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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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封じられた歌

歌は、ただ美しいだけのものではありません。


 誰かの名前を残すことがあります。

 消された真実を運ぶことがあります。

 忘れるな、と人の胸に火を灯すことがあります。


 北の丘の墓地で名を取り戻した歌い手リリア。


 彼女の名が封じられた理由を探るため、ユノたちは“封じられた歌”の記憶を辿ります。

リリアの名が戻った翌朝、ルグナの広場にはいつもより静かな空気が流れていた。


 戻った名前の読み上げは、すでに町の日課になっていた。


 けれど、その日は誰も軽く声を出せなかった。


 リリア。


 名を奪われた歌い手。

 それでも朝を歌った人。


 彼女の名は、星喰いの王に喰われたのではない。

 人の手によって封じられていた。


 それが、町の人々の胸に重く沈んでいた。


 町長が名簿を開き、深く息を吸った。


「リリア」


 町の人々が続ける。


「リリア」


 その声は、やさしかった。


 けれど、どこか悔しさを含んでいた。


 ユノも呼んだ。


「リリア」


 ミアも。


「リリア」


 カイも。


「リリア」


 リゼも。


「リリア」


 セレノも、低く。


「リリア」


 星灯坑の方角で、小さな光が瞬いた。


 まるで、墓地の柳の下に眠る彼女が、名前を受け取ったようだった。


 読み上げが終わったあと、老女がユノたちへ近づいてきた。


 昨日、リリアの墓標の記憶を辿った老女だった。


 彼女は小さな布包みを持っていた。


「これを、見つけたんだよ」


 布の中には、古びた紙片が入っていた。


 薄く、茶色くなった紙。


 そこには、かすれた文字と、音符のような印が書かれている。


 ミアがそっと覗き込んだ。


「歌?」


 老女は頷いた。


「家に帰ってから、昔の箱を探したんだ。そうしたら、この紙が出てきた。母の母が持っていたものらしい。リリアの歌だと、たぶん……」


 リゼが紙片を受け取った。


 慎重に魔法をかけると、消えかけていた文字が少しだけ浮かび上がる。


 しかし、途中から黒い影のような染みが文字を覆っている。


「封じが残っているわ」


 セレノが紙片を見て、表情を硬くした。


「これは王都の封歌印だ」


 ユノが聞く。


「封歌印?」


「歌そのものに封印をかける印だ。歌詞を忘れさせ、旋律を崩し、歌い手の名まで薄れさせる」


 ミアが眉を寄せた。


「ひどい……歌まで消すの?」


 セレノは目を伏せた。


「王国は、名を広げるものを恐れた。歌は剣より遠くへ届く」


 リゼは紙片を見つめた。


「この歌を戻せば、リリアがなぜ名を消されたのか分かるかもしれない」


 カイが木剣を握る。


「戻そう」


 老女は不安そうに言った。


「危なくないのかい?」


 ユノは正直に答えた。


「危ないかもしれません。でも、慎重にやります」


 老女は紙片を見つめ、深く頷いた。


「なら、お願いするよ。リリアが何を歌ったのか、知りたい」


 星灯坑の奥で、封じられた歌を解く準備が始まった。


 ミアは記憶灯を机の中央に置いた。


 リゼは紙片の周囲に魔法陣を描く。


 セレノは封歌印の構造を書き出し、どこを崩せば歌を傷つけずに済むかを示した。


 カイは星灯坑の入口に立ち、リリアの名を呼び続ける役目を引き受けた。


 ユノは星灯りの剣を手首に感じながら、深く息を整えた。


 歌に絡んだ忘却を斬る。


 ただし、歌詞そのものを傷つけてはいけない。


 これは、今まで以上に繊細な作業になりそうだった。


 リゼが言った。


「準備はいい?」


 ユノは頷いた。


「いい」


 ミアが記憶灯を掲げる。


「リリア」


 カイが続ける。


「リリア」


 リゼも。


「リリア」


 セレノも。


「リリア」


