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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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セレノの帰還

帰る場所は、いつも優しく迎えてくれるとは限りません。


 特に、その者が過ちを抱えているなら。

 誰かの痛みを増やした者なら。

 忘却へ逃げようとした者なら。


 ユノたちは、セレノを連れてルグナへ戻ります。


 けれど、町の人々がその名をどう受け止めるのかは、誰にも分かりませんでした。

ルグナへ戻る道で、誰も多くは話さなかった。


 先頭を歩くのはユノだった。


 その隣にミア。

 少し後ろにカイ。

 リゼはセレノの横を歩いている。

 セレノは黒い外套を脱ぎ、灰色の布を肩にかけていた。


 以前のような威圧感は、もうなかった。


 けれど、その姿から過去が消えたわけではない。


 黒翼騎士団長。

 忘却を救いだと信じた者。

 名を眠らせようとした者。


 その事実は、彼の足元に影のようについて回っていた。


 セレノは時々、立ち止まりそうになった。


 そのたび、リゼが名を呼ぶ。


「セレノ」


 すると彼は、わずかに顔を上げる。


「……いる」


 その返事は、まだ慣れていないようだった。


 カイは小声でユノに言った。


「ルグナの人たち、セレノを受け入れるかな」


 ユノはすぐには答えられなかった。


「分からない」


「怒る人もいるよな」


「いると思う」


「だよな」


 カイは木剣を握った。


「でも、名前を呼ばないと戻れないんだよな」


「うん」


「難しいな」


「ああ」


 難しい。


 許すことと、名前を呼ぶことは違う。


 でも、町の人々にそれをすぐ理解してもらえるとは限らない。


 セレノの名を呼ぶことで、傷つく人もいるかもしれない。


 それでも、忘れたふりをするのは違う。


 ユノは胸の奥で、その重さを感じていた。


 夕方、ルグナの煙突が見えた。


 星灯坑の淡い光も見える。


 セレノはその光を見て足を止めた。


「あれが、星灯坑か」


 リゼが頷く。


「ええ。戻った名前を預ける場所」


「私の名も、そこへ?」


「あなたが望むなら」


 セレノはしばらく黙った。


「望む資格があるのか」


 リゼは静かに答えた。


「資格で名前を持つわけではないわ」


 セレノは目を伏せた。


「そうか」


 ルグナの門に近づくと、見張りの炭鉱夫がユノたちに気づいた。


「ユノ! 戻ったのか!」


 その声に、町の人々が集まり始める。


 ミア。

 カイ。

 リゼ。


 名前が次々に呼ばれる。


 だが、セレノの姿を見た瞬間、空気が変わった。


 誰かが息を呑んだ。


 誰かが一歩下がった。


 黒翼の気配を知る者も、知らない者も、彼の背負う影を感じたのだろう。


 ユノの父が人々の間から出てきた。


「ユノ」


「ただいま」


「その人は?」


 ユノはセレノを見た。


 セレノは一歩前に出た。


「セレノ。かつて黒翼騎士団長だった者です」


 町が静まり返った。


 リゼが続けた。


「彼は忘却に加担しました。多くの名を眠らせようとした。けれど今、自分の名を取り戻し始めています」


 町人の一人が声を上げた。


「じゃあ、敵だったんじゃないか」


 別の者も言った。


「そんな奴を町に入れるのか?」


 空気が硬くなる。


 ミアが記憶灯を抱きしめた。


 カイは木剣を握るが、構えない。


 ユノは父を見た。


 父は静かにセレノを見つめていた。


「あなたは、何をしに来た」


 セレノは深く頭を下げた。


「許されに来たのではありません。私が奪おうとした名前、眠らせようとした記憶を見届けるために来ました。もし許されないなら、それも受けます」


 町はまだ静かだった。


 すると、黒麦亭の女将が前へ出た。


「名前を呼ぶことは、許すことじゃないんだろう?」


 ユノは頷いた。


「はい」


 女将はセレノを見る。


「なら、まず呼んでやればいい。ただし、忘れないよ。あんたが何をしたかも」


 セレノは目を閉じた。


「それで構いません」


 父が言った。


「星灯坑へ」


 人々の間に道が開いた。


 歓迎ではない。


 でも、拒絶だけでもない。


 セレノはその道を、ゆっくり歩いた。


 星灯坑の入口に着くと、灰色の光が奥で揺れた。


 セレノの名が反応している。


