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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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空白地帯へ

地図に載らない場所があります。


 誰かが隠したわけではなく、誰も覚えていられない場所。

 道があったことも、町があったことも、そこに誰かが生きていたことも、世界から少しずつ剥がれ落ちていく場所。


 ユノたちは、故郷を失いかけた少年・カイを仲間に加え、灰の王国のさらに奥へ進みます。


 目指すのは王城。

 けれど、その前に待っていたのは、地図にも記憶にも残らない“空白地帯”でした。


 名前を呼び合っても、記憶を握りしめても、足元から存在が薄れていく場所。


 このページでは、ユノたちが初めて本当の意味で“世界から消える恐怖”へ足を踏み入れます。

カイは、ほとんど喋らなかった。


 木剣を胸に抱えるようにして、ユノたちの少し後ろを歩いている。靴は擦り切れ、服は灰で汚れ、膝には古い傷がいくつもあった。


 けれど、その目だけは鋭かった。


 泣いたあとでも、消えかけた故郷の名を取り戻したあとでも、カイは前を見ていた。


「ネリオ」


 時々、彼はそう呟く。


 自分の村の名前。


 星喰いに消されかけた故郷の名前。


 忘れないために、何度も。


 ユノはそのたびに頷いた。


「ネリオ」


 ミアも続ける。


「ネリオ」


 リゼも静かに言った。


「ネリオ」


 カイは少しだけ安心したような顔をする。


 名前をひとりで抱えるのは、きっと怖い。


 誰かが一緒に呼んでくれるだけで、その名前は少し強くなる。


 ユノはそれを、これまでの旅で知った。


 灰の王国の奥へ進むほど、道は不自然になっていった。


 石畳が途中で消えている。


 建物の壁が半分だけ残り、残り半分は白くぼやけている。


 窓の向こうに部屋があるはずなのに、そこには何もない。暗闇ですらなく、ただ白い空白だけが広がっていた。


 リゼが足を止める。


「ここから先が空白地帯よ」


 ユノは前方を見た。


 道の先は、白い霧に包まれていた。


 フェルカの記憶の霧とは違う。


 もっと静かで、もっと冷たい。


 そこには音がなかった。


 風の音も、灰が舞う音も、カイの足音も、すべてが霧の手前で消えていく。


 ミアが記憶灯のランタンを抱え直した。


 銀色の小さな火が、霧を前に細かく震えている。


「この火、消えそう……」


「空白が強いのね」


 リゼはミアの手元を見た。


「記憶灯は故郷の記憶を繋ぐ火。ここでは、それすら削られる」


「消えたらどうなるの?」


「ルグナとの繋がりが弱くなる」


 ユノの胸が冷えた。


「消させない」


 ミアがきっぱり言った。


「絶対に」


 彼女はランタンを両手で包むように持った。


 その表情は怖がっているのに、どこか頼もしかった。


 ユノは星針盤を取り出した。


 針はぐるぐる回っている。


 北も南も指さない。


 まるで方角という概念そのものを見失っているようだった。


「使えないか」


「空白地帯では、道具も記憶を失う」


 リゼが言った。


「針は、自分が何を指すものだったのか忘れている」


「道具まで忘れるのかよ……」


「世界そのものが薄くなる場所だから」


 カイが不安そうに聞いた。


「入らないと駄目なのか?」


 ユノは王城を見た。


 黒い城の影は、空白地帯の向こう側にある。


 避けて通れる道は見えない。


 リゼも首を振った。


「王城へ向かうには、ここを通るしかない」


「じゃあ行く」


 カイは小さく言った。


 声は震えていた。


 でも逃げるとは言わなかった。


「ネリオのこと、知りたいから」


 ユノは頷いた。


「ああ。行こう」


 リゼが全員を見回した。


「空白地帯では、絶対に名前を呼び合って。自分の名前だけでは足りない。仲間の名前、故郷の名前、守りたいものの名前。思い出せる限り、声に出して」


