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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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初代星詠みの記録

誰かを救えなかった人が、何を残すのか。


 後悔。

 祈り。

 警告。

 そして、未来へ託すための記録。


 星舟の墓場で、ユノたちは初代星詠みの記録を探します。


 王子ルナエルを守ろうとした魔女。

 王名と幼き名の両方を知っていた唯一の証人。


 彼女の記録には、星喰いの王を止めるための大切な手がかりが眠っていました。

旗艦アルシオンの記録室には、壊れた星の光が漂っていた。


 無数の水晶板が空中に浮かび、それぞれに過去の断片を映している。


 戴冠の儀。

 逃げ惑う星詠みたち。

 砕ける星路。

 黒く塗りつぶされた王名。


 ユノは中央の大きな記録板を見つめていた。


 そこには、王子ルナエルが王冠を授けられる瞬間が止まっている。


 幼き名は分かった。


 ルナエル。


 けれど王名はまだ黒い闇に隠されている。


 その名こそが、彼を星喰いの王へ変えた鎖なのだとセレノは言った。


 リゼは記録室の奥を調べていた。


 ミアは壊れた水晶板の配置を見ながら、どれがまだ動くか確認している。


 カイはユノのそばに立ち、落ち着かない様子で木剣を握っていた。


「初代星詠みの記録って、どう探せばいいんだ?」


 カイが聞く。


 リゼは棚のように並んだ水晶の輪を見ながら答えた。


「星詠みの記録には、記録者の名が刻まれているはず」


「その人の名前は?」


 ユノが聞くと、リゼは少し考えた。


「古い伝承では、初代星詠みは“セフィラ”と呼ばれていた」


「セフィラ……」


 ユノはその名を小さく繰り返した。


 その瞬間、部屋の奥で一枚の水晶板が淡く光った。


 ミアが声を上げる。


「反応した!」


 四人はそちらへ向かった。


 記録室の一番奥。


 黒い結晶に半分埋もれた小さな水晶板があった。


 他の記録板よりもずっと古く、表面には細かなひびが走っている。


 だが、その中心には確かに名前が刻まれていた。


 セフィラ。


 リゼの表情が変わる。


「これね」


 ユノは星灯りの剣を呼び出しかけた。


 リゼがすぐに止める。


「待って。壊れやすい」


「じゃあどうする?」


「黒い結晶だけを緩める。ミア、歌真珠を」


 ミアは頷き、胸元の歌真珠を取り出した。


「ミレイア、お願い」


 淡い青い光が広がる。


 海底都市アステラの歌が、かすかに響いた。


 星舟の墓場では遠いはずの歌が、細い糸のように記録室を満たす。


 黒い結晶が少し震えた。


 次に、リゼが海涙石をかざす。


 青い光が結晶の隙間へ流れ込む。


 ユノは森の心臓の枝を取り出した。


 白銀の葉が揺れ、小さな根の模様が黒い結晶を包む。


 最後に星涙石が銀色の光を放った。


 結晶は音もなく崩れ、水晶板が解放された。


 しかし、ひびは深い。


 今にも砕けそうだった。


 リゼは両手でそっと支え、息を整える。


「読み取るわ」


「危険か?」


 ユノが聞くと、リゼは頷いた。


「古い記録は、触れた者を過去へ引き込むことがある。でも、この記録は見なければならない」


「なら、みんなで見る」


 ミアが言った。


「リゼ一人に背負わせない」


 カイも頷く。


「俺も見る」


 ユノもリゼの隣に立った。


「一緒に」


 リゼは三人を見た。


 少しだけ、表情がやわらぐ。


「ええ。一緒に」


 水晶板が光った。


 記録室が遠ざかる。


 視界が白い光に包まれた。


 次に見えたのは、星見の塔だった。


 まだ壊れていない星見の塔。


 天球儀は美しく回り、空には数えきれない星が輝いている。


 その塔の頂に、一人の魔女が立っていた。


 銀白の髪。

 星を映したような青い瞳。

 長い白の衣。


 セフィラ。


 初代星詠み。


 彼女は星図を広げ、震える手で記録を書いていた。


『この記録を、未来の名を呼ぶ者へ残す』


 声が響く。


 セフィラの声だった。


『私は、王子ルナエルを救えなかった』


 その一言に、リゼが息を呑んだ。


 記録の中のセフィラは続ける。


『彼は王ではなく、子どもだった。名前で呼ばれることを望み、星を見るのが好きで、怖い夜には塔の階段で膝を抱えて眠るような子どもだった』


 映像が変わる。


