表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/128

星喰いの玉座へ

幼き名は、星の泉に残されました。


 ルナエルは星喰いの王から分かたれましたが、王はまだ消えていません。


 むしろ、空白を埋めるために、さらに強く名前を求め始めます。


 ユノたちは星の泉を離れ、最後の戦いの場所――星喰いの玉座へ向かう準備を始めます。


 名前を守る旅は、いよいよ決戦へ進みます。

星の泉の水面は、何事もなかったように静かだった。


 先ほどまで黒く揺れ、王の影が暴れ、ルナエルの名が白い星となって沈んでいた場所とは思えないほど、湖は穏やかだった。


 けれど、ユノには分かっていた。


 この静けさは、終わりではない。


 嵐の前の息継ぎだ。


 泉の中央には、小さな白い星が浮かんでいる。


 それが、ルナエルだった。


 幼き名。

 奪われた名前。

 王名から切り離された少年の核。


 彼はまだ、完全に自由になったわけではない。


 星の泉の中で形を保ち、星喰いの王と細い糸で繋がったまま、静かに眠っている。


 ユノは水面を見つめた。


「ルナエル」


 その名を呼ぶと、白い星がかすかに瞬いた。


 返事の代わりのようだった。


 ミアは記憶灯を抱え、疲れ切った顔をしていた。


 泉の儀式で、ルグナの火は何度も揺れた。

 けれど消えなかった。


 ミアが必死に守り続けたからだ。


 カイも座り込んでいた。


 木剣を抱え、目元にはまだ涙の跡がある。


 カイの涙で巡礼路が開き、ユノの涙で泉の門が開いた。


 そのことが、彼の中にも何かを残したのだろう。


 リゼは泉の文字を何度も確認していた。


 水面に浮かんだ言葉。


 ――幼き名は分かたれた。

 ――王は空白を失い、飢えを増す。

 ――最後の戦いは、星喰いの玉座にて。


 星喰いの玉座。


 その名前を聞くだけで、胸の奥が冷たくなる。


 ユノはリゼに聞いた。


「星喰いの玉座って、どこにあるんだ」


 リゼは顔を上げる。


「星喰いの王が最初に星を喰らった場所。そして、今も忘却の中心にある場所」


「地上?」


「地上ではないわ」


 リゼは空を見上げた。


「星と記憶の狭間。世界から奪われた名前が集まる場所。普通の道では辿り着けない」


 ミアが疲れた声で言う。


「また普通じゃない場所……」


 カイも小さく呻いた。


「海の底、森、空、泉の次は、星と記憶の狭間……」


「だんだん意味が分からなくなってきた」


 ミアが言うと、ユノは少し笑った。


 笑う余裕があることに、自分でも驚いた。


 リゼは続けた。


「でも、道はあるはず。星の泉が示した以上、ここから玉座へ繋がる入口が開く」


「今すぐ?」


「いいえ。たぶん、夜を待つ必要がある」


 ユノは空を見た。


 まだ夕方にもなっていない。


 泉の周囲には白い花が揺れ、風は穏やかだった。


 決戦へ向かうには、あまりにも静かな場所だった。


 ミアが言った。


「じゃあ、休もう」


 その言葉に、ユノはすぐ頷いた。


「ああ。休もう」


 ミアが目を丸くする。


「即答した」


 カイも。


「また成長した」


 ユノは肩をすくめた。


「ここで倒れたら意味ないだろ」


 リゼが少しだけ微笑んだ。


「正しいわ」


 四人は泉の外縁に戻り、白い花のそばに腰を下ろした。


 食料は少し残っていた。


 硬いパン。

 干し肉。

 水袋の水。

 ミアが小さな携帯鍋で温めた薄いスープ。


 それだけでも、今の四人には十分だった。


 カイはスープを飲んで、深く息を吐いた。


「生き返る」


 ミアが笑う。


「カイ、本当に食べると戻るよね」


「食べるのは大事だ」


 リゼも少しだけスープを飲み、頷いた。


「確かに。身体が現在に戻る感覚がある」


 ユノもスープを口にした。


 温かさが喉を通り、胃へ落ちる。


 その感覚が、自分がまだ生きていることを教えてくれた。