「分かった」


「それと、誰かの姿が見えなくなっても、すぐに諦めないで。存在が薄くなっているだけなら、名前で引き戻せる」


 ミアの顔が青ざめる。


「見えなくなるって……」


「あり得るわ」


 リゼは淡々と答える。


 ユノは右手首に触れた。


 銀の輪。


 星灯りの剣の模様。


 もし何かあれば、使う。


 けれど、使えば記憶が流れ込む。


 代償がある。


 それでも、使うしかない時が来るのだろう。


 ユノは深く息を吸った。


「ユノ」


 自分の名を呼ぶ。


「ミア」


 ミアが続ける。


「リゼ」


 リゼが言う。


「カイ」


 カイが小さく答える。


「ルグナ」


 ユノが言った。


「ネリオ」


 カイが言った。


「フェルカ」


 ミアが言った。


「星白王国」


 リゼが言った。


 四人は、空白地帯へ足を踏み入れた。


 最初の一歩で、音が消えた。


 足が石畳を踏んでいるはずなのに、何も響かない。


 自分の呼吸すら遠い。


 霧は肌に触れると冷たく、けれど濡れてはいなかった。


 むしろ何かを奪っていくような乾いた冷たさだった。


 ユノは自分の手を見た。


 指先が少し白く透けている。


「……っ」


 恐怖が喉まで上がってきた。


「ユノ」


 リゼがすぐに呼んだ。


 銀の輪が温かくなる。


 指先の輪郭が戻る。


「ありがとう」


「気を抜かないで」


「ああ」


 ミアがランタンを抱えている。


 銀火は小さいが、まだ消えていない。


 カイは木剣を強く握りしめ、何度も呟いていた。


「カイ。ネリオ。カイ。ネリオ」


 ユノも声に出した。


「ユノ。ルグナ。ミア。リゼ。カイ」


 不思議なことに、声は霧の中であまり響かなかった。


 口から出た瞬間、白い空間に吸われていく。


 だからこそ、何度も言わなければいけなかった。


「ユノ。ミア。リゼ。カイ」


 進むほど、景色が曖昧になっていく。


 右にあったはずの壁が消える。


 左にあった柱が、瞬きの間になくなる。


 道はあるのに、どこへ続いているか分からない。


 振り返っても、来た道は白く塗りつぶされていた。


 ミアが息を呑む。


「帰り道が……」


「見ないで」


 リゼが言った。


「空白地帯では後ろを見るほど戻れなくなる」


「怖すぎるんだけど!」


「だから前を見て」


 その時、カイが小さく声を上げた。


「あ……」


 ユノが振り返る。


 カイの左腕が透けていた。


「カイ!」


 ユノは叫んだ。


 カイは自分の腕を見て、顔を引きつらせる。


「俺……俺、いるよな?」


「いる!」


 ユノはすぐに答えた。


「カイ! お前はカイだ!」


 ミアも叫ぶ。


「カイ! ネリオのカイ!」


 リゼも言った。


「カイ。故郷を探す者」


 カイは震えながら自分の名を繰り返す。


「カイ……俺はカイ……ネリオの……」


 しかし腕の透けは止まらない。


 むしろ肩まで白くなっていく。


 カイの目に涙が浮かんだ。


「ネリオが……遠い……」


 ユノの胸が跳ねた。


 ネリオの記憶が削られている。


 カイ自身の名前だけでは足りない。


 故郷の名が弱まっている。


 ユノは星灯りの剣を呼び出した。


 銀の剣が右手に現れる。


 リゼが鋭く言った。


「ユノ、待って!」


「待てない!」


「闇が見えないまま斬れば、カイの記憶まで傷つける!」


 ユノは剣を止めた。


 確かに、目の前には敵が見えない。


 空白は霧そのものだ。


 何を斬ればいいのか分からない。


 その瞬間、ミアがランタンを掲げた。


「ユノ! この火で見えない!?」


 記憶灯の銀火が揺れる。


 するとカイの足元に、細い白い糸のようなものが絡みついているのが見えた。


 それは空白の糸だった。


 地面から伸び、カイの影を少しずつ引き剥がしている。


「見えた!」


 ユノは剣を振った。


 星灯りの刃が白い糸を断つ。


 音はない。


 だが、切断された瞬間、ユノの頭に記憶が流れ込んだ。


