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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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星の泉を探して

希望は、いつも分かりやすい形で現れるわけではありません。


 古い記録の中に。

 誰かの涙の奥に。

 消えたと思われていた場所の名前に。


 黒翼の祭壇でセレノと向き合ったユノたちは、新たな手がかりを得ました。


 星の泉。


 そこに幼き名を沈めれば、ルナエルと星喰いの王を分ける道が開くかもしれない。


 このページでは、ユノたちが“星の泉”を探す旅へ踏み出します。

灰の王都を出る頃、夜明けが近づいていた。


 空はまだ暗い。


 けれど、東の端だけが少しずつ白み始めている。


 焼けた城壁の上を灰色の風が流れ、崩れた塔の影が長く伸びていた。


 ユノたちは無言で歩いていた。


 誰もすぐには話せなかった。


 黒翼の祭壇で起きたことが、まだ胸の中に残っていたからだ。


 セレノ。


 忘却を救いだと信じていた騎士。


 けれど、リゼに名前を呼ばれた時、ほんの一瞬だけ戻った。


 ――私は、セレノ。


 あの声は、まだユノの耳に残っている。


 完全に味方になったわけではない。


 救われたわけでもない。


 けれど、セレノは王の影に完全には呑まれなかった。


 それだけでも、意味がある。


 リゼはずっと黙っていた。


 手には、封印布で包まれた王名の記録。


 星冠の欠片と誓約書。


 アスト。

 レギア。


 その二つは、決して繋げて呼んではいけない。


 今はまだ。


 ミアは記憶灯を抱え、何度もユノの顔を見ていた。


 カイは木剣を背負い直しながら、時々灰の王都を振り返る。


 ユノは胸元に手を当てた。


 王名が揃った。


 けれど、すぐに呼ぶのではなく、別の道が示された。


 星の泉。


 そこに幼き名を沈めれば、ルナエルと星喰いの王を分ける道が開くかもしれない。


 それは希望だった。


 けれど、同時にまた新しい危険でもある。


「星の泉って、どこにあるんだ?」


 カイがようやく口を開いた。


 リゼは少し間を置いて答えた。


「伝承では、魔女たちが最初に星と契約した場所。星涙石の源とも言われている」


「エルディアとは違うの?」


 ミアが聞く。


「エルディアは星を読む森。星の泉は、星の名を映す水」


 リゼは空を見上げた。


「けれど、千年前の時点ですでに場所は失われていた。地図にも残っていない」


 ユノは眉を寄せた。


「じゃあ、どう探す?」


 リゼは封印布とは別に、セフィラの記録板を取り出した。


「初代星詠みセフィラなら、何か残しているかもしれない」


 記録板は、灰の朝の中で淡く光っていた。


 リゼが魔力を流すと、表面に古い文字が浮かび上がる。


 だが、文字はすぐに霞んだ。


「反応が弱い」


「王名の近くじゃないと駄目なのか?」


「いいえ。たぶん、星の泉に関する部分が封じられている」


 ミアが覗き込む。


「封じられてるってことは、重要ってことだよね」


「ええ」


 リゼは考え込んだ。


「泉の場所を隠したのは、セフィラ自身かもしれない。星の泉は、名を分ける力を持つ場所。悪用されれば危険だから」


 ユノは少しだけ頷いた。


 名を分ける。


 ルナエルと星喰いの王を分けるかもしれない力。


 もしそれが本当なら、星喰いを止めるための大きな鍵になる。


 でも、逆に言えば、名前を壊す力にもなり得る。


 だから隠された。


 朝日が昇る頃、四人は灰の王都から少し離れた丘に辿り着いた。


 そこには、以前使った野営跡が残っていた。


 灰の王都へ入る前に休んだ場所。


 ユノはそこで一度荷物を下ろした。


「少し休もう」


 ミアが驚いた顔をする。


「ユノが自分から休もうって言った」


 カイも目を丸くした。


「成長してる」


 リゼも静かに頷く。


「良い判断ね」


「毎回驚かれるの、複雑なんだけど」


 ユノが言うと、ミアは小さく笑った。


 その笑いは疲れていたが、ちゃんと生きている笑いだった。


 野営の準備をしながら、四人は改めて持ち物を確認した。


 星涙石。

 海涙石。

 森の心臓の枝。

 歌真珠。

 ルグナの記憶灯。

 セフィラの記録板。

 星冠の欠片。

 誓約書。


 どれも重い意味を持つものばかりだった。


 ミアは記憶灯の火を見つめた。


「この火、最初はルグナの記憶を守るだけだったのに、今はいろんなものを繋いでるね」


 ユノは頷いた。


「ミアが守ってきたからだ」


「私だけじゃないよ」


「でも、ミアが持ってる」


 ミアは少し照れたように目を逸らした。


「じゃあ、落とさないようにする」


 カイは森の心臓の枝を見ていた。


「この枝、まだ光ってる」


 リゼが答える。


