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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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地下誓約堂

誓いは、守るために交わすもの。


 けれど時に、誓いは人を縛る鎖になります。


 灰の王都へ戻ったユノたちは、王名の残り半分を探すため、地下誓約堂へ向かいます。


 そこに眠るのは、ルナエルが王として国に捧げさせられた言葉。


 星冠に残っていた“アスト”に続く、もう一つの命令でした。

灰の王都は、前に来た時よりも静かだった。


 馬車は王都の手前で止まった。


 御者のバルドは、それ以上は行かないと言った。


「悪いが、ここまでだ。馬が嫌がってる」


 実際、馬は何度も首を振り、灰色の道へ進むことを拒んでいた。


 ユノたちは馬車を降りた。


 目の前には、焼けた王都が広がっている。


 灰色の城壁。

 崩れた塔。

 煤けた石畳。

 空を舞う黒い灰。


 かつて歩いた場所。


 けれど、また戻ってくると、胸の奥が重くなった。


 ミアは記憶灯を抱え、顔をこわばらせている。


「やっぱり……ここ、嫌な感じがする」


 カイも木剣を握る。


「前より静かだな」


 リゼは城門を見つめたまま、何も言わなかった。


 ユノは彼女の横顔を見る。


「リゼ」


「いるわ」


「無理するなよ」


 リゼは少しだけ目を伏せた。


「無理はする。でも、一人では抱えない」


「ならいい」


 彼女は小さく頷いた。


 王都へ入ると、灰が足元で音もなく崩れた。


 以前は灰騎士たちの残響が多く残っていた。


 名を奪われた騎士たち。

 王に従い続けた影。

 黒翼騎士団の記憶。


 だが今は、それらの多くが静まっている。


 ユノたちが名前を呼んだからだ。


 完全に救われたわけではない。


 けれど、ただの怨嗟ではなくなっていた。


 道の端で、灰の影が一礼したように見えた。


 ユノは小さく頭を下げる。


 リゼが言った。


「地下誓約堂は王城の下にあるはず」


「王城……」


 ミアが不安そうに呟く。


 あの場所には、アーヴェル王の記憶が残っていた。


 そしてセレノの影も濃かった。


 ユノは胸元に手を当てた。


 封印された星冠の欠片。


 王名の半分。


 アスト。


 王都へ入ってから、その響きがまた強くなっている。


 ここは王名に近い場所なのだろう。


 リゼがすぐに気づいた。


「響いている?」


「ああ。少し」


「名前を確認しましょう」


 ユノは頷いた。


「ユノ」


「ミア」


「リゼ」


「カイ」


 四つの名前が灰の街に響く。


 灰が少しだけ舞い上がり、すぐに落ちた。


 王城へ続く大通りは、以前よりも歩きやすくなっていた。


 瓦礫の一部が崩れ、道が開いている。


 まるで王都そのものが、彼らを地下へ導いているようだった。


 カイが小さく言う。


「これ、誘われてる感じがしない?」


「する」


 ミアが即答した。


「でも、行くしかないんだよね」


 リゼが頷く。


「ええ。地下誓約堂には、王名の残りがある」


 王城の門は開いていた。


 中庭には黒い灰が積もり、噴水は枯れている。


 以前見た玉座の間へ向かう階段ではなく、リゼは城の東側へ進んだ。


「こっちよ」


「知ってるのか?」


 ユノが聞くと、リゼは答えた。


「千年前、王城には一度だけ来たことがある。姉様に連れられて」


 少しだけ声が揺れた。


「でも、地下誓約堂には入れてもらえなかった。王族と誓約官だけの場所だったから」


 ミアが聞く。


「誓約官?」