 リゼが言った。


「あなたの名を」


 セレノは坑道の入口に立ち、長く息を吐いた。


「セレノ」


 灰色の光が強くなった。


 だが同時に、黒い影も揺れた。


 彼の中に残った罪の影だ。


 町の人々がざわめく。


 ユノは一歩前に出て言った。


「セレノ」


 ミアも続けた。


「セレノ」


 カイも。


「セレノ」


 リゼは涙をこらえながら呼んだ。


「セレノ」


 父も静かに言った。


「セレノ」


 やがて、町の人々も少しずつ声を重ねた。


「セレノ」


 灰色の光は、完全な白にはならなかった。


 けれど、消えなかった。


 セレノは膝をついた。


「……いる」


 その返事は、坑道の奥まで届いた。


 星灯坑の壁に、新しい文字が浮かぶ。


 セレノ。

 罪を忘れぬ者。

 名を見届ける者。


 町人の一人が苦しそうに言った。


「そんなふうに書かれるのか」


 リゼが答えた。


「名前は、綺麗な部分だけを記すものではありません」


 セレノは頭を下げたままだった。


「私は、ここで働けるでしょうか」


 父が聞く。


「働く?」


「名前の記録を手伝いたい。黒翼騎士団の名も、私が思い出せる限り記します。彼らを忘却に置いていった責任があります」


 ユノの父はしばらく考えた。


「監視はつける」


「当然です」


「町の人々があなたを責めることもある」


「受けます」


「逃げないか」


 セレノは顔を上げた。


「逃げません。少なくとも、逃げない努力をします」


 父は頷いた。


「なら、まずは星灯坑の入口で記録係を手伝いなさい」


 町がざわめいた。


 反対の声もあった。


 けれど父は言った。


「許したわけではない。ただ、見届けさせる。名前を守る仕事から逃げさせない」


 その言葉に、町の空気が少し変わった。


 セレノは深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 その夜、ルグナの広場では、いつもより重い名前の読み上げが行われた。


 ルグナ。

 ネリオ。

 ルナエル。

 セレノ。

 そして、黒翼騎士団のうち、セレノが思い出せた三つの名。


 アデル。

 ロウ。

 ミルザ。


 折れた剣の騎士たち。


 セレノはその名を一つずつ呼ぶたび、顔を歪めた。


 町の人々も呼んだ。


 許すためではない。


 忘れないために。


 リゼは静かに泣いていた。


 ユノは隣に立ち、彼女の名を呼んだ。


「リゼ」


「いるわ」


 セレノがその声を聞いて、ほんの少しだけ顔を上げた。


 その目には、まだ深い罪があった。


 でも、忘却へ逃げる闇は薄れていた。


 読み上げが終わったあと、セレノは星灯坑の入口で一人立っていた。


 ユノが近づく。


「セレノ」


「……いる」


「今日は逃げなかったな」


「逃げたかった」


「でも逃げなかった」


 セレノは苦く笑った。


「君たちは、そういうところを見逃さない」


「名前を呼ぶ旅をしてきたから」


 セレノは星灯坑の光を見る。


「ここは、痛い場所だ」


「名前が戻るから?」


「そうだ。忘れていた方が楽だったものまで戻る」


 ユノは頷いた。


「でも、戻った」


「そうだな」


 セレノは小さく言った。


「私は、これから何度も責められるだろう」


「たぶん」


「それでも、ここにいていいのか」


「いるかどうかは、セレノが決める」


 セレノは長い間黙った。


 そして、星灯坑へ向かって言った。


「セレノ」


 灰色の光が応える。


「いる」


 それは、とても小さな声だった。


 けれど、確かな返事だった。


 ユノは空を見上げた。


 空の星。

 地の星。

 戻った名。

 戻らない時間。

 許されない罪。

 それでも、呼ばれる名前。


 ルグナの夜は静かだった。


 でもその静けさの中で、また一つ、消えかけていた名が地に灯った。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 セレノはルグナへ戻りました。


 町の人々はすぐに受け入れたわけではありません。

 けれど、名前を呼ぶことは許すことではなく、忘れないことだと知っていきます。


 セレノは星灯坑で、黒翼騎士団の名を記録する役目を始めます。


 次のページは『黒翼騎士団の名簿』です。

 セレノが失われた騎士たちの名を思い出し、リゼと共に記録していきます。

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