第182話 悪役なら新しい時代へ歩き出す
グランディア領。
朝。
いつもの朝。
しかし。
今日は少し違った。
「男爵様。」
セレナが書類を持ってくる。
「正式な報告です。」
「何だ。」
「新しい領主候補への引き継ぎ計画。」
「完成しました。」
「……。」
ついに。
その時が来た。
俺がずっと避けていたこと。
自分が中心ではなくなること。
でも。
今は。
「確認する。」
書類を見る。
領地運営。
教育制度。
交流政策。
研究施設。
全部。
次の世代へ渡せる形になっている。
「問題ない。」
セレナが少し笑う。
「本当に任せるんですね。」
「ああ。」
「不安では?」
少し考える。
昔なら。
絶対に不安だった。
自分より他人を信用できない。
そんな自分だった。
でも。
「不安はある。」
「……。」
「だが。」
「任せられると思っている。」
セレナは嬉しそうに頷いた。
午後。
領主候補たちが集まる。
若い。
まだ経験も少ない。
でも。
目には未来への意思がある。
「アルベルト男爵。」
一人が頭を下げる。
「私たちに務まるでしょうか。」
「……。」
昔の自分なら。
厳しい言葉を言ったかもしれない。
しかし。
「務まるかどうかは。」
「これから決まる。」
「……。」
「最初から完璧な人間はいない。」
「失敗したら。」
「修正しろ。」
「困ったら。」
「相談しろ。」
「一人で抱えるな。」
自分自身が。
一番できなかったこと。
だからこそ。
伝えられる。
「最後に。」
彼らを見る。
「この領地を。」
「自分たちのものだと思え。」
「俺のものではない。」
「皆が暮らす場所だ。」
若者たちは深く頷く。
夜。
屋敷。
庭。
「男爵様。」
リリアが言う。
「本当に渡すんですね。」
「ああ。」
「寂しくないですか?」
「……。」
空を見る。
屋敷。
街。
全部。
大切な場所。
「寂しい。」
正直に答える。
リリアが少し驚く。
「珍しいですね。」
「でも。」
続ける。
「嬉しい。」
「……。」
「俺がいなくても。」
「続いていく証拠だから。」
リリアは微笑む。
「それが。」
「男爵様が最後に欲しかったものなんですね。」
その時。
イリスが現れる。
「報告があります。」
「今度は何だ。」
「時代記録の更新です。」
空に文字。
『アルベルト・フォン・グランディア』
『役割』
『完了』
「……。」
そして。
『継承』
『開始』
光が消える。
「終わったな。」
イリスが頷く。
「はい。」
しかし。
不思議と。
終わった感じはしない。
明日も。
朝は来る。
仕事もある。
人との時間もある。
ただ。
少しだけ。
肩の荷が軽くなった。
「男爵様。」
「何だ。」
「これからは。」
「何をしますか?」
「……。」
少し考える。
「領主を続ける。」
「え?」
「ただ。」
「今までとは違う。」
「守るためではなく。」
「一緒に暮らすために。」
リリアは笑った。
悪役として始まった人生。
最後まで。
完全な悪役にはなれなかった。
でも。
それでよかった。
第182話を読んでいただきありがとうございます!
今回はアルベルトが「守る者」から「託す者」へ変わる回でした。
自分がいなくても続く未来を作ること。
それこそが、アルベルトが最初から本当に求めていた「静かな生活」の完成形なのかもしれません。




