表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
47/128

落ちた王座

王座とは、本来、地上にあるものです。


 けれど、その王座は空に落ちていました。


 星舟の墓場で“空白の帆”を越えたユノたちは、星冠が眠る場所――落ちた王座へ向かいます。


 そこに残されていたのは、ルナエルを王にした儀式の残響。


 そして、王名の半分でした。

空白の帆を離れても、問いの余韻はユノの胸に残っていた。


 ――あなたは、名を呼んだ相手を斬れますか。


 答えはまだ出ていない。


 分からない。


 それが今のユノの本音だった。


 けれど、分からないまま進むしかなかった。


 ルナエルは言った。


 星冠を探して、と。


 僕を王にしたもの。

 王名の半分が残っているもの。


 ユノたちは星舟の墓場のさらに奥へ進んだ。


 足元の星屑の道は細くなり、周囲の船の残骸は少なくなっていく。


 代わりに、空そのものが近くなったように感じた。


 上も下もない。


 右も左も分からない。


 ただ、遠くに壊れた玉座の影が浮かんでいる。


 石でできた王座。


 それが空中に傾いたまま漂っていた。


 背もたれは割れ、肘掛けは片方だけ失われている。


 それでも、そこには王のために作られたもの特有の威圧感があった。


 ミアが小さく言った。


「空に王座って……変な感じ」


 カイが木剣を握る。


「落ちたっていうより、捨てられたみたいだ」


 リゼは険しい顔で頷いた。


「戴冠の儀に使われた王座の記憶が、星舟の墓場に流れ着いたのかもしれない」


 ユノは胸元を押さえた。


 星涙石が震えている。

 海涙石も、森の心臓の枝も、セフィラの記録板も反応していた。


 間違いない。


 あそこに星冠がある。


 落ちた王座へ近づくにつれ、空気が重くなった。


 空なのに、地の底へ沈んでいくようだった。


 ミアが息を呑む。


「名前、確認しよう」


 ユノは頷いた。


「ユノ」


「ミア」


「リゼ」


「カイ」


 四つの名前が響く。


 王座が少し揺れた。


 近づくと、王座の座面にひとつの冠が置かれていた。


 星冠。


 銀色の輪に、黒く焦げた星の飾りがついている。


 本来なら美しいものだったのだろう。


 けれど今は、祝福ではなく呪いの道具に見えた。


 リゼが低く言う。


「触れないで」


「分かってる」


 ユノは星灯りの剣を呼び出した。


 その瞬間、星冠が震えた。


 王座の周囲に、半透明の人影が現れる。


 神官たち。


 王族たち。


 兵士たち。


 そして、幼いルナエル。


 彼は白い衣を着せられ、王座の前に立っていた。


 顔は青ざめている。


 唇が震えている。


「僕は……ルナエル……」


 彼は何度も呟いていた。


 忘れないように。


 自分が自分であることを失わないように。


 だが、神官たちはその声を無視した。


「王となる者に、幼き名は不要」


「個を捨てよ」


「国を宿せ」


「器となれ」


 ユノの胸に怒りが込み上げる。


 ミアは泣きそうな顔だった。


 カイは拳を握っている。


 リゼは静かに、けれど冷たい怒りを瞳に宿していた。


 神官長が星冠を掲げる。


 その瞬間、星冠から黒い光が滲んだ。


 誰も気づかない。


 いや、気づいても見なかったのかもしれない。


 ルナエルだけが、それを見て震えた。


「嫌だ……」


 神官長は言った。


「王名を授ける」


 星冠がルナエルの頭に置かれる。


 その瞬間、ユノの頭に激しい痛みが走った。


 王名の半分が流れ込んでくる。


 音ではない。


 命令だった。


 ――アスト。


 短い響き。


 けれど、その中には無数の意味が詰め込まれていた。


 星を背負え。

 国を背負え。

 個を捨てよ。

 空白となれ。

 王であれ。


 ユノは膝をついた。