 幼いルナエルが、塔の階段に座っている。


 セフィラが毛布をかける。


「セフィラ」


 ルナエルが小さく呼ぶ。


「僕、王になりたくない」


 セフィラは彼の隣に座る。


「なりたくない理由を、言えますか」


「僕じゃなくなるから」


「……」


「王になると、名前を捨てなきゃいけないって言われた。みんな僕を殿下って呼ぶ。次の王って呼ぶ。器って呼ぶ。でも、僕はルナエルだよ」


 セフィラはゆっくり頷いた。


「ええ。あなたはルナエルです」


 その言葉を聞いた瞬間、幼い王子の目に涙が浮かんだ。


「もう一回言って」


「ルナエル」


「もう一回」


「ルナエル」


 彼は泣きながら笑った。


 ユノは胸が締めつけられた。


 名前を呼ばれることが、こんなにも救いになる。


 それを、自分たちは何度も見てきた。


 けれど、ルナエルにはそれがあまりにも少なかった。


 映像が戻る。


 セフィラは記録を書き続けている。


『私は王族と神官に訴えた。名を捨てた王は、民の名を守れないと。けれど彼らは聞かなかった。王は国であり、国に個の名は不要だと彼らは言った』


 映像が変わる。


 王宮の会議室。


 セフィラが神官たちの前で立っている。


「名を奪う儀式は危険です」


 神官が冷たく答える。


「奪うのではない。封じるのです」


「同じことです」


「王は民のために自己を捨てるもの」


「自己を持たぬ者が、どうやって民を愛するのですか」


 神官たちは黙る。


 だが、沈黙は理解ではなかった。


 拒絶だった。


「星詠みよ、あなたは情に流されている」


「情なくして、星は読めません」


「王国には強い王が必要です」


「名を失った王は、強いのではなく空っぽになるだけです」


 その言葉に、神官の一人が低く言った。


「空っぽの器だからこそ、国を入れられる」


 セフィラの顔が青ざめる。


 リゼが記録の中で拳を握った。


「愚かすぎる……」


 ユノも同じ思いだった。


 人を空の器にして、そこへ国を入れる。


 そんな考えが、ルナエルを壊した。


 映像がまた変わる。


 戴冠の儀の前夜。


 ルナエルは塔の上で星を見ていた。


 セフィラがそばに立っている。


「逃げますか」


 彼女は静かに聞いた。


 ルナエルは驚いて振り返る。


「逃げていいの?」


「あなたが望むなら」


「でも、僕が逃げたら国は?」


「別の道を探します」


「民は?」


「生きている者たちが、考えます」


 ルナエルは黙った。


 長い沈黙のあと、首を振った。


「逃げない」


「なぜ」


「僕が逃げたら、誰かが困る。僕は王になりたくないけど、みんなを困らせたいわけじゃない」


 セフィラの目に涙が浮かんだ。


「あなたは優しすぎる」


「優しい王なら、名前を持っていてもいいかな」


「いいに決まっています」


 ルナエルは少し笑った。


「じゃあ、明日も呼んでね。僕の名前」


 セフィラは震える声で答えた。


「必ず」


 しかし、その約束は果たされなかった。


 映像は暗くなる。


 戴冠の儀。


 広間に集まる神官たち。


 ルナエルは白い衣を着せられ、星冠の前に立たされている。


 セフィラは儀式の場に入ろうとするが、黒い鎧の兵に止められる。


「通しなさい!」


「神官長の命です。星詠みは儀式に立ち会えません」


「約束したのです! 彼の名を呼ぶと!」


「王に幼き名は不要」


 セフィラは叫ぶ。


「ルナエル!」


 その声は扉に阻まれ、広間の中へ届かなかった。


 ユノの胸が痛んだ。


 あと少しだった。


 たった一人でも、名を呼ぶ者がいれば。


 ルナエルは完全には空っぽにならなかったかもしれない。


 儀式が始まる。


 神官が宣言する。


「幼き名を封じよ」


 ルナエルの胸から、白い光が抜かれる。


 彼は叫ぶ。


「セフィラ!」


 扉の外で、セフィラが泣きながら扉を叩く。


「ルナエル!」


 けれど届かない。


 そして神官が星冠を掲げる。


「王名を授ける」


 ここから先が、前の記録では黒く塗りつぶされていた。


 だが、セフィラの記録では音が残っていた。


 リゼが緊張する。


「来る……」


 ユノの胸元の星涙石が震える。


 海涙石も、森の枝も、記録板も光り出す。


 神官の声が響いた。


「汝、星冠の主。王名――」


 その名が発せられる瞬間、記録全体が黒く歪んだ。


 セフィラの声が重なる。


『私は、その王名をここに記さない』


 ユノは息を呑んだ。


 記さない?


