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星喰いの王と、忘れられた魔女  作者: あーちゃん


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まだ戻らない名

百番目の星は、まだ名前ではありませんでした。


 “まだ戻らない名”。


 それは、失われたままの誰かを待つための光。


 けれど、その透明な星は、ただ待っているだけではありませんでした。


 このページでは、百番目の星が新しい手がかりを示します。

百番目の星は、夜が明けても消えなかった。


 星灯坑の奥。


 たくさんの名前の光に囲まれて、透明な光が静かに揺れている。


 ルグナの銀。

 ネリオの赤。

 ベルフィアの黄色。

 リリアの淡い白。

 アイリシアの青白い光。


 それらの中で、百番目の星だけは色を持たない。


 けれど、空白ではなかった。


 透明なまま、そこにある。


 ユノは朝一番に星灯坑へ来て、その光を見つめていた。


「まだ戻らない名」


 呼ぶと、光がわずかに震える。


 返事はない。


 でも、聞いている気配はある。


 ミアが記憶灯を抱えてやって来た。


「また見てる」


「気になるんだ」


「分かる」


 ミアも隣に立ち、透明な光を見る。


「名前がないのに、寂しいだけじゃないね」


「うん」


「待ってる感じ」


 ユノは頷いた。


「でも、どこで待ってるんだろう」


 その時、透明な光がふっと伸びた。


 細い糸のように、星灯坑の壁を伝う。


 ミアが息を呑む。


「動いた」


 ユノはすぐにリゼを呼んだ。


 リゼ、カイ、エルネ、セレノも集まってくる。


 父も入口から覗いた。


 透明な光は、壁に掛けられた地図へ向かって伸びていた。


 灰の記録庫から持ち帰った封名札の一覧地図。


 アイリシアの塔と星灯坑を繋ぐ星図。


 ネリオ、ベルフィア、北の丘、青石の湖、リオルネ、アリナの道。


 その中で、透明な光はある一点を指した。


 地図の北西。


 ほとんど記録がない場所。


 リゼが目を細める。


「ここは……旧王国の境界外ね」


 カイが聞く。


「何がある場所?」


「昔の地図では、“白紙の野”とだけ記されている」


 ミアが眉を寄せる。


「白紙の野……」


 リゼは続けた。


「王国の記録にほとんど残っていない場所。人が住んでいたという説も、何もなかったという説もある。でも、確かな地名がない」


 セレノが低く言った。


「白紙の野は、王国が記録を諦めた場所だ」


 ユノはセレノを見る。


「諦めた?」


「名を消したのではなく、記録できなかった。行った者が地名を持ち帰れなかったと聞く」


 エルネが小さく言った。


「名を持たぬ塔に似ていますね」


 リゼは頷く。


「ええ。でも、アイリシアの塔は空の名に関わる場所だった。白紙の野は……地上そのものが名を拒む場所かもしれない」


 透明な光は、地図の北西を指したまま震えている。


 ユノは胸の奥に、呼ばれている感覚を覚えた。


 声はない。


 でも、誰かが待っている。


 まだ戻らない名。


 それは白紙の野にあるのかもしれない。


 カイが木剣を握った。


「行くのか?」


 ユノはすぐには答えなかった。


 ルグナには仕事がある。


 封名札もまだ残っている。


 エルネはアイリシアの塔との繋ぎを学び始めたばかり。


 セレノも記録を続けている。


 けれど、この透明な光は、ただの偶然ではない。


 百番目の星が示した手がかり。


 リゼが静かに言った。


「すぐに出発する必要はないわ。まず調査をしましょう。白紙の野について、残っている記録を集める」


 ミアが頷く。


「準備、大事」


 カイも。


「食料も大事」


 父が入口で言った。


