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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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王を忘れた国

国には、王がいる。


 けれど、その王の顔も、名前も、誰も覚えていないとしたら。

 その国は、まだ国と呼べるのでしょうか。


 焼け落ちた城で、ユノたちは地下に封じられていた人々の名前を呼び戻しました。


 そして手に入れたのは、“記憶の鍵”。


 このページでは、灰の王国がなぜ自分たちの王を忘れたのか、その謎へ近づいていきます。


 王を忘れた国。

 罪を忘れた民。

 そして、忘却によって守られてきた真実。


 ユノたちは、灰の王国のさらに深い闇へ進んでいきます。

地下通路は、冷たかった。


 焼け落ちた城の奥から続くその道は、まるで誰かの喉の中を歩いているように細く、暗く、息苦しかった。


 壁には黒い煤がこびりついている。


 ところどころに銀色の文字が刻まれていたが、ほとんどは焼け焦げて読めなかった。


 ユノは星灯りの剣を手首に戻したまま、慎重に進んだ。


 まだ頭が重い。


 焼け落ちた城で呼び戻した名前たちが、胸の中で小さく光っている。


 マリア。

 エナ。

 ロイド。

 セシル。

 アルマ。

 ジン。

 ノル。


 知らない名前なのに、忘れてはいけないと思った。


 でも、すべてを強く抱えようとすると息が詰まる。


 リゼが言ったように、ユノは記憶を受け取る人であって、罪をすべて背負う人ではない。


 そう言い聞かせても、胸は重かった。


「ユノ」


 リゼの声がした。


 銀の輪が淡く光る。


「顔色が悪い」


「平気」


「平気な顔ではないわ」


「じゃあ、少し重い」


「何が?」


「名前が」


 リゼはしばらく黙った。


 それから静かに言った。


「全部を今すぐ覚えようとしなくていい。名前は星涙石と記憶灯にも残っている」


「でも、俺が忘れたら」


「私たちが呼ぶ」


 その言葉に、ユノはリゼを見た。


 リゼはまっすぐ前を見ていた。


「あなた一人の役目ではないわ」


 ミアも後ろから言った。


「そうだよ。私も覚えてる。マリア、エナ、ロイド、セシル」


 カイも小さく続けた。


「アルマ、ジン、ノル」


 ユノは少し息を吐いた。


「ああ」


 名前は、ひとりで抱えるものじゃない。


 呼び合うものだ。


 それを、また忘れかけていた。


 通路の奥から、低い音が聞こえていた。


 世界が泣く音とは違う。


 もっと硬い音。


 石が擦れるような。


 古い扉が眠りながら呼吸しているような音。


 ミアがランタンを掲げる。


 ルグナの記憶灯の火は弱まっていたが、まだ消えていない。


 銀色の火が壁を照らすと、前方に巨大な円形の扉が現れた。


 扉の中央には、王冠の形をしたくぼみがある。


 リゼが布に包んでいた黒い欠片を取り出した。


 焼け落ちた城の星涙石から落ちた“記憶の鍵”。


 それはまさに、扉のくぼみと同じ形をしていた。


「ここね」


 リゼが言った。


「王の記憶を封じた扉」


 カイが眉をひそめる。


「王の記憶?」


「この国が忘れた王の記憶よ」


 ユノは扉を見上げた。


 灰の王国の王。


 星喰いの囁きに触れ、魔女を罪人にした王。


 自分の民さえ地下で焼くきっかけを作った王。


 けれど、その顔も名も、今は誰も覚えていない。


 時計塔の幻でも、裁きの間でも、王の顔だけは黒く塗りつぶされていた。


 まるで世界が、王という存在そのものを拒んでいるみたいに。


「なぜ王の記憶を封じたんだ」


 ユノが呟く。


 リゼは鍵を見つめた。


「罪から逃げるためかもしれない」


「王自身が?」


「あるいは、国が」


 ミアが不安そうに言う。


「開けて大丈夫なの?」


 誰もすぐには答えられなかった。


 扉の向こうに何があるのか分からない。


 王の真実。


 星喰いの王の名の手がかり。


 それとも、さらに深い呪い。


 ユノは右手首に触れた。


 銀の輪。


 星灯りの剣の模様。


 そして胸元の星涙石。


「開けよう」


 ユノは言った。


「ここまで来て、見ないふりはできない」


 リゼは頷いた。


「ええ」


 彼女は記憶の鍵を扉のくぼみへはめ込んだ。


 瞬間、扉全体に黒銀の光が走った。


 古い文字が浮かび上がる。


 リゼが読み上げる。


