第3章 海月精霊は仕掛ける。②
Xに、挿絵をのせています。
ナジュムは、周囲に目を走らせた。
やはり、物陰に身をひそめる者たちがいるようだ。
が、動く気配がない。
いぶかしみながら、ナジュムは王太孫と男たちの間に、体をすべりこませた。
「……俺の連れに、なんの用だい。あんたたち」
突然、割って入ってきたナジュムに、男たちが驚く。
「……!こいつ、この間のアル=ナシーム家の護衛だっ……」
押し殺した囁きに、ナジュムの眼が細くなった。
どうもナジュムを知っているらしい。
そういえば、見覚えがある。
王太孫と出くわしたときの、破落戸だ。
「……お前ら、無事だったのか。」
「うるせぇっ」
「しぶといんだな」
しみじみと呟いてしまった。
「……!お前らのせいで、アニキはボコられたんだよっ。
挙句に、この港町にいられなくなって……」
一瞬、ぐっと震える声を飲み込んで、破落戸は吐き出した。
「……お前らからもらった金を元手に、よそで出直しちまったんだよ……!」
「よかったじゃないか」
心機一転したらしい。更生したのか。
「だったら、お前らも足洗えよ。いつまでも破落戸やってないで」
ナジュムの言葉に、男たちの顔が紅潮した。
「だから、うるせえよっ。
いいか、お前らには、落とし前つけさせてやるからな!」
ナーディルを指さして、喚いた。
「そこのガキ、有り金、おいてけよっ」
――知らない、ということは本当に怖いものだ。
「……アタマ、大丈夫か?」
ナジュムはため息をついた。――ようにしか、見えなかった。
破落戸たちの服が、腰のあたりから、ストンと足元に落ちた。
かろうじて、下履きの一枚だけが残った。
チン、と鞘に剣を納める音がした。
――それがわざと立てた音だと、気づいたかどうか。
「……ひぃっ」
一拍おいて、ひきつった悲鳴が破落戸たちから漏れた。
「悪いことはいわない。とっとと消えろ。」
紫の眼でひと睨みすると、破落戸たちは飛び上がった。
足元の切り落とされた布を必死にたぐり寄せ、よたよたと駆け出していく。
破落戸たちが消えてから、ナジュムはナーディルを振り返った。
そこで驚いた。あまりにも、ナーディルの顔色が悪かった。
破落戸に囲まれたせいか、とも思ったが。
「……大丈夫ですか?」
ナジュムの声に、フードから、ナーディルの顔があらわになった。
その目元には、色濃いクマができていた。
「……その眼……ピラール殿と、いた……?」
かさついた声に、ナジュムの眉根が寄った。
相手がナジュムだと気づいたナーディルは、必死に言葉をしぼりだした。
「……ピラール殿に、会いたい、んだ……!」
ナジュムは困惑して、物陰に目をやった。
――やはり、護衛がついている。
視線に気づいた男が、小さく頭を下げた。
ナジュムは、頭を掻いた。
ナジュムは迷った。
――ラシードなら、どうするか。
アル=ナシーム家の立場から、損のない立ち回りを選ぶだろう。
ラシードが非情だから、ではない。
そういう役割だからだ。
では、自分は?
なにを期待されているだろう。
一つだけ、はっきりしている。
――ナジュムに、弱っている子どもを見放す選択肢はない。
自分の服をきつく握りしめているナーディルに、ナジュムはゆっくりと声をかけた。
「……お嬢に会いたいなら、条件があります。」
離れているのに、護衛が、ピリッとしたのがわかった。
ナジュムはそれを無視した。
彼らには、彼らの道理があるのだろう。
離れて見守っているのも、尋ねれば最もな理由があるのかもしれない。
だが、こんな顔をした子どもをそのままにしておくような理屈など、ナジュムは飲めない。
ラシードなら飲むか?どんなに苦くても、涼しい顔で飲むかもしれない。――“大人”をやっているから。
でも、ナジュムの腹の虫は、拒むのだ。飲むな、と。
そんなもの飲んだら、暴れてやるぞ、と。
ナジュムは、なかば抱えるようにして、ナーディルを近くの飯屋に連れこんだ。
ざわついた店の中は、しみ込んだ料理の匂いが満ちていた。
ナジュムは、店のおかみさんに合図をして、適当な卓にナーディルを座らせた。
注文したのは、粥と甘湯だ。
ぬるくて、やさしい甘みの甘湯は、小さな子どもや病人むけの飲み物だ。
ナジュムも、子どものころ、よく飲まされた。
今でも、たまに風邪をひくと、無性に飲みたくなる。
待つほどもなく、目の前におかれた品に、ナーディルはとまどった顔を見せた。
仕方ない。王宮で、饗されそうもないものだ、とはナジュムも思う。
無言ですすめるナジュムに、ナーディルはかすかに首を振った。
「……今は、ほしくない、のだ。」
ナジュムは、甘湯の器をナーディルの手の中に押しやった。
「これを、ちゃんと飲み干してください。
――それが、お嬢に会わせる条件です。」
抗議するようなナーディルの目に、ナジュムは繰り返した。
「そんな顔色のままで、お嬢には会わせられません。」




