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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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星喰いの伝承

星喰いとは、何なのか。


 ただの怪物なのか。

 世界の外から来た災厄なのか。

 それとも、かつて誰かが生み出してしまった悲しみなのか。


 ルグナの町に空いた穴は、ユノたちに“世界が消える”恐怖を見せました。


 けれど、恐怖の正体を知らなければ戦うことはできません。


 このページでは、リゼの口から“星喰いの伝承”が語られます。

 千年前、人々が何を恐れ、何を忘れ、何を隠してきたのか。


 小さな星の欠片を手にしたユノたちは、いよいよ世界の真実へ足を踏み入れていきます。

ルグナの夜空には、星がなかった。


 雲が出ているわけではない。


 煙が空を覆っているわけでもない。


 ただ、暗かった。


 どこまでも深く、底の抜けた井戸のように黒い空が、町の上に広がっていた。


 ユノはガルドの家の屋根に座り、その空を見上げていた。


 掌の中には、小さな星の欠片がある。


 リゼはそれを“星涙石”と呼んだ。


 透明な石だった。見た目は水晶に似ている。けれど内側には銀色の光が閉じ込められていて、呼吸するみたいに淡く明滅していた。


 触れると、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 父の手に触れた時の温度に似ていた。


「父さん……」


 呟いても、返事はない。


 あの白い空間で見た父の姿は、もう現れなかった。


 残り香。


 父はそう言った。


 長くは話せない、と。


 もっと聞きたいことがあった。


 第七坑道で何があったのか。

 父はなぜ死んだのか。

 ユノはなぜ鍵なのか。

 魔女を信じろとは、どういう意味なのか。


 けれど、答えは夜の向こうに沈んだままだった。


「また屋根にいる」


 下から声がした。


 ミアだった。


 彼女は梯子を上り、ユノの隣へ腰を下ろした。手には毛布を抱えている。


「怪我人なんだから寝てなよ」


「眠れない」


「だと思った」


 ミアはそう言って、ユノの肩に毛布をかけた。


 いつもなら何か小言を言うところだ。


 けれど今夜のミアは静かだった。


 町が消えかけた。


 犬が消えた。


 男の足が消えた。


 誰かの夫の名前が消えた。


 そんな出来事を見たあとで、いつも通りに怒ることなんてできないのだろう。


「北区、少し戻ったね」


「ああ」


「でも、完全じゃない」


「……ああ」


 北区の空白は、ユノが星涙石に触れたことで一時的に止まった。


 消えかけていた家々は輪郭を取り戻し、石畳も戻った。


 けれど、まだ歪みは残っている。


 時計塔の文字盤は右半分だけ数字が戻らず、井戸の水は今も音を立てない。北区に住んでいた人々の中には、自分の家の場所を思い出せない者もいた。


 セナはアルトの名前を思い出した。


 けれど、顔はまだ思い出せないと言って泣いていた。


 戻ったものと、戻らないものがある。


 それが、星喰いの傷跡だった。


「ねえ、ユノ」


「ん?」


「怖くない?」


 ユノはすぐには答えられなかった。


 怖い。


 もちろん怖い。


 でも、その言葉を口にしたら、急に足元が崩れそうだった。


「怖いよ」


 結局、ユノは正直に答えた。


 ミアは少し驚いた顔をした。


「ユノでも怖いんだ」


「俺を何だと思ってるんだよ」


「無鉄砲な馬鹿」


「ひどいな」


「でも、怖いって言ってくれてちょっと安心した」


 ミアは夜空を見上げる。


「私だけじゃないんだって思えたから」


 風が吹いた。


 煤の匂いがした。


 遠くで採掘塔が低く唸っている。