「王を忘れよ。罪を忘れよ。名を忘れよ。されど灰は忘れず」


 ミアが小さく呟いた。


「怖い言葉……」


 扉がゆっくり開いた。


 中から吹き出したのは、灰ではなかった。


 白い花びらだった。


「え……?」


 ユノは思わず手を伸ばした。


 花びらが掌に落ちる。


 温かい。


 灰の王国には似つかわしくない、柔らかな白い花びら。


 扉の向こうには、玉座の間があった。


 焼け落ちた城でも、地下牢でもない。


 美しい広間だった。


 白い柱。

 星を描いた天井。

 赤い絨毯。

 銀色の燭台。

 そして奥には、王座。


 だが、その美しさはどこか不自然だった。


 まるで誰かが、汚れた記憶を上から綺麗な絵で塗りつぶしたような。


 ユノたちは広間へ足を踏み入れた。


 その瞬間、背後の扉が閉じた。


 ミアが振り返る。


「閉じ込められた!?」


「落ち着いて」


 リゼが言う。


「これは記憶空間よ」


「落ち着ける要素がないんだけど!」


 広間の奥。


 王座に、誰かが座っていた。


 白いマント。


 金の王冠。


 顔は見えない。


 黒く塗りつぶされている。


 王だった。


 ユノは星灯りの剣を呼び出そうとした。


 だがリゼが手で制する。


「待って。まだ攻撃してはいけない」


 王はゆっくり顔を上げた。


 顔がないのに、こちらを見たのが分かった。


『誰だ』


 声が響いた。


 低く、疲れた声。


『余の名を覚えている者か』


 リゼが前へ出た。


「あなたの名を、この国は忘れた」


『そうか』


 王は笑ったようだった。


『ならば、成功したのだな』


「成功?」


 ユノが聞くと、王は玉座の肘掛けに手を置いた。


『忘れられることを望んだ。余の名も、顔も、罪も』


「罪をなかったことにするためか」


 ユノの声に怒りが滲んだ。


 王はしばらく沈黙した。


『なかったことになど、ならぬ』


 その声は意外にも静かだった。


『灰が残った。城が残った。泣く音が残った。忘れても、罪は消えなかった』


 リゼの赤い瞳が鋭くなる。


「あなたは魔女を裁いた」


『ああ』


「星喰いと戦っていた魔女を」


『ああ』


「自分の民まで焼いた」


 王の手が震えた。


『……ああ』


 ユノは眉をひそめた。


 この王は、罪を認めている。


 だが、それで許されるわけではない。


 リゼも同じだった。


「なぜ?」


 彼女の声は低く震えていた。


「なぜ魔女を裏切ったの。なぜ嘘を広めたの。なぜ、助けを求めた人々を焼いたの」


 王は答えなかった。


 代わりに、広間の景色が揺れた。


 白い花びらが灰に変わる。


 美しい玉座の間が、少しずつ崩れていく。


 そして過去が始まった。


 王は若かった。


 顔はまだ見えない。


 だが、声には力があった。


 彼は星白王国の王として、魔女たちと共に星喰いへの対策を話し合っていた。


 リゼの姉もそこにいた。


 金色の瞳の魔女。


 彼女は王へ言った。


「星喰いは外の闇です。人の罪ではありません」


 王は頷く。


「ならば、民にそう伝えよう」


「ですが、民は恐れています」


「恐れを鎮めるのが王の役目だ」


 その時の王は、まだ正しかった。


 少なくとも、そう見えた。


 景色が変わる。


 夜。


 王はひとりで星見の塔にいた。


 空には黒い星が浮かんでいる。


 星喰い。


 王はそれを見上げ、震えていた。


 そこへ黒い羽根の外套をまとった者が現れた。


 ユノは息を呑む。


 同じだ。


 今の黒い羽根の者と同じ姿。


 だが、千年前の記憶にもいる。


『恐ろしいですか、陛下』


 黒い羽根の者が言う。


 王は振り返る。


「誰だ」


『名を捨てた者です』


「衛兵!」


『呼んでも無駄です。彼らはすでに、自分が衛兵であったことを忘れました』


 王の顔が強張る。


 黒い羽根の者は王へ近づいた。


『星喰いを止めたいのでしょう』


「方法を知っているのか」


『民の恐怖に名前を与えなさい』


「名前?」


『恐怖は形を持たぬ時、すべてを壊します。けれど敵を与えれば、人はまとまる』


「敵……」


『魔女です』


 王は激怒した。


「ふざけるな。魔女は星喰いと戦っている」


『民はそれを理解できません』


「理解させる」


『間に合いません』


 黒い羽根の者は空を指差した。


 星がひとつ消えた。


 その瞬間、王の記憶から何かが抜け落ちた。


 彼は膝をつく。


「今……何を失った」


『あなたの第一王子です』


