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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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十の星

星灯坑に、新しく十の星が灯りました。


 ノア。

 ダリオ。

 サリア。

 メルク。

 イオナ。

 ファル。

 テッサ。

 ルオ。

 ニーナ。

 オル。


 消された者たちは、ただ消された人ではありませんでした。


 それぞれに守ろうとしたものがありました。


 このページでは、十の名前に残された記憶を辿っていきます。

星灯坑の壁に灯った十の光は、朝になっても消えなかった。


 ノアの光は、リリアの歌のそばで小さく揺れていた。

 ダリオの光は、青くまっすぐに伸びていた。

 サリアの光は、橙色で、火鉢のように温かかった。


 ほかの七つの光も、それぞれ色が違った。


 メルクは鈍い銀。

 イオナは淡い緑。

 ファルは若い草のような黄緑。

 テッサは赤紫。

 ルオは食卓の灯りに似た琥珀色。

 ニーナは夕焼けのような赤。

 オルは青白く、少し震えていた。


 ユノはその十の光を見上げた。


「十の星みたいだ」


 ミアが隣で頷く。


「うん。地面の中の星」


 カイは木剣を胸に当てて言った。


「でも、まだ名前しか分かってない」


 リゼは記録帳を開く。


「だから今日は、それぞれが守ろうとしたものを辿るわ」


 セレノは封名札の写しを机に並べた。


「札には、処分理由が残っている。王国側の言葉だから歪んでいるが、手がかりにはなる」


 父が星灯坑の入口から言った。


「無理に急ぐな。十人分を一日で全部抱えようとすれば、こっちが折れる」


 ユノは頷いた。


「分かってる」


 ミアが小さく笑う。


「最近のユノ、ちゃんと返事するね」


「学んだから」


 カイが笑った。


 けれど、すぐに空気は静かになった。


 今日向き合うのは、消された者たちの記憶だ。


 軽い作業ではない。


 最初は、ノアだった。


 リゼがノアの封名札を机に置く。


 小さな札。


 そこには、王国の冷たい文字でこう書かれている。


 ――禁歌を記憶した子ども。

 ――記憶調整対象。

 ――名の流布を防ぐため封名。


 ユノは星灯りの剣を出さず、手を札のそばに置いた。


 もう封印は解いてある。


 必要なのは、記憶を呼ぶことだった。


 ミアが記憶灯を近づける。


 カイが優しく呼ぶ。


「ノア」


 光が震えた。


 星灯坑の壁に、淡い映像が浮かんだ。


 小さな部屋。


 窓辺に座る子ども。

 年は七つか八つくらい。

 膝の上には布切れ。

 外から、誰かの歌が聞こえている。


 リリアの歌だ。


 ノアはそれを小さな声で真似している。


 歌詞の意味は、まだ全部分かっていない。


 でも、その子は歌を覚えようとしていた。


 母親が慌てて言う。


『その歌は外で歌っちゃ駄目』


 ノアは首を傾げる。


『どうして? 朝が来る歌なのに』


 その言葉に、ミアが涙を浮かべた。


 朝が来る歌。


 それだけで、子どもは覚えたかったのだ。


 記憶はそこで途切れた。


 リゼが震える声で書き留める。


「ノア。リリアの歌を“朝が来る歌”として覚えていた子」


 カイが言った。


「守ろうとしたものは、歌?」


 ユノは頷いた。


「歌と、朝」


 次はダリオ。


 橋守の名。


 青い光が強くなる。


 映像には、大きな橋が映った。


 濁った川。

 橋の両側に立つ兵。

 渡れずに困る村人たち。


 ダリオは橋の中央に立っていた。


 大柄な男で、手には古い鍵束を持っている。


『この橋は、死んだ父から預かった。父は祖父から預かった。王のものではない。川を渡る者のものだ』


 役人が怒鳴る。


『税を払わぬ者を通すな』


 ダリオは答える。


『薬を運ぶ母親からも取るのか。葬儀へ向かう子からも取るのか。橋は道だ。鎖じゃない』


 その後、兵が彼を取り囲む。


 映像は途切れた。


 カイの目が熱くなっていた。


「かっこいい……」


 セレノが記録する。


「ダリオ。民の道を守った橋守」


 ユノは呟いた。


「守ろうとしたものは、道」


 次はサリア。


 橙色の光が揺れる。


 映像は、雨の夜だった。


 小さな家の中で、赤ん坊の泣き声が響く。