『なぜなら、その名こそが鎖であり、呪いであり、王子を空に縛った言葉だから』


 映像の中で、神官の口は動いている。


 しかし音は聞こえない。


 セフィラ自身が封じているのだ。


『未来の名を呼ぶ者よ。王名を急いではならない。幼き名だけを先に抱きなさい。王名を知る前に、彼が何を失ったのかを知りなさい』


 ユノは拳を握った。


 セフィラは、未来の自分たちに語りかけている。


『王名は星舟のさらに奥、“空白の帆”に封じた。だが、そこへ至る前に、あなたたちは選ばなければならない』


 ミアが小さく呟く。


「選ぶ……?」


 セフィラの記録は続く。


『ルナエルを、怪物として斬るのか。王として裁くのか。子どもの名を抱いたまま止めるのか』


 ユノの胸が重くなる。


 どれも簡単ではない。


 怪物として斬れば、彼の痛みを無視することになる。


 王として裁けば、彼の罪だけを見ることになる。


 子どもの名を抱いたまま止めるなら、その痛みと罪の両方を背負わなければならない。


 リゼが静かに言った。


「三つ目でしょうね」


 ユノは彼女を見る。


「リゼ」


「彼は怪物であり、王であり、子どもだった。どれかひとつだけでは、真実から逃げることになる」


 ユノは頷いた。


「俺もそう思う」


 セフィラの記録の中で、戴冠の儀が進む。


 王名を授けられたルナエルの瞳から光が消えていく。


 幼き名が封じられ、王名が上書きされる。


 だが、その王名は人のための名前ではなかった。


 役割の名。

 器の名。

 国そのものになれという命令。


 その瞬間、塔の空に黒い穴が開く。


 星喰いの始まり。


 星舟アルシオンの記録者たちが叫ぶ。


「星路が崩れる!」


「空白が広がる!」


「王名が星を裂いた!」


 映像の中でセフィラは、扉の前で崩れ落ちる。


 そして、届かなかった名を何度も呼ぶ。


「ルナエル。ルナエル。ルナエル」


 その声だけが、黒い穴に喰われず残った。


 映像が揺れる。


 セフィラは星舟へ乗っていた。


 王国を離れ、星舟アルシオンで空へ向かっている。


 彼女は記録板に最後の言葉を刻んでいた。


『私は王名を封じる。未来の名を呼ぶ者が、十分に強く、十分に優しく、十分に残酷になれる日まで』


 カイが小さく言った。


「残酷?」


 セフィラは続ける。


『名を呼ぶとは、救いだけではない。時には、泣いている子どもの名を抱いたまま、その子が犯した罪を止めることだ』


 ユノは息を呑んだ。


 十分に優しく、十分に残酷。


 その意味が少しだけ分かった。


 ルナエルをかわいそうだと思う優しさ。


 それでも止める残酷さ。


 どちらか一方では足りない。


『空白の帆へ行きなさい』


 セフィラの声が強くなる。


『そこに王名へ続く扉がある。ただし、扉は問いを出すでしょう』


 リゼが真剣に聞く。


『問いはひとつ。あなたは、名を呼んだ相手を斬れますか』


 ミアが息を呑んだ。


 カイも青ざめる。


 ユノは何も言えなかった。


 名を呼んだ相手を斬る。


 それは、これまでの旅と正反対に思えた。


 名前を呼ぶことは救いだった。


 でも、名前を呼んだからこそ、止めなければならない相手もいる。


 ルナエル。


 もし彼が目の前に現れたら。


 泣いている少年の顔をしていたら。


 自分は剣を振れるのか。


 セフィラは最後に言った。


『私にはできなかった。だから、未来へ託す』


 映像が消えた。


 ユノたちは記録室へ戻っていた。


