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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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星の泉への手紙

星の泉には、ルナエルがいます。


 星喰いの王から分かたれた幼き名。

 自分の罪を見届けるため、泉に残った少年。


 ルグナでは、戻った名前が増え、リリアの歌が広がり始めました。


 ユノたちはそのことを、星の泉にいるルナエルへ伝えようとします。

リリアの歌がルグナに広がってから、数日が過ぎた。


 朝になると、町のどこかで誰かが歌う。


 黒麦亭の前。

 星灯坑の入口。

 炭鉱へ向かう道。

 井戸のそば。

 子どもたちの遊び場。


 ――朝は、名を忘れぬ者の上に来る。


 その歌詞が聞こえるたび、ユノは星の泉を思い出した。


 泉の中央に残った白い星。


 ルナエル。


 星喰いの王から分かたれ、自分の罪と向き合うために泉へ残った少年。


 名前は戻り始めた。

 ネリオも、ベルフィアも、リリアも、少しずつ世界へ戻っている。


 でも、ルナエルはそれを知らない。


 泉の中で、彼は今も星の川の余韻を見ているのだろうか。


 自分が奪った名前たちを、一つずつ数えているのだろうか。


 ユノは星灯坑の壁に灯る白い光を見た。


 ルナエルの名。


 その光は、安定しているようで、時々小さく震えた。


 リゼが言った。


「ルナエルへ、記録を送るべきかもしれないわね」


 ユノは彼女を見る。


「送れるのか?」


「星灯坑と星の泉は、どちらも名前を守る場所。完全な通信は無理でも、名に結びついた記録なら届けられる可能性がある」


 ミアが目を輝かせた。


「手紙みたいに?」


「ええ。手紙に近いわ」


 カイが少し考えて言った。


「ルナエルに、何を書くんだ?」


 ユノは白い光を見つめた。


「戻った名前のこと。ネリオのこと。ベルフィアのこと。リリアの歌のこと」


 ミアが静かに言う。


「あと、許されたわけじゃないけど、名前を呼ぶ人がいるってこと」


 リゼは頷いた。


「それが大事ね」


 セレノは机の向こうで黒翼騎士団の名簿を書いていたが、その手を止めた。


「罪を抱えた名にとって、何が戻ったかを知ることは痛みでもある」


 ユノは頷いた。


「分かってる」


「それでも伝えるのか」


「伝える」


 ユノは答えた。


「ルナエルは、見届けるって決めたから」


 セレノは目を伏せた。


「そうか」


 その声には、自分にも言い聞かせるような響きがあった。


 星の泉への手紙作りは、星灯坑の奥で始まった。


 普通の紙では届かない。


 リゼは星灯炭を細かく削り、ミアは記憶灯の火をほんの少し移した。


 カイはネリオの栗の葉を一枚持ってきた。


 ハルトはベルフィアの黄色い花を届けてくれた。


 老女はリリアの墓の柳の葉をくれた。


 セレノは黒翼騎士団の名簿から、最初に戻ったアデルの名の写しを添えた。


 ユノはそれらを見つめた。


 小さな欠片ばかりだった。


 でも、それぞれが名前の証だった。


 リゼが言った。


「手紙は、ユノが書くべきね」


「俺が?」


「ルナエルと一番深く繋がっているのはあなたよ」


 ユノは少し戸惑った。


 手紙を書く。


 星喰いの王を止めた時より、なぜか緊張する。


 ミアが紙を差し出した。


「難しく考えすぎないで。ユノの言葉でいいよ」


 カイも頷く。


「変にかっこよくしなくていい」


「それ、どういう意味だよ」


「そのまま」


 少し笑いが起きた。


 ユノは息を吐き、筆を取った。


 星灯炭を混ぜた墨は、紙の上で淡く光った。


 ユノは最初の一文を書いた。


 ルナエルへ。


 それだけで、星灯坑の白い光が揺れた。


 ユノは続きを書いた。


 ルグナから書いています。

 星喰いの王を止めたあと、名前は少しずつ戻り始めました。


 ネリオの名が戻りました。

 カイは故郷へ帰り、栗の木の下で父さんと母さんの記憶に触れました。

 村は元通りではなかったけれど、ネリオは確かにありました。

 カイは今、守る者として歩き始めています。


 ベルフィアという町の名も戻りました。

 白い塔と鐘の町です。

 町は廃墟でしたが、鐘が名を覚えていました。

 ハルトは、その町を忘れない場所にすると決めました。


 リリアという歌い手の名も戻りました。

 彼女は、消された名前のために歌った人でした。

 王国に名を封じられていましたが、歌は残っていました。

 今、ルグナではその歌をみんなで歌っています。


 朝は、名を忘れぬ者の上に来る。


 ユノの筆が止まった。


 その歌詞を書く時、胸が熱くなった。


 ルナエルにとって、それは痛い言葉かもしれない。


 彼は多くの名を奪った。

 多くの朝を奪った。


 でも、名前を呼ぶ者の上には朝が来る。


 それを伝えたい。


 ユノは続きを書いた。


 君が奪った名前は、少しずつ戻っています。

 でも、失われた時間は戻りません。

 許されたわけでもありません。

 それでも、名前を呼ぶ人たちがいます。

 見届けてほしい。

 逃げずに。

 俺たちも逃げません。


 最後に、ユノは少し迷った。


