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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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守られたもの

十の星は、それぞれ何かを守ろうとしていました。


 歌。

 道。

 生まれた名。

 真実。

 弔い。

 家族。

 記憶。

 食卓。

 壁に書かれた名。

 筆の意味。


 このページでは、ルグナの人々がその“守られたもの”を、自分たちの日常へ受け継いでいきます。

十の星の名がルグナに灯ってから、町の朝は少し変わった。


 黒麦亭の女将は、店先に小さな札を置いた。


 そこには、こう書かれていた。


 ――ルオの日。


 その日は、名前を失った人や、旅の途中で困っている人へ、温かいスープを無料で出す日になった。


 女将は照れくさそうに言った。


「大げさなことはできないけどね。ルオって人が、名を失った人にご飯を届けたんだろう? なら、うちも少し真似してみようと思って」


 ミアは目を輝かせた。


「すごくいいと思います」


 カイも頷く。


「絶対いい」


 ユノは湯気の立つスープを見た。


 ルオが守ろうとしたもの。


 食卓。


 それが、今のルグナで新しい形になっている。


 星灯坑の壁に灯るルオの光は、その日、いつもより温かく見えた。


 橋の修理をしていた炭鉱夫たちは、古い道標に新しい文字を刻んだ。


 ――ダリオの道。


 それは、町と周辺の村を結ぶ小さな橋へ続く道だった。


 税を取る道ではない。

 誰かを締め出す道でもない。


 病人を運ぶ人、荷物を運ぶ人、遠くから来た旅人、名前を探す人が通れる道。


 ユノの父は、道標を立てながら言った。


「道は、閉じるためじゃなくて、繋ぐためにある」


 その言葉を聞いたカイは、小さく「ダリオ」と呼んだ。


 青い光が、星灯坑の奥で揺れた気がした。


 産婆のサリアの名は、町の母親たちの間で特別に呼ばれるようになった。


 赤ん坊が生まれると、最初にその子の名を母親が呼ぶ。

 次に父親。

 次に家族。

 そして、見守る人々が続く。


 その儀式を、町の人々は“サリアの呼び名”と呼び始めた。


 ある日の夕方、ルグナに小さな命が生まれた。


 赤ん坊の名は、リト。


 母親が泣きながら呼ぶ。


「リト」


 父親が続く。


「リト」


 産婆が微笑む。


「リト」


 その場にいたミアも、カイも、ユノも呼んだ。


「リト」


 ユノはその瞬間、サリアが守ろうとしたものを思った。


 生まれた子に、最初から嘘の名を与えないこと。


 その子がその子として呼ばれること。


 それは当たり前のようで、誰かが命をかけて守ったものだった。


 メルクの名は、星灯坑の記録机の上に掲げられた。


 ――記録は、隠すためではなく、残すために。


 リゼがそう書いた。


 ユノの父は町の記録帳を新しくし、戻った名前だけでなく、戻らなかったこと、分からなかったこと、迷ったことも書くようにした。


 セレノはその作業を手伝った。


「不確かなことも、そう記すべきだ」


 彼は言った。


「正しいふりをした記録が、名を消すこともある」


 リゼは頷く。


「メルクが守ろうとした真実ね」


 セレノは静かに、メルクの名を呼んだ。


「メルク」


 それは、自分自身への戒めのようでもあった。


 イオナの名は、北の丘の墓地で生き始めた。


 名が戻らない墓にも、花を供える日が作られた。


 名が分かる墓だけではない。


 まだ名を取り戻せない墓。

 文字が消えた墓。

 誰のものか分からない小さな石。


 そこにも花を置く。


 老女は言った。


「名前がまだ戻らなくても、誰かがいたことは忘れちゃいけないからね」


 墓地には、黄色い花と白い花が並ぶようになった。


 リリアの墓にも、イオナのための花が置かれた。


 ユノはその光景を見て、胸の奥が静かになった。


 名が戻る前にも、できることはある。


 待つこと。

 花を置くこと。

 誰かがいたと認めること。


 それも、名前を守る仕事だった。


 ファルの名は、子どもたちに強く残った。


 家族の名を小さくても呼び続けた少年。


 カイは、子どもたちにこう教えた。


「怖い時は、小さく呼んでもいい。でも、呼ぶのをやめなくていい」


 子どもたちは、真剣に聞いていた。


 ある子が言った。


「大きな声じゃなくてもいいの?」


 カイは頷いた。


「いい。最初は小さくても、誰かと一緒なら大きくなる」


 それは、カイ自身が知っていることだった。


 ネリオも、最初は彼一人の小さな声だった。


 今ではルグナの人々が一緒に呼んでいる。


