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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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守る者カイ

失った場所へ帰ることは、終わりではありません。


 そこから、何を守るのか。

 誰の名前を呼び続けるのか。

 自分が何者として歩くのか。


 ネリオの栗の木の下で、カイは父母の記憶と再会しました。


 このページでは、カイが“守る者”として、自分の役目を見つけます。

ルグナへ戻る道で、カイはずっと木剣を抱えていた。


 父が作ってくれた木剣。


 旅の間、ただ手放せなかった剣。

 理由も分からず、大事にしていた剣。


 けれど今は違う。


 理由を思い出した。


 この剣は、誰かを傷つけるためではなく、誰かを守る練習をするために作られたものだった。


 カイは歩きながら、母の木板を何度も見た。


 ――いつか誰かの名前を守れる子になります。


 その言葉が、胸の奥でずっと光っている。


 ユノは隣を歩いていた。


 ミアは少し後ろで、ネリオから持ち帰った道具の包みを抱えている。


 リゼは地図にネリオの位置を記しながら歩き、ガルドは父の小刀を直す方法を考えているらしく、時々「錆を落として、柄を替えて……」と呟いていた。


 夕暮れの空には、薄い星が一つ出ていた。


 カイはその星を見上げる。


「ユノ」


「何?」


「俺、ネリオを見つけたら、もっと嬉しいと思ってた」


 ユノは黙って聞いた。


「でも、嬉しいだけじゃなかった。悲しいし、悔しいし、怖いし……でも、見られてよかった」


「うん」


「帰るって、楽しいだけじゃないんだな」


「そうだな」


 カイは木剣を握りしめた。


「でも、帰らなかったら分からなかった」


 ユノは頷いた。


「カイは帰った」


「うん」


 カイは小さく息を吐く。


「俺、ネリオを守る」


 その声は、まだ少し震えていた。


 でも、確かだった。


「村は戻らないかもしれない。でも、名前は守れる。石碑も、栗の木も、井戸も、母さんの歌も、父さんの小刀も」


 ユノは言った。


「手伝う」


 カイは笑った。


「知ってる」


 その返事が少し大人びていて、ユノも笑った。


 ルグナへ着く頃には、空は暗くなっていた。


 星灯坑の入口には、まだ小さな灯りがともっている。


 町の人々が交代で見守っているらしい。


 父が入口で待っていた。


「戻ったか」


 ユノは頷いた。


「戻った」


 父はカイを見る。


「ネリオは?」


 カイは少し沈黙し、それから答えた。


「ありました」


 父は静かに頷いた。


「そうか」


「村は崩れてた。でも、栗の木が残ってて、井戸もあって、母さんの手紙も、父さんの小刀もありました」


 父は何も言わず、カイの肩に手を置いた。


 カイはその手の温かさに、少しだけ目を潤ませた。


 星灯坑へ入ると、ネリオの赤い光が以前より強くなっていた。


 カイは壁の前に立ち、持ち帰った木板と小刀、刺繍布をそっと置いた。


「ただいま」


 赤い光が揺れる。


 リゼが言った。


「持ち帰った記憶を、ここにも預けましょう。ネリオ跡地と星灯坑、二つの場所で名前を支えれば、さらに安定する」


 カイは頷いた。


「うん」


 彼は木板を両手で持ち、ゆっくり読み上げた。


「カイへ。もし、この箱を見つける日が来たなら、あなたが自分の足で、この木の下へ戻ってきたということですね」


 声が震える。


 でも止まらない。


「ネリオは小さな村です。でも、あなたの名前を呼ぶ声がたくさんある村です。あなたがどこへ行っても、自分の名を忘れないように。この木の下で、父さんと母さんはあなたの名前を呼びます」