 サリアは産婆だった。


 白髪混じりの髪を布でまとめ、疲れた顔で赤ん坊を抱いている。


 役人が出生記録の紙を差し出す。


『この子は移民区の子だ。王都名で登録する。古い部族名は認められない』


 サリアは赤ん坊を抱いたまま、静かに首を振った。


『この子には、母親が呼んだ名があります』


『記録を書け』


『書きません』


『産婆ごときが王命に逆らうか』


 サリアは赤ん坊の額に口づけた。


『生まれた子の最初の名を、嘘で汚すことはできません』


 映像は、雨音の中で消えた。


 ミアは泣いていた。


「赤ちゃんの名前を守ったんだ」


 リゼが記録する。


「サリア。生まれた名を守った産婆」


 ユノは静かに言った。


「守ろうとしたものは、最初に呼ばれた名前」


 続いて、メルク。


 鈍い銀の光。


 彼は記録係だった。


 王都の片隅にある小さな役所で、書類を書いている。


 目の前には、燃やすよう命じられた帳簿。


 そこには、飢饉の年に救済物資がどこへ消えたかが書かれていた。


 メルクは命令書を見つめる。


『この記録を破棄せよ。民に不要な不安を与える』


 彼は静かに答える。


『不安を与えるのは記録ではありません。食料を奪った者たちです』


 役人の顔が歪む。


 メルクは帳簿の写しを作り、町の教会へ隠す。


 その背中が、暗い廊下へ消える。


 リゼが低く言った。


「王国の嘘を書かなかった人」


 セレノは顔を伏せた。


「記録係の中にも、抗った者がいたのか」


 ユノは頷いた。


「守ろうとしたものは、真実」


 次はイオナ。


 淡い緑の光。


 彼女は墓守だった。


 封じられた墓標に、毎朝花を供えていた。


 名を消された墓。


 誰の墓か分からない。


 けれどイオナは言う。


『名前がなくても、誰かがここに眠っている』


 周囲の人々は怖がり、近づかなかった。


 役人は命じる。


『その墓に花を供えるな。存在しない者だ』


 イオナは花を置く。


『存在しないなら、なぜあなたたちは恐れるのですか』


 その言葉で、映像は消えた。


 北の丘の老女がいたなら、泣いただろう。


 ミアがそっと言った。


「リリアの墓にも、こういう人がいたのかな」


 リゼが記録する。


「イオナ。名のない墓にも花を供えた墓守」


 守ろうとしたものは、弔う心だった。


 次はファル。


 黄緑の光。


 少年だった。


 ノアより少し年上、十二歳ほど。


 彼の家族は王国に追放され、家名を失っていた。


 周囲の人々は、その家名を呼ぶことを恐れていた。


 けれどファルは、毎日井戸のそばでその名を呼んだ。


『母さんたちには名前がある。悪い名前じゃない。消えた名前でもない』


 友人が止める。


『呼ぶと、お前も消されるぞ』


 ファルは震えながらも言う。


『じゃあ、小さく呼ぶ。でも呼ぶ』


 カイが声を詰まらせた。


「怖かったのに、呼んだんだ」


 ユノは頷いた。


「守ろうとしたものは、家族の名」


 次はテッサ。


 赤紫の光。


 彼女は刺繍職人だった。


 布に花や鳥を縫う手が、とても美しい。


 けれど彼女が縫っていたのは模様だけではなかった。


 消された歌の歌詞。


 封じられた名前。


 布の裏側に、小さく小さく縫い込んでいた。


 役人が問い詰める。


『これは何だ』


 テッサは答える。


『模様です』


『文字に見える』


『心がやましいからでは?』


 ミアが思わず笑いそうになり、すぐ泣きそうになった。


「強い人……」


 リゼが記録する。


「テッサ。布に消された名を縫い残した職人」


 守ろうとしたものは、隠された記憶。


 次はルオ。


 琥珀色の光。


 彼は料理人だった。


 名を剥奪された者は、市場で物を買えなくなる。


 宿にも泊まれない。

 仕事も受けられない。

 存在しない者として扱われる。


 ルオは夜になると、そういう人々へ温かい食事を届けていた。


『名前がないなら、注文もできないでしょう。だから勝手に持ってきました』


 そう言って笑う。


 ミアが涙をこぼしながら笑った。


「いい人だ」


 カイも頷く。


「絶対いい人」


 ユノは胸が温かくなった。


 守ろうとしたものは、名を失っても生きるための食卓。


 次はニーナ。


 夕焼け色の光。


 少女だった。


 王都の壁に、消された名前を書いていた。


 夜のうちに書く。


