第5章 崩れゆく深淵
「あんたに妹なんていない。」
「たくさんの妹を喰ってきたから、混ざっちゃったみたい。」
龍芊芊の唇が耳元まで裂け、どろりとした粘つきを帯びた笑みを浮かべる。その口調はまるで今日の天気を語るかのように軽やかだった。
だが、言い終わるが早いか——彼女の影が突如として足元へ沈み込み、猛スピードで肉薄する!
狭い地下通路では、あの巨大な双翼を広げる余裕などない。
彼女はまず骨翼を固く折り畳み、わずか二歩の距離まで肉迫した瞬間、荒々しく一気に羽ばたかせた! 翼膜が巻き起こす嵐のような圧迫感が、両脇の退路を力ずくで封じ込める。
コルヴォスは退かない——彼の背後にはレイラがいるのだ。
彼は重心を低く落とし、胸前に構えた暗金の義手で、視界を埋め尽くす爪影と牙の嵐へと力任せに割り込んだ!
「ガギィッ——キィィッ!」
鋭い獠牙が義手の金属装甲に噛みつき、耳を刺すような金属摩擦音とともに激しい火花が散る。狂暴な噛み砕く力が骨を伝い、コルヴォスの左腕全体を痺れさせた。
怒濤の衝撃波が襲いかかる中、彼はあえて無理に耐えようとはせず、その圧倒的な力に乗じて背筋をしならせ、空中を滑らかに舞う流麗な受け流しを決めた。
「落ちろ、バケモノ。」
落下の一瞬、閃光のごとき早業で、コルヴォスの左手が龍芊芊の頭部を鷲掴みにする。
全身の筋力と落下の重力をひとつに融合させ、そのまま彼女の顔面をコンクリートへと叩きつけた!
「ドオオッ——!!」
頑丈な床が一瞬で亀裂を走らせて陥没し、砕石が四方に飛び散る。龍芊芊はこの一撃で視界に星を散らした。
コルヴォスは勢いそのまま隙なく着地すると、両足を踏み込んで鋼釘のごとく彼女の二本の龍爪を踏みつけ、その上半身を地面へと固着させた。
機械左腕の関節が高負荷の歯車音を響かせ、表面の複雑な錬金符文が危険な赤光を帯びて明滅し始める。
「ゲームオーバーだ、魔物お嬢さん。」
コルヴォスは足下で狂乱する魔物を見下ろし、鉄鉗のような左手をその大きく開いた口内へと深く突き刺した——
「滅魔砲——チャージ!」
灼熱の魔力が狂ったように義手へと収束し、周囲の空気が高熱で歪む。滅びの白光が掌心で極限まで圧縮され、神経を削るような甲高い唸りを上げた。
死の脅威に直面し、龍芊芊の瞳に狂気が走る。返り血に染まった鋼鞭のごとき太い龍尾が猛然と跳ね上がり、耳を裂く破空音を伴って、毒蛇の如く死角からコルヴォスの後頭部へと薙ぎ払われてきた!
だが——高空にいるクロードとの視界共有のおかげで、この死角からの奇襲は水晶眼に鮮明に映し出されていた。
彼は慌てることなく、右手で身側の重厚な鋼剣を抜き放つ。龍尾が空気を切り裂く直前、柄を逆手に持ち替えると、全身の魔力を右腕に込め、背後へと全力で突き刺した!
「グサッ!」
鋭利な剣身が正確無比に龍尾を貫き、アスファルトの地面へと縫い付ける!
「あぁぁぁぁ——ッ!」
龍芊芊が凄惨な悲鳴を上げる。
「滅魔砲——発射!」
コルヴォスの水晶眼に決絶の鋭光が走り、攻撃を緩める気配は微塵もない。低い咆哮とともに、暗金義手の掌心で極限まで圧縮された破壊の白光が、その血の口内で轟然と爆裂した!
「ドオオオッ——!!」
それは単なる爆発ではない。聖なる光と滅びの魔力が融合した濁流が、極限まで狭められた空間の中で狂乱するように解放されたのだ。
「ウオォォォ——ッ!」
龍芊芊の悲鳴は半ばで途切れ、恐怖の魔光が食道を直撃して臓物と組織を一瞬で蒸発させる。苛烈な光は頸部に並ぶ赤鱗を透過し、見る者を慄然とさせる血色のホログラムを屈折させた。
「魔燼」の焦熱エネルギーを伴う破壊的な衝撃波が、脆くなった地盤ごと完全に吹き飛ばす。大地が震動し、コンクリートと鉄筋が白光の中で微塵へと変わった。
コルヴォスと、全身血まみれで致命傷を負った龍芊芊は、崩落する巨石とともに重力を失ったような漆黒の深淵へと落下していく。
「ザッ……ドサリッ!」
どれほどの時間落下したのか。コルヴォスは柔らかい泥と砕石の山の上に重々しく叩きつけられた。
強烈な衝撃に喉の奥が甘くなり、彼は鮮血を吐き出す。
身にまとっていた黒いロングトレンチコートはすでにボロボロで、さらに左肩と機械義手の接合部からは、焦げた電光が狂ったようにスパークしていた。
「カ……ツツツ……」
先ほどの一撃により、魔燼の侵食が完全に暴走を始めている。
灰黒色の結晶が毒蛇のごとく鎖骨から首筋へと這い上がり、身を焼くような激痛をもたらした。彼は荒く息を吐きながら震える右手で懐から抑魔薬を取り出し、瓶底ごと歯で噛み砕くと、熱く苦い薬液を力任せに喉へと流し込んだ。
「ハァ……ハァ……」
熱い薬液の広がりとともに、浸食していた結晶はようやく緩やかにその動きを止める。
コルヴォスは深く息をつきながら立ち上がり、右手で再び鋼剣を強く握りしめた。頭を上げ、右目の水晶眼で周囲を観察しようとするが——ここはあまりにも深すぎた。頭上からの光は届かず、周囲には死のような静寂と濃密な血の匂いだけが漂っている。
(クロード……?)
