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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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名前を守る旅人たち

星喰いの王を止めたあと、世界には小さな仕事が残りました。


 戻った名前を記録すること。

 まだ戻らない名前を探すこと。

 忘れられた場所へ行き、誰かの代わりに名を呼ぶこと。


 ユノたちは、ルグナを拠点に“名前を守る旅人”として歩き始めます。


 これは、戦いの後に始まる新しい旅の話です。

ベルフィアの名が星灯坑に灯った翌朝、ルグナの広場には新しい掲示板が立てられた。


 そこには、リゼの整った文字でこう書かれていた。


 ――戻らない名前、探します。

 ――忘れかけた町、場所、人、歌、井戸、橋、森、道。

 ――覚えている欠片があれば、星灯坑へ。


 その下に、ミアが小さな絵を描いた。


 星灯坑の光。

 記憶灯の火。

 木剣を持つカイ。

 星灯りの剣を持つユノ。

 そして、少し離れて記録帳を持つリゼ。


 カイはその絵を見て顔を赤くした。


「俺だけ木剣が大きすぎない?」


 ミアは胸を張る。


「守る者だから大きめにした」


「恥ずかしい」


「いいじゃん。かっこいいよ」


 ガルドが横から笑った。


「木剣の守り手カイ」


「やめろって!」


 そのやり取りを聞きながら、ユノは掲示板を見上げていた。


 名前を守る旅人たち。


 誰かがそう呼び始めた。


 最初は少し照れくさかった。


 けれど、悪くないと思った。


 星喰いの王との戦いで終わりではなかった。

 むしろ、世界中に散らばった小さな空白を埋めていくことが、これからの仕事だった。


 リゼが記録帳を抱えて言った。


「今日だけで三件、相談が来ているわ」


 ミアが目を丸くする。


「もう?」


「ええ。一つは古い橋の名前。もう一つは戦で消えた家名。最後は、北の丘にある無名の墓地」


 ユノは頷いた。


「順番に行こう」


 父が後ろから言う。


「その前に朝飯だ」


 全員が振り返る。


 父は真剣な顔だった。


「名前を守るにも、腹が減っていては続かない」


 カイが力強く頷く。


「本当にそうです」


 リゼも、もはや反論しなかった。


 朝食のあと、ユノたちは最初の相談者を訪ねた。


 町外れの老婆だった。


 彼女は古い橋の絵を持っていた。


「この橋に名前があったはずなんだよ」


 老婆は言った。


「夫と初めて会った橋でね。何十年も覚えていたはずなのに、いつからかただ“東の橋”としか呼べなくなった」


 絵には、小さな石橋が描かれている。


 橋のたもとには柳の木。

 下には細い川。

 欄干に、何かの模様。


 ユノたちはその橋へ向かった。


 ルグナから歩いて一時間ほどの場所だった。


 橋はまだ残っていたが、確かに名は読めなかった。


 欄干の石板が白く抜けている。


 ユノは星灯りの剣を呼び出し、石板に絡んだ細い黒い糸を見つけた。


「浅い」


 リゼが頷く。


「これなら戻せるわ」


 ミアが記憶灯を掲げる。


 カイが老婆に聞いた。


「橋で何を覚えていますか?」


 老婆は目を閉じた。


「雨の日だった。夫が傘を忘れて、私が半分入れてやった。橋の下で川が鳴っていた。柳の葉が濡れて……あの人が、橋の名前を言ったの」


「どんな響きでした?」


「やわらかい響き……水の音みたいな」


 ユノは黒い糸を斬った。


 石板に文字が戻る。


 柳音橋。


 老婆はその場で泣き崩れた。


「柳音橋……そうだよ、柳音橋だ……」


 カイが優しく言う。


「一緒に呼びましょう」


 全員で呼んだ。


「柳音橋」


 石橋が淡く光った。


 老婆は橋の欄干を撫で、何度も夫の名を呼んだ。


 戻ったのは橋の名だけではなかった。


 雨の日の記憶も、夫の声も、少しだけ戻ったのだ。


 次に向かったのは、消えた家名の相談だった。


 若い姉弟が、古い木札を持ってきていた。


「うちは昔、何かの職人の家だったらしいんです。でも家名が消えて、何をしていたのかも分からない」


 木札には、半分だけ模様が残っていた。


 鳥の羽のような模様。


 リゼが見ると、古い筆職人の印だと分かった。


 ミアが記憶灯を近づけると、木札から墨の匂いがした。


 ユノが忘却の糸を切る。


 木札に文字が戻る。


 羽墨屋。


 姉弟は互いに顔を見合わせた。


「羽墨屋……」