 朝になると役人が消す。


 また夜に書く。


 ニーナは友人に言う。


『消す人がいるなら、書く人もいないと』


 友人が泣きそうに言う。


『見つかったら』


 ニーナは笑う。


『じゃあ、早く書く』


 ユノはその映像に息を呑んだ。


 小さな手が、壁に名前を書いていく。


 一つ。

 二つ。

 三つ。


 名前を壁に残すだけで、彼女は封名された。


 守ろうとしたものは、見える場所に名前があること。


 最後はオル。


 青白い光。


 若い誓約官だった。


 まだ表情に迷いがある。


 彼は封名札を運ぶ役目を命じられていた。


 札の束を見て、手が震える。


 その中に、子どもの名があった。


 ノア。


 オルは立ち止まる。


『これは、本当に必要な処理ですか』


 上官が言う。


『誓約官は問うな。記録せよ』


 オルは札の束を抱えたまま、地下記録庫の前で動けなくなる。


『私は……名前を閉じ込めるために筆を持ったのではありません』


 その後、彼は封名札の運搬を拒んだ。


 そして、自分も封じられた。


 セレノは長く黙っていた。


 やがて、震える声で言った。


「オル……私は、この名を知らなかった」


 リゼが静かに見る。


 セレノは青白い光へ向かって頭を下げた。


「あなたは、私より先に間違いに気づいていたのだな」


 オルの光が小さく揺れた。


 ユノは胸の奥が痛んだ。


 守ろうとしたものは、筆の意味。


 十の記憶を見終える頃には、星灯坑の中は深い静けさに包まれていた。


 誰もすぐに話せなかった。


 十の名前。


 十の星。


 その一つ一つが、ただ犠牲者としてではなく、守ろうとした人として立ち上がった。


 ノアは歌と朝を。

 ダリオは道を。

 サリアは最初の名を。

 メルクは真実を。

 イオナは弔いを。

 ファルは家族の名を。

 テッサは隠された記憶を。

 ルオは食卓を。

 ニーナは見える場所の名を。

 オルは筆の意味を。


 リゼは一つずつ記録した。


 セレノも書いた。


 ミアは泣きながら記憶灯を支えた。


 カイは何度も名前を呼んだ。


 ユノは、その光を見つめ続けた。


 夕方、ルグナの広場で、十の名はもう一度読み上げられた。


 今度は、それぞれが守ろうとしたものと一緒に。


「ノア。朝が来る歌を覚えていた子」


「ダリオ。民の道を守った橋守」


「サリア。生まれた名を守った産婆」


「メルク。真実を書き残した記録係」


「イオナ。名なき墓に花を供えた墓守」


「ファル。家族の名を呼び続けた少年」


「テッサ。布に名を縫い残した職人」


「ルオ。名を失った者へ食事を届けた料理人」


「ニーナ。壁に消された名を書いた少女」


「オル。封名札を運ぶことを拒んだ誓約官」


 町の人々は、それぞれの名を呼んだ。


 声は昨日より強かった。


 なぜなら、名前の奥に人の姿が見えたからだ。


 リリアの歌が始まる。


 その歌の中に、十の名が挟まれる。


 地に灯る十の星が、空の星に応えるように光った。


 ユノは広場の中心で思った。


 消された者たちは、ただ消されたのではない。


 守ろうとしたから消されたのだ。


 なら、今度は自分たちが守る。


 その名を。


 その記憶を。


 その人たちが守ろうとしたものを。


 歌が終わる頃、セレノが小さく言った。


「十の星……」


 リゼが隣で頷く。


「ええ。消された夜に灯る星ね」


 セレノは目を閉じた。


「私も、記録する」


 リゼは静かに言った。


「一緒に」


 セレノは少し驚いた顔をした。


 そして、深く頷いた。


「一緒に」


 ユノはそのやり取りを見て、少しだけ微笑んだ。


 名前を守る旅は、また一つ形を変えた。


 消された名を戻すだけではない。


 その人が何を守ろうとしたかを、次の人へ渡すこと。


 それが、十の星から教わったことだった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、封名札から戻った十の名が、それぞれ何を守ろうとしたのかが明らかになりました。


 十の星は、ただの犠牲者ではありません。

 名前や歌、道、真実、食卓、家族を守ろうとした人々です。


 次のページは『守られたもの』です。

 十の星が守ろうとしたものを、ルグナの人々が自分たちの日常へ受け継いでいきます。

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