「当然だ」


 少し笑いが起きた。


 ユノは透明な光へ向き直った。


「待ってて。急がない。でも、忘れない」


 透明な星は、静かに瞬いた。


 その日から、白紙の野の調査が始まった。


 リゼは古い星図と王国地図を重ねた。


 セレノは灰の記録庫の写しを調べた。


 エルネはアイリシアの塔へ星灯りの手紙を送り、空から見える北西の異変を尋ねた。


 ミアは記憶灯で透明な光の反応を記録した。


 カイは子どもたちに聞き込みをした。


 なぜ子どもたちかというと、子どもは大人が忘れた古い呼び名を遊びの中で残していることがあるからだ。


 最初、カイは少し得意げに言った。


「俺、聞き込み得意かも」


 ミアが笑う。


「子どもたちと遊んでるだけじゃない?」


「違う。調査」


 実際、カイの調査は役に立った。


 子どもたちの間に、奇妙な歌が残っていたのだ。


 ――白い野原に入るなら、

 ――名前を三つ持っていけ。

 ――ひとつは自分。

 ――ひとつは帰る家。

 ――ひとつは誰かに呼ばれた名。


 カイはその歌を星灯坑へ持ち帰った。


 リゼは聞くなり顔を変えた。


「これは重要ね」


 ユノが聞く。


「どういう意味?」


「白紙の野では、自分の名だけでは足りないのかもしれない。帰る場所の名、他者から呼ばれた名。その三つで自分を保つ必要がある」


 ミアが言う。


「名前を三つ持っていけ……」


 エルネは胸に手を当てた。


「私は、エルネ。帰る場所は、アイリシアの塔とルグナ。誰かに呼ばれた名は……星約守り?」


 リゼが頷く。


「そうやって確認する必要があるわ」


 セレノは静かに言った。


「私には難しい場所だな」


 ユノが彼を見る。


 セレノは目を伏せた。


「自分の名は戻り始めた。帰る場所も、少しずつ分かり始めた。だが、誰かに呼ばれた名は……罪の名が多い」


 リゼは静かに言った。


「それもあなたの一部よ。でも、それだけではない」


 セレノは何も言わなかった。


 透明な光が、セレノの方へ少し揺れた。


 まるで、彼の中にもまだ戻らない名があると言うように。


 調査の中で、エルネからも返事が届いた。


 アイリシアの塔から見た北西の空には、星のない黒い帯があるという。


 アイリシアの声は、星灯坑へ届いた。


 ――白紙の野の上には、星が映らない。

 ――空が、その場所の名を読めない。


 リゼは厳しい顔で記録した。


「空にも読めない土地……」


 ユノは透明な光を見る。


「そこに、まだ戻らない名がある」


 リゼは頷いた。


「おそらく。それも一つではないかもしれない」


 その夜、ルグナの広場では“白紙の野へ行く者の名確認”が試された。


 まだ出発はしない。


 けれど、どんな準備が必要かを確かめるためだ。


 最初はユノ。


 町長が聞く。


「自分の名は」


「ユノ」


「帰る場所は」


「ルグナ」


「誰かに呼ばれた名は」


 ユノは少し考えた。


 名を呼ぶ者。

 星灯りの剣を持つ者。

 父の息子。

 ミアの仲間。


 どれも自分だ。


 でも、一つ選ぶなら。


「名を呼ぶ者」


 星灯坑の光が揺れた。


 次はミア。


「自分の名は」


「ミア」


「帰る場所は」


「ルグナ」


「誰かに呼ばれた名は」


「記憶灯の守り手」


 記憶灯が温かく光る。


 カイ。


「自分の名は」


「カイ」


「帰る場所は」


「ネリオとルグナ」


「誰かに呼ばれた名は」


「守る者」


 子どもたちが小さく拍手し、カイは照れた。


 リゼ。


「自分の名は」


「リゼ」


「帰る場所は」


 一瞬、彼女は黙った。


 そして言った。


「ルグナ」


 ユノはその言葉を聞いて、少し嬉しくなった。


「誰かに呼ばれた名は」


「星詠みの魔女」


 リゼの声は静かだった。