 その瞬間、姉が叫んだ。


「おばあちゃんが、筆を作ってた!」


 弟も言った。


「家の奥に古い道具がある!」


 家名が戻ることで、家の仕事の記憶も戻った。


 姉弟は、もう一度筆作りを調べてみると言った。


 それは、失われた名が未来へ繋がる瞬間だった。


 三つ目の相談は、北の丘の墓地だった。


 そこには古い墓が並んでいたが、墓石の多くから名が消えていた。


 ユノたちは静かに丘へ上がった。


 夕方の光が墓地を照らしている。


 カイは木剣を胸に当てた。


「ここは、静かにやろう」


 ユノは頷いた。


 墓石には、深い忘却の糸が絡んでいた。


 すべてを一日で戻すことはできない。


 リゼは言った。


「無理に全部戻すと、周囲の記憶が混乱する。今日は一つずつ」


 最初の墓には、小さな花の彫刻があった。


 ミアが記憶灯を近づける。


 花の名が浮かぶ。


 リゼが補助し、ユノが糸を斬る。


 墓石に名が戻った。


 マイラ。


 その名を、皆で呼んだ。


「マイラ」


 風が吹いた。


 墓地の草が揺れる。


 誰かが返事をしたわけではない。


 けれど、そこに眠る者が、もう無名ではなくなった。


 その日は十の墓の名を戻した。


 全部ではない。


 でも十の名が、空白から戻った。


 町へ帰る頃には、全員疲れ切っていた。


 カイは小さく言った。


「今日だけで、いろんな名前が戻ったな」


 ミアが頷く。


「橋、家、墓地……名前って本当にどこにでもあるね」


 リゼは静かに答えた。


「人が大切に呼んだものには、名前が宿るのよ」


 ユノは夕暮れの道を歩きながら、星灯りの剣の模様に触れた。


 剣はもう、王を倒すためだけのものではない。


 小さな名前を戻すための道具になった。


 それが嬉しかった。


 ルグナへ戻ると、広場で人々が待っていた。


 今日戻った名前を読み上げるためだ。


 柳音橋。

 羽墨屋。

 マイラ。

 トーヴ。

 エン。

 リシャ。

 墓地で戻った十の名。


 一つずつ呼ばれるたび、星灯坑の光が増えていく。


 セレノは記録帳に丁寧に書き込んでいた。


 リゼがその横で確認する。


 ミアは記憶灯を守る。


 カイは相談者たちの隣に立つ。


 ユノは人々の声を聞く。


 名前を守る旅人たち。


 その仕事は、地味だった。


 泣く人もいる。

 怒る人もいる。

 思い出して苦しむ人もいる。

 名が戻らず、次の日へ持ち越すこともある。


 でも、それでも一つずつ呼ぶ。


 ユノは思った。


 きっと、世界はこうやって戻っていく。


 一気にではなく。

 奇跡の光で全部が元通りになるのでもなく。


 誰かが橋の名を呼び、家の名を呼び、墓の名を呼ぶ。


 その積み重ねで。


 夜、星灯坑の前で、父がユノに言った。


「今日の仕事はどうだった」


「疲れた」


「そうか」


「でも、嫌じゃない」


 父は頷いた。


「良い仕事だな」


「うん」


 ユノは星灯坑の光を見た。


 ルグナ。

 ネリオ。

 ベルフィア。

 柳音橋。

 羽墨屋。

 マイラ。


 たくさんの名前が、地の底に星のように灯っている。


 ミアが隣に来る。


「明日も相談、あるかな」


 リゼが記録帳を閉じながら言った。


「あるでしょうね。掲示板の前に、もう二人待っていたから」


 カイが笑った。


「忙しいな」


 ユノも笑った。


「ああ」


 セレノが静かに言った。


「だが、必要な忙しさだ」


 全員が彼を見る。


 セレノは少し気まずそうにした。


「……そう思っただけだ」


 リゼが小さく笑った。


「ええ。その通りよ」


 ルグナの夜空には星が出ていた。


 空にも、地にも、名前の光がある。


 ユノは胸の奥で、自分の名前を確かめた。


「ユノ」


 周りのみんなが、自然に応えた。


「いる」


 その返事に、ユノは笑った。


 名前を守る旅は、これからも続く。


 明日も、明後日も。


 戻った名と、まだ戻らない名の間を歩きながら。


 ユノたちは、星灯りの仕事を続けていく。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 ユノたちは“名前を守る旅人”として、橋、家、墓地の名を戻しました。


 大きな戦いではなく、小さな名前を一つずつ取り戻す仕事です。


 次のページは『消えた墓標』です。

 北の丘の墓地で、まだ戻らない名の奥に、深い忘却の傷が見つかります。

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