 星灯坑の赤い光が強くなる。


 カイは最後まで読んだ。


「帰ってきてくれて、ありがとう」


 読み終えた瞬間、坑道の壁に新しい光が灯った。


 赤い光の周りに、小さな金色の光が二つ。


 父と母の名は、まだ完全には戻っていない。


 でも、そこにいる。


 カイは息を呑んだ。


「父さん……母さん……」


 リゼが静かに言った。


「名そのものはまだ薄い。でも、呼ぶ手がかりは戻っているわ」


「手がかり?」


「木板、歌、小刀、栗の木。これらを辿れば、いつか二人の名前も戻る可能性がある」


 カイは涙をこぼしながら頷いた。


「呼ぶ。ずっと呼ぶ」


 ミアが優しく言った。


「一緒に呼ぶよ」


 ユノも。


「ああ」


 ガルドも。


「もちろん」


 父も静かに言った。


「ルグナでも呼ぶ」


 カイは何度も頭を下げた。


「ありがとう……ありがとう」


 その夜、星灯坑では、ネリオの記憶を預ける小さな儀式が行われた。


 町の人々も集まった。


 カイは栗の木のこと、井戸のこと、父の木剣、母の手紙を話した。


 話しながら何度も泣いた。


 けれど、最後まで話した。


 町の人々は静かに聞いていた。


 そして最後に、全員で呼んだ。


「ネリオ」


 星灯坑の赤い光が、地の底の星のように灯った。


 儀式が終わったあと、カイはユノたちの前に立った。


 少し緊張しているようだった。


「俺、決めた」


 ユノが聞く。


「何を?」


「俺、ネリオを守る。でも、ここにずっと残るんじゃなくて、ユノたちとまだ旅をする」


 ミアが驚いたように目を丸くする。


「いいの?」


「うん。ネリオは見つかった。でも、まだ父さんと母さんの名前は戻ってない。それに、戻った名前を守る場所が他にも必要だと思う」


 カイは木剣を握った。


「星灯坑みたいな場所が、他にもあるかもしれない。名前が戻っても、誰にも呼ばれなくて薄れてる場所があるかもしれない。俺、そういう名前を守りたい」


 リゼの表情がやわらかくなる。


「守る者として?」


 カイは少し照れたが、逃げなかった。


「うん。守る者として」


 ユノは胸が熱くなった。


 旅に出た頃のカイは、失った村を探す子どもだった。


 今も子どもではある。


 けれど、その背中には新しい芯が通っている。


 守られるだけではなく、守る者になる。


 それは、父母が願った姿だった。


 ガルドがカイの肩を叩いた。


「じゃあ、まず小刀を直さないとな。守る者の道具だ」


 カイは嬉しそうに頷いた。


「お願いします」


 父が言った。


「ネリオの石碑を直す時は、ルグナの炭鉱組も手を貸そう」


 カイは驚いた。


「いいんですか?」


「もちろんだ。ルグナに名前を預けた村だ。もう他人事じゃない」


 その言葉に、カイはまた泣きそうになった。


 ミアが笑う。


「カイ、今日は泣いてばっかり」


「しょうがないだろ」


「うん。しょうがない」


 リゼが静かに言った。


「涙は、名を繋ぐ力になる」


 カイは涙を拭いて笑った。


「じゃあ、今日はいっぱい繋がったな」


 翌朝、カイはガルドと一緒に父の小刀を直した。


 錆を落とし、刃を磨き、割れた柄を新しい木で補う。


 ガルドは真剣だった。


「道具は、名前と同じだ。使う人がいて、呼ぶ人がいて、手入れして初めて生きる」


 カイは頷いた。


「これ、父さんの小刀」


「今は、お前が守る小刀だ」


 磨かれた刃が朝の光を受けて小さく光った。


 カイはそれを大事に布へ包み、木剣の隣にしまった。


 その後、カイは星灯坑の入口に立ち、町の子どもたちへ木剣の話をした。


「これは、誰かを傷つけるためじゃなくて、守る練習をするための剣」


 子どもたちは真剣に聞いていた。


「守るって、戦うこと?」


 一人が聞く。


 カイは少し考えた。


「戦う時もある。でも、名前を呼ぶことも守ることだと思う」


「名前?」


「うん。忘れそうな名前を呼ぶ。泣いてる人の名前を呼ぶ。自分の名前も忘れない」


 子どもは首を傾げたが、やがて自分の名前を言った。


「ロイ」


 カイは笑った。


「ロイ」


 周りの子どもたちも次々に名前を言った。


「エナ」


「トム」


「ミリ」


 カイは一つずつ呼び返した。


 星灯坑の入口が淡く光る。


 ユノは少し離れてその様子を見ていた。


 ミアが隣に来る。


「カイ、変わったね」


「ああ」


「いい顔してる」


「うん」


 リゼも近くに立っていた。


「彼は、自分の役目を見つけたのね」


 ユノは頷いた。