 王名。

 ルナエル。

 星喰いの王。

 名を呼ぶ者の涙。


 大きすぎるものばかりを抱えていると、自分の身体が遠くなる。


 けれど、温かいものを食べると戻ってくる。


 自分はユノだ。


 まだここにいる。


 ミアが静かに言った。


「最後の戦いって、何をすればいいのかな」


 リゼは少し考えた。


「王名を呼ぶ必要があるかもしれない。でも、ただ呼べば王が完全に目覚める」


「じゃあ呼べないじゃん」


 カイが言う。


「だから、ルナエルを分けたのよ」


 リゼは泉の中央を見た。


「幼き名が王から離れたことで、王名を呼んでもルナエルごと呑まれる危険は少し減った。けれど、王そのものは強くなる」


 ユノは剣の模様に触れる。


「王名を呼んで、王を形にして、それから倒す?」


「おそらく」


 ミアが顔をしかめる。


「すごく危ない」


「ええ」


「ユノが一番危ない」


「ええ」


 ユノは苦笑した。


「そこは否定してほしかった」


 リゼはまっすぐ言った。


「否定しないわ。だから対策を考える」


 彼女は持ち物を並べた。


 星涙石。

 海涙石。

 森の心臓の枝。

 歌真珠。

 記憶灯。

 セフィラの記録板。

 王名の封印。

 星灯りの剣。


「役割を決めましょう」


 ミアが背筋を伸ばす。


「うん」


 リゼはまずミアを見る。


「ミアは記憶灯と歌真珠を守る。ユノが王の記憶に沈みかけたら、ミレイアの歌とルグナの火で現在へ引き戻して」


「分かった」


 ミアは記憶灯を抱きしめた。


「絶対消さない」


 次にカイを見る。


「カイは名前を呼ぶ役。特にユノの名を」


「俺?」


「ええ。あなたはネリオの名を抱えている。名を失う怖さを知っているから、呼ぶ声が強い」


 カイは少し驚き、それから真剣に頷いた。


「分かった。ユノを呼ぶ」


 リゼは自分の銀の輪に触れた。


「私は王名の封印を管理する。必要な瞬間まで絶対に完全には開かない。そしてユノが王名に呑まれそうになったら、銀環契約で引き戻す」


「リゼは危なくないのか」


 ユノが聞くと、リゼは静かに答えた。


「危ないわ」


「なら――」


「でも必要な役目よ」


 ユノは言葉を飲んだ。


 リゼも危険を承知で立っている。


 自分だけが守られる側ではない。


 ミアも、カイも、リゼも、それぞれ危険を背負っている。


 だからこそ、ユノも一人で背負ってはいけない。


「俺は?」


 ユノが聞くと、リゼはまっすぐ見た。


「あなたは、王の名を呼び、星灯りの剣で忘却を斬る」


 ユノは頷いた。


「それで王を倒せるのか」


「分からない」


 リゼは正直に言った。


「でも、ルナエルを分けた今なら、王の空白そのものを斬れる可能性がある」


 カイが不安そうに聞く。


「空白を斬るって、どういうこと?」


 リゼは少し考えた。


「王の中には、奪われた名の空洞がある。その空洞を埋めようとして、彼は名前を喰らい続けている。星灯りの剣で、その空洞と星喰いの力の繋がりを断つ」


「それで終わる?」


「終わるかもしれない。けれど、王という存在も壊れる可能性が高い」


 ミアがルナエルの白い星を見る。


「ルナエルは?」


「泉の星核に分けてあるから、すぐには消えないはず。でも、王が消えれば影響は出る」


 ユノは胸が重くなった。


 救いは完全ではない。


 どの道にも痛みがある。


 でも、それでも選ばなければならない。


 ルナエルの罪を消さない。

 王の忘却を止める。

 奪われた名前を返す。


 そのために、星喰いの玉座へ行く。


 休息を終えると、四人は泉の周囲を調べ始めた。


 玉座への入口を探すためだ。


 白い花の間には、小さな石碑がいくつもあった。


 リゼがそれを読み解く。


「星が沈む時、玉座への水鏡が開く」


「星が沈む時?」


 ミアが聞く。


「夜、一番星が泉の中央に映る瞬間かもしれない」