 王は震えた。


「第一王子……?」


『いたのですよ。けれど消えた。名も、顔も、愛した記憶も』


 王は頭を抱えた。


 思い出せない。


 でも、胸だけが裂けるように痛む。


 子を失った悲しみだけが残り、その子の名前も顔も思い出せない。


 王は叫んだ。


 黒い羽根の者は囁く。


『この痛みに耐えられますか』


「やめろ……」


『民も同じ痛みを味わっています』


「やめろ!」


『ならば、痛みに形を与えなさい。魔女を敵にすれば、民は泣く代わりに怒ることができる』


 王の目が揺れる。


 ユノはその光景を見て、拳を握った。


 王は操られた。


 だが同時に、選んだ。


 自分の痛みから逃げるために、魔女を犠牲にする道を。


 景色が変わる。


 王は玉座で命令を下していた。


「魔女を捕らえよ」


 黒翼騎士団が膝をつく。


 その背後に、黒い羽根の者がいる。


 そしてさらに景色が変わる。


 地下避難所。


 民が閉じ込められている。


 王は命令書を前に震えていた。


「地下に星喰いの穴が開いた。開ければ王都全体が呑まれる」


 神官が言う。


「封じるには火を」


「中には民がいる!」


「ですが、陛下。王都を守るためです」


 王は苦しむ。


 だが、最後に印を押した。


 火を放つ命令書に。


 ユノは目を閉じたくなった。


 でも目を逸らせなかった。


 王は怪物ではなかった。


 最初から悪だったわけではない。


 けれど恐怖に負け、痛みから逃げ、誰かを犠牲にする決断を積み重ねた。


 その結果が、灰の王国。


 リゼは震えていた。


「そんな……」


 彼女の声は怒りと悲しみで掠れている。


「あなたは、分かっていたのね」


 幻が消え、玉座の王だけが残った。


『分かっていた』


「なら、なおさら許せない」


『許されようとは思わぬ』


「忘れられることで逃げたくせに」


 王は沈黙した。


 その沈黙が、肯定だった。


『余は耐えられなかった』


 王は言った。


『民を焼いた王として、魔女を裏切った王として、子の名を忘れた父として、生きることに耐えられなかった』


「だから自分の名前を消したのか」


 ユノが問う。


『ああ』


「最低だ」


 ミアが呟いた。


 その声は震えていた。


「自分だけ忘れられて、残された人たちはずっと苦しんでたんでしょ」


 王は何も言わない。


 カイも叫んだ。


「俺の村も、誰かが忘れたから消えたんだ! 王なら覚えてろよ! 自分がしたことくらい!」


 王の黒い顔が、わずかに歪んだ気がした。


『その通りだ』


 リゼが一歩前へ出る。


「あなたの名を戻す」


 ユノは驚いた。


「リゼ?」


「忘れたままにしてはいけない」


 リゼの声は冷たく、強かった。


「罪を裁くには、まず名前が必要。顔が必要。あなたが誰だったのか、この国は思い出さなければならない」


 王は低く笑った。


『名を戻せば、余の罪も戻る』


「そうよ」


『国は耐えられぬ』


「耐えるべきよ」


 リゼの赤い瞳が燃えていた。


「私たちは耐えた。焼かれた者たちは耐えた。忘れられた者たちは今も耐えている。なら、国も耐えるべきよ」


 ユノはリゼを見た。


 彼女は憎しみだけで話しているのではなかった。


 これは怒りであり、正しさだった。


 王を忘れた国に、王の名を返す。


 罪を罪として残すために。


 王はゆっくり立ち上がった。


『ならば、鍵よ』


 王はユノを見た。


『余の名を斬れ』


「斬る?」


『名は忘却の中に沈んでいる。星灯りの剣で、その闇を断て』


 ユノは剣を呼び出した。


 銀色の刃が玉座の間を照らす。


 リゼが言う。


「気をつけて。王の記憶は重い」


「分かってる」


「全部受け止めないで。名だけを引き上げて」


 ユノは頷いた。


 王の足元に、黒い影が渦巻いている。


 その中に、名前が沈んでいる。


 ユノは剣を構えた。


 怒りではなく。


 許しでもなく。


 ただ、忘れられた名を呼ぶために。


 刃を振り下ろす。


 黒い影が裂けた。


 瞬間、王の記憶が流れ込んできた。


 幼い王子の笑顔。


 星白王国の美しい朝。


 民に手を振る若き王。


 消えた第一王子。


 痛み。


 恐怖。


 黒い羽根の囁き。


 魔女への命令。


 火の印。


 逃げたいという願い。


 忘れたいという祈り。


 ユノは叫びそうになった。


 重い。


 あまりにも重い。


 だが、銀の輪が光る。


「ユノ!」


 リゼの声。