「私ね、今日ずっと自分の名前を心の中で言ってた」


「ミアって?」


「うん。ミア、ミア、ミアって。変でしょ」


「変じゃない」


 ユノは星涙石を見つめた。


「名前を忘れるなって、父さんも言ってた」


「お父さん、本当にいたんだね」


「ああ」


「会えてよかった?」


 ユノは少し黙った。


 よかった。


 確かに、そう思う。


 でも同時に、もっと苦しくもなった。


 会えたからこそ、また失った気がした。


「分からない」


「そっか」


 ミアはそれ以上聞かなかった。


 その優しさがありがたかった。


 しばらくして、裏庭の扉が開く音がした。


 リゼが出てきた。


 彼女は相変わらずガルドの外套を羽織っている。銀髪を隠す気もなく、夜の中で静かに光っていた。


「こんな所にいたの」


「お前こそ寝てろよ」


「千年眠ったから十分よ」


「そういう問題じゃないだろ」


 リゼは梯子を使わず、ふわりと屋根へ上がってきた。


 魔法なのか、ただ軽く跳んだだけなのか分からない。


 ミアが小さく目を丸くする。


「便利……」


「便利ではないわ。魔力を使う」


「じゃあ梯子使いなよ」


「壊れていたら危ないでしょう」


「今ユノが使ったけど」


「ユノなら落ちても慣れていそう」


「おい」


 少しだけ空気が緩んだ。


 けれど、リゼの表情はすぐに真剣なものに戻る。


 彼女はユノの掌の星涙石を見た。


「それ、まだ光っているのね」


「普通は光らないのか?」


「普通は、人間が触れれば砕ける」


「……先に言えよ」


「砕けなかったでしょう」


「結果論だろ」


 リゼはユノの手元に膝をつき、星涙石をじっと見た。


「やはり、あなたは星と深く繋がっている」


「俺が鍵だから?」


「ええ」


「その鍵って何なんだ」


 リゼはしばらく黙った。


 夜空を見上げる。


 星のない空。


 そこに何かを探すように。


「話す必要があるわね」


 その声は、いつもより低かった。


「星喰いのことを」


 ミアが緊張したように背筋を伸ばす。


 ユノも黙ってリゼを見た。


 リゼは屋根の上に腰を下ろし、静かに語り始めた。


「千年前、世界には今よりずっと多くの星があった」


 風が止まった気がした。


「夜になれば空は白く見えるほど輝き、星の光は海を照らし、森を育て、人の心にも魔力を満たした。魔女はその星の光を読む一族だった」


「星を読む?」


「星には記憶が宿るの。生まれた命、死んだ命、交わされた約束、失われた願い。世界で起きたすべてが、星の光に刻まれる」


 ユノは星涙石を握った。


 だから、星が消えると記憶も消えるのか。


「魔女たちは星を読み、未来を占い、病を癒し、災厄を退けた。人々は魔女を敬い、王たちは魔女の言葉に従った」


 リゼの声は淡々としている。


 けれど、その奥に遠い懐かしさがあった。


「でも、ある年、空に黒い星が現れた」


「黒い星?」


「光を放たない星。星図には存在せず、神殿の記録にもないもの。それは最初、誰にも害を与えなかった。ただ夜空の端に浮かんでいた」


「それが星喰い?」


「始まりは、そう呼ばれていなかった」


 リゼは目を細めた。


「最初に消えたのは、小さな星だった。誰も気づかなかった。次に、北の村がひとつ消えた」


 ミアが息を呑んだ。


「村が?」


「ええ。でも、誰も覚えていなかった。地図からも、記録からも、旅人の記憶からも、その村は消えた。ただ一人、村を出て王都へ行っていた少年だけが覚えていた」


「その少年はどうなったんだ」


「狂人として処刑された」


 ミアが口元を押さえた。


 ユノは胸が重くなるのを感じた。


 セナと同じだ。


 覚えている者が、狂っていると思われる。


 消えたのは世界の方なのに。


「その後も、星は消え続けた。人が消え、町が消え、歴史が消えた。けれど多くの者は気づけない。気づいた者も、やがて忘れる。だから災厄に名前がつくまで、長い時間がかかった」


