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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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星図盤の予言

星は、未来を語るのでしょうか。


 それとも、未来へ向かおうとする者に、選ぶべき道を示すだけなのでしょうか。


 ミレイアの名を呼び戻したユノたちは、アステラ中央に浮かぶ星図盤へ向かいます。


 海涙石をかざした時、星図盤は次なる目的地を示します。


 星の森エルディア。


 そこには、星喰いの王がまだ“王”ではなかった頃の記憶が眠っていました。


 けれど星図盤が示したのは、道だけではありません。


 ひとつの予言。

 そして、ユノ自身に関わる不吉な未来でした。

ミレイアの歌は、アステラの街に広がっていた。


 それは、来た時に聞いた悲しい歌とは少し違っていた。


 寂しさは残っている。

 失われたものの痛みも残っている。

 けれど、その奥に確かな光があった。


 名前を取り戻した歌。


 ミレイア。


 その名が歌の芯になり、海底都市アステラの灯りを少しずつ強くしている。


 白い橋の街灯がひとつ、またひとつと青く輝き、水晶窓には沈んだ人々の記憶が淡く映った。


 ミアは歌真珠を両手で大切に包んでいた。


「すごいね……名前ひとつで、街の光まで変わるんだ」


 ユノは頷いた。


「名前って、それだけ強いんだな」


 カイは少し照れくさそうに呟いた。


「ネリオも、いつかあんなふうに光るかな」


「光らせよう」


 ユノが言うと、カイは目を丸くした。


「簡単に言うなよ」


「簡単じゃないけど、言わないと始まらないだろ」


 カイは少しだけ笑った。


「ユノっぽい」


 リゼは青い容器に入れた海涙石を見つめながら歩いていた。


 その中には、星喰いの王の名の二つ目の響きが封じられている。


 “ナ”。


 声にしてはいけない音。


 心に固定しすぎても危険な響き。


 ユノはそれを思い出すだけで、胸の奥がざわめいた。


 “ル”。


 “ナ”。


 二つの音は、互いに引き合っている。


 まるで、完成されるのを待っているように。


 リゼがユノを見た。


「響きを繋げようとしないで」


「顔に出てたか?」


「銀環契約で分かる」


「便利だな」


「便利ではないわ」


 リゼはいつものように返した。


 その言い方が戻ってきたことに、ユノは少し安心した。


 ミレイアの名前を呼び戻し、アステリアの涙を受け取ったことで、リゼの中の傷が消えたわけではない。


 けれど、少しだけ呼吸ができるようになった気がした。


 アステラ中央の星図盤は、都市の中心広場に浮かんでいた。


 近くで見ると、それは想像以上に大きかった。


 直径は大きな家ほどもある。透明な円盤がいくつも重なり、その中を無数の光点が巡っている。


 星の位置。

 消えた星の跡。

 星涙石の反応。

 星喰いが通った黒い傷。


 すべてが、そこに記録されているようだった。


 円盤の下には、水晶の台座があった。


 そこに古い文字が刻まれている。


 リゼが読み上げた。


「星の道は失われず。ただし、名を忘れた者には見えず」


 ミアが首を傾げる。


「つまり、名前を覚えてないと道が分からないってこと?」


「そういうことね」


 カイが不安そうに自分の胸を押さえた。


「カイ。ネリオ」


 ユノもすぐに続けた。


「カイ。ネリオ」


 ミアとリゼも続く。


「カイ。ネリオ」


「カイ。ネリオ」


 カイはほっとしたように息を吐いた。


 リゼは青い容器を開けた。


 海涙石が現れる。


 涙の形をした青い石。


 それは星図盤の光を受けて、深い海のように輝いた。


 リゼが慎重に台座へ近づく。