 ユノも言った。


「リリア」


 紙片が淡く光った。


 黒い染みがうごめく。


 まるで、歌が戻ることを拒むように。


 ユノは剣を出した。


 銀の刃を細く、針のように意識する。


 紙片の上に絡む黒い糸を一本ずつ見る。


 歌詞の線。

 旋律の印。

 封歌印の黒い縛り。


 その違いを見極める。


 ミアの記憶灯が、歌詞の本来の光を照らす。


 リゼの魔法陣が、紙片を支える。


 セレノが低く言う。


「右上の黒い節を。そこが封印の起点だ」


 ユノは剣先を動かした。


 黒い節を斬る。


 紙片が震えた。


 星灯坑の壁に、リリアの光が強く灯る。


 老女が息を呑む。


 かすかな旋律が聞こえた。


 まだ言葉はない。


 でも、朝の風のような歌だった。


 リゼが言った。


「続けて」


 ユノは二本目の糸を斬る。


 黒い染みが薄れ、歌詞の一部が浮かんだ。


 ――朝は、名を忘れぬ者の上に来る。


 ミアが小さく読んだ。


「朝は、名を忘れぬ者の上に来る……」


 老女の目に涙が浮かぶ。


「その言葉……聞いたことがある気がする」


 セレノの顔がさらに険しくなった。


「王都が恐れるはずだ」


 ユノは続きを促すように剣を構えた。


 三本目。


 四本目。


 黒い糸が切れるたび、歌が戻る。


 ――王冠は名を奪えど、

 ――母の声は子を呼ぶ。

 ――剣は碑を砕けど、

 ――土は名を覚える。


 カイが息を呑んだ。


「これ……」


 リゼが静かに言った。


「王への批判の歌ね」


 セレノは苦しそうに目を閉じた。


「名を消された人々のための歌だ。だから封じられた」


 ユノは剣を止めなかった。


 歌はまだ奥にある。


 黒い染みの中心に、もっと深い封印が見えた。


 そこには王家の紋章が絡んでいる。


 セレノが低く言った。


「そこは危険だ。封歌印の核だ」


 リゼが眉を寄せる。


「斬れば、誰が封じたか分かるかもしれない。でも、反動が来る」


「反動?」


 ミアが聞く。


「歌を戻そうとする者の声を奪う可能性がある」


 ユノは喉に手を当てた。


 声を奪う封印。


 名前を呼べなくなる。


 それは怖い。


 けれど、歌を戻すにはそこを斬るしかない。


 カイが前へ出る。


「ユノが声を失いそうになったら、俺たちが呼ぶ」


 ミアも頷く。


「絶対戻す」


 リゼも。


「無理はさせない」


 セレノは少しの沈黙のあと、言った。


「私も封印の反動を受ける。構造を知っている私が引き受ける方がいい」


 リゼが睨む。


「また一人で背負うつもり?」


「違う」


 セレノは静かに答えた。


「逃げるためではなく、支えるためだ」


 リゼはしばらく彼を見つめた。


 そして頷いた。


「なら、全員で支える」


 ユノは剣を構えた。


 ミアが記憶灯を強く灯す。


 カイが名前を呼ぶ。


「ユノ! リリア! セレノ!」


 リゼが魔法陣を重ねる。


 セレノが封歌印へ手をかざす。


 ユノは、封印の核を斬った。


 瞬間、黒い音が弾けた。


 音なのに、闇のようだった。


 ユノの喉が焼ける。


 声が奪われそうになる。


 セレノも膝をついた。


 ミアが叫ぶ。


「ユノ!」


 カイも。


「ユノ!」


 リゼも。


「ユノ!」


 父の声も、星灯坑の入口から響いた。


「ユノ!」


 名前が戻る。


 ユノは声にならない息を吐きながら、最後の黒い糸を斬った。


 紙片から光が溢れた。


 封じられていた歌が、星灯坑いっぱいに広がった。


 最初に歌い出したのは、老女だった。


 本人も驚いたように口を押さえた。


 けれど、歌は止まらない。


 忘れていたはずの旋律が、彼女の喉から自然に流れ出ていた。


 ――朝は、名を忘れぬ者の上に来る。

 ――王冠は名を奪えど、母の声は子を呼ぶ。

 ――剣は碑を砕けど、土は名を覚える。

 ――歌え、消された名を。

 ――呼べ、眠らされた名を。

 ――夜がどれほど長くとも、

 ――名を呼ぶ声に、朝は来る。


 星灯坑の壁が一斉に光った。