 ネリオの村。


 赤い屋根。


 小さな井戸。


 カイの母が焼いた丸いパン。


 父が作った木剣。


 春祭りの日、カイが転んで膝を擦りむいた記憶。


 そして、夜に村が白く消えていく記憶。


 ユノは膝をつきそうになった。


「ユノ!」


 リゼが名前を呼ぶ。


 銀の輪が熱い。


 ユノは歯を食いしばった。


「俺はユノ……カイの村はネリオ……」


 カイの腕が戻っていく。


 彼は泣きながらユノを見た。


「ありがとう……」


「まだ油断するな」


 ユノは息を整えながら立ち上がる。


 剣は右手の中で淡く光っていた。


 だが、刃の中にネリオの風景が一瞬浮かんで消えた。


 またひとつ、自分の中に知らない故郷が増えた。


 それが温かくもあり、重かった。


 さらに進む。


 空白地帯の中央に近づくほど、四人の輪郭は曖昧になった。


 ミアの髪の色が薄くなる。


 リゼの銀髪は霧と混ざって境目が分からなくなる。


 ユノの足音は完全に消えている。


 自分が歩いているのか、ただ流されているのか分からなくなっていく。


「ミア」


 ユノが呼ぶ。


「いる!」


「リゼ」


「いるわ」


「カイ」


「いる!」


「ルグナ」


 ミアが答える。


「ある!」


「ネリオ」


 カイが答える。


「ある!」


「リゼの帰る場所」


 ユノが言った。


 リゼが一瞬だけ黙る。


 ユノは焦った。


「リゼ?」


「……まだ、ない」


 彼女は小さく答えた。


「でも、作る」


 ユノは胸が温かくなった。


「ああ」


 その時、霧の奥に人影が見えた。


 黒い外套ではない。


 灰色の影。


 たくさんいる。


 霧の中に、無数の人々が立っていた。


 顔はない。


 名前もない。


 ただ、そこにいたはずの人たちの跡。


 リゼが低く言った。


「空白に呑まれた者たちの残影」


「助けられるか?」


 ユノが聞くと、リゼは首を振った。


「名前が残っていなければ難しい」


 影たちは、ゆっくりこちらを見る。


 顔がないのに、見られていると分かった。


 その中のひとりが手を伸ばす。


 声が聞こえた。


 ――名前を。


 別の影も。


 ――私の名前を。


 ――誰か、呼んで。


 ――私は誰だった。


 ユノの胸が苦しくなる。


 呼んであげたい。


 けれど名前が分からない。


 名前が分からなければ、呼べない。


 ユノは拳を握った。


 星灯りの剣が震える。


 剣は何かを斬りたがっているようにも感じた。


 けれどリゼが言った。


「駄目よ」


「まだ何もしてない」


「しようとした」


「……」


「全部は救えない」


 その言葉が、胸に刺さった。


 分かっている。


 分かっているけれど、納得はできない。


 影たちは、ただ名前を求めている。


 それを見捨てて進むのか。


 ユノの足が止まる。


 すると、影たちが近づいてきた。


 白い手が伸びる。


 ユノの腕に触れそうになる。


「ユノ!」


 ミアが叫んだ。


 リゼがユノの手首を掴む。


「呑まれる!」


「でも……」


「あなたが消えたら、誰の名前も呼べなくなる!」


 その言葉に、ユノは息を呑んだ。


 自分が消えたら。


 ルグナも、フェルカも、ネリオも、これまで取り戻した名前も。


 誰が覚えている。


 誰が呼ぶ。


 ユノは歯を食いしばった。


「ごめん」


 影たちへ向かって言った。


「今は、名前を呼べない」


 影たちは揺れた。


 それでも、ユノは続けた。


「でも、忘れない。ここに名前を求めていた人たちがいたことを、俺は覚えておく」


 それは救いには足りない。


 でも、何も言わずに背を向けることはできなかった。


 リゼは少しだけ目を伏せた。


「行きましょう」


 四人は影たちの間を進んだ。


 影たちは追ってこなかった。


 ただ、霧の中で静かに揺れていた。


 その姿が見えなくなるまで、ユノは心の中で呟き続けた。


 名前を求めていた人たち。


 名前を求めていた人たち。


