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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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星舟の墓場

空には、壊れた船たちが眠っていました。


 星を渡るために造られ、星喰いの時代に墜ち、帰る場所を失った舟たち。


 ユノたちは、風鳴りの断崖から昇降台で空へ上がり、“星舟の墓場”へ辿り着きます。


 そこに眠るのは、王が王となった記録。

 そして、ルナエルが星喰いの王へ変わっていく記憶でした。

星舟の墓場は、空に浮かぶ廃墟だった。


 足元には星屑の道がある。

 けれど、石でも土でもない。

 踏むたびに淡い光が広がり、まるで夜空の上を歩いているようだった。


 周囲には、壊れた船がいくつも漂っている。


 帆を失った船。

 船首だけになった船。

 甲板が半分裂けた船。

 星の文字が刻まれた金属板。

 空中で止まったままの鎖。

 砕けた羅針盤。


 それらは落ちることもなく、空の中に静かに留まっていた。


 ミアは呆然と見上げた。


「すごい……でも怖い」


 カイは足元を確かめるように何度も踏んだ。


「これ、本当に落ちないのか?」


「落ちないと信じたい」


 ユノが答えると、ミアがすぐに言った。


「信じたいじゃ困る!」


 リゼは星屑の道に膝をつき、指先で光に触れた。


「これは星路ね。星舟が通るために作られた道の残骸」


「道の残骸?」


「本来はもっとはっきりした航路だったはず。でも今は、星舟の墓場に残った記憶だけで形を保っている」


 ユノは周囲を見た。


 空の上にあるのに、風はほとんどない。


 音もない。


 ただ遠くで、壊れた鐘のような音が響いている。


 ごうん。

 ごうん。


 まるで、ここに眠る船たちへ祈りを捧げているようだった。


 リゼが立ち上がる。


「ここでは本名を確認しながら進むわ。空では名前が軽くなる。意識して固定しないと、ふとした瞬間に自分を見失う」


 ユノは頷いた。


「ユノ」


 ミアも続く。


「ミア」


 リゼ。


「リゼ」


 カイ。


「カイ」


 四つの名前が星屑の道に落ちる。


 すると足元の光が少し強くなった。


 名前に反応しているようだった。


 ミアが歌真珠を握った。


「ここ、ミレイアの歌は届くかな」


 真珠は淡く光っているが、森の時より弱い。


 リゼが言った。


「空は海より遠い。届くとしても、かなり細い糸になる」


「でも、ゼロじゃないんだね」


「ええ」


 ミアは真珠を胸に当てた。


「なら大丈夫」


 ユノは星灯りの剣の模様に触れた。


 胸元では、王の名の響きが静かに震えている。


 ルナエル。


 幼き名。


 声にすれば、ここに眠る記録が一斉に反応する気がした。


 だから、今は口にしない。


 リゼも同じことを考えているのか、ユノを見て言った。


「幼き名は、必要になるまで呼ばないで」


「分かってる」


「頭の中でも、強く繋げすぎないで」


「努力する」


「努力だけでは危ない」


「じゃあ、助けてくれ」


 リゼは少しだけ目を細めた。


「その返事は良いわ」


 ミアが横から頷く。


「ちゃんと頼った」


 カイも。


「成長した」


「カイに言われると変な感じだな」


 少しだけ笑いが起きた。


 けれど、その笑いはすぐに星舟の墓場の静けさへ吸い込まれた。


 四人は星屑の道を進んだ。


 最初に辿り着いたのは、小さな星舟の残骸だった。


 船体は白い金属と木材が混ざったような不思議な材質でできている。船側には星の紋章が刻まれていたが、半分は黒く焼け焦げていた。


 ミアが目を輝かせる。


「これ、どういう仕組みで浮いてたんだろう……」


「調べたいのか?」


 ユノが聞くと、ミアは即答した。


「調べたい。でも今は駄目なのも分かってる」


「えらい」


「褒め方が雑」