「それで、星喰い」


「ええ」


 リゼは頷く。


「星を喰らうもの。記憶を喰らうもの。存在を喰らうもの。世界の外から口を開ける飢え」


「世界の外って何だよ」


「この世界の外側。星々が生まれる前の闇。何も存在しない場所」


「そんな所に、生き物がいるのか?」


「生き物ではないわ」


 リゼの赤い瞳が暗くなる。


「飢えそのものよ」


 その言葉だけで、ユノは寒気を覚えた。


 飢えそのもの。


 腹を空かせた獣ではない。


 意志を持つ怪物でもない。


 ただ喰らうためだけの存在。


「でも、おかしい」


 ユノは言った。


「昨夜見た星喰いは、俺たちを追ってきた。今日も町に腕を伸ばしてきた。狙ってるみたいだった」


「ええ」


「飢えそのものなら、そんなことするか?」


 リゼは少しだけ驚いたようにユノを見た。


「意外と鋭いのね」


「意外とは余計だ」


「星喰いには、本来意思はない。けれど千年前、ある時から行動が変わった」


「どう変わったんだ」


「狙うようになったの。魔女を。王族を。星に近い者を。そして、記憶を持ち続ける者を」


 ユノは息を止めた。


 記憶を持ち続ける者。


 それは、今の自分だ。


「なぜ変わったのかは分からない。ただ一つだけ伝承がある」


「伝承?」


「星喰いの奥には、“王”がいる」


 王。


 その言葉に、星涙石がかすかに震えた。


 ユノは掌を見下ろす。


 リゼもそれに気づいた。


「星喰いの王……」


「そいつが黒幕なのか」


「分からない。魔女の伝承では、星喰いの王は“世界が忘れた最初の名”だとされている」


「最初の名?」


 リゼは小さく首を振った。


「私にも意味は分からない。姉様なら知っていたかもしれないけれど」


 リゼの声がわずかに沈んだ。


 ユノは何も言えなくなる。


 ミアがそっと話題を戻した。


「千年前、魔女たちはどうやって戦ったの?」


「星の欠片を集めた」


 リゼは言った。


「星喰いに喰われかけた星から落ちる結晶。それが星涙石。これには、消えかけた記憶と光が宿っている」


「それを集めると?」


「世界の傷を縫い止めることができる」


「縫い止める……」


「穴を塞ぐには、失われた星の光を戻す必要がある。星涙石はそのための糸のようなもの」


 ユノは掌の石を見た。


 小さな光。


 これが、世界を繋ぎ止める糸。


「でも、それだけでは足りなかった」


 リゼは続ける。


「星涙石を集めても、星喰いは止まらなかった。だから魔女たちは最後の封印を作った」


「お前が眠っていた封印か」


「そう。十三人の魔女が命を使い、星喰いの王へ続く穴を閉じた。完全に倒すことはできなかった。ただ、眠らせることしかできなかった」


「それが千年」


「ええ」


 ユノは眉を寄せた。


「じゃあ、今その封印が壊れたってことか」


「壊れかけている、という方が正しい」


「どうして急に?」


 リゼはユノを見た。


「私が目覚めたから」


「お前のせいってことか?」


 言った瞬間、ユノは後悔した。


 リゼの表情が少しだけ固まったからだ。


 だが彼女は怒らなかった。


「そうとも言える」


「違う、今のは――」


「いいの。事実だから」


 リゼは夜空を見上げた。


「私が眠っている間、封印は保たれていた。でも封印の力は弱まり続けていた。誰かが私を目覚めさせなければ、いずれ封印ごと砕けて、星喰いは一気に世界を呑み込んでいた」


「誰かが目覚めさせた?」


「私は自分で起きたわけではない」


 ユノとミアは顔を見合わせた。


「じゃあ誰が」


「分からない」


 リゼの声が低くなる。


「ただ、私の封印を壊すには星涙石が必要だった。しかも相当な数が」


「つまり、誰かが星涙石を集めて、お前を起こした」


「そう」


「味方じゃないのか?」


「味方なら、あんな場所に落とさない」


 確かにそうだ。


 リゼは黒樹林に墜落した。


 怪我を負い、星喰いに追われていた。


 助けるためというより、封印を破壊しただけに見える。


「目的は何だ」


「私を餌にしたのかもしれない」


 ミアが顔を青くする。


「餌って……」


「星喰いは私を追う。私が目覚めれば、星喰いの欠片も動き出す。そうなれば、封印の綻びが広がる」


「誰がそんなこと……」