 忘れない。


 空白地帯の奥に、白い広場があった。


 そこだけ霧が薄く、地面が円形に抜け落ちている。


 穴ではない。


 底がないわけでもない。


 ただ、そこに“世界”がなかった。


 丸く切り取られた空白。


 その向こうに、黒い王城が見える。


 まるで王城へ入るための最後の門のようだった。


 ミアが震えた声で言う。


「ここ、渡るの?」


 リゼの表情も険しい。


「空白の核に近い。直接踏めば、存在が削られる」


「じゃあどうするんだ」


 ユノは周囲を見る。


 道はない。


 戻ることもできない。


 進むには、この世界のない場所を越えるしかない。


 カイが小さく言った。


「俺、渡れる気がしない」


 当然だった。


 ユノだって怖い。


 するとミアがランタンを見つめた。


「この火……橋にならないかな」


「橋?」


「記憶灯は故郷と繋がってるんでしょ? だったら、ここに“道があった”って記憶を作れない?」


 リゼが目を見開いた。


「普通なら無理よ」


「普通じゃないなら?」


 ミアはユノを見た。


「ユノの剣で、空白を斬って。リゼの魔法で火を伸ばして。私がランタンを調整する」


「調整って、そんな道具なのか?」


「分からない!」


「分からないのかよ!」


「でも、やらなきゃ進めないでしょ!」


 ミアの声は震えていた。


 でも目は本気だった。


 リゼは少し考え、頷いた。


「理論上は可能かもしれない。記憶灯の火を道の記憶として固定し、星灯りの剣で空白の縁を切り開く」


「つまり?」


 カイが不安そうに聞く。


 リゼは真顔で答えた。


「とても危険」


「分かりやすい……」


 ユノは星灯りの剣を構えた。


「やろう」


 ミアはランタンを地面に置き、工具袋から細い針金と小さな金属板を取り出した。


 何をするのかと思えば、ランタンの蓋を開け、内部の通気口を調整している。


「ミア、それ壊すなよ」


「壊してない! 火の流れを変えてるの!」


「そんなことできるのか」


「今やってる!」


 リゼがミアの横に膝をつき、両手を火にかざす。


 銀色の魔法が、記憶灯の炎と混ざる。


 火は細く伸び、白い空白の上へ糸のように広がった。


 ユノは剣を振る。


 空白の縁を切り開く。


 そこへ銀火の糸が入り込み、細い道を作る。


 道と言っても、足幅ほどの光の線だ。


 渡るにはあまりにも頼りない。


 だが、確かに空白の上に道が生まれた。


 ミアが息を呑む。


「できた……?」


「まだ安定していない」


 リゼの額に汗が滲む。


「急いで渡って」


 ユノはカイを見る。


「先に行け」


「無理だよ!」


「俺が後ろで名前を呼ぶ」


 カイは涙目で首を振る。


「落ちたら?」


「落とさない」


 ミアがランタンを持ったまま言う。


「私が火を支える。カイ、前だけ見て」


 カイは震えながら頷いた。


「カイ。ネリオ」


 ユノが呼ぶ。


 カイは光の道へ足を乗せた。


 道は揺れたが、崩れない。


「カイ」


「ネリオ」


「カイ」


「ネリオ」


 名前を呼び合いながら、カイは少しずつ進んだ。


 向こう岸へ辿り着くと、彼は膝から崩れ落ちた。


「渡れた!」


 次はミア。


 彼女はランタンを抱えているため、両手が塞がっている。


 ユノは心配になったが、ミアは強い目で言った。


「大丈夫」


「ミア」


「うん」


「ルグナ」


「うん」


「工具袋」


「そこも呼ぶの!?」


「大事だろ」


 ミアは一瞬だけ笑った。


 そして光の道を渡り始めた。


 途中、空白から白い手が伸びた。


 ユノは剣でそれを斬る。


 記憶が流れ込む。


 知らない誰かが道を歩いた記憶。


 誰かが帰り道を失った記憶。


 誰かが「ただいま」と言えなかった記憶。


 胸が痛む。


 でもユノは踏みとどまった。


「ミア!」


「いる!」


 ミアは向こう岸へ辿り着いた。


 ランタンの火はまだ消えていない。


 リゼが次に渡る。