 リゼは船体の紋章を見ていた。


「星詠みの研究船ね。星域の観測に使われていたものだと思う」


 カイが船の中を覗く。


「人はいないよな?」


「肉体はないでしょうね」


 リゼは静かに言った。


「でも、記憶は残っているかもしれない」


 その言葉の直後、船の中から声が聞こえた。


『航路を失った』


 四人は身構えた。


 船内に、半透明の人影が浮かび上がる。


 星詠みの服を着た男だった。


 彼は壊れた羅針盤を握りしめ、何度も同じ言葉を繰り返している。


『航路を失った。星が消えた。帰れない』


 ミアが小さく言った。


「記憶……」


 男はこちらを見ていない。


 ただ過去の瞬間を繰り返しているだけだ。


『ルナ……いや、王の名が空を裂いた。星路が砕ける。船団が落ちる』


 ユノの胸が強く震えた。


 リゼがすぐに手を伸ばす。


「聞きすぎないで」


 男の記憶は続く。


『王は王冠を得た。だが名を失った。空はその空白を受け止められず、裂けた』


 リゼが息を呑む。


「王冠を得た時……つまり即位の記録がここにある」


「どこに?」


 ユノが聞くと、男の影がゆっくり船の奥を指差した。


『旗艦アルシオン……王の戴冠を観測した舟……墓場の中心に沈む……』


 それだけ言うと、男の影は星屑になって消えた。


 カイが呟く。


「沈むって、空なのに?」


 リゼが空の奥を見た。


「墓場の中心に、重力の底があるのかもしれない」


「また怖い言葉が出た」


 ミアが肩をすくめる。


 ユノは男が消えた場所へ小さく頭を下げた。


「ありがとう」


 名前は分からない。


 でも、彼がいたことは覚えておきたい。


 リゼはその様子を見て、静かに言った。


「今は名を拾いすぎないで」


「分かってる」


 ユノは拳を握る。


 分かっている。


 名を集める者、やがて己の名を失う。


 だから、何でも背負えばいいわけではない。


 けれど、完全に無視することもできなかった。


 星舟の墓場の中心へ向かうには、壊れた船の間を渡らなければならなかった。


 星屑の道は途中で途切れている。


 その先には、浮かぶ板や鎖、砕けた甲板が道のように続いていた。


 ミアが青ざめる。


「これを渡るの?」


「他に道はなさそうだ」


 ユノが言うと、ミアは歌真珠を握った。


「落ちたらどうなるの?」


 リゼは下を見た。


 雲も地上も見えない。


 ただ暗い空間がある。


「名前が薄ければ、落ちる前にほどける」


「最悪すぎる答え!」


 カイが唾を飲み込む。


「一人ずつ行く?」


「いいえ」


 リゼは首を振った。


「赤い紐は森に置いてきたけれど、銀環契約と星図片を使えば、簡単な繋ぎは作れる」


 リゼは自分の銀の輪に触れ、ユノの輪と共鳴させた。


 さらに星図片を取り出し、ミアとカイの星図片にも光を繋げる。


 四人の間に細い銀青の糸が伸びた。


「これで、誰かが名前を失いかけた時に分かる」


「落ちそうになった時も?」


 ミアが聞く。


「たぶん」


「たぶん禁止!」


「でも何もないよりはいい」


「それはそう!」


 四人は慎重に進んだ。


 最初はユノ。


 次にミア。


 その後ろにカイ。


 最後にリゼ。


 浮かぶ板は不安定だった。


 足を乗せるたび、ゆっくり沈むように揺れる。


 下を見ない。


 名前を忘れない。


「ユノ」


「ミア」


「カイ」


「リゼ」


 何度も確認しながら進む。


 途中、空の下から声がした。


 ――ユノ。


 ユノは足を止めそうになった。


 父の声でも、ルナエルの声でもない。


 それは自分の声だった。


 ――落ちれば楽になる。


 ミアがすぐに叫ぶ。


「ユノ!」


 銀青の糸が強く光る。


 ユノは息を吸った。


「いる!」


 声は消えた。


 次にミアの足元で、浮かぶ板が崩れた。


「きゃっ!」


 ミアの身体が傾く。


 ユノが手を伸ばすが、届かない。


 カイがとっさにミアの鞄を掴んだ。