「守る者カイ」


「良い名ね」


 カイがこちらを見て、少し照れくさそうに言った。


「聞こえてるぞ!」


 ユノたちは笑った。


 その笑い声が、朝のルグナに響いた。


 昼過ぎ、ユノたちは今後のことを話し合った。


 場所はユノの家の食卓。


 父が地図を広げ、リゼが記録を並べる。


 ミアは記憶灯を磨き、カイは木剣と小刀を手元に置いていた。


「星喰いの王は止まった」


 リゼが言った。


「でも、戻った名前は世界中で不安定な状態にある。ルグナの星灯坑やシエラの星の泉のような記憶を支える場所が必要になる」


 ミアが言う。


「じゃあ、これからはそういう場所を探す旅?」


「ええ。それから、戻った名前を迎えられない場所もあるはず。そこでは誰かが呼ぶ必要がある」


 カイが強く頷く。


「俺、それをやる」


 ユノは地図を見る。


「セレノは?」


 リゼの表情が少し曇る。


「彼はまだ黒翼の祭壇にいる可能性が高い。でも、すぐに行くのは危険。王の残滓が完全に消えているとは限らない」


「準備が必要か」


「ええ」


 父が言った。


「なら、しばらくルグナを拠点にすればいい。星灯坑もある。道具も食料も用意できる」


 ユノは父を見る。


「いいの?」


「帰る場所は、戻るためだけじゃない。次へ行くために整える場所でもある」


 父の言葉に、全員が静かになった。


 帰る場所は、次へ行くために整える場所。


 それは、今のユノたちに必要な言葉だった。


 ミアが笑う。


「じゃあ、しばらくルグナで準備だね」


 カイも頷く。


「ネリオの石碑も直したい」


 リゼも。


「星灯坑の封印も整えたいわ」


 ユノは深く息を吐いた。


 少し休める。


 でも、止まるわけではない。


 それが今はちょうどよかった。


 夕方、カイは一人で星灯坑へ向かった。


 ユノは少し離れてついていった。


 カイは赤い光の前に立ち、木剣を胸に当てた。


「ネリオ」


 赤い光が応える。


「父さん。母さん。まだ名前は思い出せないけど、俺、守る者になる」


 彼は少し照れたように笑った。


「守られるだけじゃなくて、誰かの名前を守る。だから、見てて」


 金色の二つの光が、ほんの少し強くなった。


 カイは涙を浮かべながらも、笑っていた。


 ユノは声をかけずに見守った。


 その背中は、もう出会った頃の迷子の背中ではなかった。


 まだ幼い。


 まだ泣く。


 まだ迷う。


 でも、自分で立っている。


 守る者カイ。


 その名が、星灯坑の中で静かに灯った。


 夜、ルグナの広場では、戻った名前の読み上げが続いた。


 その最後に、町長が新しく一つの名前を加えた。


「ネリオの守り手、カイ」


 カイは真っ赤になった。


「そんなの聞いてない!」


 町の人々は笑いながら、その名を呼んだ。


「カイ」


 ユノも呼ぶ。


「カイ」


 ミアも。


「カイ」


 リゼも。


「カイ」


 ガルドも。


「カイ」


 父も。


「カイ」


 カイは照れながら、でもまっすぐ答えた。


「いる」


 その返事に、星灯坑の光がまた一つ増えた。


 地に灯る星の中に、守る者の名が加わった。


 ユノはそれを見て、胸の奥で静かに思った。


 名前を守る旅は、戦いだけではない。


 こうして、誰かが自分の役目を見つけることでもある。


 カイはネリオを失った。


 でも、その名前を守る者になった。


 それは悲しみの終わりではない。


 悲しみを抱えたまま歩く、新しい始まりだった。


 夜空には星が出ていた。


 地には星灯坑の光。


 その間に、ルグナの人々の声が響く。


 ユノは小さく、自分の名前を呼んだ。


「ユノ」


 隣でミアが言う。


「いるよ」


 ユノは笑った。


「ああ。いる」


 そして、カイの方を見た。


 カイは子どもたちに囲まれ、恥ずかしそうにしながらも、木剣の持ち方を教えている。


 守る者の一歩は、もう始まっていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、カイが“守る者”としての役目を見つけました。


 ネリオは完全には戻っていません。

 でも、カイはその名を守り、いつか父母の名も思い出すために歩き始めます。


 ルグナは、ユノたちの新しい拠点になりそうです。


 次のページは『戻った名、戻らない時間』です。

 名前が戻った世界で、それでも戻らないものと向き合う日々が始まります。

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