 リゼは答えなかった。


 しかし、ユノには分かった。


 敵は星喰いだけではない。


 この世界のどこかに、リゼを目覚めさせ、星喰いを呼び寄せた者がいる。


 その目的は分からない。


 でも、ろくなものではない。


「伝承には続きがある」


 リゼが言った。


「星喰いの王が目覚める時、夜空から最後の星が消える。そして世界は、自分が世界だったことすら忘れる」


「……全部消えるってことか」


「ええ」


「止めるには星涙石を集める」


「それだけじゃ足りない」


 ユノは眉を寄せた。


「まだあるのかよ」


「星喰いの王を封じるには、星涙石を集め、世界樹の根元にある“星の祭壇”へ行く必要がある」


「世界樹?」


 ミアが驚いた声を出した。


「それって、おとぎ話に出てくるやつ?」


「実在するわ」


「どこに?」


「世界の中心」


「ざっくりしすぎ」


「千年前はそう呼ばれていたの」


 リゼは少し不満そうに言った。


「今の地名は知らない」


「千年眠ってたもんな」


「そうよ。だからあなたたちが調べなさい」


「急に雑だな」


 ミアが少しだけ笑った。


 けれど、その笑みはすぐに消えた。


「でも、ルグナから出るってことだよね」


 ユノは黙った。


 その言葉が、胸に重く落ちた。


 ルグナから出る。


 生まれてから一度も、この町の外で暮らしたことはない。


 いつか出てみたいと思ったことはあった。


 けれどそれは、もっと軽い夢だった。


 遠くの海を見たいとか、大きな街へ行きたいとか。


 世界を救うために旅立つなんて、考えたこともなかった。


「行くしかない」


 リゼが言った。


「ルグナの穴は一時的に止まった。でも他の場所でも同じことが起きる。星涙石を集めなければ、穴は増え続ける」


「他の町も消えるのか」


「ええ」


 ユノは掌の星涙石を握った。


 セナの泣き声。


 犬を失った少年の叫び。


 足を失った男の呆然とした顔。


 それが、別の場所でも起きる。


 知らない町で。


 知らない人たちに。


 ユノは息を吐いた。


「俺、行くよ」


 ミアがユノを見る。


「本気?」


「ああ」


「怖いって言ってたのに」


「怖いよ」


 ユノは夜空を見上げる。


「でも、ここにいても怖いままだ」


 ミアは何も言わなかった。


 しばらくして、小さく頷く。


「私も行く」


「ミア」


「置いていかれるの嫌だって何回言わせるの」


「でも、町は」


「お父さんには怒られると思う」


 ミアは苦笑した。


「でも、私だって見た。世界が消えるところ。あれを見て、何も知らないふりして暮らすなんて無理」


 ユノはミアの横顔を見た。


 強いと思った。


 自分よりずっと。


 リゼは二人を見て、静かに言った。


「旅は楽ではないわ」


「分かってる」


「あなたたちは弱い」


「それも分かってる」


「私は人を守るのが得意ではない」


「昨日から結構守ってくれてるけどな」


「それは偶然」


「偶然が多いな」


 リゼは少しだけ目を逸らした。


「……私は、また誰かを失うのが怖い」


 小さな声だった。


 ユノとミアは黙った。


 リゼは千年前、すべてを失った。


 姉も、仲間も、一族も、世界も。


 そして千年後に目覚めた今、もう一度何かを失うかもしれない旅に出ようとしている。


 怖くないはずがなかった。


「じゃあ、失わないようにしよう」


 ユノが言った。


 リゼが顔を上げる。


「簡単に言うのね」


「難しく言っても仕方ないだろ」


「あなたは本当に無謀」


「よく言われる」


「でも」


 リゼは星涙石を見つめた。


「その無謀さが、今の世界には必要なのかもしれない」


 その時、下からガルドの声がした。


「話は終わったか」


 ユノたちは屋根の端から下を見る。


 ガルドが腕を組んで立っていた。


「盗み聞きかよ」


「屋根の上で話しておいて、聞くなという方が無理だ」


 ガルドは梯子の下でため息をついた。


「出ていくつもりだな」


 ユノは黙った。


 言い訳はできなかった。


「ガルド」


「止めても行くんだろ」


「……ああ」


 ガルドは空を見上げた。


 星のない空を。