「ミア!」


 カイは本名を叫んだ。


 空の中で、ミアの名前が強く光る。


 リゼが銀の糸を引き寄せる。


 ユノも反対側から手を伸ばし、ミアの腕を掴んだ。


 三人で引き上げる。


 ミアは息を切らして、板の上に座り込んだ。


「死ぬかと思った……」


 カイも震えている。


「俺も……」


 ミアはカイを見る。


「ありがとう」


 カイは少し照れたように目を逸らした。


「別に……落ちたら困るから」


「うん。すごく困る」


 リゼが言った。


「今の判断は良かった。本名を強く呼ぶことで、ミアの輪郭が固定された」


 ユノはカイを見る。


「助かった」


 カイは少し誇らしげにした。


「俺だって役に立つ」


「ああ」


 その言葉に、カイは少し笑った。


 危険な道を越えると、墓場の中心が見えてきた。


 そこには巨大な星舟が沈んでいた。


 空の中に。


 船首は折れ、帆柱は砕け、船体の半分が黒い結晶に覆われている。


 だが、その規模は圧倒的だった。


 まるで城がそのまま空に浮かんでいるようだ。


 船側には名前が刻まれていた。


 アルシオン。


 旗艦アルシオン。


 リゼが小さく言った。


「王の戴冠を観測した舟……」


 ユノは胸元を押さえる。


 ルナエルの名が、静かに震えた。


 旗艦アルシオンの甲板へ辿り着くと、空気がさらに重くなった。


 空の上なのに、深い海の底にいるような圧力がある。


 甲板には無数の足跡が残っていた。


 星詠みたちが走った跡。

 何かから逃げた跡。

 そして、中央に向かって引きずられた跡。


 ミアが青ざめる。


「ここで何があったの……」


 リゼは甲板中央の扉を見た。


「記録室があるはず」


 扉は黒い結晶に覆われていた。


 ユノは星灯りの剣を呼び出す。


「斬るか?」


「待って」


 リゼは黒い結晶を見た。


「これは星喰いの残滓。普通に斬ると、記憶が漏れる」


「じゃあ?」


「星涙石、海涙石、森の枝を順番に反応させて、結晶を緩める」


 ミアが小さく言う。


「鍵が増えてきたね」


「旅ってそういうものかもな」


 ユノは星涙石を取り出した。


 銀の光が黒い結晶へ触れる。


 結晶の表面にひびが入る。


 次にリゼが海涙石をかざす。


 青い光がひびへ流れ込み、結晶の奥から小さな泣き声のような音がした。


 最後に森の心臓の枝。


 白銀の葉が揺れ、結晶の周囲に小さな根の模様が広がった。


 黒い結晶が、少しずつ剥がれていく。


 だが完全には消えない。


 リゼがユノを見る。


「最後は星灯りの剣で」


「分かった」


 ユノは剣を構えた。


 今度は力任せではなく、ひびをなぞるように刃を入れる。


 忘却だけを斬る。


 記憶を壊さない。


 そう意識して振るった。


 銀の光が走り、黒い結晶は砕けた。


 扉が開く。


 中から、冷たい光が漏れた。


 記録室。


 そこには無数の水晶板が浮かんでいた。


 壊れたもの。

 黒く染まったもの。

 まだ光っているもの。


 部屋の中央には、大きな星冠の形をした装置がある。


 その中心に、一枚の大きな記録板が浮かんでいた。


 リゼが息を呑む。


「戴冠記録……」


 ユノはゆっくり近づく。


 胸が痛い。


 記録板には、古い文字が浮かんでいる。


 リゼが読み上げた。


「王子ルナエル、星冠の儀に臨む。幼き名を封じ、王名を授かる」


 ユノの喉が乾いた。


 王名。


 幼き名とは別の名。


 星喰いの王の完全な名に近づく鍵。


 記録板が光り、映像が始まった。


 王宮の広間。


 多くの神官。


 星冠。


 泣きそうな顔のルナエル。


 そして空から見下ろす星舟アルシオン。


 この船は、戴冠の瞬間を記録していたのだ。


 神官が言う。


「幼き名を封じよ」


 ルナエルが震える。


「僕は……」


「今日より、あなたは個ではありません」


 ユノの拳が震えた。


 ミアは泣きそうな顔をしている。


