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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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待ち灯り

返事ができない名前のために、ルグナには小さな灯りが生まれました。


 待ち灯り。


 呼び続けるのではなく、急かすのでもなく、

 ただ「ここで待っている」と伝えるための灯り。


 このページでは、待ち灯りがルグナの町に広がっていきます。

待ち灯りは、最初、オルマのためだけに作られた。


 星灯坑の壁に灯る小さな名。


 返事をしたくてもできなかった名。


 その前に置かれた、柔らかい火。


 ミアが作ったその灯りは、強く燃えなかった。


 眩しくもない。


 ただ、夜の部屋で誰かを起こさずに寄り添うような明るさだった。


 オルマが五日目に「いる」と返事をしてからも、待ち灯りは片付けられなかった。


 むしろ、星灯坑の中で大切な道具として残されることになった。


 リゼは記録帳に書いた。


 ――待ち灯り。

 ――返事のない名、応答できない名、呼ばれることに痛みを持つ名のそばに置く灯り。

 ――呼び続ける代わりに、待つ意志を示す。


 セレノはその横に、別の文を書き足した。


 ――沈黙を空白と誤認しないための灯り。


 ユノはその言葉を見て、胸が静かに熱くなった。


 沈黙は、空白ではない。


 返事がないことは、いないことではない。


 それを忘れないための灯り。


 待ち灯りは、すぐに必要とされるようになった。


 まず、黒翼騎士団の名のいくつかの前に置かれた。


 戻った名の中には、まだ返事をしない者がいた。


 呼ばれることが救いになる名もある。


 けれど、呼ばれるたびに罪や痛みが揺れる名もある。


 セレノはその前に、自分で待ち灯りを置いた。


「アデル」


 返事はある。


「ロウ」


 微かな光。


「ミルザ」


 沈黙。


 セレノはそこで呼ぶのを止めた。


 待ち灯りを置き、頭を下げる。


「待つ」


 その声は短かった。


 だが、重かった。


 リゼは隣で静かに見ていた。


「セレノ」


「いる」


「それでいいわ」


 セレノは小さく頷いた。


 次に、ミナルセラの十二の声の中で、オルマ以外にも返事が弱い名が見つかった。


 シイ。


 ナギ。


 二つの名は、声の種の中では光っている。


 けれど、ルグナから呼ばれると、返事がとても小さかった。


 カイは最初、元気づけようとして大きく呼びそうになった。


「シイ!」


 その瞬間、ミアが袖を引いた。


「カイ、少し小さく」


 カイははっとして、声を落とした。


「……シイ」


 返事はない。


 カイは待ち灯りを置いた。


「待ってる」


 その言い方は、以前のカイよりずっと優しかった。


 守る者は、大声だけではない。


 小さな声で待つことも守ること。


 彼はそれを覚え始めていた。


 待ち灯りは、星灯坑だけでなく、町の中にも広がった。


 北の丘の墓地には、名前が戻らない墓の前に小さな灯りが置かれた。


 老女は言った。


「花もいいけど、灯りもいいね。夜でも、ここにいるよって分かる」


 黒麦亭では、誰かを待つ席に小さな灯りを置くようになった。


 旅人が帰らない家族を待つ時。

 喧嘩してまだ謝れない相手を待つ時。

 名前は知っているのに声をかけられない時。


 女将は、黙ってその席へ灯りを置いた。


「言葉が出ない日もあるからね」


 エルネは、その灯りを見て言った。


「星約守りの家にも、待ち灯りを置きたいです」


 ミアがすぐに頷く。


「作るよ。アイリシアの塔用も」


 エルネは嬉しそうに笑った。


「ありがとうございます」


 そして実際に、空と地の星灯りを通じて、待ち灯りの火はアイリシアの塔へ送られた。


 塔の空白の額の前にも、小さな青白い灯りが置かれた。


 アイリシアから返事が届く。


 ――空白の額たちが、少し静かになった。

 ――呼ばれなくても、忘れられていないと分かるみたい。


 ミアはその返事を読んで、涙ぐんだ。


「よかった」


 ユノも頷いた。


 待ち灯りは、地の名にも、空の名にも必要だった。


 ある日の夕方、星灯坑に一人の少年が来た。


 町の子どもたちの中ではなく、隣村から来た子だった。


 名前はルイ。


 彼は小さな紙を握りしめていた。


 紙には、母親の名前が書いてある。


 病で亡くなった母の名前。


 けれど、ルイはその名を声に出せなかった。


 星灯坑に預けたい。


 でも、呼ぶと泣いてしまう。


 そう言って、俯いていた。


 ユノは少年の前にしゃがんだ。


「無理に呼ばなくていい」


 ルイは涙をこらえる。


「でも、呼ばないと忘れちゃう?」


 ユノは首を振った。


「忘れないための方法は、声だけじゃない。今日は待ち灯りを置こう」


