第171話 悪役なら普通の領主として生きる
朝。
グランディア邸。
「……。」
目が覚める。
いつも通り。
窓から光が差す。
鳥の声。
街の音。
何も変わらない。
……いや。
一つだけ変わった。
「男爵様。」
リリアが部屋へ入る。
「おはようございます。」
「ああ。」
「体調は?」
「問題ない。」
「魔力は?」
「……。」
少し確認する。
以前まで感じていた。
世界の流れ。
空間の歪み。
未知の存在の気配。
それらは。
もうない。
「本当に。」
リリアが微笑む。
「普通になりましたね。」
「そうだな。」
昔。
普通になりたいと思っていた。
でも。
力を失った今。
不思議と不安はない。
「朝食です。」
食堂へ向かう。
そこには。
いつもの仲間。
「アルベルト。」
レオンハルトが言う。
「本当に何も感じないのか?」
「ああ。」
「世界の危機とか。」
「分からない。」
「敵の気配とか。」
「分からない。」
「……。」
レオンハルトは笑う。
「人間らしくなったな。」
「元から人間だ。」
「そういう意味ではない。」
食事。
会話。
いつもの時間。
以前なら。
この平穏を退屈だと思ったかもしれない。
しかし。
今は。
この時間が大切だった。
午後。
領主の仕事。
「税収報告。」
「確認した。」
「学校運営。」
「問題なし。」
「研究施設。」
「順調。」
普通の仕事。
世界を救う力はない。
でも。
この書類一枚が。
誰かの日常につながる。
「……。」
悪くない。
夕方。
街を歩く。
「男爵様!」
声。
振り返る。
昔から住んでいる領民。
「最近。」
「雰囲気が変わりましたね。」
「そうか?」
「はい。」
「前は。」
「近寄りがたい感じでした。」
「……。」
否定できない。
「今は?」
聞く。
領民は笑う。
「普通の領主様です。」
「……。」
その言葉。
なぜか嬉しかった。
夜。
庭。
紅茶。
「男爵様。」
リリアが言う。
「力がなくなって。」
「何か変わりましたか?」
「……。」
考える。
「変わった。」
「何が?」
「守る方法。」
リリアが聞く。
「?」
「昔は。」
「俺が何とかすると思っていた。」
「でも。」
街を見る。
「今は。」
「皆が守っている。」
「……。」
「俺は。」
「その手助けをするだけだ。」
リリアは微笑む。
「それ。」
「以前の男爵様が聞いたら。」
「信じないでしょうね。」
「……。」
確かに。
昔の自分なら。
絶対に否定した。
その時。
遠くから鐘の音。
街で祭りが始まった。
「行きますか?」
リリアが聞く。
「……。」
昔なら。
断っていた。
でも。
「少しだけ。」
そう答えた。
街へ向かう。
人々の笑顔。
音楽。
料理。
普通の時間。
英雄ではない。
特別な存在でもない。
ただの領主。
それでいい。
空を見る。
世界は。
もう俺を必要としていない。
だからこそ。
俺は。
この世界で。
普通に生きられる。
第171話を読んでいただきありがとうございます!
力を失ったアルベルトが、「何者か」ではなく「一人の領主」として日常を過ごす回でした。
以前は力で守ろうとしていた彼が、今は人との繋がりや仕組みで守る側になっています。