 ミアも叫ぶ。


「ユノ!」


 カイも。


「ユノ!」


 ユノは踏みとどまった。


「俺は……ユノ!」


 記憶の奥に、名前があった。


 黒く沈み、鎖で縛られた名。


 ユノは手を伸ばす。


 その名を掴む。


 口にする。


「アーヴェル」


 玉座の間が震えた。


 王の顔を覆っていた黒い闇に亀裂が入る。


「王の名は、アーヴェル!」


 リゼが続けた。


「星白王国最後の王、アーヴェル!」


 ミアも叫ぶ。


「アーヴェル!」


 カイも。


「アーヴェル!」


 名前が広間に響く。


 王の顔が少しずつ戻っていく。


 疲れ切った男の顔だった。


 威厳よりも、後悔が深く刻まれた顔。


 王冠は重すぎるように傾き、目には涙が浮かんでいた。


『余は……アーヴェル……』


 彼は自分の名を呟いた。


『そうだ。余は、アーヴェル……罪を犯した王……』


 その瞬間、玉座の間の美しい白い壁が崩れ落ちた。


 本当の姿が現れる。


 焼け焦げた床。

 血の跡。

 壊れた玉座。

 灰に埋もれた王冠。


 偽りの美しさが消え、罪の姿が戻った。


 ミアが息を呑む。


「これが、本当の玉座の間……」


 王アーヴェルは崩れた玉座の前に立っていた。


『ありがとう、とは言わぬ』


 彼は静かに言った。


『礼を言う資格はない。ただ、名を戻した以上、余も残された役目を果たそう』


「役目?」


 リゼが聞く。


 アーヴェルは玉座の下を指差した。


 そこに隠し扉が現れる。


『灰騎士団の中枢へ行け。そこに、黒翼騎士団が隠した記録がある』


「黒い羽根の者の正体も?」


『おそらく』


 ユノは息を整えながら剣を下ろした。


「星喰いの王の名の欠片は?」


 アーヴェルは首を振る。


『ここにはない。だが、余が聞いた名の残響は記録に封じられている。次へ進む道になるだろう』


「次……」


『海底都市アステラ』


 リゼの表情が変わる。


「そこへ繋がるのね」


『灰の王国が滅びる前、最後の星涙石は海へ運ばれた』


 アーヴェルの姿が薄れていく。


 名を取り戻したことで、彼を縛っていた忘却が解け始めているのだ。


 リゼは王を見つめた。


「私はあなたを許さない」


『それでよい』


「あなたの罪を忘れない」


『それがよい』


「でも、あなたの名は覚えておく」


 アーヴェルは目を閉じた。


『それが、王への罰としてふさわしい』


 彼の姿は灰になって崩れた。


 最後に、王冠だけが床に落ちる。


 黒く焦げた王冠。


 ユノはそれを見つめた。


 王を忘れた国は、王の名を取り戻した。


 それは救いではない。


 許しでもない。


 けれど、真実の始まりだった。


 リゼが静かに言った。


「アーヴェル」


 ユノも続けた。


「アーヴェル」


 ミアも。


「アーヴェル」


 カイも。


「アーヴェル」


 その名は、灰の玉座の間に残った。


 もう二度と、罪から逃げるために消えないように。


 ユノは星灯りの剣を手首へ戻し、玉座の下に現れた扉を見た。


 その先に、黒翼騎士団の記録がある。


 黒い羽根の者の正体に近づく手がかりが。


 リゼは深く息を吸った。


「行きましょう」


 ユノは頷いた。


「ああ」


 王を忘れた国は、ようやく自分の王の名を思い出した。


 だが、それは終わりではない。


 忘れていた罪を思い出した時、本当の痛みは始まる。


 ユノたちは、その痛みの奥へ進んでいく。


 名前を呼ぶことは、時に救いではなく罰になる。


 それでも、忘れるよりはずっといい。


 ユノはそう信じたかった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、灰の王国が忘れていた王の名が明かされました。


 星白王国最後の王、アーヴェル。


 彼は最初から怪物だったわけではありません。

 けれど星喰いの囁きに触れ、恐怖に負け、痛みから逃げるために魔女を犠牲にし、自分の民までも焼く選択をしました。


 そして最後には、自分の名と顔を忘却へ沈めました。


 けれど罪は、名前を消しても消えません。


 リゼは彼を許しません。

 ユノたちも、その罪をなかったことにはしません。


 それでも、王の名を取り戻すことで、灰の王国はようやく真実へ一歩近づきました。


 次のページは『灰騎士団』です。

 ユノたちは玉座の下に隠された記録室へ向かい、黒翼騎士団と灰騎士たちの秘密に触れることになります。

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