八神家に訪れたほーちゃんの暴走
休日の夕方。いきなり自室のドアがガチャッと開き、恭は驚いて振り返った。
てっきり姉かと思いきや、相手は予想外の人物だった。
「あっ、ゴメンなさい! お姉さんの部屋に戻ろうとして、部屋を間違えちゃって」
いかにも気弱そうに謝ったのは、姉の親友の秋津ほのかだ。
「はぁ……まぁ、いいですけど」
『なんだ、あやめの友だちか』と認識した恭は、宿題を再開しようと机に向き直ろうとした。
ところがそこにほのかが、
「あっ、ああ~っ!? 驚きすぎてスマホを~! 遠くに投げてしまった~!」
と言って自分のスマホを恭の足元にシュッと滑らせた。
(なんなんだ、コイツ)
恭は理解できないものへの恐怖を感じつつも、ほのかのスマホを拾った。しかし目に入った画面にびしっと固まる。
「あっ、それ。この間、あやちゃんと貸衣装屋さんに行った時の写真なんだ。人前で着る勇気はないけど、女子高生の内に一度くらいはメイド服を着てみたいよねって。上品で可愛いクラシカルメイドスタイル。あやちゃんに似合ってるよね!」
ほのかの言うとおり、画面にはロンスカメイド姿の姉が映っていた。
屈折した性格のあやめは不気味もしくはチンピラめいた笑い方をよくする。ただこの写真は友だちの前だからか、無邪気で明るい笑顔だった。
「……いや、俺はこういうの分からないんで。アイツもコスプレするんだなとしか」
興味無さそうな口ぶりとは裏腹に、恭の目は写真に釘付けだ。
手応えを感じたほのかは、更なる行動に出る。
「よ、良かったらいる? その写真」
「は? なんで?」
「欲しいかなって……」
おずおずと申し出るほのかに、恭は一気に険悪な態度になる。
「姉のメイド服写真、どうして欲しがらなきゃいけないんですか?」
「あの、メイド服だからってわけじゃなくて。恭君って逆に、あやちゃんの写真を持ってなさそうだから、知り合いに家族の説明をする時に1枚持っておくのもいいかなって」
「だとしてもメイド服じゃなくていいだろ」
瞬時にツッコむ恭に、ほのかは怯みつつも粘る。
「じゃ、じゃあ、いらない? この写真」
その問いに恭が答える前に、ある人物が割って入る。
「ほーちゃん? 恭となに話してんだ?」
あやめの登場に、2人はバッと離れた。
「な、ななな、なんでもない! ただ間違えて恭君の部屋に入っちゃったことを謝ってただけ!」
慌てて言い訳するほのかに、あやめは困惑顔で問い返す。
「ほーちゃん、中学から家に来ているのに、今さら間違うことある?」
「今日はちょっとボーッとしてたの! 戻ろ、あやちゃん! 恭君も! お邪魔してゴメンね!」
ほのかは強引に、八神姉弟の追及を逃れた。
しかし大人しそうな外見の裏に、姉弟好きという狂気を秘めた彼女の暴走は、これに留まらなかった。
翌日の放課後。恭はほのかに校舎裏に呼び出された。
「……なんですか? 俺に用事って」
露骨に警戒する恭に、ほのかはオドオドしながらも切り出す。
「この間、あやちゃんのメイド服の写真を渡しそびれちゃったから」
「なんで執拗に、姉のコスプレ写真を押し付けようとして来るんですか?」
ほのかは恭の疑問をスルーして強引に話を続ける。
「い、いらない? あやちゃんのメイド服写真」
「世界一いらないっすね……」
「なんで!? あやちゃん、可愛いのに!」
熱くなるほのかに、恭はますますうんざりしながら言う。
「可愛いって……チビだから可愛く見えるだけでしょ、あんなの」
「でも恭君も知ってるかもしれないけど、あやちゃんの体重は38キロしかないんだよ? いくら身長が148センチだからって、まさかの40キロ以下とか! そんなのシンデレラを通り越してフェアリー体重だよ!」
それはあやめと出会ってから、ほのかが密かに抱え続けていた想いだった。
自分が158センチ、54キロなので、
(現実の女の子の体重が40キロ切るなんてことある!?)