 ミアが小さな灯りを持ってきた。


 ルイは紙を星灯坑の机に置き、その上に待ち灯りをそっと置いた。


 名前は、まだ声にならない。


 けれど、灯りがその紙を照らした。


 ルイは泣いた。


 声を殺さずに泣いた。


 カイは少し離れて立ち、邪魔をしなかった。


 リゼは記録帳に、名前を伏せたまま書いた。


 ――隣村の少年。母の名。声にできないため、待ち灯りで預託。本人が呼べる日まで待つ。


 セレノはその記録を見て、静かに言った。


「伏せる記録も、必要だな」


 リゼは頷いた。


「本人の準備ができるまで」


 その夜、ユノは星灯坑の入口でルイを見送った。


 ルイは少し赤い目で言った。


「いつか、呼びに来てもいい?」


「もちろん」


「明日じゃなくても?」


「明日じゃなくてもいい」


「ずっと先でも?」


「ずっと先でもいい」


 ルイは小さく頷いた。


「じゃあ、また来る」


 ユノは言った。


「待ってる」


 待ち灯りの意味が、また少し広がった。


 返事のない名だけではない。


 まだ呼べない名のためにも灯る。


 待ち灯りは、ルグナの町に“急がなくていい”という言葉を教えていった。


 夜、星灯坑でリリアの歌が歌われたあと、ミアが新しい小さな歌を口ずさんだ。


 ――声にならない名前にも、

 ――灯りはそっと寄り添う。

 ――泣いてもいい。黙ってもいい。

 ――明日の声を、待っている。


 町の人々は、すぐには歌えなかった。


 静かに聞いていた。


 でも、二度目には少しずつ声が重なった。


 待ち灯りの歌。


 リリアの歌やアイリシアの歌とは違う。


 小さな、揺れるような歌。


 それは、返事のない名前たちのそばで、ゆっくり灯る歌だった。


 ユノは星灯坑の壁を見上げた。


 百を超えた名。


 戻った名。

 返事をする名。

 返事を待つ名。

 まだ呼べない名。

 伏せられた名。


 名前の守り方は、どんどん増えていく。


 斬ること。

 呼ぶこと。

 記録すること。

 歌うこと。

 食べること。

 帰ること。

 待つこと。

 灯すこと。


 ユノは思った。


 名前を守る旅は、強くなる旅ではなく、優しさの種類を増やしていく旅なのかもしれない。


 その時、百番目の透明な星が静かに揺れた。


 まだ戻らない名。


 その光の前にも、待ち灯りが置かれている。


 透明な光と、小さな灯り。


 どちらも淡い。


 けれど、消えない。


 ユノは小さく言った。


「待ってる」


 透明な星は、返事の代わりに、ほんの少しだけ明るくなった。


 翌朝、星灯坑の入口に新しい札が掲げられた。


 ――待ち灯りを使いたい方へ。

 ――名前を呼べない時。

 ――返事を待ちたい時。

 ――言葉にできない誰かを忘れたくない時。

 ――星灯坑へお声がけください。

 ――急がなくて大丈夫です。


 黒麦亭の女将はそれを読んで言った。


「いいね。急がなくて大丈夫って、もっと色んな場所に貼りたいくらいだ」


 ミアが笑う。


「貼ります?」


「貼ろうかね」


 カイが言った。


「俺の部屋にも貼って。片付け急がなくていいって」


 ミアが即座に言う。


「それは急いで」


 みんなが笑った。


 待ち灯りは、泣きたい名前だけのものではない。


 人が人を待つための、町の灯りになっていく。


 その日の終わり、セレノは一人で星灯坑に残っていた。


 ユノが気づいて奥へ行くと、彼は黒翼騎士団の名簿の前に小さな待ち灯りを置いていた。


「誰のため?」


 ユノが聞くと、セレノは少し黙った。


「私自身のためかもしれない」


 ユノは何も言わず、隣に座った。


 セレノは低く続けた。


「返事ができない名の気持ちが、少し分かる。呼ばれることが怖い日がある」


「うん」


「それでも、消されたくはない」


「うん」


「矛盾している」


 ユノは首を横に振った。


「矛盾してても、灯りは置ける」


 セレノは待ち灯りを見つめた。


「そうだな」


 長い沈黙のあと、セレノは自分の名を小さく呼んだ。


「セレノ」


 すぐには返事をしなかった。


 ユノも急かさなかった。


 待ち灯りが揺れる。


 やがて、セレノは静かに答えた。


「いる」


 その声は、とても小さかった。


 けれど確かだった。


 待ち灯りは、その小さな返事を守るように、夜の星灯坑でやわらかく燃え続けていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 待ち灯りは、返事ができない名、まだ呼べない名、沈黙の中にいる名を支える灯りになりました。


 急がなくていい。

 声にならなくても、そこにいる。


 次のページは『灯りを置く人』です。

 待ち灯りを通して、ユノたちは“誰かのために待つ人”たちの物語に触れていきます。

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