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修学旅行・3

 その日の夜。恭はホテルの男子部屋から抜け出して、再びあやめに電話した。


『えっ、マジで女子にセクハラされかけたの? お姉ちゃん、予言者じゃん』


 他人事のように面白がる姉に、弟は不機嫌にぼやく。


「笑いごとじゃねぇよ。浮き輪はその子だけだったけど、すれ違いざまにわざとぶつかって来ようとする女子が他に3人もいて、せっかくの海を楽しめなかった」


 過剰な性アピール以外にも、思い出を作ろうと「あれしない? これしない?」と誘って来る女子が多く、恭はうんざりした。


『弟のモテ方が異次元すぎて面白。と言うか、全部避けたの逆にもったいなくないか? 1回くらい水着の女の子に、おっぱいポヨンされてみたら良かったのに。意外と気持ちいいかもしれんぞ』


 無責任に唆す姉に、弟は眉をひそめて返す。


「陽太みたいなこと言うな。好きでもない女にくっつかれて何が嬉しいんだよ」

『弟が潔癖すぎて心配。まぁ、お前がそのなりで潔癖だからこそ、お姉ちゃんだけがその無垢な体を好きにする愉悦を味わえるんだがなァ』

「お前がいちばんセクハラじゃねぇか」


 恭にツッコまれるも、あやめはマイペースに話を変える。


『ちなみにホテルって浴衣?』

「そうだけど、なんで?」

『浴衣姿見てぇ。自撮り送って』

「やだ」


 間髪入れずに断る恭に、あやめは「なんでだよ~」と口を尖らせる。


『弟の写真を欲しがっちゃ悪いって言うのか?』

「今の流れで浴衣をねだられるのは危ない感じがするからやだ」


 頑なに拒む弟に、姉は「へっへっへ」と悪漢のように笑って言う。


『自分がエロい目で見られてるのを自覚しはじめてやがる。その恥じらいが堪らねぇな』

「うるせぇ。黙れ。変態」

『とか言って。その変態に、いっぱい沖縄の写真を送ってくれたのはだーれだ?』


 あやめの指摘に、恭は一瞬グッと言葉に詰まる。


「別に……家族に旅行先の写真を送るのは普通だろ……」

『さっき母さんが嘆いてたぞ。恭は自分には写真も電話もくれないって』


 姉の報告に、弟はゴニョゴニョと言い訳する。


「それは母さんが忙しいから遠慮してるだけで……お前に連絡しとけば、どうせ母さんにも伝わるし……」

『まぁ、お前も年頃だし、自分から母さんに電話するのは恥ずかしいのかもしれんが、確か明日は水族館だろ? 可愛い魚とかいたら母さんに送ってやれよ』


 いつもふざけているあやめだが、意外と義理や礼節は重んじる。特に女手一つで自分たちを育ててくれる母親は大切にしなきゃダメだと、恭にもよく言っていた。


 真面目な時のあやめは確かに自分より大人びていて、恭は少し悔しくなるが、


「……分かった」


 それに反発するほうが子どもっぽいと素直に頷いた。


『ついでに私に浴衣の写真』


 しかし姉のセクハラには「それはやだ」と断固拒否した。


 修学旅行最終日。今日は水族館と工芸体験の後、飛行機で本州に戻る。


 恭と陽太はシーサーの絵付け体験に来た。


 工房を見渡した陽太は、


「なんか良さげなジンクスがある割には人気が無いね、シーサーの絵付け体験。俺も槇と一緒に星砂のストラップを作りに行けば良かったかな?」


 と早くも後悔する友人に、恭は無慈悲にツッコむ。


「星砂のストラップなんか作ったところで、槇と違ってあげる相手なんかいないだろ」


 槇は妹にあげる約束をしているが、陽太には母と男兄弟しかいない。母は喜ぶかもしれないが、陽太があげたいのは可愛い女の子だ。


 恭の発言に心を引き裂かれた陽太は涙目でワッと叫ぶ。


「恭はいつも酷い! なんだかんだ俺が一緒で良かったでしょ!? 工芸体験、1人じゃなくて!」

「別に大田原も一緒だし、寂しくないけど」


 約束はしていなかったが、大田原もシーサーを選んでいた。


 せっかくなので3人で作ることになったが、陽太は嫉妬の表情で大田原を睨む。


「ぐぅ、大田原君め。俺は高1の時からの付き合いなのに。柔道ができるからって割って入って」

「えっ、すまん? 後から知り合ったのに、2人の間に割って入ってしまって」


 腕っぷしは強いが温厚な大田原は、陽太に妬まれてオロオロした。


「友だち同士で割って入るも何も無いだろ」


 しかし恭がツッコむと、陽太はすぐにケロッと笑う。


「うん! 恭の言うとおり、本当は全然怒ってないから、俺とも仲良くしてね、大田原君!」

「あ、ああ。冗談だったのか。良かった」


 それから生徒たちはさっそく店の人の指示に従いシーサー作りをはじめた。


「へー。この中からシーサーを1つ選んで色を塗るんだ? 手作りだからかみんな顔が違うけど、2人はどれにする?」


 陽太の言うとおり、棚には数え切れないほどのシーサーが並んでいる。1つ1つが小さいのもあって、選ぶのが困難なほどだった。


「魔除けという意味では口を開けてるほうが迫力があるし、雄のほうが強そうだから、俺は口を開けてるのにしよう」


 即決した大田原と違い、恭は難しい顔であれこれ見比べる。


「俺は雌にするけど……どれがいちばん可愛いだろう……」

「えっ、恭? 可愛いのがいいの? はっ! もしかして例のジンクスのために、女子受けを狙ってる!?」

「なんだ? 例のジンクスって」


 陽太から説明を聞いた大田原は「へー」と感心する。


「そんなジンクスがあるのか。手作りのシーサーを交換する相手がいたら確かに素敵だな」

「大田原君もそう思うよね! 俺いつか彼女ができたら、必ず沖縄に来てシーサーを作るよ!」

「そこまでシーサーにこだわらんでいいだろ」


 いつもの癖でツッコむ恭に、陽太は鋭い指摘を返す。


「とか言って! 恭、すごく吟味してる! そのこだわりよう、絶対に自分用じゃないでしょ!?」

「違う。せっかく作るなら、いちばん可愛いのが作りたいだけ」


 ところで工芸体験は学校行事なので、この場には他の生徒たちもいる。


 恭たちのやり取りを聞いた女子たちは、ひそひそと言い合う。


「八神君、可愛いシーサーを作りたいんだって」

「意外と可愛いものが好きなのかな?」

「八神君のより可愛いシーサーを作れたら交換できるかも?」

「よしっ! めっちゃ可愛いの作ろ!」


 これがきっかけで縁ができればと、密かにやる気をみなぎらせた。

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