崩れた三位一体
ウォーン・バウルが林の中を小走りで駆け抜け、ナプテス三騎と会敵する。
一騎は大弩からクリーンヒットを脇の下に受けたようで、装甲から露出したパペットのひび割れから、左腕の可動範囲が満足ではないとウィンは見た。
そうゴーレムの素材、パペットを流用したDLは、ここしか曲がらないという明確な関節は存在しない。
騎界メガネで思考を読み取り、それに従いDLは動く。関節の可動イメージは騎手のイマジネーションしだいなのだ。
しかし、イメージの限界までパペットを自在に動かすよりも、よりも、巨大な人間としてうごかす運用の方が楽なため、巨体に見合った板金鎧よりも、簡素化した鎖かたびらを装着する事が多く見られる。
ともあれ破損した部位をそのままに運用すれば、損傷は拡大する一方となる。
修復には同じ素材の切片をねじ込み、専門の整備士が殴打して、素材を馴染ませるのだ。
石級ならば、コストパフォーマンスの上で、頭部や四肢の欠損以上の損害は修復する方法は、事実上存在しない。
大抵破棄される。
多分、とウィンはナプテスの戦法を読み取ろうとする。
向こうは接近して、三位一体でこちらを翻弄し、追跡を断念させるべく、虹石の消耗を図るか? 否、向こうのアイリスドライブの出力が大きく、虹石の損耗も比例する以上、長期戦は向こうは不利になる。
ならば、追跡の気をそごうと、足の一本にでもクリーンヒットを与えてウォーン・バウルのパペットを歪ませ、逃げを打つだろう。
ナプテスの騎手が操る三騎のDLが、霧の立ち込める樹海の中で、不気味な鈍色の光を放っている。アイリスドライブが唸りを上げ、高密度の魔力が大気と摩擦し、低周波の振動がウィンの足元を揺らした。彼らが見せる陣形は、典型的な挟撃のための布陣だ。先頭の一騎が威嚇の姿勢を見せ、左右の二騎が死角を突くべく緩やかに弧を描いている。かつて教本で学んだ、連携の極致。だが、それを操る騎手の技量が、この戦場の運命を決定づける。ウィンは呼吸を整え、ウォーン・バウルの感覚を自らのそれへと同期させた。虹石が内包する莫大なエネルギーが、パペットの細部まで行き渡るのを肌で感じる。
勝利の定義とは何か。敵を撃破することだけではない。この閉塞した状況において、自分自身が目的地へと辿り着くための時間を稼ぐこと。あるいは、彼らの追跡そのものを物理的に不可能にすることだ。ウィンは戦況を冷静に分析する。敵三騎の連携は美しいが、歪みがある。脇の下に負傷を抱えた中央の個体、それが全体の調和を乱すノイズとなって伝わってくる。騎手は左腕の不自由さを補おうと、不自然な重心移動を強いている。そのわずかな揺らぎこそが、彼らの全滅を招く綻びだった。ウィンはあえて大鉈を背に預け、パペットの重心を低く設定する。
ナプテスの騎手たちは、自らのイメージを強制的に押し付けている。まるで壊れた機械を無理やり動かすかのように。それはあまりに脆く、あまりに短絡的だ。ウィンは嗤うそして何より優れた騎手であった。パペットを構成する素材の硬度、回路の配置、そのすべてを熟知しているからこそ、彼は相手の「イメージの未熟さ」を突くことができる。
「追跡を諦めろ、あるいはここで果てるか」
ウィンは無言のまま、意志を伝えるかのようにパペットの拳を握り締めた。ナプテス側が攻めあぐねている。彼らはウィンの戦法を測りかねているのだ。未知の技術体系、あるいはこの男特有の歪な操縦特性。彼らにとって、ウィンは予測不能な異物に見えているに違いない。三騎が同時に動き出した。中央の個体が左腕をかばいながら牽制の回し蹴りを放ち、両翼が同時に加速する。その瞬間、ウィンの瞳が鋭く光った。タイミングは一拍の遅れ。ナプテスの陣形が崩れたのは、まさにこの一瞬だった。
彼らの背後、遥か遠方の山並みに沈みゆく太陽の残照が、霧の合間から差し込んだ。それは静寂への招待状のようでもあった。ウィンは自身のパペットの可動域を限界まで拡張し、本来の人間では不可能な角度で体を捻る。構造的な剛性に頼るのではなく、イメージによる柔軟な姿勢変更。それが彼の回答だった。ナプテスが放つ光が、木々を焼き払い、残土を噴き上げる。轟音と熱気が交錯する中で、ウィンはただ一直線に、彼らの連携の中心点へと踏み込んだ。勝機はそこにある。
戦いの終わりは突然訪れるだろう。それは劇的な勝利かもしれないし、あるいは沈黙による撤退かもしれない。しかし、少なくとも今のウィンにとって、ナプテスという敵は克服すべき対象に過ぎない。この林を抜け、その先の広野へ出るための通行料。彼らはただ、その支払いを強要されているだけの存在だ。
この逃走劇は、まだ終わらない。だが、次の瞬間、彼らの追撃は確実に止まる。それが理解できたとき、ウィンは初めて口角を上げた。戦場とは、力と力のぶつかり合いではない。いかに相手の想像力を上回り、いかに相手の理屈を無効化するか。その頭脳戦の果てに、ただ勝者が立ち尽くすのみである。林の奥深く、重苦しい空気が支配する中で、三騎のナプテスは崩壊の予兆を抱え、ただウィンの背中を見送ることしかできない。彼は確信していた。次なる一撃は、彼らとの関係を終わらせるための、終止符になると。