「王と国の誓いを記録する者。魔女ではなく、人間の役職よ」


 王城の東側には、崩れた礼拝堂があった。


 祭壇は割れ、天井の一部が落ちている。


 だが、その奥に地下へ続く階段があった。


 階段の入口には、古い文字が刻まれていた。


 リゼが読む。


「ここより下、名を国に捧げし王のみ入る」


 ユノの胸が冷える。


 名を国に捧げし王。


 それはルナエルのことだ。


 ミアが記憶灯を掲げた。


「降りる?」


 ユノは頷いた。


「降りよう」


 地下へ続く階段は長かった。


 壁は冷たく湿っている。


 灰の王都の地下なのに、火の匂いではなく、古い紙と石の匂いがした。


 階段を降りるほど、ユノの胸の中でアストが震える。


 王であれ。

 器であれ。

 個を捨てよ。


 その命令に、別の響きが近づこうとしている。


 まだ聞こえない。


 でも、そこにある。


 王名の残り半分。


 リゼが言った。


「ユノ、近いわ。気をつけて」


「分かってる」


 カイがすぐに言う。


「ユノ」


「いる」


 ミアも。


「ユノ」


「いる」


 リゼも。


「ユノ」


「いる」


 階段の底に、黒い扉があった。


 扉には王冠と鎖の紋章が刻まれている。


 その中央には、手を置くための窪みがあった。


 リゼが眉を寄せる。


「血誓の扉……」


「血?」


 ミアが嫌そうに聞く。


「本来は王族の血で開く扉。でも、今は別の方法を探す」


 ユノは扉を見た。


 扉にはかすかに文字が浮かんでいる。


 ――王名を示せ。


 リゼが息を呑む。


「駄目。王名を繋げてはいけない」


「でも、半分しかない」


 ユノは言った。


「半分だけなら?」


「危険よ」


「でも扉を開けなきゃ進めない」


 リゼは唇を噛んだ。


 ミアが記憶灯を掲げる。


「王名じゃなくて、幼き名じゃ駄目なの?」


 その言葉に、扉がわずかに震えた。


 ユノは胸の奥でルナエルの名を感じた。


 リゼが目を見開く。


「試す価値はあるわ」


 ユノは扉の前に立った。


 深く息を吸う。


 幼き名。


 命令ではない名前。


 縛るためではなく、戻すための名。


 ユノは静かに言った。


「ルナエル」


 扉が強く震えた。


 黒い鎖の紋章にひびが入る。


 だが、開かない。


 代わりに、低い声が響いた。


『その名は、ここでは封じられた』


 扉の表面に、幼いルナエルの影が映る。


 彼は泣いていた。


 そして、誰かがその口を塞いでいる。


 ユノは拳を握った。


「ここで名前を封じられたのか」


 リゼが言う。


「戴冠の前後に、誓約書へ署名させられたのでしょうね。幼き名を国へ捧げる誓約を」


 ミアが怒った声で言った。


「そんなの誓いじゃないよ。無理やりじゃん」


 その時、カイが扉を見つめながら言った。


「名前を捧げた王だけが入れるなら、逆に名前を返すって言えば?」


 全員がカイを見た。


「え、変なこと言った?」


 リゼは考え込む。


「いいえ。正しいかもしれない」


 ユノは扉に手を当てた。


「俺たちは王名を示すために来たんじゃない。捧げられた名前を返すために来た」


 扉の紋章がまた震える。


 ユノは続けた。


「ルナエルの名を返す」


 ミアも言った。


「奪われた名前を返す」


 カイも。


「無理やり捧げさせられた名前を返す」


 リゼが最後に言う。


「誓約は破棄されるべきよ。本人の意志なき誓いは、呪いでしかない」


 その瞬間、黒い扉が開いた。


 中から冷たい風が吹いた。


 地下誓約堂。


 そこは、広い円形の空間だった。


 壁一面に誓約書が並んでいる。


 羊皮紙。

 石板。

 水晶板。

 金属板。


 王国の歴代の誓いが、そこに保管されていた。