 カイが空を見る。


「じゃあ夜まで待つんだな」


「ええ」


 ユノは少しだけ安心した。


 まだ時間がある。


 決戦までの時間。


 けれど、それは不安を育てる時間でもある。


 夕暮れが近づくにつれ、泉の光は少しずつ変わっていった。


 昼の空を映していた水面が、だんだん夜色を帯びる。


 中央の白い星――ルナエルの名も、静かに瞬いている。


 ミアはその星を見つめながら言った。


「ルナエル、怖いかな」


「怖いと思う」


 ユノが答える。


「でも、もう一人じゃない」


 カイが言った。


「俺たち、呼べるしな」


 リゼも頷いた。


「ええ。彼が罪から逃げない限り、名は呼べる」


 その言葉は厳しかった。


 でも優しさもあった。


 日が沈む前、ユノは一人で泉の縁に立った。


 水面には自分の顔ではなく、星が映っている。


 その星の中に、ルグナの屋根が見えた気がした。


 父と見た星空。


 ミアと走った路地。


 ガルドの笑い声。


 まだ帰っていない場所。


 ユノは小さく言った。


「父さん」


 返事はない。


 でも、胸の奥に温かさがあった。


 帰りたい。


 その思いは、弱さではない。


 帰るために戦う。


 世界を救うためではなく、自分の名前を持って帰るために。


 その時、背後からリゼが来た。


「ユノ」


「いる」


「何を見ていたの?」


「帰る場所」


 リゼは隣に立った。


「いいことね」


「そうなのか」


「ええ。帰る場所を思い出せる者は、星になりにくい」


 ユノは少し笑った。


「またその警告か」


「大事だから」


 リゼは泉を見つめる。


「私も、帰る場所を考えていた」


「どこ?」


 リゼは少し黙った。


「まだ分からない。でも、千年前ではないと思う」


 ユノは彼女を見た。


「今?」


「ええ。たぶん、今」


 その声は小さかった。


 けれど、確かな変化だった。


 千年前に取り残された魔女が、今を帰る場所にし始めている。


 ユノは嬉しくなった。


「それなら、戻ろう。みんなで」


 リゼは頷いた。


「ええ」


 夜が来た。


 空に一番星が現れる。


 その星が、泉の中央に映った瞬間、水面が大きく揺れた。


 白い星――ルナエルの名が強く光る。


 泉の中央に、黒い水鏡が開いた。


 そこには、巨大な玉座が映っている。


 星の欠片で作られた、黒い王座。


 周囲には奪われた名前が星屑のように漂っている。


 星喰いの玉座。


 リゼが深く息を吸った。


「入口が開いた」


 ミアが記憶灯を掲げる。


「行こう」


 カイが木剣を握る。


「名前、確認してから」


 ユノは頷いた。


「ユノ」


「ミア」


「リゼ」


「カイ」


 四つの名前が響く。


 泉の中央の白い星が一度だけ瞬いた。


 まるで、ルナエルもそこにいると告げるように。


 ユノは水鏡の前に立った。


 怖い。


 でも、もう逃げない。


「行くぞ」


 ミア、リゼ、カイが頷いた。


 四人は星の泉の水鏡へ足を踏み入れた。


 冷たい水の感触。


 次の瞬間、世界が反転する。


 星の泉の音が遠ざかり、黒い玉座の気配が近づく。


 名前を喰らう王が待つ場所へ。


 ユノたちは、最後の戦いへ向かった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、星の泉を離れる前に、最後の戦いへ向かう準備をしました。


 ミアは記憶灯と歌真珠。

 カイはユノの名前を呼ぶ役。

 リゼは王名の封印。

 ユノは星灯りの剣で忘却を斬る役。


 それぞれの役目を確認し、夜、星の泉に玉座への入口が開きます。


 次のページは『名前を喰らう王』です。

 ユノたちは星喰いの玉座で、ついに王と対峙します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