「かざすわ」


 ユノたちは少し身構えた。


 海涙石が星図盤の下へ掲げられる。


 瞬間、都市全体が震えた。


 星図盤の光が一斉に動き出す。


 青い光点が回転し、黒い傷跡が浮かび上がり、その中心から一本の緑色の線が伸びた。


 線は海底都市アステラから上へ。

 灰の王国の方角を避け、さらに東へ。

 山脈を越え、雲の影を抜け、広大な森へ向かっている。


 その森の上には、古い星の紋章が浮かんだ。


 リゼが小さく呟く。


「星の森エルディア……」


 ミアが星図盤を覗き込む。


「次は森?」


「ええ」


 リゼの表情は険しかった。


「エルディアは、魔女たちが最初に星を読んだ場所。星涙石が生まれた森とも言われている」


「リゼは行ったことあるのか?」


 ユノが聞くと、リゼは首を振った。


「ないわ。私が生まれた頃には、もう森は封鎖されていた」


「封鎖?」


「星喰いが最初に現れた場所に近いから」


 カイが身をすくめた。


「危ない森ってことか」


「危険よ。でも、そこに王がまだ王ではなかった頃の記憶が眠っている」


 ユノは星図盤の緑色の線を見た。


 星喰いの王。


 王ではなかった頃。


 その言葉は何度聞いても不思議だった。


 星喰いの王は最初から怪物だったのではないのか。


 名前を持ち、過去を持ち、別の何かだった時があるのか。


 もしそうなら。


 王の名を知ることは、ただ敵の弱点を知ることではない。


 その存在がなぜ星を喰うものになったのかを知ることなのだ。


 その時、星図盤の光が突然乱れた。


 青い光点が黒く染まり、緑色の線の先に大きな影が広がる。


 ミアが息を呑んだ。


「何……?」


 星図盤の中央に、文字が浮かび上がった。


 リゼが読もうとして、顔を強張らせた。


「予言……」


「予言?」


 ユノが聞く。


 リゼはゆっくり読み上げた。


「名を集める者、やがて己の名を失う」


 空気が凍った。


 ミアがすぐに叫んだ。


「それ、ユノのことじゃないよね?」


 誰も答えなかった。


 星図盤の文字はさらに続く。


 リゼの声が震えた。


「星を照らす剣は、持ち主の心を器にする。器が満ちれば、名は溢れ、己は沈む」


 ユノは胸元を押さえた。


 今まで呼び戻してきた名前。


 背負ってきた記憶。


 灰の王国の人々。

 灰騎士たち。

 アステリア。

 ミレイア。


 それらはユノの中で光になっている。


 でも、その光が増えすぎた時。


 自分の名前が溢れて消える。


 そういう意味なのか。


 ミアが震える声で言った。


「嫌だよ。そんなの」


 カイも青ざめている。


「ユノが名前を失うって……」


 リゼは星図盤を睨むように見つめた。


「予言は確定ではない」


「本当か?」


 ユノが聞くと、リゼはすぐに頷いた。


「ええ。星図盤は未来を断言するものではない。星の流れから、最も濃い可能性を示すだけ」


「つまり、このままだとそうなるってこと?」


 ミアの声は怒っていた。


「そういうことね」


「じゃあ変えればいいんでしょ」


 ミアは記憶灯を抱え直し、ユノを見た。


「ユノが全部一人で背負わなければいいんでしょ」


 カイも頷いた。


「俺も覚える。名前、ちゃんと覚える」


 リゼも静かに言った。


「私たちが呼び戻す。あなたが沈みかけたら、何度でも」


 ユノは三人を見た。


 怖くないと言えば嘘になる。


 自分の名を失う。


 それは死よりも怖いことかもしれない。


 けれど、今ここで立ち止まれば、星喰いは止まらない。


 名を呼ぶことをやめれば、救えるはずの名前も消えてしまう。


「俺は……」


 ユノは言いかけて、言葉を止めた。


 また一人で決めようとしていた。


 自分が怖くても進むと、勝手に背負おうとしていた。


 ミアがじっと見ている。


 リゼも。