 中央には黒い祭壇がある。


 その上に、一枚の大きな誓約書が浮かんでいた。


 鎖で縛られ、黒い封蝋で封じられている。


 リゼが低く言った。


「あれね」


 ユノの胸が激しく震えた。


 星冠の欠片が反応している。


 王名の半分が、もう半分を求めている。


 リゼが封印布を強く押さえる。


「近づけすぎないで」


 ユノたちは祭壇へ向かった。


 誓約堂の壁から、囁きが聞こえる。


 ――王は国である。

 ――王は民である。

 ――王は個を持たぬ。

 ――王は名を捧げる。

 ――王は空である。


 ミアが耳を塞ぎたそうにする。


「気持ち悪い……」


 カイも顔をしかめる。


「こんなのずっと聞いてたら、おかしくなる」


 リゼは厳しい表情だった。


「ルナエルは、これを聞かされ続けたのかもしれない」


 祭壇の前に立つと、誓約書が開いた。


 そこには古い文字が書かれている。


 リゼが読み始めた。


「我、星冠を戴く者は、幼き名を国へ捧げる。我、個を捨て、王となる。我、心を捨て、器となる。我、星を背負い、空白を満たす」


 ユノの胸が苦しくなる。


 これは誓いではない。


 人間を壊す文章だ。


 リゼの声が震えた。


「王名、前半……アスト」


 封印布が震える。


 そして誓約書の下半分が黒く光った。


 リゼは歯を食いしばりながら読む。


「後半……レギア」


 その瞬間、地下誓約堂が激しく揺れた。


 ユノの頭に響きが流れ込む。


 アスト。

 レギア。


 王名の二つの半分。


 繋がってはいけない。


 しかし、誓約書と星冠の欠片が互いを呼び合う。


 ユノは膝をついた。


「ユノ!」


 ミアが叫ぶ。


 カイも。


「ユノ!」


 リゼは封印布と誓約書の間に立ち、魔法で二つを分断しようとする。


「繋げないで!」


 ユノは歯を食いしばった。


 頭の中に命令が響く。


 王であれ。

 国であれ。

 器であれ。

 星を背負え。

 空白を満たせ。

 個を捨てよ。


 それが王名。


 アスト・レギア。


 ユノの口が勝手に動きそうになる。


 言ってはいけない。


 完全な王名を音にしてはいけない。


 ミアの歌真珠が鳴る。


 リゼの銀環が光る。


 カイがユノの肩を掴む。


「ユノ! お前は王じゃない!」


 その言葉が胸に刺さった。


 そうだ。


 自分は王ではない。


 器でもない。


 空白でもない。


「俺は……ユノ……!」


 ユノは星灯りの剣を床に突き立てた。


 銀の光が広がり、誓約堂の囁きを裂く。


 誓約書の鎖が震える。


 そこから、幼いルナエルの声が聞こえた。


「僕は……誓ってない」


 小さな声。


 でも、はっきりしていた。


「言わされたんだ」


 ミアが泣きそうな顔で言った。


「そうだよ。こんなの誓いじゃない」


 カイも叫んだ。


「無効だ!」


 リゼが強く言った。


「本人の意志なき誓約は、呪いである。魔女リゼの名において、この誓約の正当性を否定する」


 誓約書の鎖にひびが入る。


 ユノは剣を握り直した。


「ルナエル」


 その名を呼ぶ。


 王名ではなく、幼き名を。


「君は誓ってない。捧げてない。奪われたんだ」


 誓約書が震える。


 幼いルナエルの影が祭壇の上に現れる。


 彼は泣いていた。


「でも、僕は王になった」


「なったんじゃない。されたんだ」


「でも、星を喰べた」


「それは止める」


 ユノはまっすぐ言った。


「君の痛みは否定しない。でも、罪も消さない。だから止める。そのために、君の名を呼ぶ」


 ルナエルはユノを見つめた。


「僕は、まだ僕でいていいの?」


 ユノは頷いた。


「いい」


 リゼも言った。