「お前の親父も、同じ顔をしていた」


 ユノの胸が痛む。


「父さんも?」


「ああ。怖いくせに、引かねぇ顔だ」


「褒めてる?」


「馬鹿にしてる」


 ガルドはそう言って、少しだけ笑った。


 けれどすぐに表情を引き締める。


「明日の朝まで待て。旅の支度をする。金、食料、地図、武器。何もなしに出れば三日で死ぬ」


「いいのか?」


「よくはない」


 ガルドの声は苦かった。


「だが、ルグナだけ守っても世界が消えたら意味がねぇ」


 ミアが不安そうに聞いた。


「町は大丈夫かな」


「俺が何とかする」


 ガルドは力強く言った。


「町長が何を隠していようが、北区の穴を見た連中はもう黙っていない。俺がまとめる」


「でも、空白がまた広がったら」


「その時は、その時だ」


 ガルドはユノを見る。


「だから早く戻ってこい」


 ユノは頷いた。


「ああ」


 その夜、ユノはほとんど眠れなかった。


 屋根から降りたあと、ガルドの家の床に横になった。


 ミアは隣の部屋で寝ている。


 リゼは暖炉の前に座ったまま、星涙石を見つめていた。


 火の光が彼女の横顔を赤く照らしている。


「リゼ」


「何」


「星喰いの伝承でさ」


「ええ」


「星喰いの王は“世界が忘れた最初の名”って言ってたよな」


「そう」


「名前を忘れるなって、父さんも言ってた」


「ええ」


「じゃあ、星喰いの王にも名前があるのか」


 リゼは沈黙した。


 暖炉の薪がぱちりと弾ける。


「あるかもしれない」


「名前が分かれば倒せる?」


「分からない」


「また分からないか」


「でも」


 リゼは静かに続けた。


「名前を知ることは、存在を縛ること。もし星喰いの王に本当の名があるなら、それは唯一の弱点になるかもしれない」


 ユノは天井を見た。


 世界が忘れた最初の名。


 それを探す旅にもなるのだろうか。


 星涙石を集めるだけではなく、忘れられた名前を取り戻す旅。


 ユノは自分の胸に手を当てた。


 父の声を思い出す。


 ――名前を忘れるな。


 ユノ。


 自分の名前。


 ミアの名前。


 リゼの名前。


 ガルドの名前。


 セナの名前。


 アルトの名前。


 消えかけた人たちの名前。


 全部、忘れたくないと思った。


 翌朝になれば、旅が始まる。


 ルグナを出て、星涙石を探し、世界に空いた穴を塞ぐ旅。


 怖い。


 それでも。


 ユノは掌の中の星涙石を握りしめた。


 小さな光が、暗い部屋に滲んだ。


 星が消えていく世界で、その光はあまりにも頼りなかった。


 けれど、確かにそこにあった。


 まだ消えていない。


 まだ忘れていない。


 だから、進める。


 ユノは目を閉じた。


 遠くで採掘塔の音が鳴っている。


 ゴウン、ゴウン、ゴウン。


 ルグナの鼓動。


 故郷の音。


 明日には、その音から離れる。


 けれど忘れない。


 忘れない限り、故郷は消えない。


 星喰いの伝承は、恐怖の物語だった。


 でもユノは思った。


 伝承が残っているなら、誰かが覚えていたということだ。


 千年の時を越えて、恐怖も、祈りも、警告も、誰かが残してくれた。


 なら自分たちも、残せるかもしれない。


 消えていく世界に、名前を。


 失われる記憶に、光を。


 そして夜空に、もう一度星を。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、リゼの口から“星喰いの伝承”が語られました。


 星を喰らい、記憶を喰らい、存在そのものを消していく災厄。

 そして、その奥にいるかもしれない“星喰いの王”。


 ユノたちは、ただ町を守るだけではなく、世界に散った星涙石を集める旅へ出ることになります。


 ルグナを離れる決意。

 ミアの同行。

 リゼの恐れ。

 そしてガルドの不器用な優しさ。


 それぞれが不安を抱えながらも、物語は次の場所へ向かい始めました。


 次のページは『夜空の墓場』です。


 旅立ちの前に、ユノたちはルグナに残された“星の死骸”と向き合うことになります。

 そこには、ユノの父が残したもうひとつの手がかりが眠っています。

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