 カイも。


 ユノは深く息を吸った。


「怖い」


 正直に言った。


「名前を失うのは怖い。でも、進みたい」


 ミアの目に涙が浮かぶ。


「うん」


「だから、止めてくれ。俺が全部背負おうとしたら」


「止める」


 ミアは即答した。


 カイも言う。


「俺も止める。たぶん弱いけど」


「弱くてもいい」


 リゼはユノの手首に触れた。


 銀の輪が温かく光る。


「私は、あなたの名を呼ぶために契約した」


 ユノはリゼを見る。


「そうだったな」


「忘れないで」


「ああ」


「あなたはユノ」


 その一言が、胸の奥に深く届いた。


 星図盤の文字が消えた。


 代わりに、緑色の線がさらに強く光る。


 次の目的地。


 星の森エルディア。


 そしてその手前に、小さな港町の印が浮かんだ。


 リゼが読む。


「潮鳴りの町シェルカ」


「そこから森へ行けるのか?」


「おそらく。アステラから地上へ戻る道が、その町へ繋がっている」


 ミアが少し安心したように言った。


「町なら補給できるかな」


「できるといいな」


 カイがぼそっと言う。


「まともなご飯食べたい」


 その言葉に、ユノは少し笑った。


 こんな状況でも腹は減る。


 帰る場所を守る旅でも、温かい食事は必要だ。


 それが生きているということなのだろう。


 星図盤が再び回転した。


 今度は青い光が四つ、ユノたちの前へ降りてくる。


 それぞれ小さな星形の欠片だった。


 リゼが驚いたように言う。


「星図片……」


「何だそれ」


「星図盤の記憶を持ち運ぶための欠片よ。これがあれば、エルディアへの道を見失わずに済む」


 四つの星図片は、それぞれユノ、ミア、リゼ、カイの前で止まった。


 ユノが手を伸ばすと、欠片は彼の掌へ落ちた。


 温かい。


 その中には、アステラからシェルカ、そしてエルディアへ向かう光の道が刻まれていた。


 ミアの欠片は歌真珠と共鳴し、淡い青に光る。


 カイの欠片には、かすかにネリオの方角を探すような揺れがあった。


 リゼの欠片は、海涙石と共鳴して静かに震えている。


 星図盤は最後に、もう一度文字を浮かべた。


 ――名を分け合え。

 ――記憶を独り占めする者は沈む。

 ――星を読む者は、星になるな。


 リゼが最後の一文で表情を変えた。


「星になるな……」


「どういう意味?」


 ミアが聞く。


 リゼは少し考えた。


「魔女の古い警句よ。世界を救おうとして、自分が世界の一部になって消えるな、という意味に近い」


 ユノはそれを聞いて、アステリアを思い出した。


 都市を守るために、自分の名を沈めた巫女。


 それは尊いことだった。


 でも、同じ道を誰もが歩くべきではない。


 星になって消えるな。


 生きて戻れ。


 そう言われた気がした。


 星図盤の光が落ち着くと、アステラの街に再びミレイアの歌が響いた。


 その歌に誘われるように、中央広場の奥に新しい門が開いた。


 地上へ戻る門。


 潮鳴りの町シェルカへ続く出口。


 ミアが名残惜しそうに街を見回した。


「もう行くんだね」


「長くいると、記憶に沈む危険がある」


 リゼが言った。


「アステラは優しい場所だけれど、優しすぎる」


 ユノは分かる気がした。


 ここには残したい記憶が多すぎる。


 忘れたくない想いが深く沈んでいる。


 長くいれば、自分もその中に座り込んでしまうかもしれない。


 だから進まなければならない。


 ミレイアの歌が近づいた。


 広場の水路から、人魚の姿が現れる。


 彼女は青い光をまとい、穏やかに微笑んでいた。


『行くのですね』


 ユノは頷いた。


「ああ。エルディアへ」


『星の森は、海よりも古い記憶を持っています。優しいだけではありません』


「分かってる」


『ユノ』


 名前を呼ばれて、ユノは顔を上げた。