 そして書いた。


 ルナエル。

 君の名前も、ルグナで呼ばれています。


 ユノ。


 書き終えると、紙が淡く光った。


 ミアがそっと歌真珠を手紙の上に置く。


「リリアの歌も、少し入れたい」


 記憶灯の火が揺れ、歌の旋律が紙に染み込んでいく。


 カイはネリオの栗の葉を添えた。


「カイからも」


 彼は少し考え、短く言った。


「ルナエルへ。俺はまだ許してない。でも、名前が戻るところを一緒に見てほしい。カイ」


 ミアも書いた。


「ルナエルへ。リリアの歌、聞いてね。忘れないための歌です。ミア」


 リゼは少し長く手紙を見つめ、それから書いた。


「ルナエルへ。名を持つ者として、罪から逃げないで。リゼ」


 セレノも筆を取った。


 彼の手は震えていた。


「ルナエルへ。私も逃げない努力をしている。だから、あなたも見届けてほしい。セレノ」


 星灯坑が静かになった。


 罪を抱える者から、罪を抱える者への言葉。


 それは重かった。


 けれど、必要だった。


 リゼは手紙を星灯炭の薄い板で挟み、魔法陣の中央へ置いた。


「星の泉へ送るには、ルナエルの名を呼ぶ必要があるわ」


 ユノは頷いた。


「呼ぼう」


 全員が手紙を囲んだ。


 ユノ。

 ミア。

 リゼ。

 カイ。

 セレノ。

 父。

 ガルド。

 ハルト。

 老女。

 町の人々も数人、静かに立ち会った。


 ユノは深く息を吸う。


「ルナエル」


 ミアが続ける。


「ルナエル」


 カイも。


「ルナエル」


 リゼも。


「ルナエル」


 セレノも。


「ルナエル」


 町の人々も、ゆっくりその名を呼んだ。


「ルナエル」


 手紙が白く光った。


 星灯坑の壁に灯っていたルナエルの光が、細い線となって手紙へ伸びる。


 リゼが魔法陣を動かした。


「星の泉へ」


 手紙は光の粒となり、星灯坑の奥へ吸い込まれていった。


 その瞬間、ユノの意識が少し揺れた。


 水の音が聞こえる。


 星の泉。


 夜空を映す水面。


 中央の白い星。


 そこに、ルナエルが立っていた。


 少年は驚いたように顔を上げる。


 光の手紙が、彼の前に届いた。


 ユノの目には、幻のようにその光景が見えた。


 ルナエルは手紙に触れる。


 星灯炭の板が開き、言葉が水面に広がる。


 彼は読んだ。


 ネリオ。

 ベルフィア。

 リリア。

 朝を歌う人々。


 ルナエルの目に涙が浮かんだ。


 痛みの涙だった。


 でも、逃げる涙ではなかった。


『戻っているんだね』


 声が聞こえた。


 ユノは星灯坑にいながら、答えた。


「少しずつ」


『全部は戻らないんだね』


「うん」


『僕は、それを見なきゃいけないんだね』


「うん」


 ルナエルは手紙を胸に抱いた。


『歌、聞こえる』


 ミアが記憶灯を掲げると、星灯坑から歌が流れた。


 ――朝は、名を忘れぬ者の上に来る。


 星の泉で、ルナエルは泣いた。


 自分が奪った朝。

 自分が喰らった名。

 それでも戻ろうとしている人々。


 彼はその痛みを受け止めるように、歌を最後まで聞いた。


 そして、小さく言った。


『ありがとう、とはまだ言えない』


 ユノは頷いた。


「言わなくていい」


『でも、届いた』


「うん」


『ユノ』


「いる」


『僕も……いる』


 その返事に、星灯坑の白い光が強く瞬いた。


 幻が薄れていく。


 最後に、ルナエルは言った。


『また、知らせて。戻った名前のこと。戻らない時間のこと。僕が見逃さないように』


 ユノは答えた。


「送る」


 水の音が消えた。


 意識が星灯坑へ戻る。


 ミアが心配そうにユノを見ていた。


「大丈夫?」


「大丈夫」


「届いた?」


 ユノは頷いた。


「届いた」


 カイが息を吐く。


「よかった」


 リゼも静かに目を閉じた。


「星の泉との道が繋がったわね」


 セレノはルナエルの光を見つめていた。


「見届ける者が増えた」


 ユノは白い光を見た。


 ルナエルはまだ泉にいる。


 罪が消えたわけではない。


 許されたわけでもない。


 でも、彼は手紙を受け取った。


 戻った名前を知った。


 リリアの歌を聞いた。


 それだけで、少しだけ何かが変わった気がした。


 その日の夕方、ルグナの広場で人々はまたリリアの歌を歌った。


 ユノは空を見上げた。


 遠くシエラ高原の星の泉にも、この歌が届いているかもしれない。


 ルナエルが、そこで聞いているかもしれない。


 名前を守る旅は、地上だけではなく、泉の中へも続いている。


 ユノは胸の奥でその名を呼んだ。


 ルナエル。


 白い星が、遠くで小さく瞬いた気がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、ユノたちが星の泉にいるルナエルへ手紙を送りました。


 ネリオ、ベルフィア、リリアの歌。

 戻った名前と、戻らない時間。


 ルナエルはその記録を受け取り、自分も見届け続けると答えました。


 次のページは『泉からの返事』です。

 星の泉にいるルナエルから、初めて小さな返事が届きます。

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