「あなたは王名だけではない」


 ミアも。


「ルナエルはルナエルだよ」


 カイも。


「勝手に奪われた名前なら、返していい」


 ルナエルの影が光る。


 誓約書を縛っていた鎖が砕けた。


 その瞬間、地下誓約堂の奥から巨大な影が噴き出した。


 星喰いの王の影。


『誓約を破るな』


 低い声が響く。


 ユノは剣を構える。


「破る。こんな誓いは呪いだ」


『王は国である』


「王も一人の人間だ」


『王は器である』


「器じゃない。ルナエルだ」


『王は空白である』


「違う!」


 ユノは叫んだ。


「空白にされたんだ!」


 星灯りの剣が強く光る。


 リゼが魔法で誓約書を封じる。


 ミアが記憶灯を掲げる。


 カイが木剣を胸の前に構え、震えながらも立っている。


 四つの光が重なった。


 王の影が少し後退する。


 だが、完全には消えない。


『王名を知ったな』


 影は言う。


『ならば、やがて呼ぶことになる』


 ユノは答えない。


『呼べば、王は目覚める』


 リゼが叫ぶ。


「今は呼ばない!」


『だが名は完成した』


 王の影が笑う。


『鍵よ。お前の中にも、もう道はできた』


 ユノの胸が痛む。


 確かに、王名は完成した。


 アスト・レギア。


 口には出さない。


 でも、知ってしまった。


 王を縛った命令。


 星喰いの王へ至る鎖。


 王の影は黒い灰となって散った。


 地下誓約堂には、静寂が戻る。


 祭壇の上には、鎖の砕けた誓約書が残っていた。


 リゼは慎重にそれを封印布へ包む。


「これで王名の両半分が揃った」


 ミアが不安そうに聞く。


「揃っちゃったんだね」


「ええ。でもまだ呼ばない。絶対に」


 カイがユノを見る。


「ユノ、大丈夫か?」


 ユノは深く息を吸った。


「大丈夫じゃない。でも、いる」


 ミアがすぐに名前を呼ぶ。


「ユノ」


 リゼも。


「ユノ」


 カイも。


「ユノ」


 ユノは答えた。


「いる」


 その時、誓約堂の壁に新しい文字が浮かんだ。


 リゼが読んだ。


「王名を知る者よ、次は黒翼の祭壇へ。そこで名を呼ぶか、封じるかを選べ」


「黒翼の祭壇……」


 ユノは呟いた。


 セレノの気配がした。


 黒翼。


 それは彼の騎士団の名でもある。


 リゼの表情が硬くなる。


「次は、セレノが待っているのでしょうね」


 ユノは頷いた。


 王名が揃った。


 だが、終わりではない。


 むしろここからが本当の危険なのだろう。


 名を呼ぶか。

 封じるか。

 それとも、別の道を探すか。


 ユノは誓約書が包まれた封印布を見た。


 王名を知ったことで、ルナエルに近づいた。


 同時に、星喰いの王にも近づいた。


 ユノは自分の名前を呼んだ。


「ユノ」


 仲間たちが続く。


「ミア」


「リゼ」


「カイ」


 地下誓約堂の冷たい空気の中で、四つの名前だけが温かかった。


 そしてユノたちは、王名を抱えて、灰の王都の地下から戻る道へ歩き出した。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、灰の王都の地下誓約堂へ辿り着きました。


 誓約書に刻まれていた王名の残り半分は、“レギア”。


 星冠に残された“アスト”と合わせることで、王名は完成しました。


 アスト・レギア。


 それは名前ではなく、ルナエルを王として縛った命令でした。


 けれどユノたちは、その誓約が本人の意志によるものではなく、呪いであると否定しました。


 次のページは『黒翼の祭壇』です。

 王名を抱えたユノたちは、セレノが待つ場所へ向かいます。

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