 ミレイアは真剣な目で彼を見ていた。


『あなたが沈みそうになったら、歌真珠を鳴らしてください。私の歌は遠くまでは届きませんが、あなたの名を思い出す助けにはなります』


「ありがとう」


『ミア』


「はい!」


 突然名前を呼ばれて、ミアが背筋を伸ばした。


『歌真珠をお願いします。あなたの火と一緒に、皆を繋いでください』


 ミアは歌真珠をぎゅっと握った。


「任せて」


『カイ』


 カイは少し緊張した顔で返事をした。


「な、何?」


『ネリオの名を諦めないで。失われた故郷は、呼び続ける者がいる限り完全には沈みません』


 カイは目を潤ませながら頷いた。


「うん」


『リゼ』


 リゼは静かにミレイアを見る。


『あなたの涙は弱さではありません』


 リゼの瞳が揺れた。


 ミレイアは微笑んだ。


『アステリア様も泣きました。泣きながら守りました。だから、あなたも泣いていいのです』


 リゼは少しだけ目を伏せた。


「……ありがとう、ミレイア」


 名前を呼ばれた人魚は、嬉しそうに笑った。


『はい』


 その返事は、やはり温かかった。


 ユノたちは地上へ戻る門の前に立った。


 青い光が揺れている。


 この門を抜ければ、アステラを離れる。


 海底都市で得たものは多かった。


 アステリアの涙。

 王の名の二つ目の響き。

 ミレイアの名前。

 歌真珠。

 星図片。

 そして、不吉な予言。


 名を集める者、やがて己の名を失う。


 その言葉は、ユノの胸に重く残っている。


 でも、同時に別の言葉も残っていた。


 名を分け合え。


 ユノは仲間たちを見た。


「行こう」


 ミアが頷く。


「うん」


 カイも。


「行く」


 リゼも静かに。


「ええ」


 四人は門をくぐった。


 青い光が身体を包む。


 遠くでミレイアの歌が響く。


 アステラの街灯りが、少しずつ遠ざかっていく。


 海の底に眠る記憶の都市。


 沈んだ人々の歌。


 姉妹の名前。


 ユノは最後に振り返り、小さく呼んだ。


「アステリア。ミレイア」


 歌が応えるように、海の底で優しく揺れた。


 そして光が弾けた。


 次にユノが感じたのは、潮風だった。


 海の匂い。

 波の音。

 遠くで鳴る鐘。


 四人は、石造りの桟橋に立っていた。


 目の前には、小さな港町が広がっている。


 潮鳴りの町シェルカ。


 空には、夕暮れの光が差していた。


 海底の青とは違う、地上の赤い光。


 ユノは深く息を吸った。


 次は森だ。


 星の森エルディア。


 星喰いの王がまだ王ではなかった頃の記憶が眠る場所。


 ユノは手の中の星図片を握った。


 怖い。


 けれど、進む。


 ただし、もう一人で背負わない。


 ユノは自分の名前を呼んだ。


「ユノ」


 すぐに三つの声が続いた。


「ミア」


「リゼ」


「カイ」


 潮風の中、四つの名前は確かに響いた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、アステラ中央の星図盤が次なる目的地を示しました。


 星の森エルディア。


 そこには、星喰いの王がまだ“王”ではなかった頃の記憶が眠っています。


 同時に、星図盤は不吉な予言も示しました。


 名を集める者、やがて己の名を失う。


 これはユノに関わる大きな警告です。

 名前を呼び戻す力は強い反面、ユノ自身の名前を薄れさせる危険があります。


 けれど、ユノはもう一人で背負わないと決めました。

 ミア、リゼ、カイも、彼の名を呼び続けると誓います。


 次のページは『潮鳴りの町シェルカ』です。

 海底都市を出たユノたちは港町へ辿り着き、次の旅に必要な情報と、森へ向かう案内人に出会うことになります。

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