「エルディアが生きている証拠よ」


「ソラ、ちゃんと戻ってるかな」


「ナギが呼び続けているわ」


 カイは小さく頷いた。


「なら大丈夫そう」


 その言葉には、少し羨ましさも混ざっていた。


 ユノはカイの隣に座る。


「ネリオも呼ぼう」


 カイは顔を上げた。


「今?」


「ああ」


 ユノは静かに言った。


「ネリオ」


 ミアも続ける。


「ネリオ」


 リゼも。


「ネリオ」


 カイは少し遅れて、深く息を吸った。


「ネリオ」


 朝の風の中で、その名前は小さく響いた。


 すぐに何かが戻るわけではない。


 景色が現れるわけでもない。


 けれど、カイの目に少しだけ光が戻った。


「ありがとう」


 カイはそう言って、木剣を抱えた。


 休息の間、リゼはセフィラの記録板を何度も調べた。


 ユノは隣で見守る。


 記録板には、時々文字が浮かぶ。


 だが星の泉に関する部分になると、白く霞んでしまう。


 リゼは眉を寄せた。


「鍵が足りない」


「何の鍵?」


「星の泉の場所を示すには、泉に関わる名が必要なのかもしれない」


「泉に関わる名……セフィラ?」


 ユノが言うと、記録板は少しだけ光った。


 しかし、文字は開かない。


 ミアが考える。


「セフィラだけじゃ足りないなら、ルナエル?」


 その名を口にした瞬間、記録板が強く震えた。


 ユノの胸も反応する。


 リゼがすぐに言った。


「慎重に」


 ユノは深く息を吸った。


「ルナエル」


 幼き名を、静かに呼ぶ。


 記録板に光が走った。


 白く霞んでいた文字の一部が見える。


 リゼが読み上げた。


「星の泉は、名を奪われた者の涙では開かず、名を呼ぶ者の涙で開く」


 ミアが首を傾げる。


「涙?」


 リゼは続けて読もうとしたが、また文字が霞む。


「ここまでね」


 ユノは考えた。


 名を奪われた者の涙ではなく、名を呼ぶ者の涙。


 それはどういう意味なのか。


 ルナエルの涙では開かない。


 彼を呼ぶ者の涙が必要。


 セフィラの涙か。


 それとも、これから彼の名を呼ぶユノたちの涙なのか。


 カイが言った。


「泣けばいいの?」


 ミアが小さく突っ込む。


「泣こうと思って泣けるものじゃないよ」


 リゼは記録板を見つめる。


「涙そのものというより、名を呼ぶ者がその名の痛みを本当に受け止めることを意味しているのかもしれない」


 ユノはルナエルの姿を思い出した。


 塔の上で泣いていた少年。

 王座の前で震えていた子ども。

 誓約書に名を奪われた王子。


 彼をただかわいそうだと思うだけでは足りない。


 彼の罪も、痛みも、全部見なければならない。


 その上で、名前を呼ぶ。


 それができるかどうか。


 ユノは胸が重くなった。


 その時、記録板が再び光った。


 今度は文字ではなく、映像が浮かんだ。


 古い泉。


 夜空を映す水面。


 周囲には白い花が咲いている。


 泉の中央には、星のような光が沈んでいた。


 そして泉のそばに、セフィラが立っていた。


 彼女は泣いていた。


 その腕には、幼いルナエルが眠っている。


 いや、これは現実ではなく、願いの記録なのかもしれない。


 セフィラは泉へ向かって言った。


『いつか、あの子の名を正しく呼ぶ者が現れますように』


 彼女の涙が泉へ落ちる。


 水面に星が広がった。


 映像はそこで消えた。


 ミアが息を呑む。


「今の場所……」


 リゼは目を閉じ、記録の残響を辿っているようだった。


「白い花。夜空を映す泉。周囲に星涙石の原石……」


 ユノは聞いた。


「場所、分かるか?」


「完全には。でも手がかりはある」


 リゼは地図を広げた。


「星涙石の原石が自然に生まれる場所は限られている。ルグナの鉱山、エルディアの森、そして……」


 彼女の指が地図の北東を指した。


「忘れられた高原、シエラ」


「シエラ?」


 ミアが聞く。


「昔、魔女たちが星を祭った高原。今は誰も住んでいないはず」


「そこに星の泉が?」


「可能性があるわ」


 カイが地図を覗き込む。


「ここ、灰の王都から遠い?」


「少し遠い。でも行ける距離よ」


 ユノは頷いた。


「次はシエラ高原だな」


 ミアは深く息を吐いた。


「また新しい場所……でも、今回はちょっと希望っぽいね」


「油断はできない」


 リゼが言うと、ミアは頷いた。


「分かってる。でも、希望って思いたい」


 ユノも同じだった。


 ルナエルと星喰いの王を分ける道。


 もし本当にそれがあるなら、斬るだけではない選択が生まれる。


 けれど、それは簡単な救いではないだろう。


 名を呼んだ相手を斬れるか。


 その問いが消えたわけではない。


 ただ、斬る前にできることが一つ増えた。


 それだけでも、進む理由になる。


 昼過ぎ、四人はシエラ高原へ向けて出発した。


 灰の王都を背に、北東へ伸びる古い道を進む。