 リリアの名が強く輝く。


 北の丘の墓地の方角から、風が吹き込んだようだった。


 歌が、戻った。


 ミアは涙を流していた。


 カイも目を赤くしている。


 リゼは震える手で紙片を押さえ、歌詞を記録した。


 セレノは膝をついたまま、顔を伏せていた。


「この歌を……私は封じる側にいた」


 彼の声は掠れていた。


「直接ではなくとも、同じ仕組みにいた」


 リゼは静かに言った。


「だから、今は記録する側にいなさい」


 セレノは顔を上げた。


 長い沈黙の後、頷いた。


「記録する」


 リリアの歌は、星灯坑の名簿に書き写された。


 老女は何度も歌いながら、抜け落ちていた節を思い出していった。


 歌詞の最後には、リリア自身の名があった。


 ――リリアは朝を歌う。

 ――名を消された者たちのために。


 ユノはその一文を見て、胸が熱くなった。


 リリアはただの歌い手ではなかった。


 消された名前のために歌った人。


 だから、王国に名を消された。


 でも歌は残った。


 老女の家に。

 墓地の柳に。

 土の中の石板に。

 そして今、星灯坑に。


 夕方、ルグナの広場でリリアの歌が歌われた。


 最初は老女が歌った。


 次に、ミアがそっと声を重ねた。


 カイも小さく口ずさんだ。


 町の人々も、少しずつ覚えていった。


 セレノは広場の端で聞いていた。


 リゼは彼の隣に立っていた。


「聞いていなさい」


 彼女は言った。


「忘れないために」


 セレノは頷いた。


「忘れない」


 歌が広場に広がる。


 朝は、名を忘れぬ者の上に来る。


 その言葉を聞きながら、ユノは空を見上げた。


 夕暮れの空なのに、不思議と朝の光を感じた。


 リリアの歌は、封じられても消えなかった。


 誰かが欠片を持ち続けたから。


 誰かが思い出そうとしたから。


 誰かが名前を呼んだから。


 歌が終わると、広場はしばらく静かだった。


 そして、町長が言った。


「リリア」


 町の人々が続ける。


「リリア」


 その声は、もう昨日より強かった。


 ユノも呼んだ。


「リリア」


 星灯坑の方で、地の星がひとつ明るく瞬いた。


 封じられた歌は、もう封じられていない。


 それはこれから、消された名を呼ぶ人々の歌になる。


 ユノは胸の奥で思った。


 名前を守る旅には、歌も必要だ。


 剣だけでは戻せないものがある。


 火だけでは届かない場所がある。


 歌は、人の胸から胸へ名前を運ぶ。


 リリアは、それを知っていたのだ。


 夜、星灯坑に戻ると、リゼは歌詞を清書していた。


 ミアは横で旋律を覚えようとしている。


 カイは歌を口ずさみながら、子どもたちに教えると言っていた。


 セレノは、封歌印の構造と解除方法を記録していた。


 ユノはそれを見て言った。


「また同じ封印が見つかった時のため?」


 セレノは頷く。


「二度と、歌ごと名を消させないために」


 ユノは静かに頷いた。


 セレノは変わり始めている。


 罪は消えない。


 でも、彼は記録する側に立とうとしている。


 それもまた、戻った名前のひとつの形だった。


 星灯坑の壁には、リリアの光が強く灯っていた。


 その隣に、歌の光が新しく灯った。


 名前だけではない。


 歌もまた、守るべきものとして。


 ユノは小さくその歌を口ずさんだ。


 朝は、名を忘れぬ者の上に来る。


 その旋律は、夜の坑道にやさしく響いた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、リリアの封じられた歌が戻りました。


 彼女は、消された名前のために歌った人でした。

 だから王国に名を封じられたのです。


 けれど歌は消えませんでした。

 誰かの記憶の欠片に残り、星灯坑で再び響きました。


 次のページは『朝を歌う人々』です。

 リリアの歌がルグナの町に広がり、名前を守る新しい力になります。

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