁が強引に破砕された振動だ。
崩落した入口から幾筋もの強烈な光束が照射され、地底の暗闇を切り裂く。それに続いて響いたのは、整然と揃った戦術ブーツの踏み込み音だった。
「こちら駆魔公安・特別行動隊! 現場を鎮圧・接収する。全員武器を捨てろ!」
コルヴォスが顔を上げると、青い水晶眼が暗闇の中で頭上から照らされる冷烈な強光を反射させた。大崩落の向こうから、武装した隊員たちの後を追って、焦燥した表情のレイラが自分に向かって飛ぶように駆け寄ってくるのが見えた。
レイラはコルヴォスの傍らへと突進し、周りに向けられた冷たい銃口すら意に介さず、今にも倒れそうな彼の身体を抱きとめた。外郭が亀裂で埋め尽くされ、崩壊寸前の暗金義手を目にして、彼女の目頭が一瞬で赤くなる。
「この大バカ者! この手は使うなって言ったじゃない!」
コルヴォスは何も答えず、ただ力なく口元を歪めて疲弊しきった苦笑を浮かべた。視線を救出された住民たち、そしてその後ろから歩み寄ってくる特別行動隊の隊長——この依頼の責任者であるシリウスへと移す。
「見事な手際ですな、コルヴォス殿」
シリウスは地面の魔物の残骸を目を細めて見つめ、その語調にはかすかな畏怖が混ざっていた。彼が手を振ると、後方の医療班が一斉に前進して住民の救護を開始した。
「やり方は少々……暴力的に過ぎますが、洞窟内の住民は無事に救出されました」
彼は一呼吸置き、電子サイン端末を差し出した。
「任務は完璧に達成された。報酬金は只今、魔物探偵事務所の専用口座へと振り込まれました。それと、残りの……」
シリウスはチエンチエンの残骸を指差し、細められた瞳の隙間から冷ややかな光を閃かせた。
「こちらは我々にお任せを。この者が所属する背後の組織は、公安が責任を持って引きずり出します」
コルヴォスは残された最後の力を振り絞り、サイン端末に機械義手の指紋を押し当てた。
「終わったか……」
彼は呟くように零し、そのままレイラの身体に身を預けながら、完全なる漆黒の意識の底へと落ちていった。