 昔は孤独と罪を含んでいたその名が、今は少し違う響きを持っている。


 エルネ。


「自分の名は」


「エルネ」


「帰る場所は」


「アイリシアの塔、谷の家、ルグナ」


「誰かに呼ばれた名は」


「星約守り」


 アイリシアが空で瞬いた。


 最後に、セレノが試した。


 町長が静かに聞く。


「自分の名は」


「セレノ」


「帰る場所は」


 セレノは長く黙った。


 広場は静かだった。


 誰も急かさない。


 やがて、セレノは低く言った。


「まだ、探している」


 星灯坑の透明な光が揺れた。


 町長は頷いた。


「では、仮の答えとして記録する。帰る場所は、まだ探している」


 セレノは驚いたように顔を上げた。


 町長は続けた。


「誰かに呼ばれた名は」


 セレノは苦しそうに目を伏せた。


「罪を忘れぬ者」


 リゼが静かに言った。


「そして、記録する者」


 セレノが彼女を見る。


 ミアも言った。


「黒翼騎士団の名前を呼ぶ人」


 カイも。


「逃げない練習中の人」


 少しだけ笑いが起きた。


 セレノは戸惑ったように、けれど少し救われたように目を伏せた。


「……記録する者」


 町長が頷いた。


「そう記す」


 星灯坑の灰色の光が、少しだけ明るくなった。


 白紙の野へ行く準備は、ただ荷物を整えることではなかった。


 自分の名前を確認すること。


 帰る場所を確認すること。


 誰かに呼ばれた名を受け取ること。


 それが必要だった。


 夜、ユノは星灯坑の透明な星の前に立った。


 ミア、カイ、リゼ、エルネも一緒だった。


 セレノは少し離れて記録をしている。


 父は入口にいる。


 透明な星は、白紙の野を指すように淡く光っている。


 ユノは言った。


「まだ戻らない名。そこにいるなら、待ってて」


 ミアが続ける。


「急がせないよ」


 カイも。


「でも、絶対探す」


 リゼも。


「偽らず記録するわ」


 エルネも。


「名前が戻るまで、約束を繋ぎます」


 セレノも、低く言った。


「消された名なら、見過ごさない」


 透明な星が、百の光の中で強く瞬いた。


 その瞬間、星灯坑の壁に新しい文字が浮かんだ。


 ――白紙の野へ。

 ――持つべき名は三つ。

 ――失うべきでないものは、ひとつ。


 ユノは眉を寄せた。


「失うべきでないもの……?」


 リゼが文字を見つめる。


「まだ続きがあるかもしれない」


 しかし文字はそこで止まった。


 透明な星は静かに戻る。


 ミアが小さく言った。


「持つべき名は三つ。失うべきでないものは、ひとつ」


 カイが首をかしげる。


「そのひとつって何だろう」


 誰も答えられなかった。


 でも、ユノの胸にはかすかな予感があった。


 名前を失う場所で、失ってはいけないもの。


 それは、もしかすると名前そのものではなく。


 誰かを呼ぼうとする心なのかもしれない。


 翌朝、白紙の野への準備が正式に始まる。


 百番目の星は、ただの節目ではなかった。


 次の旅への道標だった。


 ユノは透明な光を見つめ、静かに自分の三つの名を確認した。


 ユノ。


 ルグナ。


 名を呼ぶ者。


 そして、まだ分からない“失ってはいけないひとつ”を胸に抱えながら、次の旅へ向かう覚悟を決めた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


 百番目の透明な星は、北西の“白紙の野”を示しました。


 その場所へ向かうには、自分の名、帰る場所の名、誰かに呼ばれた名――三つの名が必要です。


 次のページは『白紙の野』です。

 ユノたちは、名前を保つ準備をして、記録できない土地へ向かいます。

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