 カイは怒っていた。


 リゼは唇を噛んでいる。


 神官は星冠を掲げる。


「王名を授ける」


 その瞬間、記録室が大きく揺れた。


 黒い影が記録板を覆い始める。


 リゼが叫ぶ。


「王名の部分が汚染されている!」


「見えないのか?」


 ユノが聞く。


「このままでは」


 記録板の中で、神官の口が動く。


 だが肝心の名が黒く塗りつぶされている。


 音も聞こえない。


 ルナエルの幼き名は分かった。


 しかし王名はまだ隠されている。


 その時、部屋の奥から拍手が聞こえた。


 セレノがいた。


 いつの間にか、黒い外套の影が記録室の入口に立っている。


『ここまで来たね』


 ユノは剣を構える。


「お前……」


『王名はまだ見せられない』


 リゼが冷たく言う。


「あなたが隠したの?」


『いいや。王自身が隠している。王名こそ、彼を星喰いへ変えた鎖だから』


「じゃあ、どうすれば見える」


 セレノは記録板を見た。


『戴冠の証人を探せ』


「証人?」


『星冠の儀を見ていた者がいる。初代星詠み。彼女の記録は、この墓場のどこかに眠っている』


 リゼが反応する。


「初代星詠みの記録……」


『彼女だけが、王名と幼き名の両方を知っていた』


「なぜ教える」


 ユノが問う。


 セレノは静かに答えた。


『君たちが知らなければ、名は完成しない』


「完成させても、お前の思い通りにはしない」


『それでいい。君たちが抵抗するほど、名は強くなる』


 ミアが怒鳴った。


「勝手なことばっかり!」


 セレノは少しだけ首を傾けた。


『勝手でなければ、人は世界を救おうなどと思わない』


 リゼの目が鋭くなる。


「あなたのそれは救いじゃない」


『知っている』


 その答えに、リゼが息を呑む。


 セレノは続けた。


『でも、もう他の道を信じられない』


 ほんの一瞬、彼の声に疲れが滲んだ。


 だが次の瞬間には、また黒い羽根が舞った。


『初代星詠みの記録を探せ。そこに次の扉がある』


 セレノは消えた。


 記録室に沈黙が戻る。


 ユノは剣を下ろせなかった。


 リゼは長く黙っていた。


 ミアが小さく言う。


「今の……少し、本音っぽかった」


「ええ」


 リゼは苦しそうに頷いた。


「だからこそ厄介なの」


 カイが記録板を睨んだ。


「王名ってやつが分かれば、星喰いを止められるのか?」


「分からない」


 リゼは正直に答えた。


「でも、知らなければ止める方法すら見えない」


 ユノは記録板を見た。


 黒く塗りつぶされた王名。


 その奥で、ルナエルが泣いている。


 幼き名を封じられ、王名を与えられる瞬間。


 ユノは小さく言った。


「探そう。初代星詠みの記録を」


 ミアが頷く。


「うん」


 カイも。


「探す」


 リゼも静かに。


「ええ」


 星舟の墓場は、まだ多くの記録を隠している。


 空に浮かぶ壊れた船たち。


 そのどこかに、王名を知る証人の記録が眠っている。


 ユノは自分の名前を呼んだ。


「ユノ」


 ミアが続ける。


「ミア」


 リゼ。


「リゼ」


 カイ。


「カイ」


 四つの名前が、旗艦アルシオンの記録室に響いた。


 そして、黒く塗りつぶされた王名の記録が、かすかに震えた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、ユノたちが“星舟の墓場”へ入りました。


 空に浮かぶ壊れた船たち。

 その中心に眠っていた旗艦アルシオン。

 そして、王子ルナエルが王となった戴冠記録。


 しかし、肝心の王名は黒く塗りつぶされていました。


 セレノは、王名を知るには“初代星詠みの記録”を探せと言い残します。


 次のページは『初代星詠みの記録』です。

 王子ルナエルを守ろうとした魔女が、何を見て、何を残したのかが明かされます。

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