「ユノ!」


 ミアが叫ぶ。


 リゼがすぐに肩を掴む。


「繋げないで!」


 ルナエル。

 アスト。


 二つが近づく。


 幼き名と王名の半分。


 ユノの中で、名前と命令が絡まり合おうとする。


 ユノは歯を食いしばった。


「俺は……ユノ……!」


 カイが叫ぶ。


「ユノ! 戻れ!」


 ミアの歌真珠が鳴った。


 リゼの銀の輪が強く光る。


 ユノはその声にしがみついた。


 王座の記憶は続いている。


 星冠を被せられたルナエルの瞳から、光が消えていく。


 彼はもう泣いていない。


 泣くことすら、許されなくなっていた。


 神官長が跪く。


「星冠の主、アスト――」


 続きは聞こえなかった。


 星冠が黒く割れ、記憶が乱れたからだ。


 リゼが叫ぶ。


「王名の残りは、まだ封じられている!」


 星冠の飾りから、黒い影が噴き出す。


 それは王の形になった。


 星喰いの王。


 顔のない影。


 だが、その影の奥で幼いルナエルが泣いているのが見えた。


『王名を盗むな』


 低い声が響く。


 ユノは立ち上がろうとする。


 足が震える。


 それでも剣を構えた。


「盗むんじゃない。返すために知るんだ」


『名は返らない』


「決めるな」


『私は名を求めた。だが満たされなかった。ならば、世界の名すべてを喰らうまで』


「それでも満たされない」


 ユノは言った。


 王の影が止まる。


「どれだけ誰かの名前を喰らっても、ルナエルの名前は戻らない」


『黙れ』


「戻したいなら、奪うんじゃなくて呼ばなきゃいけない」


『黙れ!』


 王の影がユノへ襲いかかる。


 ユノは星灯りの剣で受け止めた。


 重い。


 腕が折れそうだった。


 影から無数の声が流れ込む。


 奪われた星の名。

 消えた村の名。

 忘れられた人々の名。


 ユノの中がいっぱいになる。


 自分の名前が押し流されそうになる。


 その時、ミアが叫んだ。


「ユノ!」


 カイも。


「ユノ!」


 リゼも。


「ユノ、あなたはユノ!」


 三つの声が、ユノを支える。


 ユノは剣を握り直した。


「俺はユノ!」


 銀の刃が強く輝き、王の影を押し返す。


 リゼが星冠へ魔法を放った。


 銀の鎖が星冠を縛り、黒い影を一瞬止める。


「今よ!」


 ユノは王座へ駆けた。


 星冠に星灯りの剣を近づける。


 斬るのではない。


 忘却だけを切り離す。


 そう意識して、刃を振った。


 星冠を覆っていた黒い膜が裂ける。


 その奥に、ひとつの欠片があった。


 焦げた星の飾り。


 王名の半分を宿した欠片。


 リゼがそれを受け止め、急いで封印の布に包む。


「取れた!」


 王の影が叫んだ。


『返せ!』


 空全体が震える。


 落ちた王座が崩れ始めた。


 ミアが叫ぶ。


「ここ、壊れる!」


 カイがユノの腕を掴む。


「逃げよう!」


 ユノは一瞬、王座を見た。


 そこに、幼いルナエルが立っていた。


 彼は泣いていなかった。


 ただ、ユノを見ていた。


「アストは、僕の名前じゃない」


 小さな声。


「僕を縛った鎖」


 ユノは頷いた。


「分かった」


「でも、鎖を知らないと外せない」


「ああ」


「お願い。続きも見つけて」


「見つける」


 ルナエルは少しだけ笑った。


「ユノ」


 名前を呼ばれた。


 ユノの胸が温かくなる。


 次の瞬間、ルナエルの姿は星屑になって消えた。


 リゼが叫ぶ。


「ユノ!」


 ユノは走った。


 崩れ落ちる王座から、四人は星屑の道へ飛び移る。


 背後で落ちた王座が砕けた。


 空中に石片が散り、やがて光になって消えていく。


 星冠の本体も、粉々になった。


 けれど王名の半分を宿した欠片は、リゼの手の中に残っている。


 四人はしばらく息を切らしていた。


 ミアが座り込む。