 彼女は魔法を維持しながら歩くため、顔色が悪かった。


 ユノは名前を呼び続ける。


「リゼ」


「聞こえているわ」


「リゼ」


「いる」


「リゼの帰る場所」


 リゼの足が一瞬止まる。


 だがすぐに進む。


「……作る」


 彼女は向こう岸へ着いた。


 最後はユノだった。


 剣を握り、光の道へ足を乗せる。


 その瞬間、空白が大きく揺れた。


 白い霧が集まり、ユノの足元を消そうとする。


 リゼが叫ぶ。


「ユノ!」


 ミアも。


「ユノ!」


 カイも。


「ユノ!」


 名前が届く。


 ユノは進む。


 だが道の中央で、足元の光が薄れた。


 記憶灯の火が揺らいでいる。


 ユノは星灯りの剣を地面へ突き立てた。


「俺はユノ!」


 刃から光が広がる。


「ルグナへ帰る!」


 その言葉が、道の記憶になった。


 空白の上に、ほんの一瞬だけ石畳が現れる。


 ルグナの石畳。


 煤けた町の道。


 そこを踏みしめて、ユノは向こう岸へ走った。


 リゼが手を伸ばす。


 ユノはその手を掴んだ。


 銀の輪が強く光る。


 四人が揃った瞬間、光の道は消えた。


 背後の空白が静かに閉じていく。


 戻る道は、もうない。


 ユノは息を切らしながら振り返った。


 空白地帯は霧の向こうに沈んでいく。


 その先にいた、名前を求める影たちの姿も見えない。


 でも、忘れない。


 今は呼べなかった名前たち。


 いつか、必ず。


 ユノは剣を消し、手首に戻した。


 ミアはランタンを抱きしめている。


 銀火は小さくなっていたが、消えていなかった。


「守れた……」


 彼女が呟く。


 ユノは頷いた。


「ありがとう、ミア」


「私、役に立った?」


「めちゃくちゃ」


 ミアは泣きそうな顔で笑った。


「よかった」


 リゼも静かに言った。


「あなたがいなければ渡れなかった」


 ミアは驚いたようにリゼを見る。


「リゼが褒めた……」


「事実だから」


「嬉しいけど、反応に困る」


 カイも小さく言った。


「ありがとう」


 ミアは照れたように顔を背けた。


 空白地帯を越えた先には、王城へ続く黒い道があった。


 道の両側には、黒翼騎士団の石像が並んでいる。


 その奥に、巨大な門がそびえていた。


 灰の王国の王城。


 黒い羽根の者が待つ場所。


 星喰いの王の名に近づく場所。


 ユノは深く息を吸った。


 空白地帯を越えた。


 でも、恐怖は終わっていない。


 むしろここからが本番だ。


「行こう」


 ユノが言った。


 リゼが頷く。


 ミアがランタンを掲げる。


 カイが木剣を握る。


 四人は王城へ向かって歩き出した。


 背後には、地図にも記憶にも残らない空白地帯。


 前方には、千年前の罪が眠る王城。


 ユノは自分の名前を呟いた。


「ユノ」


 そして続ける。


「ミア。リゼ。カイ。ルグナ。ネリオ」


 名前は、まだここにある。


 なら、進める。


 世界から消えそうになっても、呼び合う声がある限り、まだ消えない。


 空白地帯を越えた先で、ユノはそれを確かに信じた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 このページでは、ユノたちが“空白地帯”へ足を踏み入れました。


 そこは、地図にも記憶にも残らない場所。

 足音も、道も、名前も、存在さえも薄れていく恐ろしい領域でした。


 カイの故郷ネリオの記憶。

 ミアが守ったルグナの記憶灯。

 リゼの魔法。

 そしてユノの星灯りの剣。


 それぞれの力が重なったことで、四人は空白の上に一筋の道を作り、王城へ続く場所まで辿り着きました。


 全員が必要でした。

 誰か一人だけでは越えられなかった場所です。


 次のページは『魔女と少年』です。

 王城へ入る前、ユノとリゼは契約を通して互いの記憶に触れ、魔女と少年としてではなく、ひとりの人間同士として少しずつ心を近づけていきます。

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