と感動したのだった。
しかしほのかの勢いに、恭はドン引きで返す。
「いきなりそんな力説されても……俺はアイツの低体重に心配しかないんで……」
「なんで!? 風に攫われちゃいそうだから!?」
「いや、低体重は死にやすいから」
肥満だけでなく痩せすぎも、病気のリスクが高まると言われている。たまに恭の膝に乗って来る時も、軽すぎて猫かと思うほどだった。
しかし恭の返事に、ほのかはジーンと微笑んで述べる。
「あやちゃんに死んで欲しくないんだね……。なんだかんだ言って、やっぱりお姉さんを愛してるんだね……」
「家族が死んでもいいと思ってるヤツのほうが稀じゃないですかね……」
異常者を見るような恭の眼差しも、今のほのかには届かず更にエキサイトする。
「メイドが気に入らないなら他の写真は!? あやちゃんの可愛い写真、他にもたくさんあるから!」
「だからなんでアイツの可愛い写真を、そんなに俺に見せたがるんだよ?」
ツンデレに『だって好きなんでしょ?』と指摘するのは愚策だと考えたほのかは、なんとか言い訳をひねり出す。
「あの、あやちゃんの可愛さについて他に語れる人がいなくて。恭君に聞いて欲しいなって……」
「まるで俺なら、アイツの可愛さが理解できるかのように言わないで欲しい」
恭の鉄壁の拒否に、ほのかは戸惑った。
この間は、あやちゃんのメイド服写真をジッと見ていたのに。
もしかして本当に私の勘違い? 恭君に家族愛以上の気持ちは無い?
いや、あれ! あってくれ! 八神姉弟ルート!
その想いが天に通じたのか、ほのかは「あっ」と閃く。
「じゃあ、お兄ちゃんに見てもらおうかな?」
「……は?」
「ゴメンね、恭君。話し相手がいないからって、変な絡み方をしちゃって。あやちゃんの可愛い写真は、うちのお兄ちゃんに見てもらうね」
笑顔で立ち去ろうとすると、
「待て」
と恭に手首を掴まれた。
ほのかはドキッとしながら「な、何?」と尋ねる。しかしその胸の高鳴りは、異性へのときめきではなく、獲物が罠にかかった期待感だ。
そんな彼女に、恭は怖い顔で注意する。
「勝手に人の身内の恥を晒すな」
「お兄ちゃんに見られるの嫌!? あやちゃんの可愛い写真!」
歓喜するほのかに、恭は苛立ちも露わに訂正する。
「可愛い写真じゃなくて、馬鹿みたいなコスプレ写真だろ。女同士で楽しむならいいけど、本人の知らないところで勝手に晒すな」
「あっ、じゃあ、恭君が見て判断する? あやちゃんの写真。どれがOKでどれがダメか」
恭は「……じゃあ」と、ほのかのスマホを受け取ると写真を見始めた。
(ああ、恭君があやちゃんの可愛い写真を見てる。これであやちゃんの写真をやっぱり欲しいと言い出したら、絶対にあるよ、八神姉弟ルート!)
ほのかは少しの表情の変化も見逃さないように、ワクワクしながら恭を見守った。
「……アイツの写真、これで全部ですか?」
「う、うん。コスプレ系はそれで全部……って、あああ~っ!? ダメ~! あやちゃんの可愛い写真、消しちゃダメ~!」
恭は無慈悲に、あやめの写真を全消去して警告する。
「これに懲りたらアイツの写真を、勝手に人に見せないでください」
「はぅぅ……分かりました」
恭はほのかにスマホを返すと、校舎裏から立ち去った。




