モノローグ 迷宮の中で ――ファーリス――②
愚かなわたしは、兄のその姿を拒んだ。
……兄上が、そんなことをおっしゃるはずが、ない。
――恐れながら。兄上のお言葉とは、思えませぬ。
流民は、すでに鎮まっております。
流民にも、我が兵にも犠牲を出さずにおさまりましたことが、なんの不足でありましょう。――
わたしの反駁は、兄を苛立たせただけだった。
――此度のことが、先々の災いを招くのだ。
流民どもは、騒げば、おのれらの望みが通るのだと学んだ。
何度でも、同じことを繰り返す。
意のままにならなければ、どうなる!?
より多くの血が流れることだろうに……!
兄は、吐き捨てた。
――そなた、命惜しさに怖気づいたか。
全身の血の気がひいた。
場に落ちた重い沈黙に、息が詰まった。
あえぎながら、わたしは携えていた剣を膝前に差し出した。
剣の鞘を掴んだ一瞬、辺りに緊張が走った。
だが、それには構わず、わたしは床に額づいた。
――天地神明に誓って……
わが命を惜しんだ覚えはありませぬ……!――
どうしようもなく、声が震えた。
泣きたくは、なかった。
――我が剣を――
証に、お返しいたします――
それ以上は、言葉にできなかった。
十三の歳、軍に奉職した折に、兄王太子より授けられた剣だった。
あのときの兄上の慈しみに満ちた眼差しは、もうそこにはないのか――
そのときのわたしは、確かめるのが怖かった。
顔をあげられないわたしの頭上に、重く、兄上の声が落とされた。
――謹慎を、申し渡す。
許しあるまで、王宮への帰参を、控えよ。――
――書楼に、蟄居するがよい。――
なぜ、書楼なのか、とは疑問にさえ思わなかった。
王宮以外に、わたしがいるべき場所はなかったから。
わずかにでも、情は残されていたのだろうか。
項垂れたわたしを置いて、兄上は退出された。
その衣擦れの音までも、わたしへの怒りがこめられているように思えた。
それが、兄上との最後の会話となった。
――あれから、長い年月が流れた。
幾度も幾度も思い起こした。思い返した。おのれの振舞いを、兄上の言葉を。
わたしの、あの日のあやまち。
どうすべきだったのか。どう、償うべきだったのか。
わたしには、答えが見つけられない。