脳内で呼びかけたが、返ってきたのは頭を突き刺すような激痛だけだった。深い岩盤と地脈の結界が、彼と魔鴉の神経接続を完全に遮断していた。
——それは、彼がこの十年間で初めて、文字通り「たった一人」になった瞬間だった。
高空からの視界を失った彼は、水晶眼のわずかな夜視能力だけを頼りに前へと手探りで進むしかなかった。ブーツの底が砕石を踏みつける「カチリ」という乾いた音が、この静寂の中でことさら耳障りに響く。
十数歩進んだところで、前方に広がっていた光景に、地獄を見慣れたはずの魔物探偵でさえ思わず息を呑んだ。
そこは、気が遠くなるほど広大な地下の天然洞窟だった。
空気中には吐き気を催すような魔燼の気が充満し、濃厚な紫黒の霧となって立ち込め、肺に吸い込むだけで鉄の味がする。
そして、その巨大な洞窟の中央にあったのは——「魔燼結晶」によって築き上げられた、狂気の鉱脈だった。
正気を失い、全身が爛れた無数の男性住民たちが、まるで歩く屍のように機械的な動作で鉱脈の周りを掘り進めている。
彼らの指先はすでに肉が削げ落ちて白い骨が剥き出しになっていたが、それでも休むことなく晶石を祭壇頂点の巨大な亀裂へと運び続けていた。その整然たる様は、一本の糸で操られている人形のようだった。
「探偵のイケメンさん、なかなかやるじゃない……」
かすれてボロボロになった声が、空洞な洞窟内にこだました。
コルヴォスは猛然と振り向き、鋭い視線を飛ばす。
瓦礫の陰から、龍芊芊がゆっくりと立ち上がってきた。
いまの彼女の姿は惨憺たるものだった。下顎は吹き飛ばされて折れた顎骨が露出し、全身が焦げた腐肉で覆われている。
しかし恐ろしいことに、その焦げた組織は歪な速度で蠢き、再構築されていた。そして本来背中で威容を誇っていた巨大な双翼と尻尾の倒刺は、まるで融解するように縮小し、最終的には彼女の背骨と臀部の中へと完全に消失していった。
先ほどの一撃で過剰な魔力を消耗したため、彼女は高階魔物の姿を維持することを諦め、脆弱な人間形態へと強制的に退行せざるを得なかったのだ。だがそれでも、その濁った瞳の中には依然として残虐な赤光が不気味に揺らめいている。
「あたしの体がこんなになっちゃうなんて……ほんと……最高に、気持ちいいわ。」
龍芊芊は残された半分の口で、酷薄な笑みを無理やり作り上げる。
「でも、ここを見られた以上、あんたを生かして帰すわけにはいかないの。」
彼女は深く腰を落とし、標準的な格闘の構えをとった。高階魔物特有の殺気は微塵も衰えていない。
コルヴォスは、目の前の完全に狂気へと落ちた女と、背後で歩く屍と化した住民たちを見据えた。
左腕の機械関節が不安げなカチリという音を立てる。薬の鎮静効果は薄れつつあり、体内の「魔燼」は洞窟内の鉱脈に呼応するように狂暴に波打っていた——まるで彼の血管の中で、同類を呼ぶ声が囁き合っているかのように。
彼に無駄な言葉はなかった。
右手で鋼剣を逆手に握り直し、左の暗金義手には再びかすかな赤光が灯る。
「これは復讐の終わりじゃない。」
コルヴォスは氷のように冷ややかな声で告げ、水晶眼で龍芊芊の身に纏う魔力のゆらぎを刻一刻とロックオンした。
「お前の終わりだ。」
龍芊芊が甲高い怪声を上げると同時に、足元の地面が弾け飛ぶ。
彼女の全身が砲弾のごとき勢いで、コルヴォスに向かって突進してきた——!
退路の断たれた肉と血の博弈が、いま、地底の深淵で静かに幕を開けた。