 ファルの光は、星灯坑で若草色に揺れていた。


 テッサの名は、ミアの工房で受け継がれた。


 ミアは古い布を用意し、そこに戻った名前を刺繍し始めた。


 大きくではない。


 布の裏側に、小さく、丁寧に。


 それは、テッサがしていたように。


 でも、もう隠すためだけではなかった。


「見えるところにも書く。でも、裏にも残す」


 ミアは言った。


「誰かが表を消しても、裏に残るように」


 リゼはその布を見て、微笑んだ。


「記憶灯とは違う形の記録ね」


 ミアは照れたように笑う。


「テッサの仕事、すごいと思ったから」


 その布には、ノア、ダリオ、サリア、メルク、イオナ、ファル、テッサ、ルオ、ニーナ、オルの名が縫われていった。


 ニーナの名は、広場の壁に残された。


 王都の壁に消された名を書いた少女。


 ルグナの人々は、広場の一角に“名を書く壁”を作った。


 消された名。

 戻った名。

 まだ仮の名。

 誰かが探している名。


 子どもも大人も、そこに名前を書くことができる。


 ただし、ふざけてはいけない。


 誰かの名を書く時は、必ず一度声に出して呼ぶ。


 カイが最初に書いた。


 ネリオ。


 次にハルトが書いた。


 ベルフィア。


 老女が震える手で書いた。


 リリア。


 そしてミアが、十の星の名を書いた。


 ニーナの光は、その日、夕焼け色に強く灯った。


 最後に、オルの名。


 若い誓約官。

 封名札を運ぶことを拒んだ人。


 彼の名は、星灯坑で筆を持つ者たちの誓いになった。


 セレノは毎朝、記録を始める前にオルの名を呼んだ。


「オル」


 そして言う。


「筆は、名前を閉じ込めるためではなく、残すために使う」


 リゼも同じ言葉を繰り返した。


 その声を聞きながら、ユノは思った。


 オルは消されたけれど、彼の拒否は消えなかった。


 今、セレノの手を止める力になっている。


 それは、名前が未来へ渡った証だった。


 十の星が守ろうとしたものは、少しずつルグナの日常に混ざっていった。


 食卓。

 道。

 最初の名。

 真実の記録。

 名なき墓への花。

 家族を呼ぶ声。

 布の裏の名。

 壁に書かれた名。

 筆の誓い。


 どれも大きな魔法ではない。


 けれど、どれも星喰いの王や王国の封名よりも強いものに思えた。


 夕方、星灯坑の前で、リリアの歌が始まった。


 歌の間に、十の星の名が呼ばれる。


 その後、町の人々はそれぞれが今日守ったものを話した。


「今日はルオの日で、旅人にスープを出した」


「ダリオの道の橋板を直した」


「サリアの呼び名で、新しい子を迎えた」


「イオナの花を墓地へ置いた」


「ニーナの壁に、探している名前を書いた」


 ユノはその声を聞いていた。


 戻った名前が、ただ記録されるだけでなく、生き始めている。


 それが分かった。


 カイが隣で言った。


「なんか、十人ともここにいるみたいだな」


「うん」


 ミアも頷く。


「名前って、呼ばれて終わりじゃないんだね」


 リゼが静かに言う。


「受け継がれていくものなのよ」


 セレノは十の光を見つめていた。


「守られたものが、今度は誰かを守る」


 その言葉に、ユノは胸が熱くなった。


 十の星は、もうただ過去の名ではない。


 今のルグナを少し変え、未来へ道を作っている。


 夜、ユノは星灯坑の奥で、十の光を見上げた。


「ノア」


 小さな黄色の光。


「ダリオ」


 青い光。


「サリア」


 橙の光。


「メルク」


 銀の光。


「イオナ」


 緑の光。


「ファル」


 黄緑の光。


「テッサ」


 赤紫の光。


「ルオ」


 琥珀の光。


「ニーナ」


 夕焼け色の光。


「オル」


 青白い光。


 十の星が、静かに応えた。


 ユノは小さく言った。


「守るよ。あなたたちが守ろうとしたもの」


 それは、誓いだった。


 剣を掲げる誓いではない。


 毎日の中で続ける誓い。


 食べること。

 書くこと。

 呼ぶこと。

 歌うこと。

 花を置くこと。

 道を直すこと。

 布に縫うこと。

 壁に残すこと。

 嘘を書かないこと。


 そういう小さなことを、続ける誓い。


 星灯坑の光が、やさしくユノを照らした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、十の星が守ろうとしたものを、ルグナの人々が日常へ受け継ぎました。


 名前は戻って終わりではありません。

 呼ばれ、使われ、受け継がれて、もう一度生き始めます。


 次のページは『星灯坑の誓い』です。

 ユノたちは、名前を守る仕事を正式な誓いとして形にします。

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