「もう……空の上で崩れるのやめて……」


 カイも膝に手をついている。


「地面がないって怖すぎる……」


 ユノは胸元を押さえた。


 アスト。


 その響きが残っている。


 ルナエルの名とは違う。


 これは名ではなく命令。


 リゼがユノの前に立った。


「聞いた響きを言わないで」


「分かってる」


「固定するわ」


 彼女は銀の輪に触れた。


「あなたは?」


「ユノ」


「故郷は?」


「ルグナ」


「仲間は?」


「ミア、リゼ、カイ。地上にナギとソラ。海底にミレイア。森にエルディア」


「今持ったものは?」


「王名の半分。命令の名。アスト」


 言った瞬間、リゼの眉が動いた。


 ユノも口を押さえる。


「悪い」


「いいえ。今は制御できている。でも、今後は慎重に」


 ミアが不安そうに言う。


「アストって、名前なの?」


 リゼは首を振った。


「名前の形をした命令。王名の前半でしょうね」


「じゃあ後半があるのか」


 カイが言う。


「ええ」


 リゼは封印した欠片を見つめる。


「後半を見つければ、王名が完成する。でも、それは同時に危険がさらに増すということ」


 ユノは遠くを見た。


 落ちた王座があった場所には、もう何もない。


 ただ、星屑だけが漂っている。


 そこから、新しい道が伸びていた。


 墓場のさらに奥ではなく、下へ向かう道。


 地上へ戻る道のようにも見える。


 その道の先に、淡い文字が浮かぶ。


 リゼが読んだ。


「王名の半分は星冠に。残り半分は、地に堕ちた誓約書に」


「誓約書?」


 ユノが聞く。


 リゼは険しい顔になる。


「王が即位する時、国と交わす誓いの記録。たぶん、それに王名の後半が刻まれている」


「それはどこにある?」


 文字がまた浮かぶ。


 ――灰の王都、地下誓約堂。


 ミアが息を呑んだ。


「灰の王国に戻るの……?」


 ユノも胸が重くなる。


 灰の王国。


 アーヴェル王。

 灰騎士。

 黒翼騎士団。

 セレノの名。

 名を奪う剣。


 多くの痛みを知った場所。


 そこへ戻る。


 リゼの顔も強張っていた。


 けれど、彼女はすぐに頷いた。


「行くしかないわ」


 ユノは頷いた。


「ああ」


 星舟の墓場の遠くで、鐘が鳴った。


 ごうん。


 ごうん。


 まるで、次の帰還を告げるように。


 ミアは立ち上がり、歌真珠を握った。


「まず戻ろう。ナギとソラも待ってる」


 カイも頷く。


「それに、一回ちゃんとご飯食べたい」


 ユノは少し笑った。


「そうだな」


 リゼは封印した星冠の欠片を大切にしまった。


 星涙石。

 海涙石。

 森の枝。

 幼き名の記録。

 王名の半分。


 旅の荷物は、どんどん重くなっていく。


 でも今は、一人で持っているわけではない。


 ユノは自分の名前を呼んだ。


「ユノ」


 ミアが続ける。


「ミア」


 リゼ。


「リゼ」


 カイ。


「カイ」


 四つの名前が空に響く。


 落ちた王座は砕けた。


 けれど、そこに縛られていたルナエルの記憶は、少しだけ軽くなったように思えた。


 ユノたちは地上へ戻る星屑の道へ歩き出した。


 次は、灰の王都へ。


 王名の残り半分を探すために。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、“落ちた王座”で星冠を見つけました。


 星冠には、ルナエルを王へ変えた王名の半分が残されていました。


 アスト。


 それは名前というより、王であれ、器であれ、個を捨てよという“命令”でした。


 王名の残り半分は、灰の王都の地下誓約堂にある誓約書に眠っています。


 次のページは『王名の半分』です。

 手に入れた“アスト”の意味を整理しながら、ユノたちは地上へ戻る準備をします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