 水晶板はリゼの手の中で静かに光っている。


 部屋には重い沈黙が落ちた。


 ミアが小さく言った。


「つらすぎるよ……」


 カイは拳を握っていた。


「ルナエルは悪い。でも、ひどいことされたのも本当で……」


 リゼが頷く。


「ええ。だから難しい」


 ユノは星灯りの剣を見た。


 銀色の刃。


 忘却を斬り、名前を呼び戻す剣。


 でも、この剣はいつか、名前を呼んだ相手へ向けなければならないのかもしれない。


 ユノは声を絞り出した。


「俺は……斬れるか分からない」


 ミアはすぐに言った。


「分からないでいいよ」


 ユノは驚いて見る。


 ミアは涙目だったが、まっすぐ言った。


「今ここで、斬れるって簡単に言う方が怖い」


 カイも頷いた。


「俺もそう思う」


 リゼも静かに言った。


「分からないまま進みましょう。答えを急げば、セレノと同じになる」


 ユノは深く息を吐いた。


「分かった」


 リゼはセフィラの記録板を大切に包んだ。


「次は空白の帆ね」


「場所は分かるのか?」


 ユノが聞くと、記録板が淡く光った。


 星舟アルシオンの記録室の壁に、星図が浮かぶ。


 墓場のさらに奥。


 壊れた帆がいくつも絡み合った場所。


 その中心に、黒でも白でもない空白の領域がある。


 そこが空白の帆。


 王名へ続く扉。


 ミアが小さく息を吸う。


「行くの?」


 ユノは少し黙ってから答えた。


「行く。でも、すぐじゃない」


 ミアが驚く。


「え?」


「一度休む。俺も、みんなも」


 リゼが少しだけ微笑んだ。


「良い判断ね」


 カイも安心したように座り込んだ。


「よかった……正直、足が震えてた」


 ミアも座り込む。


「私も」


 ユノは記録室の端に腰を下ろした。


 星舟の墓場は静かだった。


 でも、その静けさの奥で、たくさんの記録が眠っている。


 セフィラの後悔。

 ルナエルの涙。

 王名の鎖。

 空白の帆の問い。


 ユノは自分の名前を呼んだ。


「ユノ」


 ミアが続ける。


「ミア」


 リゼ。


「リゼ」


 カイ。


「カイ」


 四つの名前が、記録室に小さく響いた。


 その音を聞きながら、ユノは思った。


 名前を呼ぶ旅は、救う旅だと思っていた。


 でも、それだけではない。


 名前を呼ぶことは、その人の罪も痛みも、全部見つめることなのだ。


 それでも呼ぶのか。


 それでも止めるのか。


 答えはまだ出ない。


 けれど、逃げずに進むしかない。


 ユノは星灯りの剣を手首へ戻し、目を閉じた。


 空白の帆。


 そこに待つ問いへ向かうため、今はただ、自分の名前を手放さないように息をした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、初代星詠みセフィラの記録が明かされました。


 セフィラは王子ルナエルを守ろうとしていました。

 けれど、戴冠の儀を止めることはできず、ルナエルは幼き名を封じられ、王名を与えられてしまいます。


 王名はまだ明かされていません。

 セフィラ自身が、未来の“名を呼ぶ者”のために封じたからです。


 そして次の目的地は“空白の帆”。


 そこでは、ひとつの問いが待っています。


 あなたは、名を呼んだ相手を斬れますか。


 次のページは『空白の帆』です。

 ユノたちは王名へ続く扉の前で、最も苦しい問いと向き合います。

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