 道は荒れていた。


 草に埋もれ、石畳は割れ、ところどころに古い標識が倒れている。


 標識には、ほとんど読めない文字でこう書かれていた。


 ――星見の巡礼路。


 リゼが言った。


「昔、星の泉へ向かう巡礼者が使った道かもしれない」


「じゃあ合ってるんだ」


 カイが少し元気を出す。


「ええ。少なくとも、方向は間違っていない」


 道中、ユノは何度も胸の奥の王名を感じた。


 アスト。

 レギア。


 二つは今も封じられている。


 だが、灰の王都を離れるにつれ、その圧力は少し弱まった。


 代わりに、ルナエルの幼き名が静かに残っている。


 泣いていた少年。


 止めてほしいと言った少年。


 ユノは心の中で彼に言った。


 星の泉を探す。

 君と王を分ける方法を探す。

 でも、もしそれでも止められないなら――。


 その先は、まだ言葉にできなかった。


 夕方、四人は古い巡礼小屋を見つけた。


 屋根は半分崩れていたが、壁は残っている。


 そこで夜を越すことにした。


 ミアは小屋の中に簡単な灯りを作り、記憶灯を中央に置いた。


 柔らかな銀火が小屋を照らす。


 カイは外から枯れ枝を集め、ユノは水を汲みに行った。


 リゼは入口に簡単な結界を張る。


 久しぶりに、旅らしい夜だった。


 怖い場所ではなく、ただ疲れた身体を休めるための夜。


 食事は簡単な干し肉とパンだったが、ミアは「温めればごちそう」と言って、火で少し炙った。


 カイはそれを嬉しそうに食べる。


「うまい」


「カイは何でも美味しそうに食べるね」


「食べられる時に食べる。旅で学んだ」


 ユノは笑った。


 リゼも少しだけ口元を緩めた。


 夜が深まると、外では風が草を揺らした。


 星が少しだけ見えている。


 灰の王都よりも、星は多かった。


 ユノは小屋の外に出て、空を見上げた。


 星を見るたび、父のことを思い出す。


 ルグナの屋根。

 父と見た夜。


 そして、ルナエルも星を見ていた。


 名前を呼んでほしくて、星に願った。


 同じ星を見ていたのに、願いは違う。


 ユノは小さく言った。


「ルナエル」


 すぐに背後から声がした。


「ユノ」


 リゼだった。


 ユノは振り返る。


「聞こえたか」


「ええ」


「危なかった?」


「今のは大丈夫。でも、一人で呼ばないで」


「ごめん」


 リゼは隣に立ち、空を見上げた。


「星の泉へ行けば、何かが変わるかもしれない」


「ああ」


「でも、変わらないかもしれない」


「分かってる」


「それでも行くのね」


「行く」


 ユノは星を見たまま言った。


「斬るだけじゃない道があるなら、見たい」


 リゼは静かに頷いた。


「私も」


 少しの沈黙。


 それからリゼが言った。


「セレノも、星の泉を知っているかもしれない」


「来ると思うか?」


「ええ。彼は忘却を望んでいる。でも、今日の祭壇で少し揺らいだ」


「リゼが名前を呼んだから」


 リゼは目を伏せた。


「届いたかどうかは分からない」


「届いたと思う」


「なぜ?」


「セレノは、自分の名前を言った」


 リゼは何も言わなかった。


 けれど、その横顔は少しだけ泣きそうだった。


 ユノは静かに呼ぶ。


「リゼ」


「いるわ」


「セレノも、まだ完全には消えてない」


「ええ」


 リゼは夜空を見上げたまま答えた。


「だから、止める」


 その声は、強かった。


 小屋へ戻ると、ミアとカイはうとうとしていた。


 ミアは歌真珠を握ったまま眠りかけ、カイは木剣を抱えている。


 ユノとリゼも中に入り、火のそばに座った。


 眠る前、四人は名前を確認した。


「ユノ」


「ミア」


「リゼ」


「カイ」


 それから、カイが小さく追加した。


「ネリオ」


 ユノも続ける。


「ネリオ」


 ミアも。


「ネリオ」


 リゼも。


「ネリオ」


 銀火が揺れた。


 遠くの空で、星がひとつ瞬いた。


 星の泉を探す旅が始まった。


 その場所が本当にあるのかは分からない。


 けれど、ユノたちは進む。


 ルナエルと星喰いの王を分けるために。


 セレノを忘却から引き戻すために。


 消えた名前を、これ以上増やさないために。


 夜の巡礼小屋で、四つの名前は小さな灯りのように残っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、新たな目的地“星の泉”を探し始めました。


 星の泉は、名を分ける力を持つ場所。

 そこにルナエルの幼き名を沈めれば、星喰いの王とルナエルを分けられるかもしれません。


 セフィラの記録から、忘れられた高原シエラが手がかりとして浮かび上がりました。


 次のページは『シエラ高原の巡礼路』です。

 ユノたちは星の泉へ向かう古い巡礼路を進みます。

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